第72話 密航者

 ライラ様と恋人(予定)になったけど、ライラ様との関係は劇的に変わったわけではない。そもそも前から距離が近かったと言えばそうなのだけど、一応まだ恋人ではないからか。

 だけど今のうちに覚悟も決めないといけないし、私としては今までと同じでも今まで以上にドキドキしてしまう。


 色々と考えることはあるものの、とりあえず目の前のお誕生日会にむけて過ごしている。今日はマドル先輩と当日のご馳走のメインメニューの為、朝早くからいい食材がないか見に港に来ている。

 大きいマドル先輩と一緒なのだけど、前に港でこけたからか手までつながれてしまった。ちょっと恥ずかしい。


 港に帰ってきている大きな船があるな、と思ったその時、バキィ! ゴロゴロドン! と言う派手な音がした。

 船は港に向かって板でスロープのような橋がでているのだけど、どうやらその坂道を箱が転がって行ったようだ。地面に箱が転がっている。ちょっとしたその勢いに私達だけではなく周りの目も集まっている。


 野次馬のなかに混じるように近づくと、その船からのっしのっしと降りてきた大柄な男性は見覚えのある人だった。


「ヤーテさん、こんにちはー」

「あん? おっ、ま、マドルさん! ど、どうも、こんにちはー。いやぁ戻ったばっかりで、みっともねぇ姿で、へへ。エストちゃんもどーもな」


 私が声をかけたのに振り返ったヤーテさんにはマドル先輩しか目に入っていなかったようで、慌てたようにこちらに近寄ってきて頭を掻きながら挨拶をした。そして近寄ってきてから私にも軽く手を挙げてくれた。まあいつものことだ。

 彼、ヤーテさんは紳士的ガキ大将ローバー君の叔父さんの一人で交易をする船を一つ任されているらしい。数か月かけていろんなよその国の港とやり取りしているらしい。港の案内をマドル先輩と一緒にローバー君にしてもらった時に紹介してもらい、マドル先輩に一目ぼれしたらしい。とってもわかりやすい。


「こんにちは、なにかあったのですか? 大事な荷物をあのように落としてしまうなんて」

「いやいやまさか! そんなことはしねぇよ。おらぁ、仕事に真摯な男ですからね。実はあいつの中には密航者がはいりこんでいたようで、船員に危害がでないよう、皆を守るため、この俺が率先して箱を投げたんですよ」


 きらりと白い歯を輝かせながらヤーテさんはそう言った。密航者! なるほど、大きな船だとそう言うのがあるのか。どうりで箱を壊す勢いだったわけだ。むしろ中身まで壊れろと思っていたのか。


「あの箱の中にですか。エスト様、近づいてはいけませんよ」

「はーい。でもどんな人なんですかね」

「なぁに、俺がすぐとっつかまえてやりますよ! おい! でてこいこの野郎!」


 ヤーテさんはやる気ましましで勇ましく箱に近づいていく。周りの固定する用の板が一枚割れているくらいのダメージを受けていて、さっきからまったく動かない。もしかして中でお亡くなりになってるかも? とちょっとドキドキしながら見守っていると、ヤーテさんは箱を開けた。


「ん? なんだ? 子供?」


 そして首をかしげながらその犯人の首根っこを捕まえて持ち上げた。目をまわしているのか抵抗しないで持ち上げられたその子はヤーテさんの半分くらいの大きさの子供だった。褐色肌で長い赤い髪で女の子っぽい。


「ヤーテさん、首しまってません? 可哀そうですよ!」

「お? おお、そうだな……」


 小さな女の子と言うことで箱ごと投げたことが気まずくなったのか、近づいて思わずそう言った私にヤーテさんは手をおろした。地面におろされた女の子はぐったりしたままだ。


「エスト様、私が」


 思わずその子に近づいて様子を見ようとする私を制して、マドル先輩がすっと前に出て女の子の前にしゃがんで肩を揺らす。


「もし、大丈夫ですか?」

「……ん、####!」

「ん?」


 女の子はマドル先輩にゆらされてはっと意識を取り戻すと、何かを言った。何語? マドル先輩はそれに返事をせずに女の子から手を離して立ち上がって振り向いた。


「ヤーテさん、わかります?」

「んん。そうですね。おーい、$$$、$$$$?」

「#####? #####?」


 どうやらマドル先輩もわからないらしく、ヤーテさんにふった。ヤーテさんはきりっとした顔になって女の子の前にしゃがんでこれまた知らない言葉で話しかけたけど、女の子は不安そうに首をかしげている。


「駄目だ。わかんねぇ。うーん、どうすっかなぁ。うちの食料勝手に盗み食いしてたのは間違いねぇし、有り金出させるか労働で返してもらう予定だったんだが……」


 ヤーテさんは困ったように頭を掻きながら、ちらっとマドル先輩を見た。マドル先輩の手前、あんまりひどいこともしにくいと思っているのかな。


「被害ってその食糧だけですか?」

「まー、そうだな。大して減ってねぇからそんなに遠くから乗ったんじゃねぇと思ってたが、言葉が通じないとどこから来たかマジでわからん」

「こういう時はどうするんですか?」

「そうだな。すんなり金を払ったなら普通に解放してやるんだが……お金、あるか? お金?」

「##、#####……」

「駄目だな」


 ジェスチャーでなんとか聞いているけど、全然通じてないみたいで女の子は怯えたように身を縮こませた。言葉が通じない子供、と言うのでだいぶ悩んでいるみたいだ。

 その子を見ると、座り込んだまま不安そうに自分の服を掴んでこちらを上目遣いでちらちら見ている。格好もぼろぼろだし汚い感じだけど、よく見たら可愛い子だな。緑のお目目もきらきらで、褐色肌に赤髪とカラフルだけど色味に負けない可愛さがある。


「ん? と言うかこの子、耳長くないですか?」

「あ? 耳かそれ」

「耳ですね。ていうか、もしかしてエルフじゃないですか!? ダークエルフ!」


 髪型はシンプルに三つ編みなのだけど、もみあげ部分は普通に流していたし、めちゃくちゃ長いわけじゃないのでぱっと見は気づかなかったけど、よく見ると耳の先が毛の横からでている。

 吸血鬼、ホムンクルスに一つ目巨人のネルさんがいて、他にもいろいろな種族がこの世界にはいるんだろうなーと思ってたら、まさかのダークエルフ!


「ん? この子がどこの子か知ってるのか?」

「あ、いえ、種族がそうかなー、本で読んだことがる気がするなーって感じです」

「ふーん?」


 ぐうぅ、と突然音がした。結構大きな音で、一瞬何の音かな? と思ったら女の子のお腹の音だった。女の子は注目をあびても照れることもなく、お腹を押さえて悲しそうな顔でこちらを見ている。


「うーん……」

「そうですね。損害はいくらですか? 私が肩代わりします」

「えっ、そ、そんなそんな。まー、マドルさんにそんなこと言われたら仕方ないですわ! お前、運がよかったな! 好きにしていいぞ!」


 可哀そう。どうして密航したかわからないけど、こんな女の子が一人で乗っているなんて、きっと大変な事情があったんだろう。言葉も通じない国に着いて、本人が望んだことじゃない可能性もある。

 言葉もわからないまま働くのも難しいし、とりあえずご飯を食べさせるくらいはしてあげたい。と思っていたら、マドル先輩があっさりとそう言った。


 ヤーテさんはマドル先輩の申し出に顔をゆるめて女の子にも笑いかけた。その急変に女の子は引きながらも訳が分からないのかきょろきょろしている。


「え、マドル先輩、いいんですか?」

「構いません。以前もこういうことはありましたが、主様はお許しくださいましたから」

「そうなんですか? じゃあ、はい」


 勝手にいいのかな、ご飯あげるだけで放り出すわけにもいかないし、しばらく面倒見るってことになるし、そうなると色々秘密もあるのに、大丈夫なのかな? と心配にはなったけど、マドル先輩は平然としている。 じゃあ、いいのかな?


「さ、行きますよ」

「###?」


 マドル先輩がしゃがんで声をかけ、手をだしても女の子は首をかしげて不安そうだ。


「ふむ、どうぞ」

「##! ####」


 マドル先輩が頷いてからポケットの中から紙でつつまれたクッキーを取り出して一枚渡すと、女の子は躊躇なく笑顔で受け取って食べだした。


「さ、行きますよ」


 そしてもう一度マドル先輩が手を出すと、女の子は嬉しそうにその手をとった。


「マドル先輩、クッキーなんて持ち歩いてたんですね」

「はい。エスト様がお腹を減らした時の為に」

「そうなんですか……」


 マドル先輩って私のことめちゃくちゃ子供だと思ってるよね。別に否定はしないけども。


 こうして私たちは魚介類ではなく謎の女の子を連れ帰ることになった。


「た、ただいま帰りましたー」


 マドル先輩は大丈夫と言ったものの、ライラ様はどう言うかなと不安になりながら家に帰ったのだけど、まだライラ様は寝ているみたいだった。朝一だったし、すぐ帰ってきたからまだまだお昼前だもんね。


「ではさっそくお食事を食べてもらいましょう」

「そこに座ってください」

「#!? ##!? ###~」


 女の子はマドル先輩が複数いることに驚いていたけど、すでに料理のある食卓に誘導されてすぐににっこにこで席についてご飯を食べ始めた。

 なんていうか、この子大丈夫なのかな? 私より小さいとは言っても小学生ではないくらいはありそうなのに。


 その後、ご飯を食べてお腹いっぱいになった女の子と身振り手振りで話をし、なんとかお互いの名前の呼び方は決まった。

 女の子はどこまで名前かよくわからないし発音も聞き取りにくくて何度か聞き直した結果、イ、ブ、と一音ずつ名乗ったのでこれからイブと呼ぶことになった。

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