第71話 誕生日に向けて

 どこか遠くから声が聞こえる。あったかくて、まだまだこの心地よい中からでたくない。だけど体がゆすられて、だんだんと浮遊感がひいていく。


「起きてください、エスト様。朝ですよ」

「……うーん、あさですかー?」

「はい、朝です」


 布団もめくられたので仕方なく目をこすって開ける。何故だろう。めちゃくちゃ眠い。全然眠り足りない。

 なんでかなぁ、と思いつつ少しでもお布団と離れたくなくて寝返りをうって、隣のベッドにライラ様がいて飛び起きた。


「起きたか」

「わっ、はっ、はい! おはようございます!」


 たまに朝一起きている時もないではないのだけど、ライラ様の顔を見た瞬間、私は昨夜のことを思い出してめちゃくちゃ動揺しながら挨拶をした。

 そう、私は昨日ついにライラ様と思いあう恋人(予定)になったのだ! ああああ、でもそこまでの流れは今思い出しても恥ずかしい! そしてなんだかんだ言って寝てる私! 我ながら図太いなぁ!


「……ふっ、どうした、ずいぶんと元気だな」

「う、は、はい。その……はい、ライラ様の顔を見たら、元気になりました」


 おかしそうに笑われて、照れつつもなんとか気持ちを落ち着かせる。まだ予定だし、顔をあわせただけでこんな風に動揺してどうするんだ私。落ち着け。


「エスト様?」

「あ、すみません。マドル先輩もおはようございます」

「はい、おはようございます。私の顔では元気にならないと言うのですか?」

「え? そ、そんなことはないです。ただあの、昨日の今日なので」


 振り向いて見たマドル先輩の顔はどこか不満げだったので慌ててフォローする。私の酒が飲めないのか的な絡みに聞こえるけど、言ってること面白いな。


「ふむ。花嫁になるのが決まったと言うことでしょうか?」

「あ、はい。そう言う感じです」

「では仕方ないですね。朝ごはんはできています。今日はいつもより遅い時間なので、早くしないと仕事に遅れてしまいますよ」

「あ、はい!」


 昨日寝るのが遅かったから、これでもぎりぎりまで寝かせてくれていたみたいだ。それでもまだ眠いけど、さすがにこんなことで仕事を休むわけにはいかない。

 私はライラ様をもう一瞥してから急いで支度をする。


 今までなら意識しなかったけど、ライラ様に着替え見られるのちょっと恥ずかしいと思いつつ頑張った。


 ライラ様と離れたので心臓も落ち着いたので、私はいつも通りの朝を過ごすことにした。

 そしてマドル先輩とお仕事に向かうのだけど、色々と考えることはたくさんある。


 何と言っても、今年のお誕生日会はとんでもない一大イベントとなった。なにせお誕生日会をして花嫁になって恋人になってそのまま、うん。そこは意識しないようにするとして。

 とにかく今年は特別な一生に一度のお誕生日! 何か特別なことがしたい。幸いまだ一か月以上余裕があるので、出勤中もマドル先輩と何かいいアイデアがないか話をしてみた。


 ちなみにネルさんの家は完成してからもちょくちょく手をいれていき、今では外から見るとどっちが母屋なんだろってくらいには大きくて立派な家だ。なので人手がいらなくなったので休日にもマドル先輩の手を借りることはできるだろう。ちょっとくらい大掛かりなこともできそうだ。


「でも特別な誕生日会って難しいですよね。マドル先輩、何か思いつきます?」

「そうですね。お二人にドレスを作っているのですが、途中で何度か着替えをするのはどうでしょう?」

「うーん、それはさすがに。結婚式じゃないんですから」


 と言ってから、いや、花嫁になるなら結婚? と思ったけど、いやでもさすがに気が早すぎる。それはまた改めてしたいし、ライラ様にも笑われるだろう。


「そうですか……。では二着目は私からのプレゼントにしますね」

「あ、はい。でもそうですね、ただご馳走をしてプレゼントをするだけでも、この街に住むようになって最初の久しぶりにちゃんとしたお誕生日会なので、特別は特別ですもんね。うーん」


 去年は旅の途中だったからお店で食べるだけだった。まあ久しぶりと言っても長期間の旅でそう感じるだけで、二年ぶりなので実はそこまで久しぶりってこともないんだけど。

 ご飯メニューはいくつか候補はすでにある。この街ではご馳走と言えばの大きな海老や、尾頭付きの豪快な焼き魚などがあるので、オーソドックスにそれらを予定している。その時手に入る食材にもよるのでしぼりきらないようにしているけど、メインは十分だろう。

 ご飯以外で何か特別なことってなんだろう。


「そうですね。いつもとちがう改まったお誕生日会と言うことで私は服を仕立てさせてもらえるだけで満足しています。エスト様がどのような特別なものにしたいかが大事なのではないでしょうか」

「うーん……」


 確かに、特別にしたいってだけで、コンセプトが全然決まってないのが問題だよね。

 花嫁になる記念……大人になる。はっ! 社交界デビュー! つまりダンスか。うーん、でもお祭りの時にしてるし、社交ダンス風にしたらいい感じだろうけど、社交ダンス知らないし、そもそも楽器がない。これはすぐには無理だね。いずれはやりたいけど。

 あと大人になると言えば……成人式? 成人式ってなにやるんだろう。わからない。成人の儀式……バンジージャンプ。いや、駄目でしょ。


「全然思いつきません」

「では無難に、プレゼントから決めてはどうでしょう? 奇をてらえばいいと言うものでもないですし」

「うぐ……はい。そうですね。つい、一生の思い出にしなくちゃって思ってました」


 特別な日になるのだから、お誕生日会そのものも特別なイベントにしたかった。でもお散歩に付き合ってくれているマドル先輩に冷静にそう言われて頭がさめてきた。


「今までにないことをしなくても、花嫁になるのは特別なことですし、私は今までのお誕生日会もすべて一生の思い出だと思っていますよ」

「マドル先輩……そうですよね」


 確かにその通りだ。特別にしたいがあまり、変なお誕生日会にしてしまっては本末転倒。花嫁になるイベントが思い出したくない黒歴史になってしまったら最悪だ。


「よーし、じゃあ、いい記念になる無難なプレゼントを用意しますね!」

「でしたら私はまたエスト様の詩が欲しいのですが」

「それは無難なプレゼントではないので。でもそうですね、手紙は書きますね」

「いいですね。私もライラ様も今までの分はちゃんと持ってきていますからよ」

「えっ、そ……そうなんですね。えへへ」


 家を出る時に荷物を厳選して身軽に旅に出ていたのに、その中に私が書いた手紙をいれていたのか。嬉しいような、冷静に考えると子供の私が書いた手紙が全部残されてるとか恥ずかしい。何書いたか全然思い出せない。一昨年のすら思い出せない。

 よし。無難なものにしよう。


 マドル先輩の意見は参考においておくとして、ライラ様にプレゼントすると言えば? うーん。指輪……いや、重いし。それにお揃いってなると、お誕生日で渡すのは違うかな。マドル先輩だけ違うのっておかしいし。


 ライラ様は昔渡した琥珀のネックレスを今も大事にしてくれている。腕に巻いてブレスレットとして使ってくれていたけど、旅の途中で一度紐が切れてしまってたことがある。それからはネックレスにして服の下に入れてくれている。もちろん私もライラ様からもらったブローチはいつも見えない場所につけている。

 お風呂に入る前にはずしてちゃんと定位置に収めているのだけど、今の家に住むようになってからライラ様も同じところに並べておいてくれているのがなんだかとっても可愛くてきゅんとする。


 だけどだからこそ、あんまり簡単に宝飾品を送るのも違うかなって思う。今は働いているからお金はあるけど、全員分用意するとそれほど高額は難しい。それに毎日身に着けるプレッシャーになりかねない。

 特にマドル先輩は今もヘアピンをつけてくれているし。何か、毎日気軽に身につけられる、お揃いでちょっとしたオシャレにもなって、壊れてもいいようなものがあれば……あ!


「ミサンガ! ミサンガってよくないですか?」

「ミサンガとはどのような物でしょうか?」

「あ、そうですね。糸を編んでつくる装飾品です。手首とか足首につけて、ずーっとつけっぱなしにして自然に切れたら、つける時に願ったお願い事が叶うって言われています」


 うん、説明すればするほどいい気がしてきた。手作りだし、お金をかけるよりずっと思い出になるよね。切れる時すら思い出になるし、ずっとライラ様との関係が続くのを願っておけば、花嫁イベントにもちょうどいいし。


「ふむ。そう言うおまじないと言うことですか。いいのではないですか。糸を編むと言うことですが、具体的にどのようにつくるのでしょうか?」

「わかりません」

「え?」


 わかんないけど、多分刺繍糸とか太い糸を編んでいけばできるはず。編み方は編み物をしているマドル先輩なら思いつくのでは? それか知ってる人いないか調べてみよう。

 よーし! 忙しくなってきたぞ!


 私は大マドル先輩と別れ、ミニマドル先輩を胸にいつも通りお仕事をしながら、おばあちゃんにミサンガみたいなものを知らないか聞いてみることにした。


 ミサンガと同じものはなかったけど、いろんな文化が集まってきているだけあって刺繍以外に糸を編むようなのもあったのでとても参考になった。いろんな編み方があることはわかったので、どんなふうにすれば一番ミサンガにむいているか、家に帰ってさっそく試してみることにした。


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