第70話 吸血鬼の花嫁3
ライラ様は私とおでこをくっつけてその美しい瞳で私の意識を吸い込みながら、ふっと目を細めた。それだけで、息がとまるほどときめいてしまう。
何を言われるのか。期待せずにいられない。私が勘違い? 無理に恋人にしてもらっても仕方ないと言うのは、勘違い?
「エスト、私は好きでもない相手に恋人ごっこをしてやるほど、お人よしではない。勘違いするな。私もお前が好きだから、恋人になってやると言っている」
「っ、ほ、ほ、ほんとですか?」
「この私の言葉を疑うのか?」
「う、疑うと言いますか……だって、そんなつもりじゃなかったって言ってたじゃないですか」
疑いたくなんかない。嬉しい、やったーって子供みたいにはしゃぎたいくらいだ。でも、ついさっき赤っ恥をかいたばかりなのだ。ちゃんと確認しないと、また違ったってなったら、いくら私でもそう簡単に立ち直れない。
私の言い訳のように力ない言葉に、ライラ様はふむ、と少しだけ唇をとがらせてからおでこを離し、つんと鼻先をつついてきた。
「ああ、そうだな。さっきまではそうだ。お前があんまりに小さくて愛らしく、可愛いものだから、まだまだ子供だと思い込んでいた」
うっ!? えっ、ちょっと待って、いきなりの褒め殺しに頭がついていかない。
「だが、もう子供ではないんだろう? 可愛いお前が、いつか誰かを恋人にしてしまうと言うなら、その相手にだけ特別な顔を見せるなら、その相手は私しか考えられんだろう?」
「そっ、それは、そうかもしれませんけど……」
私に恋人ができるならライラ様しか考えられない。それは当たり前だ。だってライラ様のことが好きすぎて、他の人を好きになる余地なんてない。でもそれは私の主観であって、ライラ様的にはどうなのか。それが私には自信がないのだ。
「だったら、私と恋人になれ。いや……なってくれるな?」
「っ!?」
ためらう私をなだめるように、ライラ様は私の頭から頬までをまたひと撫でしてから、ささやくようにそう言った。
私は、ライラ様のものだ。だからなんだって決めることができる。本当はこんな確認だって必要ない。遊びだって同情だってなんだって、ライラ様がそう決めたなら、本当はそれだけでいいのだ。
なのにライラ様は、少しだけ眉を寄せて苦笑しながら、私にそう問いかけてくれるのだ。
そうまでされて、私の心はようやく決まった。もしライラ様が、ただ私を他の人間にはあげたくないから恋人も自分がと思ってるだけだとしよう。でも、それが恋じゃないと、どうして言えるのだろう。
私だってそうだ。ライラ様しかいないから、ライラ様に恋してるんじゃないかって言われたら否定することなんてできないくらい、毎日がライラ様でいっぱいだ。でもそうじゃないって私だけが知ってる。ライラ様への好きは、ただの好きじゃない。ライラ様の恋人の席が空いているなら、いつだって飛びつきたい。
これが勘違いで思い込みで、ほんの短期間で冷めてしまう夢じゃない保証なんてなくても、それがどうしたっていうのか。
今この瞬間、ライラ様が私を恋人にしたい好きだと言ってくれている。それ以上になにが必要なのか。
ライラ様はじっと私を見つめて、私の返事を待ってくれている。返事なんて決まり切っているのに。
「……はい。ライラ様、私も、ライラ様が好きです。恋人になりたい、好きです。恋人になります。いえ、してください!」
「ああ。ふふっ。ようやく素直になったな」
「うっ、は、はい。その、疑ってすみません」
「いい。許す。お前だから、許してやる」
そう言ってライラ様はとろけるような笑顔のままぐっと身を寄せて私を抱きしめてきた。その力強さに、ライラ様がそれだけ私を恋人として求めてくれているのだと感じられて、信じていいのだと思えた。
「ライラ様、好きです……ほんとに、嬉しいです」
「ああ。私もお前が恋人になる今度の誕生日会がより楽しみだ。ふふ。覚悟しておけよ」
「ん? あ、そうですね。はい。吸血鬼の花嫁になったらほんとに恋人ってことですもんね」
そうか、ライラ様はそう解釈してたのか。私的には実際に花嫁になるのはもうちょっと先だけど、気持ちは通じ合ってるならもう恋人と思っていたけど。いや通じてはなかったんだけど。この辺ややこしいな。とりあえず今は恋人ではなかったのか。
私はもう抱きしめられている今も恋人気分だけど、ライラ様はそう思ってるならいいか。と言うか元々恋人状態で同衾するの緊張するって話だったんだし、仮に今は恋人じゃない方がいいか。
いや、それはそれとして、冷静になるとドキドキしてきた。ライラ様が遠慮なく抱きしめるから柔らかいのがすごい伝わるし。しかもくっついているので私のドキドキが遠慮なく伝わっているわけで、恥ずかしい。
「ら、ライラ様、そろそろ寝ましょうか。これ以上ドキドキすると死んじゃうので」
「ん? そうか。仕方ないな」
ライラ様は特に機嫌を悪くすることもなく私を離してくれた。私の心臓のうるささをわかっているライラ様はにやにやしながら見守ってくれるので、胸に手をあてて軽く深呼吸して落ち着かせる。
まだ恋人じゃない。まだ違う。大丈夫。落ち着け私。ていうかそうなったとして、いきなりなにかあるわけでもないしね。意識しすぎなんだよ。ほんとマセガキと言われても仕方ない。私はもう大人。そう言うのじゃない時まで意識しすぎるのはね、違いますよ。スマートじゃないよね。
「ふぅ……」
「くくく。ようやく静かになったな」
「う。笑わないでください。ライラ様と思いあって、ときめかない方がおかしいんですから」
「そうか、まあ時間も遅いしな、寝ろ」
そう言ってライラ様は苦笑しながら私と距離をとったまま、肘をついて顔をあげて、寝具の上から私のお腹の上に手をのせてぽんぽんと寝かしつけにかかる。ありがたいけど、関係変わった今ちょっと恥ずかしいな。
それに、寝ないととは思うのだけど、優しいライラ様の笑みを見るだけでドキッとしてしまうし、ときめきの余韻と多幸感でふわふわして、すぐには眠れそうにない。
「うーん……まだちょっとドキドキの余韻があるので、ちょっとだけお話しません?」
「かまわんが。しかし、何を話すんだ? ここでお前の可愛さについて語るとまた眠れないと言うんじゃないか?」
「も、もう。からかわないでください。そんなお話普段からしてないじゃないじゃないですか」
ライラ様はにやっと悪戯っぽく笑いながらとんでもないことを言う。ライラ様は時々さらっと可愛いとか言ってくれてたけど、今のは絶対わざとだよね?
「仕方ないだろう。私に告白するお前が可愛すぎたのだから」
「うぅー。えっと、そう言えばさっき、覚悟しろって言ってましたけど、恋人になる覚悟ってなんですか?」
私だってさっきのライラ様が綺麗で可愛くて素敵すぎて、目を閉じたら浮かんでしまうくらいだけど、だから余計に関係ない話をして落ち着かないといけないのに。
とりあえず何でもいいので話題をかえようと、思い出したことを尋ねる。
「ん? ああ、恋人になるのなら、お前の純潔ももらうからな。なのに抱きしめるだけで死んでいては困るだろう?」
「えっ」
じゅっ!? じゅんけつ? え? え? えっ、ちな意味、で言ってる? え、いやまあ、確かにそう言う感じの会話だったけど。ライラ様的に恋人ってえっちなことするのが当然の関係って感じだったし、それは別に私もそうだけど。なんならそう言うのなしって言われたら困るし、そうしたいと言う欲求はもちろんあるのだけど。え? なんか、恋人になったらすぐみたいな感じで言ってない?
「そ、それってその、もしかして花嫁になってすぐって感じですか?」
「そう言うものだろう? 嫌なのか?」
「あっ、う……い、嫌じゃないですけど、そんなこと言われると、今からドキドキしちゃいます」
「ふっ。可愛いやつめ」
「あぅぅ……」
ライラ様は優しい微笑みのまま、布団の上の手でお腹の上を撫でてくる。
それ自体にエッチなことなんて何もないのに、布団越しに体を触られているようにすら感じてしまって、ぞくぞくと一気にそんな気にすらなってしまって心臓がまたうるさくなってしまう。
駄目だ! もうこんなの寝れるわけないよ! あー、もう! じゃあ起きてるしかないよね! こうなったらこの際だから告白しあったいい雰囲気な勢いで恥ずかしいことも全部聞いておこう!
「あの、さっき、恋人になれって一回言ったのに、なんで言い直したんですか? あ、もちろん嬉しかったんですけど。花嫁については普通に確定事項の感じだったので」
「ん? 当然だろう? お前が私のもので、吸血鬼の花嫁にするかどうかは私が決めることだ。お前が嫌がっても関係がない。だが、恋人と言うのはそうじゃないだろう?」
「あ、そ、そうですね……えへへ」
それって、つまりライラ様も私と一緒でちゃんと自分の意思で恋人にならないと意味ないって思っててくれてるってことだよね!? う、嬉しすぎる! いや信じてたけど、でも改めて言われてすごい嬉しい! そう言う価値観って大事だよね!
「んふふ。ライラ様、好き」
「ああ、私もだ」
「あ、あと、その、私はライラ様が初めてなんですけど、ライラ様って今まで恋人とかって、いないですよね?」
「いるわけないだろう。お前が初めての花嫁で、恋人だ。これで満足か?」
「えへへへ。はーい。嬉しいです」
過去の話でもなかったし、あの館でもしいたならその人も吸血鬼の花嫁になっているはずなので、いないだろうとすぐ思ったものの、確証はないので聞いたところ、ライラ様はまた私のお腹をぽんぽんしながら答えてくれた。見透かされていることすらくすぐったいながらも嬉しい。楽しい。あー、このままずっと起きててずっと夜でもいいかもしれない。楽しすぎる。
それから私は浮き立つ心のままライラ様に後から思い返して恥ずかしすぎるようなお話をたくさんして、いつのまにか眠気がきた。
そんな風にして、私とライラ様が思いを伝えあい、花嫁兼恋人になることが決まった夜は更けていくのだった。
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