第68話 吸血鬼の花嫁

「そうか……」


 ライラ様に今日会った誕生日情報を調べた流れから説明した。ライラ様は何故かむすっとした不機嫌そうな顔のまま話を聞いて、全部終わって相槌を打ってくれながらも不満気だ。

 何故かな? と首をかしげるとライラ様は不機嫌顔のまま私の頭を撫でまわしてくる。ううん? 不機嫌なわけではない?


「はい。エスト様はずいぶん喜んでおられたようですので、てっきりその気があるのかと」

「いや、ないですないです。単に私もお姉さんに見られてるんだなーと思って嬉しくなっただけです。私ももう大人ですからね」


 ライラ様の様子を置いといて、マドル先輩はさらにとんでもないことを言ってくれる。マドル先輩の中で私がショタコンと思われていたなんて。ローバー君は悪い子じゃないよ? 親分肌だしね。


「そうですか。大人ならお姉さんに見られるのは当たり前のことなので、特別喜ぶことでもない気がしますが」

「う……普段見られてないからですよ」


 だって14歳だもんね……。今思うと、ローバー君の色眼鏡があったとしてもやっぱり普通にこの街的に私は14歳に見えるのでは? この街は全体的に私の故郷よりは全体的に生育がいい感じだし。そのおかげで高身長のライラ様が目立たないのはいいけど、私の低身長が目立ってしまうとは。むむむ。


「ふっ。まあエストは小さいし、まだ子供だからな」

「ら、ライラ様ぁ。まあ、小さいですけど、でも、もうすぐ17歳なんですよ? この世界的には成人だし、そんなに子供子供っていわなくても……」


 と情けない声で反論しながら、途中で声がとまってしまう。だって、実際全然将来のことなんて考えてなかった。毎日楽しいとしか思ってなかった。将来のこと一切考えてないとか、どう考えても子供だよね。


「……いや、やっぱり子供かもです。マドル先輩が言うように、そろそろ相手を探さないといけないっていうのも、一理はあるんですよね。考えてなかったのが遅いんですよね……はい」

「は? お前、そこらの人間と結婚するつもりなのか?」

「え? まあ、はい、いずれは?」


 一瞬笑みを見せてくれたライラ様なのに、私の発言に頭を撫でるのをやめて、何故かまた眉間に眉を寄せてそう尋ねてきた。あんまり気は進まないけど、将来のことを考えるとそれがいいんだよね。とライラ様の問いかけに頷くけど、ますますライラ様の顔は険しくなる。


 あ、あわあわわわわ? え、こっ、こわ! ライラ様の顔こわっ! こんな怒ってる顔初めて見た! そもそも私に向けて不機嫌以上に怒ってる顔ってされたことないし。え、え? 私そんな変なこと言ってる? むしろライラ様の為になるから、嫌だけどそうしなきゃだよねって話なのに?


「主様、エスト様がお可愛いので手放したくない気持ちはわかりますが、エスト様もいつかは死ぬのですから、今のうちに子供を作ってもらった方がいいと思います。私はエスト様の可愛いお子様のお世話がしたいです」

「あ? 許さん」

「え?」


 ライラ様の怖い顔にひるまないマドル先輩が楽しそうな声音で声をかけると、ライラ様はものすごく不機嫌な声で否定した。でもその反応がよくわからなくて、思わずきょとんとしてしまう。

 許さんってどういう反応? 私の子供の世話をマドル先輩にはさせないってこと?


「エスト、お前が成人は20歳と言うから待ってやっていたんだぞ。わかってるのか?」

「えっと、すみません、わかってません」


 隣に座っているライラ様は真剣な顔を寄せてそう固い声音で聞いてくるので、私はますます頭が働かない。なんで怒ってるのか全然わからなくて、申し訳なくて思わずうつむきながら謝罪する。


「ふん、じゃあ説明してやる」


 するとライラ様は私の顎を掴んで上を向かせ、吐息がかかりそうなほど顔を寄せてきた。その表情は楽しそうなものになっていて、さっきとの変わりように別の意味でドキドキしながら続きを待つ。


「エスト、お前がもう大人だと言うなら、吸血鬼の花嫁になってもらう」

「はっ、花嫁!?」


 えっ? あれ!? 私の願望のせいかそんなわけない単語しかでてこないぞ!? プロポーズに聞こえる!?


「そうだ、花嫁になると成長がとまるからな。成人するまで待ってやっていたんだ。だと言うのにお前がそんな訳の分からんことを言うなら、もう私は待たんぞ?」

「あわっ、わわわわ、ら、ららららいらしゃま!?」

「確かにこの話はしてなかった。だが、何度も言ったはずだ。お前は、私のものだ、と。なのに私の許可なく人間と結婚しようなどと考えるとはな」


 えっ、ええええええええええええ!!!??? 聞き間違いでも空耳でも勘違いでもなかった!? えっ、ぷ、ぷ、プロポーズされてる!??


「そっ、なっ、えあぁ!?」


 全身の血が沸騰したかのように、一気に心臓がばくばくと痛いくらい動き出して、絵に描いたように真っ赤になってるのが自分でもわかってしまって、全然まともな声が出ない。


 だって、そんな風に思ってくれていたなんて、全然思わなかった。あそこをでて、領主様と奴隷ではなくなったかもしれない。図々しくも家族を自称して、それを受け入れてもらってた。それでも私がライラ様のものなのは変わらなかったし、そういうのではないって思ってた。

 初めて会った時から、ずっとライラ様のことは好きだった。可愛くて綺麗で、いつだって優しかった。ライラ様が喜んでくれるなら何でもしてあげたかったし、ライラ様がしてくれることは何でも嬉しかった。誰に聞かれたって大好きって答えられるし、世界で一番大好きだ。その気持ちだけは間違いない。


 だけど、それが恋じゃないって、何度も自分に言い聞かせていた。だって絶対に叶わないから。

 大好きで、愛していて、でも恋ではないって思いこもうとしていた。それでもどうしたって無理があるくらいにライラ様が好きで、好きが溢れすぎて呆れられてしまうくらいだった。


 でもまさか、ライラ様がそう思ってくれていたなんて。そんなの、嬉しくないはずない。気の迷いだとしても、一時のことだとしても、ライラ様が望んでくれた。それが分かった途端、私の気持ちはこれ以上蓋ができないくらい膨れ上がってしまった。

 私はライラ様が好き。大好き。恋をしている。恋愛感情で好き。ライラ様と付き合いたい。ライラ様と、恋人として一緒にいたい。


「ふっ。いつもながら、間抜けな顔だ。それでどうするんだ? 今すぐなるか?」

「ひゃっ、あっ、ぬぁっ、にゃりみゃす!!」

「……ふっ、ふははははは! はは! お前! 赤くなりすぎだろう! ははははは! 何言ってるかわからん!」

「んにゃぁ……」


 態度でバレバレだろうけど、自分の口で言わなきゃ失礼だ。だから早く答えようとしてもうまく舌がまわらなくて、ぬぁって変な声でたから頑張って軌道修正して返事したつもりが、もっとわけわからない返事になってしまった。でも、通じてるだろうに笑いすぎだよライラ様ぁ。


「んっ、んん! もう! 笑わないでくださいよぉ。その、なりますって、言いました……いえ、ちょっと待ってください」


 笑いすぎて私の顎の下に添えられていたライラ様の手が離れたので、私は机の上のカップを乱暴にとって飲み干し、喉を整えてから声をだす。出してから、あ、つい拗ねたように言っちゃったけど、この言い方は違うなと思った。

 これじゃあほんとに、子供だ。恥ずかしい。そりゃあ笑われちゃって恥ずかしかったけど、かんじゃったのは私だし、こんなの八つ当たりだ。ちゃんと言わなきゃ。ちゃんと、思いを伝えたいから。


 ライラ様は私の言葉に笑いをおさめ、お腹をおさえてまだ笑みが残るままに、黙って私を見てくれている。すぅ、はぁと一度だけ呼吸をしてから、私はライラ様をまっすぐ見つめてもう一度口を開く。


「その、ならせてください。なりたいです。私を、ライラ様の花嫁にしてください」

「ふっ。ああ、そのつもりだ。だからお前は人間と結婚する必要もない。ただずっと私といればいい」

「はいっ!」


 ふっと笑ったライラ様は元気に返事をした私を立ち上がって抱き上げ、久しぶりに腕に抱っこしてくれた。

 ちょっとびっくりしたけど、でもそれだけ、言葉だけでは我慢できないくらいにライラ様も思ってくれていると言うことだ。


「おめでとうございます」


 ぎゅっとライラ様と抱き合って喜んでいると、すぐ隣にいたマドル先輩からいつものクールな声をかけられた。ハッとしてライラ様の頭に擦り付けていた顔をあげる。

 いつもしてるようなことと言われたらそうかもだけど、でも今はもう恋人気分だし、何より今のやり取りを全部見られてたの、恥ずかしい! いやわかりきってることだけども! うう、ライラ様はマドル先輩がいても気にならないんだもんね。


「あ、ありがとうございます……」

「はい。それでよくわからないのですが、その花嫁になればエスト様は今のまま成長がとまり、ずっとこの可愛いまま生きてくださるのですか?」


 恥ずかしくて目を合わせないままお礼を言う私に構わず、マドル先輩は通常営業のままライラ様にそう問いかけた。

 そう言えばそうだ。プロポーズに舞い上がっていたけど、成長がとまると言うのは? もしや私もついに人間をやめ、不老不死になっちゃうのかな? ちょっとわくわくしてきた。


「そうですね。詳しく教えてもらってもいいですか?」

「そうだな。説明は必要か……だが、今更断ることなどできんがな?」


 じろ、とにらまれたけど、なんだかそんな様子すら可愛い。だって、私が断るとしたら怒るからなってことだもんね! もー! そんなことありえないのに!


「もー、ライラ様ったら。私が断るわけないじゃないですか。むしろライラ様がやっぱりやめたって言ってもお願いしますよ」

「そうか。なら慌てる必要もない。説明してやろう」


 そう言ってライラ様は私を抱っこしたまま椅子にすわり、膝に座らせてくれて頭を撫でながら説明してくれた。

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