第67話 誕生日に向けて
まだ暦の上では春だけど、港町の気温上昇は早い。すでに初夏かな? と言うくらいには暑い。暑くなると連想するのは、そう、誕生日である。
「ライラ様、今年の誕生日も近づいてきましたね」
「は? 近づいてないだろ」
「えー、暑くなってきたじゃないですか」
「いくら何でも50日以上先の予定を近づいてきたとは言わんだろ」
なのでお誕生日会についてさりげなく話題をふったところ、すげない返事をいただいてしまった。ぐぬぬ。
「はいはい、何が言いたいんだ」
不満げな私の表情にライラ様は呆れたようにしてから、私の頭をたたいて話の続きを促してくれた。お茶のお代わりをいれてくれたマドル先輩もついでに私の背中も撫でてくれたので気を取り直すことにする。
「お誕生日会ですけど、ネルさんのことも一緒にお祝いするのがいいと思うんですけど、ネルさんの誕生日って誰か聞いてます?」
「私は聞いていませんね」
「私も知らん。年は13とか言ってただろ」
二人とも聞いてなかった。直球で聞いてもいいものか悩むんだよね。あと13才って私からしたら子供だし実際ネルさんの内面幼い感じだけど、種族的にはどのくらいの扱いなんだろう。
「うーん。ネルさんってご両親は普通の人間ってことですけど、祖先に、あの、なんでしたっけ。ああいう一つ目の巨人の種族名ありますよね? サイコロピス、じゃないですけどそんな感じの六文字のやつ」
種族によって成長スピードが違うからどうなのかなって聞きたかったんだけど、その前に種族名がでてこない。よく知らないけど、なんかそう言う敵キャラがいたような気はするんだけど? 種族名じゃなくてキャラ名だったら話変わるよね。
「は? 知らんが。なんだ、種族名って。前に指が六本の女がいたが、それと同じで単に人間の突然変異なだけじゃないのか」
「え、そう言うことなんです? 人間、吸血鬼、だけがこの世界の種族なんですか?」
「知らんが。私は見たことないし、文書でも知らん、吸血鬼の国では閉鎖的だったし、人間の国のことも気づいてなかったからな」
「あー、なるほど? まあ大陸で未知の部分多いですし、お互いに知らない種族がいっぱい住んでる可能性はありますよね? その別の種族がネルさんのご先祖様に混ざっているんじゃないかと思っていまして、その種族がどんなものだったのかなーと。それによって成人の年齢が違ったり、成人の儀式とかお祝い形式とかあるなら、そう言うのしてあげたいなと思いました」
ネルさんは自分のルーツについて何も知らないみたいだし、ライラ様が知ってたらお誕生日のサプライズもかねて色々知れたら喜んでくれるかと思ったんだけどライラ様も知らなかったのか。
勝手に吸血鬼の国にいたんだから他の周辺国にもいろんな人間以外の種族がいっぱいいて、ライラ様は会ったことはなくても知識として知ってるだろうって思いこんでた。実際、ネルさんの見た目にも一切驚いてなかったし。
でもライラ様的には三メートルの一つ目でも、吸血鬼じゃないから人間だし、指の数が一本増えたのと大して違わないと思ってたのか。それはそれでものすごい器が大きいな。
「お前は変なことを考えるな。確かに祖先の血が時を超えて出てくることはあるが、だとしてあいつは自分を人間だと思って生きているんだから、本人が知らない種族だとかその種族のお祝いをされても困るだろう」
「うーん、そんなものですかね?」
ライラ様からは呆れたようにそう言われた。わからないので教えてあげられないけど、ライラ様の言いようだと知ってても教えない方がいい感じか。自分のルーツを知るのって面白いと思うけど、ライラ様はそうでもないのかな?
「お前、自分の立場だったらどう思うかで考えてみろ」
「私だったらですか?」
「ああ、例えばそうだな、実はお前は人間の姿をしているが、祖先に犬がいて、お前の心は犬だ。と言われたらどうだ?」
「うーん。心はともかく、祖先に犬がいるならこう、獣人として超パワーに目覚めないかなとかちょっとワクワクしますよね」
「……お前が変わっているのを改めて実感するな」
「えー」
犬と人間ではさすがに交配できないのでは、と言うのは置いておいて、ファンタジー世界的に可能なら犬と人の血が混じったら獣人だし、ただの人間じゃない隠された力があるかもってなるの、そんなおかしいかな? あとあくまで肉体的なルーツだから、別に祖先が何でも心は変わらないと思う。
「マドル先輩はどうですか? もし先祖が、古の魔女だったらとか」
「私に先祖はいません」
「はい」
想像の話なのにぶった切られてしまった。お茶をいれてくれた後は隣に座って編み物を真剣にしているからか、単に興味がない話題だからか。積極的に会話にはいりたい気分じゃないとか? なのに隣には座るの離れると寂しいからかな? と思うと可愛いけど。
「まあ、どっちにしろわからないのでできないですけど。じゃあ、普通に今度のお誕生日会で一緒にお祝いする感じでいいですかね」
「エスト、そもそもあいつの誕生日を聞いたのか?」
「え? いえ、聞いてません」
「じゃあ普通に聞いて、仮に夏だとしてもあいつ単独で祝ってやればいいだろう」
「え、そうですか? はあ、じゃあそうします」
別々に祝いたくない、わけではない。でもライラ様もマドル先輩も元の誕生日を無視して一緒にしているのに、他の人だけ個別でお祝いするのはライラ様を軽んじてることになるかな? とか、あと単純に誕生日覚えてなかったら悲しい話になるかなとか考えてなんだけど、まあ、ライラ様がそう言うならいいか。
言ってもネルさんは強いライラ様にはビビっているとこあるけど、基本明るくて前向きだしね。誕生日とか細かく聞いてないけど普通に大変な過去は話してくれてたしね。
なんて会話をしてから、私は何食わぬ顔で、全然お誕生日会とか関係ないけどそう言えばネルさんっていつごろ生まれたのかなー? とさりげなく話題をふってみた。
「誕生日? えーっと、確か冬だったはずだぁ。ずっと部屋の中があったかくてぇ、火がついてた記憶があるからなぁ」
「へー? え? 生まれてすぐの記憶あるんですか?」
「うーん? そりゃあ、うっすらとだけどよぉ」
えぇ、すごい。なんていうか。ますます私だけ平凡さが際立ってきたな。
と言うのはおいといて、冬。やっぱりちゃんと何月何日って考える習慣はないみたいだね。もうちょっと早く聞けばよかったけど、まあ、来年のお楽しみにしておこう。
〇
「えっ!? 17歳になるのか!?」
お仕事のついでにこの国ではどんな風にお誕生日を祝うものなのか、どういうご馳走があるのか、なんてことを情報収集していた。そのついでにローバー君にも聞いたところ、おぼっちゃまらしい豪華なお誕生日話を聞けた。そしてそのついでに年齢を聞かれたので、お姉さんの私は女の子に年齢聞いちゃ駄目だよと言いながら教えてあげたらすごくびっくりされてしまった。
「そうだよー。ふふふ。もっとお姉さんに見えたかな?」
「いや、14歳くらいかと……いや、いやだって、うちのねえちゃんより小さいから」
あんまりな言葉にショックを受ける私をフォローしてくれたけど、いやそれフォローか? ローバー君のお姉さんは13歳らしい。それより上に見てもらえただけありがとうと言うべきなのか。
「あー、その、なんだ、大丈夫だって。俺が大人になってもねぇちゃんが一人だったら、俺が面倒見てやるから」
「えっ、そう? えへへ、ありがと」
ちょっと、なんだー、ローバー君てば、私のこと14歳に勘違いしてたのも、私のことをそう言う対象だと思ってたからなんだね! 中学生に間違われたとショックだったけど、ローバー君から見たら年上だもんね。わかる、わかるよ。大人のお姉さんっていいよね。なるほど。
なーんだ、私が子供っぽすぎるってことじゃなかったんだ! もちろんローバー君とは年が離れすぎてるし、私にはライラ様がいるからね。お断りですが、その気持ちは尊重するよ!
なんて会話をしていたせいか、家に帰るとマドル先輩が食後のお茶中に突然とんでもないことを言い出した。
「ライラ様、エスト様の交配相手のことなのですが、どのようにお考えですか?」
「は? 何を言っている、お前は。エストはまだ子供だぞ」
「そうかもしれませんが、いずれは必要ですよね。やはりより美味な味になるためには厳選するべきではないでしょうか」
一瞬、後輩相手? と思ったけどわかった。これ、交配相手だ! いや、はい、うん。まあいずれはね? 二人より先に死んじゃうわけだし? 結婚して子供を作っていくことで一族として支えていくっていうのはありと言えばありなのかもしれないけど。
それにライラ様は人間の血が必要なんだし、そう言う意味でも必須かー。そこまで考えてなかった。普通にまた一般の人から募集するかもだけど、もう領主様じゃないわけだし。うーん。
全然そんなこと考えてなかった。だってまだ17歳だし。でも、この世間では17歳って結婚してる年齢だもんね。
「確かにそう言われたら、そうなんですかね。うーん、でも、冷静に考えて相手って難しくないですか?」
「今日のあの少年はまだ幼いですしね。しかしもう少しすれば子供をつくるくらいはできるのではないでしょうか」
私の状況って結構特殊な状況だ。ライラ様のような美人にお仕えしたいと言う人はいくらでもいるだろうけど、一応仮にも逃亡の身でかつ私と結婚しなきゃいけないとなるとなかなかいないんじゃないかな。そもそも絶対内緒にしてくれるだろうって信頼できる相手じゃないと駄目なわけだし。
と探すにしても難しいと思う私に、マドル先輩はとんでもないことを言う。いやいや、ローバー君はいくらなんでも年下すぎるでしょ。大人になったらとか言ってたけど、大人になる頃には私はこの世界では行き遅れだし、だいたい若いころの淡い初恋と言うのは大人になる頃には忘れるものだ。ああいうのは本気にしてはいけない。
「いやいや、マドル先輩、あの子はないですよ」
「そうですか? エスト様の好みではなかったのですか」
「おい、何の話をしている?」
私の好みとかそう言う話ではない、と言う前に、ライラ様がそう強めの口調で割り込んできた。
ライラ様はマドル先輩の話題提供から難しい顔をしていたけど、急に怖い顔になってしまった。あれ、なんか勘違いしてる? 別にライラ様の知らないところで遊んでるわけじゃないですからね!?
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