第66話 ライラ視点 春が近づく
この街に来て、それなりに時間が経った。ここまであまり気に入る街がなかったので、住んだとして馴染めるか疑問だったが、異邦人が珍しくない街柄だからか思いのほか居心地は悪くなかった。仕事も問題なかった。
いつどれくらい狩ると決められるので、面倒に感じる時もあるがそれほど手間がかかるものでもない。マドルは元々の趣味でもあるしいいだろう。エストが働く先もだが、職場環境も問題がないようだ。
やたらあの店主に可愛がられているので、仕事内容もあって危険度は低いだろう。エストは可愛いから、人間にも可愛がられるのは何の不思議もない。
問題があるとすれば、エストが働くことで以前より私と過ごす時間が減っていることだ。だが、エストが実に楽しそうに働いているので、それも仕方がない。
以前はエストが私だけを見ているべきだし、エストは私以外と関わらなくていいと思っていた。エストは私のものなのだから、他の人間と無駄に接触する必要はないし、そうすべきではないとすら思っていた。
だが家を出て、エストが街を楽しそうに歩くから。人間の街での生活を、人間との会話を楽しむから。まあ、いいかと思うようになった。エストが私のものであり、エストが私を一番好きなのは間違いのないことだ。
以前より大きくなりできることも増えたのだし、あまり縛り付けても息苦しいだろう。いずれエストは私と同じ長い時間を生きることになるのだ。長い時間を共にするからこそ、たまにはこうした気晴らしも必要だろう。
本当はすぐにでもそうしてしまい、エストが簡単に死なないようにしたいが、エストの感性では20歳から成人らしい。まだ小さいエストの成長が終わる前にとめてしまうのは可哀そうなのでもう少しだけ待たないといけないが、今も名実ともに私のものであることは変わりない。少し先の楽しみとしている。
ただ、ひとつだけ不満がある。
ネルだ。別にこいつが個人的に問題と言うわけではない。大食漢なネルに食事をふるまうのをマドルは楽しんでいる。色んな味を探求するにあたっていい試食係とでも思っているのか、あれこれとかわったものも食べさせているし、新たな着せ替え人形としても歓迎しているようだ。
どれもこれもネルも喜んでいるし、最初こそ単なる便利な道具として生み出したマドルだが今では個として存在している。身内のように思っているのは事実だし、マドルが金銭的に余裕がある中で楽しんでいるならそれはいいことだ。友好的な隣人が存在するのは悪いことではない。
だが、エスト。お前は駄目だ。せっかくの休日をたまーに人間と付き合いで遊ぶくらいなら大目に見るが、家の裏に越してきたネルはいつもいるので、休日に私が目を覚ますと毎度ネルと遊んでいる姿を見せられる。
私が起きたと知るともちろん挨拶に来るし、私とも遊ぼうとするが、あくまで私も一緒にと誘うだけだ。以前なら私と遊ぶためにあれこれと提案したと言うのに、私がいい。見ている。と言うとわかりましたと言って普通にそのままネルと遊んでしまうのだ。
こんなことが許されていいのか。
寒い中洞窟で暮らすのは大変だろうと近くを開拓してもいいと許可をだしたが、まさかこんな裏があるとは。
いや、ネルにはないだろうが。ネルは体が大きいし人間にしてはかなり強いようだが、どうもエストより年下のようだし、基本的に裏表がなく馬鹿で素直なエストに似たタイプのようだ。人に迫害されてこんなところで暮らしていると言うのにそんな性格なのは疑問だが、そんな性格だから肉体的な強さがあってなおただ逃げてきたのだろう。
そんなネルなので純粋に楽しんで遊んでいる姿を見るとやめろとは言いにくい。私に敵対するならば誰であろうと許さないが、そうではなくむしろネルは私に平服する勢いで敬ってくる。自分が強いからこそ単純に圧倒的に強い私に恐れつつも吸血鬼の意味もよくわかっていないながら尊敬しているらしい。最初は私なら怯えないだろうから仲良くできないかと近づいてきたくらいだ。そんな相手を積極的に傷つけようとは思わない。
だがエスト、お前はもっと私に構え。気にかけろ。遊んでる途中に何かあるたびに私を見てニコニコしたり手をふるだけで許されると思うな。もっとわかりやすく私にべったりしろ。
と思うのだが、しかしそれを口に出すとなんだか私ばかりがエストに執着しているようで癪だ。
誰がどう見てもエストの一番は私だし、ネルを優遇しているとは思わない。もし私がネルはマドルに任せて私と遊べと言えばそうするだろうし、実際マドルがネルの着せ替えをする時は久しぶりの二人きりだなどと喜んでいた。別にエストの心変わりを怪しんでいるとか、疑っているわけではない。
が、だからって面白いはずもない。
マドル相手であればただ遊んでいるのを見せられても気にならなかったが、どうもそれ以外だといい気分ではないようだ。
「……」
「……ライラ様?」
そう思いながらじっとエストを見ていると、エストはふいに私の視線に気づいたようで立ち止まり私をじっと見て名前を呼んできた。
今日のエストはマドルとネルと地面に大きな円を描いて交互に反対向きに出発し、ぶつかるたびにじゃんけんし、負けると退き、同時に三人目が勝った方とぶつかる方向でまた出発し、ぶつかるとじゃんけんをし、誰が最初に一周するかで勝負していた。
なんだこの謎の勝負は。エストは金も道具もつかわない遊びがうまい。よくもこれだけ思いつくものだ。前世も貧乏だったのだろう。
マドルが負けたので順番が回ってきたが気が付いておらず、仕方ないと二人目のマドルが出発している。
「………………エスト」
「はいっ、なんでしょう」
じーっと黙って見てくるので、仕方なく名前を呼んでやるとエストは犬だったら尻尾を振るような勢いで駆け寄ってきた。
むむむ。正直言ってこうしていざ遊んでいる途中で近寄ってこられると、邪魔をしたようで申し訳ないような気もするし、同時にいい気分になってしまって許してやるかと言う気にもなってしまう。
「その……なんだ、楽しそうだな」
「はいっ。ライラ様も一緒に遊びましょうよ」
「私はそんなことはせん」
「えー、ライラ様も一緒だともっと楽しいと思うんですけど」
「ふん。私がはいったら、どーんの時点で勝ってしまうぞ」
ぶつかる際、両手を合わせてどーんと声をあげてからじゃんけんしているが、私がそれをするとじゃんけんの前に吹き飛ばしてしまうだろう。
「いや、それは普通に手加減してくださいよ。むーん……じゃあじゃあ、ライラ様、私と一緒にしましょうよ」
「ん? どういうことだ?」
「二人で一緒に行って、私がどーんしますので、ライラ様がじゃんけんしてください」
そう言ってエストは私の手をとって遠慮なく体重をかけて引っ張る。もちろん軽すぎるので私が動くわけがないが、そうもされて無視するわけにもいかないので立ち上がってやると、エストはにっこり笑顔になってから私に背をむけた。
「こんな感じです! 二人羽織ですね!」
そして私の両手をつかんで自分の胸の前にもっていくものだから自然と私がエストを抱きしめるかのような形になり、強引に出発させられた。
おい、なんだこれは。可愛すぎるだろうが! 何を自然に抱きしめさせてるんだ! お前はどれだけ甘え上手なんだ!
「あ、行きますよ。しゅっぱーつ」
エストの可愛さに私は抵抗する気がまったく起きないまま、エストに引かれるままその背にくっついて抱きしめて仕方なく出発地点からマドルがじゃんけんに負けたタイミングで出発する。
「どーん!」
「どーん……ど、どうもぉ」
身長を合わせるため、ずっとしゃがんで参加しているネルが手のひらをたたかれるようにして手をあわせてから、私を見て遠慮がちに挨拶してきた。最初に顔を見た時にも挨拶をしているのに、困った時は挨拶をしていれば誤魔化せると思っているようだ。
このままだと話がすすまないので私からじゃんけんをしてやることにする。別にエストの思い通りになってやるわけではないが、可愛いエストと離れがたいので仕方ない。
「いくぞ、ネル。じゃんけん」
「あ、はい、ぽん」
……負けた。別に私が本気を出せば相手が出す手を見てから勝ち手をだすことはできるが、それではさすがに面白くないので意図的に見ないようにしているのだ。しょせん遊び。絶対に負けないのもつまらない話だ。
しかし、だからと言って負けて楽しいものでもない。
「エスト。つかまれ」
「えっ、わわっ」
私はエストの歩みでとろとろしていられないので、さっと持ち上げて肩車をした。最近はしていなかったがエストはなれた様子で私の頭に捕まったので、足先を脇に挟んで固定してから腕を組んでネルに言ってやる。
「ネル、この私が一緒に遊ぶ以上、そんな手加減はいらん。立て」
「へ? でも、そしたらさすがに歩幅が違いすぎるよぉ?」
「そもそもしゃがんだままよちよち歩きも遅すぎるだろうが。こうして肩車していればお前と高さも合う。どーんもそのままできるだろう。さあ、仕切り直しだ」
そう宣言して出発地点に振り向く。二人のマドルが肩車した状態で待ち、ワクワクしているくせにどこか不満そうな顔を作っていた。
「ライラ様、途中から参戦して場を仕切るのはいかがなものかと」
「うるさいぞ。私がルールだ」
そうして日が沈むまで遊んだ。全員がそれなりの力で走るのでさっきとは比べ物にならないスピード感で、何度も周回することはできたが、最終的にはあまり差はつかなかった。
なんだ、まあ、エストに合わせて遊ぶのも悪くはないが、エストと力を合わせるのも悪くない。それにこうしてみるとネルは思った以上に動ける。マドル以外の人間としっかり体を動かして競うのも悪い気分ではないな。これからはたまには私も遊びに付き合ってやらんこともない。
別に、エストが構ってこないので私から構ってやっているわけではない。
そんな風に私が新しい環境になじんでいるうちに、冬の季節はすぐに過ぎて行った。
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