第65話 マドルと散歩
年越しの時はネルさんとも一緒に過ごした。せっかくなのでとお誘いしたら、申し訳なさそうにしながらもとっても楽しんでくれたのでよかった。
あと普通の人間より寒さに強いみたいだけど、それでも家は寒いと言っていて、洞窟の家は寒さ対策的にはあんまりよくないみたいだったので、裏庭に家を作るのはどうかと提案してみた。うちの裏庭はどれだけ開拓してもいいよって許可ももらっている。
うちの家には住めないけど、新しく大きな家を作る分にはできる。夏はいい家なんだろうし、あくまでこの街で寒い2か月とかだけの一時的な話としてならありなのでは? と思っての提案だ。
するとマドル先輩がとっても乗り気になった。家づくりにも興味をもっていたマドル先輩だ。ここでの生活にもなれて、練習がてら家をつくれるとなるとちょうどいいと思ったのだろう。遠慮するネルさんにぐいぐいとプレゼンしてマドル先輩とネルさんの二人で家を作ることになった。
なお、私は危ないから絶対ダメ。と言われた。まあ二人とも簡単に木を切って倒してるし、普通に危ないのはわかるのでここはでしゃばらないことにした。
なんてこともあり、我が家の裏手は工事中だ。マドル先輩の人員とネルさんの手がとられているのもあり、私はライラ様が眠っている間は暇なのでミニマドル先輩と一緒に遊びに行くことにした。
「マドル先輩、お家はどのくらいでつくれそうですか?」
「そうですね。一週間もあればできるかと」
「えっ、そんなに早くできるんですか?」
年始のお休みを過ぎて働きだし、それと同時に建築方法や必要な道具を買いまとめたばかりだ。設計図や必要なものはお休みの間に作っていたけれど、あと一週間は早すぎる。まだ木を加工している段階のはずなのに。
だけどびっくりする私にマドル先輩は不思議そうにすらしている。
「そうでないと、防寒の為に間に合いませんから」
「それはそうですけど、てっきり凝った感じにするのかと。一週間だと倉庫みたいなシンプルな寝るだけになりません?」
「後から改造はできますから」
「なるほど」
街中に行くとミニマドル先輩とお話ができないので、私は港の人気のないあたりを歩いているところだ。温かくなってからの海水浴に適した場所を探すのを兼ねている。
マドル先輩は胸ポケットから顔を出してくれていて、ちらっと見る度に顔をあげて目を合わせてくれるので、お話相手としてだけではなくとっても癒される。遠目に人影がないではないけど、声が聞こえるような距離でもないから大丈夫だろう。
ミニマドル先輩はお家に帰るとすぐ回収されるし、こういう機会でもないとじっくり見ることがない。だけど見れば見るほど、可愛い。ただ小さくなったんじゃなくてお人形さんのような三頭身のフィギュア感。まじまじと見たい可愛さ。
でもあんまり物みたいに観察したら失礼だからね。こうして自然に見ないと。
「そう言えば今思ったんですけど、マドル先輩ってパンツはいてるんですか?」
「……なぜ、今それを思ったのですか?」
「ほら、マドル先輩って服もご自分の体でつくられてますから、下着までつくられてるのかなーと。ミニマドル先輩って身長より高く飛んだり跳ねたりしてるので、見えたら大変だなと思いました」
あとフィギュアと言えば逆さにしてのぞいちゃうよね、と思いついたことは黙っておく。今までは何にも思ってなかったし意識してなかったけど、一度思いついた以上、ミニマドル先輩のスカートが翻るたびに気にして変になってしまいそうだからね。こういうのは先に聞いておいた方がいい。
私の説明に納得してくれたようで、一瞬変な人を見るような感じだったマドル先輩だったけど頷いてくれた。
「そうですね。正確に言うと下着は再現していません。ですがそもそも、スカートの中をそこまで再現していないので、ご心配いただくようなことはありませんよ」
「なるほど?」
お菓子のおまけのフィギュアみたいに、太ももあたりから埋まって一体化してる感じなのかな? だったら安心だね。
なーんて話をしながら海を右手に歩いていくと、整備された石造りの船着き場が終わった。海に突き出た足場はなくなり、急斜面に海に向かっていくごつごつした岩の大地が顔を出している。岩礁地帯っていうんだっけ。カニとかナマコとかとれそう。でもそれも目に見える範囲まででその先は断崖絶壁となっている。
「砂浜と言うのはこちらにはないようですね。そもそもそれはどこの港にもあるものなのでしょうか?」
「うーん、あると思いますけど、前のとこだと結構埋め立て地とかもあったので自然な砂浜がどれだけあるかと言われたらどうなんでしょう」
「埋め立て、ですか。船を使うためには人為的な施設が必要ですから、逆に砂浜があっても埋めてしまう可能性もありますね」
「あ、なるほど」
考えてみれば砂浜からはボートはともかく、船が浮かぶまで沖にいけば人間や荷物を乗り降りさせるのがとても大変だ。浜まで持ってくると出発できないし。そう考えると砂浜は遊びにしかつかえないから、こういう港町では逆にない可能性があるのか。
この辺りは元々砂浜ではないっぽいけど、その上に足場として船着き場が作られてるもんね。さすがマドル先輩。でも夏は海遊びするって聞いてはいるから、船が出入りしない危なくない海の入り口もあるはずなんだけどなぁ。
「この辺りもちょっと水遊びするにはちょうどいいんですけどね。よっと」
「エスト様、危ないですからとまってください」
「え? いや、大丈夫ですよ。気を付ければ小さい子でも遊べる場所ですから」
ぱっと見は岩がごつごつしていて、凹凸に水たまりもたくさんあって危なく見えるかもしれないけど、むしろ海に入れないくらいの小さい子が貝や小さな魚を見つけて楽しんでるイメージだ。冬なのでちゃんと厚着してるし、大丈夫大丈夫。
「多分この辺でも簡単な椅子とか置いたら、釣りとかできると思いますよ」
「こんなところでですか? 人間は大変ですね」
娯楽の話なのだけどあんまり通じてないな。それにこんなところで簡単な折り畳み椅子で座るのってこの世界だとしてないかも。まあいいか。立っては釣りしてるだろうし。
「あ、マドル先輩、なまこですよ、なまこ」
「なまこ、ですか」
近寄ってしゃがみ、つんと指先でつつくと胸ポケットから飛び出したマドル先輩がなまこに近づき、興味深そうに見ている。お店でもあんまり売ってなかったから、初めて見るのかな?
「そうです。結構美味しいって聞いたことありますよ」
「これを食べるのですか? エスト様、そのようなことをする必要はありません。もしお金がないとしても、私が魚をとってさしあげますから」
「あの、食べるものがないからじゃなくて、単純に美味しいから食べるって話なんですけど」
「……」
めっちゃ嫌そうな顔をされた。ここまではっきり表情を出すのは久しぶりだけど、今その顔ですか。まあ、私が知ってるのと色がちょっと違うし、毒があるかもだから食べようとは言わないけども。
「食べませんからその顔やめてください。でもこうやって海洋生物見るのも楽しいでしょう? 今度ライラ様誘って遊びにきましょうよ」
「そうですね。ライラ様も一緒なら安全ですし、いいと思います」
私の提案にマドル先輩は頷くとジャンプして私の胸ポケットに戻ったので立ち上がる。これ以上ここにいてもマドル先輩はいい顔しないだろうし、そろそろおやつの時間だ。
「じゃあ、ライラ様も起きるかもですしそろそろ帰りますね」
「はい、それがいいかと。エスト様がいつ波にさらわれるか、心配していましたので」
「えー、ふふふ。そんなことないですって。ほんと、マドル先輩って心配性ですよね」
波は特別荒れているわけでもないし、波打ち際までも行っていないのにそんな心配をしていたなんて。さすがに心配性がすぎて笑ってしまった。だけどマドル先輩はそんな自覚もないのか真顔のまま見上げてくる。
「私は単にこの場所が危ないので言っているだけです。それにライラ様には負けます」
「えー、そうですか?」
「そうです。ライラ様はエスト様を心配するあまり、お店で働く初日はずっとお店の近くで見張っていたくらいですから」
「えっ? そ、そうなんですか!?」
まあ確かにライラ様も過保護なとこあるけど、と思ってるととんでもないことを暴露された。
確かにめちゃくちゃタイミングよく迎えに来てくれた記憶があるけど、え!? ずっと見張ってたの!? 言われてみると、マドル先輩とライラ様はあの時謎に起きてたみたいな会話をしていたような?
全然気づかなかった。もちろん気配とかわからない私がライラ様が本気で隠れて気づくわけないけど、会話を聞いてもまったく気づいてなかった。
「えーっと、でも思い出したら、ライラ様口留めみたいなこと言ってませんでした?」
単に迎えにきてくれたのをごまかすための会話と思っていたけど、そう言うことならあの黙れは口留めだよね? なんで普通にばらしたの? と思ったのだけど、マドル先輩はそう思っていなかったのか、首をかしげられた。
「はい? そのようなことは言われていませんが」
「でも黙れって言われてませんでした?」
「あの時は静かにするようにと指示を受けましたね」
「あ、はい」
そう、だけど? えーっと、まあいいか。そっか。そっかーーー、ライラ様、何でもない風にお仕事に送り出してくれたふりして、心配して寝ずにずっと傍にいてくれたんだ。へーーーー。そんなの、嬉しいに決まってるよね!
に、にやけてしまう。それを必死に隠してたのも可愛い。過保護すぎるとは思うけど、それだけ私のこと大事に思ってくれてるわけだし、なのにそれを隠して送り出してくれた優しさもさぁ、好き。
「ふ、ふふ。えへへへ」
「エスト様? お顔が崩れてますよ?」
「えへへ、だってうれわっ」
にやけながら岩礁地帯を抜けて安定した地面に戻ってきたので、その喜びの勢いでスキップしたところ、転がっていた石を蹴っ飛ばして勢い余って態勢を崩して普通に転んでしまった。
「いたた? あれ?」
膝をついてからの手をつく、と言う四つん這いの体勢になってしまい、衝撃で声をあげてから、あれ、思ったより膝が痛くないぞ、と気づいた。その態勢のまま自分の膝を見ると、膝の下に大きめのハンカチのようなものがしかれていた。
「まったく、気を付けてください」
「えっ、まっ、マドル先輩!?」
不思議に思っているとそのハンカチから声がして、慌てて膝をどけるように横に座り込むと、ハンカチはすっと私の胸ポケットに飛んできて入り、ぴょこんとミニマドル先輩が顔を出した。
「そうです。怪我しないようにとっさに見られてもいいよう守りましたが、膝が限界でしたね。手は大丈夫ですか?」
「えっと、大丈夫です。すみませんでした」
自分の手を見ると勢いよくついた為、全体的に赤くなっているのと細かな石が多少くいこんでいてちょっとだけ皮がむけてたり、ちょっとだけ血の色がにじんでる。でも血が垂れるほどでもない。勢いがよかったのでちょっとじんじんするけど、明日には治るだろう。
とはいえ、マドル先輩がいなかったら普通に膝は擦り傷で怪我をしていただろう。うぅ。転んだらさすがに言い訳できない岩礁地帯を抜けたので油断してしまった。そこから転がってる石がそこそこあったのに。
「大丈夫ならいいですけど、今後は絶対に私が危ないと言った場所には立ち入らないと約束してほしいです」
「うぅ……はい、約束します」
いや、私も転んだら危ないとはわかっているから気を付けていたし、気を付けてさえいればそんなに危ない場所ではない、と言うのが今のですべて言い訳になってしまった。
く、悔しい。小さい子と思われても仕方ない。でも、だって、ライラ様が私のこと好きすぎるから……っ! う、駄目だ。マドル先輩に迷惑かけたのに思い出してにやけてしまう。
「さぁ、早く帰ってその手を消毒しましょう」
「はーい。……あの、今のはライラ様には内緒にしてくださいね? 心配かけたくないので」
立ち上がってしょんぼりしつつマドル先輩にそうお願いすると、マドル先輩はむぅと不満そうに眉をよせてから、ゆっくりため息をついた。
「……仕方ありませんね。あまり好ましいことではありませんが、大きな怪我はありませんし、エスト様がそのようにおっしゃるなら、私も手を守れなかった責任がありますので、内緒にしておきましょう。二人の秘密ですよ」
「はいっ。えへへ。以後気を付けまーす」
失敗してちょっぴり落ち込んだけど、マドル先輩と二人の秘密ができてなんだか今まで以上に仲良くなった気持ちになれたし、まあいっか! そしてこれからはほんとに気を付けよっと!
と前向きな気持ちで家に帰った。すぐにライラ様にはばれてしまったけど、事実としてちょっと転んだだけだし、普通に呆れられるだけで済んだ。よかったよかった。
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