第64話 冬が近づく

 新しいお隣さんができたりしているうちに、そろそろ年が変わると言う頃になった。息も白くなっていないし、涼しくなったとは言っても全然まだ寒いと言う段階ではなかったので時間の経過が早く感じてびっくりしてしまった。


「ライラ様、この辺りでは年越しの時に海に好きな食べ物を投げいれるらしいですよ」

「なんだ、その野蛮な風習は」

「えぇ、面白そうじゃないですか?」

「それをするなら私はお前を冬の海に投げ込むことになるぞ?」

「あ、野蛮な風習ですね。やめましょう」


 風習は国どころか街によっても違う。そう言うのが結構面白くて好きなのだけど、ライラ様に話したところとんでもないことになりそうなのでやめることにする。

 しょせん寝る前のちょっとしたおしゃべりだ。ライラ様は私の手のひら返しにおかしそうに笑いながら、私のお腹の前にあった手をあげて頬を撫でてきた。


「くく。なんだ、お前、私が本気でお前を海に入れると思っているのか? 可愛がってやっていると言うのに、心外だな」

「えー、えへへぇ。だって、夏だったら普通に海に入りますし」


 このあたりはそこまで寒くないのもあって、ライラ様なら遊び半分で海に私をいれても全然おかしくない気もしなくもない。なのでごまかすように笑うと、ライラ様はふっと笑みを深くして撫でた指先で遊ぶように頬に食い込ませてくる。


「寒い冬にそんなことをしたら死んでしまうんだろう?」

「死んでしまいますね」

「ふっ。だろうが。本当にお前は、手のかかるやつだな」


 そのまま喉まで撫でられる。んごろごろ。猫になりそうだ。ベッドに腰かけたライラ様の膝に横向きに座ってる形なので、すでにペットモードな気もしないでもないけど。


「ライラ様、夏になったら海で泳いだりしましょうね」

「ふむ。海な。まあいいが、危なくはないのか? お前くらい小さいと魔獣ではないただの魚でも食べられる可能性があるだろう?」

「そんなわけ、まあ、ないですよ。いえ、クジラとかサメとか大きな生き物も海にはいますけど、浅いところなら大丈夫だと思います」


 そんなわけないですよー、と軽く言おうとしてから、いや、この世界の海事情知らないな。と気づいたので濁す。前世の海水浴がレジャーとして盛んな時代だって、ちゃんと管理された場所じゃなかったら普通に危険だったしね。


「曖昧だな。まあ、マドルが調べて安全な場所があればいいぞ。そう言えば、ネルが森の中に湖があると言っていたな。そっちの方が安全かもしれんな」

「あー、それはそれでいいですね」


 湖での水遊びは安全だしいいよね。海とは別の楽しみだけど。

 と相槌をうってから、そう言えばネルさんと出会ってそろそろ一か月だけどライラ様がネルさんに言及したの初めてだ、と気づいた。

 あれから頻繁にライラ様と朝には顔を合わせ、なんなら一緒に狩りをすることもあるそうで、ネルさんもライラ様になれてくれてきてる感じはある。でもこうして二人の時に話題にでることはあんまりなかった。ライラ様にもネルさんの存在が馴染んできたってことかな。よきかなよきかな。


「そう言えばネルさんと言えば昨日、肩にのせてもらったんですけど、めちゃくちゃ高くてすごかったですよ。空を飛ぶのとは違って」

「エスト」

「ふぇ? え、えっと、どうしました?」


 ライラ様も今度のせてもらったらどうかな、と言う軽い気持ちでおすすめしようとしたのだけど、何故か遮るように名前を呼ばれた。思い出すのに無意識に視線を天井にやっていたので不意打ち気味に顔を寄せられて、思わず身をひきそうになるのを顎を掴んで固定されていて、お顔が近くてドキドキしてしまいながらなんとか尋ねる。


「お前、それはわざとやっているのか?」

「え? それっていうのは、なんでしょう」

「私がいない時にネルと遊ぶのは、マドルがいるならいいだろう。悪いやつではないようだ。だがな、私の前でわざわざ名前をだして、私を嫉妬させようとしているのか?」

「え、あ、あぇ……?」


 ぐっと、吐息が触れるほど顔をよせたライラ様は私の顎を掴んだまま、親指でそのまま私の顎から唇の端までを撫でた。そのどこか艶のある楽し気な声音と瞳に吸い込まれそうになりながら、なんとかライラ様の言葉の意味を咀嚼する。

 えっと、つまり……今の私の発言に、ライラ様、嫉妬したって、こと!?


「ら、ら、らいらしゃま……ひゃわ」

「はは。また、間抜けな顔をしているな」


 感情が高ぶって自分でも何を言うか決まらないまま口を開くと口元のライラ様の親指がしゃべりにくくて、どうしようと思うより早くライラ様の人差し指がつっこまれた。当然変な声が出る私に、ライラ様は楽しそうに笑ってから指を抜いた。


「ら、ライラ様がそうしたんじゃないですか。……えっと、でも、すみません。気を付けます。でも……ライラ様が嫉妬してくれたの、嬉しいです」


 遊ばれてるし、玩具みたいなペットみたいな扱いなのはわかってる。それに否はない。でも、ライラ様が私がネルさんの話をしただけで嫉妬したとか、そんなの、嬉しすぎる。


「ふっ。別に、嫉妬したとは言っていないだろう」

「えぇー、いや、まあそうですけど……」


 だから素直にそうお礼を言ったのだけど、ライラ様はあんな言い方で期待させたのに否定してしまう。いい笑顔だけど、私をからかってるだけだったのかな? それでも冗談でもそう言う発想がでるだけで嬉しいけども。


「くっ、くくくく、くはは。お前は本当に、可愛いな。ははは」


 と思わずふてくされたような声になってしまった私に、ライラ様は私の顎から手を離し、背中をぽんぽん叩いて顔も離して心底楽しそうに笑った。

 からかわれてたのと可愛いの言葉で二重に顔が赤くなってしまう。楽しそうだしいいけどー。むしろライラ様がこんなに笑ってくれるの嬉しいけどー。うぅ、恥ずかしい。


「ははは。ふふ、ふぅ。……だが、いい気分ではないのは事実だ」


 照れていると、笑いがおさまったライラ様は私の鼻をつまんで顔をあげさせてそう言った。その急変にきょとんとしてしまう私に、ライラ様はごつんとおでこどうしをぶつけてから、まるで獲物を狙う時のように瞳をほそめた。


「エスト、昼は私以外と遊ぶのもいい。だが、今は夜だ。夜は私だけを見ていろ。お前は私のものだと言うことを、忘れるなよ」

「えっ、えへへ」


 そして告げられた言葉はわかり切った事実なのに、なんだかとっても嬉しくなってしまう。我ながら単純だ。ますます顔が熱くなってしまう。


「はい。忘れません。と言うか、忘れたことないですよ。私はずーっとライラ様のものですもん」


 ごまかす様にライラ様に抱き着いてはしゃいだ声音で答えると、ライラ様は私の頭を撫でて腰に手をまわしたままベッドに転がった。


「ああ、いい子だ。そろそろ寝ろ」

「はーい」


 こうして私は涼しくなって冬の季節を迎えても、ライラ様とほかほかの夜を過ごすのだった。









「エスト様、そっちではありませんよ」

「えっ、あれ? 三つ目の角を右でしたよね?」

「それはこの次です」


 ただいまお仕事中だ。すっかりお仕事内容にもなれたからか、今日はついにお使いを頼まれた。

 お得意さんでいつもいろんなものを買ってくれる人なのだけど、先日足を怪我して移動が億劫と言うことでしばらく特別に宅配対応をすることになったそうだ。これも私が勤務するからできる新サービス。私、信頼されてるし役に立っている。と意気揚々とやってきたのだけど、胸ポケットのミニマドル先輩に注意されてしまった。

 どうやらさっき私が二本目だと思ったのは単なる家と家の隙間で、行き止まりの道とカウントされないものだったらしい。く、悔しい。ミニマドル先輩は私より視界が狭いはずなのに。


「マドル先輩、ほんとに地理に強いですよね」

「そうですね。私としてはわからないほうが不思議です。方角もわからないのですよね?」

「いや、方角とか本当になんでわかるのか謎ですよ」


 マドル先輩はマッピング能力がすごくて街中で迷わない、だけではなく何も目印がなくても方角を間違わない能力をもっている。目をつぶったままでもわかるし、磁力パワーも持ってるのかな。


 ちらり、と胸ポケットを見ると外から見えないよう中から顔を出さないようにしつつも、小さなマドル先輩が私を見上げている。

 今のところ危ない目にはあっていないけど、こうやって必要な時だけ顔を出してアドバイスしてくれるのでとても助かるし、とても可愛い。


「えっと、じゃあこっちで、あそこかな?」

「そうですね。では頑張ってください」


 ちらっと目までだけだして確認してからマドル先輩は奥に引っ込み、ハンカチを上にだしてしまった。確認もしてもらったので私は目的の家を尋ねた。


「あらー、エストちゃんよく来たね。寒い中ごめんねぇ」

「大丈夫だよー。大変だったね。足まだ痛い? 大丈夫? ご飯は食べてる?」

「大丈夫だよ。食事なんかは娘が作りに来てくれるからね」


 常連のお客様は、当然まだ新人くらいの私もよく顔をあわせている。おばあちゃんと同年代のお友達なのもあって可愛がってくれる人だ。


 頼まれていた食材に、石鹸などの消耗品。そしておばあちゃんからのお見舞いのお団子だ。


「お団子まで、悪いねぇ。そうだ、エストちゃんも食べていくかい? 私一人じゃ多いからねぇ。一緒に美味しそうに食べてくれる可愛い店員さんがいてくれると助かるんだけどねぇ」

「はーい! ここにいるよ!」

「ああ、助かるねぇ。それじゃあお茶を」

「私がいれるよ、座ってて」

「そうかい? 悪いねぇ。好きに開けてつかってくれていいからね」


 と言うわけで台所へ。食材も片づけてしまって、お茶の準備だ。お客さんがダイニングテーブルについたままでキッチンを見れないのを確認してマドル先輩もお手伝いしてくれた。


「ふむ。少々掃除が行き届いていないのが気になりますね」

「ん、そうかな。じゃあ、やっちゃいますか?」

「やっちゃいましょう」


 と言うわけでお茶を一緒に楽しんでから、これもサービスとミニマドル先輩の手もかりてお掃除をした。

 ミニマドル先輩自身が掃除道具になってくれたりもして、まさに一家に一台どころか、一人に一つのマドル先輩レベルの大活躍だ。


 こうして冬に備えての大掃除もして顧客満足度120%のお仕事をこなす私たちなのだった。


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