第63話 出会い3

「ただいま帰りましたー。あっ。ネルさん!」


 家に帰ると、ネルさんが家の中にいた。ダイニングテーブルが隅に寄せられ、大きな布が引かれた上に座っている、と言うか多分まっすぐ立てないよね。頭が当たるから。

 それはともかく、朝とはずいぶん様子が違っていた。まず髪は綺麗にカットされているし艶もある。そして何より、服が全然違う。朝はワンピースと解釈していたけど、正直に言って一枚布をかぶっているような簡素なつくりで長年着こんでいるのが見てわかるものだった。


 それがなんということでしょう。綺麗な青色のシャツに、黒い七分丈のズボン。どちらも仕立てが丁寧で、背中やサイドにもしっかり折目のついたぱっと見は上品な服装になっている。

 この世界の女性はあまりズボンをはかないけど、ズボンでもあまりある女性的な体つきなのが分かるし、切りそろえられたおかっぱの濃い茶色の髪のすっきりした感じとあわさって全然違和感はない。背が高い分手足も長くてモデルさんみたいだ。


「お、おかえりぃ。へへ、わでが言うのも、おかしいよなぁ」

「ネルさん! 朝ぶりですね。いてくれて嬉しいです。ていうか、めちゃくちゃ似合ってますね!」

「お、おお。へへへ。そうかぁ? マドルさんがしてくれてよぉ」


 照れたような顔で片手をあげて迎えてくれたネルさんは褒めると顔を赤くしてさらに緩めた。黙っているとびしっとした感じなのでギャップでより可愛らしい。


「帰ったか」

「あ、ライラ様、ただいま帰りました」

「ああ。座れ」


 入ってすぐ向かいの壁にもたれて座っていたネルさんにそのまま挨拶していると、右手から寝室のドアが開いてライラ様が出てきてくれた。ライラ様はいつも通りの様子で私を見て、まっすぐ移動されたダイニングテーブルの椅子を一つひいて机に対して直角に座り、私に自分の膝を指して言った。


「はーい、ただいま」


 最近では寝る前くらいにしか膝にのることはないので珍しい。でもここでどうしたんですか、などと言ってチャンスを逃す私ではない。すかさずいいお返事をして、ライラ様のお膝にお邪魔する。

 ライラ様のお膝にのるとライラ様のお顔とほぼ同じ高さになる。ライラ様は足が長いからね。さすがにネルさんの前で横向きで座ってライラ様のお顔に照れてるところを見られるの恥ずかしいので、普通に座らせてもらう。


「えへへ。どうしたんですか? ライラ様。今日は機嫌がいいみたいですね」

「うむ。まあ、気にするな。そいつと話がしたいならしていていいぞ」

「あ、ありがとうございます」


 頭を撫でてくれたライラ様に話をふると、どうしてもネルさんのことが気になっているのがばれていてちょっと申し訳ない。せっかくライラ様がお膝にのせてくれているのに。でもネルさんと言うお客さんも珍しいし、色々お話したいよね。

 私は胸ポケットからミニマドル先輩をテーブルに出してから、ネルさんに向く。ちなみにミニマドル先輩は帰るとすぐに大きなマドル先輩と合体する。


「じゃあ改めて、ネルさん、すっきりした髪型とスマートな格好がとってもお似合いです!」

「お、おー。ありがとうなぁ。最初は風呂に入らされて、きたねぇかってちょっと落ち込んだけど、ここまでされたらありがたくってなんも言えねぇよぉ」

「いえ、汚いとは申しておりません。我が家のお客人として迎えるには少々問題のある格好だっただけです」


 どうやらやや強引にネルさんの身支度を整えたらしい。マドル先輩らしい。汚い汚くないは置いておいて、いい恰好ではなかったもんね。特に人を着飾るのが好きなマドル先輩としては耐えられなかったのだろう。

 ネルさんも満足げにはにかんでいるし、win-winなので許してあげてほしい。


「いいってぇ。湖で洗ってたつもりだけど、洗ってくれたお湯はすげぇ黒かったもんなぁ。そんで服までつくってくれて、お礼を言うしかできねぇよぉ」


 ネルさんサイズを常備しているわけがないので当たり前だけど、ネルさんが今着ている服はマドル先輩が新しく仕立てたものだ。刺繍などはないシンプルなつくりとは言え、相変わらず仕事が早い。


「お二人とも仲良くしてたみたいでよかったです。今日は晩御飯も食べて行ってくださるんですよね」

「お、おお。……ほ、ほんとにいいのかぁ? わで、あれもこれも、してもらってばっかでよぉ。金もねぇし、なんもできねぇし。それに、ライラ様に確認取らなくていいのかよぉ?」


 あ、ライラ様の呼び方がスムーズになっている。朝は私が紹介したままだったから、敬称も名前だと思ってるっぽいなーと察してはいたんだよね。

 でもかといって、ライラ様のこと呼び捨てにされると、ライラ様は気にしなくてもうーんちょっとって感じだったので突っ込みにくかったのだけど、マドル先輩がうまいことしてくれたみたいだ。ライラ様がここのご主人様というのもわかってくれてるみたいだ。マドル先輩のこともさん付けになってるしね。さすがマドル先輩。


「ご飯くらい大丈夫ですよ。ね? ライラ様」

「お前らがいいなら好きにしろ」

「はい! ありがとうございます。でも、そうですよね、ネルさん、お金がないんですよね……」


 今日のことはそれでいいとして、今日だけじゃないよね。これからもネルさんとはお隣さんとして付き合いが続くんだ。

 そうなるとネルさんの生活環境も気になるところだ。ネルさんは森に引きこもって自給自足生活をしている。そう聞くとなんだかいい気もするけど、人と関わらないと言うのは文化的生活は望めない。服はもちろん、調理もろくにしてないと言う話だ。

 さすがに可愛そうと言うか、何かしら改善してあげたい。本人がそれで満足してるならともかく、美味しいご飯に泣いちゃうくらいなわけだし。


 とはいえ、だからと言ってこの家で暮らすわけにもいかない。ネルさんは立つこともできない広さだ。それにネルさんだって自分で今まで自立して生活してきた大人だ。今も遠慮しているし、一方的に世話になる気はないだろう。この家のペット枠は私が埋めてしまっているしね。

 とはいえ、手を貸すくらいはできるだろう。まずネルさんの生活をもう少し詳しく知りたい。


「ネルさんって、どんな感じの家に住んでるんですか?」

「ん? 家かぁ? ここからちっと離れたところに、いい感じの洞窟があるんだぁ。わででも入れるくらい大きいから、雨風しのげるし、ドアもつけてっから、ちゃんとした家だぞぉ」

「なるほど。大地に根差したいいお家なんですね」


 洞窟って実際に見たことないからうまく想像できないけど、ドワーフとかそう言う家に住んでそうだよね。よかった。家は思ったよりちゃんとしたのに住んでた。じゃあお金だけだね。

 うんうん、と腕をくんで頷くとライラ様の手が私のお腹にシートベルトのようにまわされた。とってもしっくりくる。ライラ様に軽くもたれながら話を続ける。


「お金の話ですけど、ご存じかと思いますがうちもライラ様が狩りをしてくださってそのお肉を売って生計をたててるんですね。よかったらネルさんの分も一緒に売りましょうか? そのお金でネルさんの分の服とか必要なもの用意できますし。あと料理器具とか、買わないと調達が難しいものもあると思うんですけど」

「????? え、えーっと、つまり、肉を狩ってくれば、それでエストたちが色々してくれるってことなんかぁ?」

「そうですね。お肉以外に木の実とかも大丈夫です。その分、手間賃として私たちも多少もらいますし、お互いに悪い話ではないかと」


 実際にはネルさんの分がなくても売るし買い物もするしついででしかないから、手間賃をもらう必要はないと思う。でもそう言う風にしたほうがネルさんも気を使わないだろうしね。

 マドル先輩にちらと目をやると、こくんと頷いたマドル先輩はネルさんに近づいた。


「ネル様、狩ったお肉を持ってきていただければお食事もサービスさせてもらいます。私の作る料理はこの街で最も美味です。もっと食べたくありませんか?」

「食べたいなぁ。ううん、そりゃあ、わでにはいい話だけどぉ。……ほんとにいいのかぁ? わで、大食らいだから大変じゃないかぁ?」

「私も、ネル様のお世話をするのは嫌いではありません」

「マドルさん……わかったぁ。ならわで、いっぱい稼げるくらい、いっぱいいろんなもの持ってくるだ!」


 にこっと笑顔になってネルさんは元気に答えてくれた。うんうん。よかったよかった。これでお互い気兼ねなく気分よく交流していけるというものだ。


 それからマドル先輩が積極的にお話しして詳細を煮詰めていった。私たちがお肉を納品していくことで以前から価値のあったお肉だけど、多くの人の口にわたることでより需要は高まっているそうだ。滅多に食べられない超高級品だと我慢できるけど、ちょっと頑張れば手が伸びる嗜好品レベルになったことで、逆にたくさん売れるようになったとか。

 ライラ様がその気になればいくらでも狩れるわけだけど、あまり騒ぎにならず目立たないよう、かつ生態系を壊して数が減ってしまわないようにされているので、どこまでできるか測りかねていた。


 そこでこの森でもう何年も暮らしていて、ここまで人間に見つからず、縄張りとして大きな獣に認識されながらもほどほどの距離で共存しているネルさんの知識は感覚的なものもおおいけど大事な情報だ。

 元々、ネルさんも狩りは夜、薄暗い日の昇る前にしていたそうだ。だからライラ様を見つけることができた。なのでネルさん的にいつも通り活動して持ってきてもらえば時間的にもちょうどよさそうだ。量が増える分にはマドル先輩が増えれば問題ない。

 この家に住み始めてすぐは警戒していたけれど、この辺りは本当に人がこない。まして裏庭は半分森の中みたいな形なのもあって見つかる心配はほぼないので、最近は普通に裏にはマドル先輩が数人で活動している。

 とりあえず二日に一回ペースで持ってきてもらって、その際に朝ごはんをご馳走するね。と言うことで話はまとまった。


 この後の晩御飯では、朝に劣らぬネルさんの爆食っぷりを見ながら、ライラ様が食べさせてくれて、いつもより賑やかでとっても楽しい晩御飯だった。

 ライラ様はネルさんに特に興味がないようで、あんまりネルさんとの会話には入ってこなかった。だからかたまにネルさんに話しかける度にネルさんがちょっとビビっていたけど、ライラ様はそっけなかったりちょっと意地悪な態度の時もあるけど基本優しいから、そのうちわかってもらえるだろう。

 私から説明しても身内びいきって思われちゃうからあんまり言わないけどね。


 こうして私たちに新しいお隣さんができた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る