第62話 出会い2

 一つ目巨人のネルさんは三メートルくらいある。ほんとに大きい。そして食べる量もものすごい。マドル先輩はどこか気合の入った様子でどんどんパンを焼いてスープを提供するのだけど、まるでわんこそばのように消えていく。

 ネルさんはさすがに大きすぎるので外にテーブルを持ってきたのだけど、普通に地面に座ってローテーブル的につかえているので、ネルさんが本当に大きいのがわかりやすい。

 ご飯を食べてもらいながら話を聞こうと思ったのだけど、ネルさんがうまい、うまいと泣きながら食べているので口を挟めなかった。美味しくて泣いてしまう気持ち、わかる。むしろ見ていて私もちょっと泣きそうになってしまった。


「お前は何をやってるんだ」


 ネルさんを警戒してかあまりしゃべらないライラ様だけど半泣きになってた私には気づいてしまったようで、呆れたようにしながら頭を撫でてくれた。


「うぅ、すみません。でも、美味しいご飯を食べられないのって辛いじゃないですか」

「お前は本当に食べることが好きだな。まあ、気持ちはわからないでもない。私も、今更お前を手放す気はないからな」

「え、あ、えへへ」


 なんて風にライラ様とじゃれていると、ネルさんは最後のスープを飲み切って大きく息をついた。


「はあぁぁぁ、食ったぁ。こんなにお腹いっぺぇうまいもん食べたのは初めてだぁ。ありがとうなぁ」

「どういたしまして。素晴らしい食べっぷりですね。腕の振るいがいがありました」


 お腹をなでながらにっこにこ笑顔でネルさんがそう言うと、マドル先輩はどこか楽しそうに頷いて食器を片づけてお茶を出した。ネルさんはそれを受け取ってお茶を飲みながら照れ笑いする。


「へ、へっへへぇ。わで、食いっぷりには自信があるだぁ」


 なんだか大型犬みたいな可愛さがあるなぁ。

 にしても、落ち着いて日の光の下で見ると、ずいぶんぼろぼろの格好だ。ワンピースだと思うけど、ノースリーブの服は全体的に土色で裾がほつれているし、破けている部分もある。髪の毛も長くて後ろで一つに結んでいるけど長さがまちまちなのかあちこち跳ねている。

 ぱっと見は汚く見えるくらいだ。ただ貧乏農民の経験から言わせてもらうと、精いっぱい綺麗にはしてくれていると思う。近くから見ると染みついてるだけで服も汚れがついてるわけじゃないし、不潔な感じではない。


 つまり、わざわざ身ぎれいにしてライラ様に会いに来たわけで、さっきからの態度もあわせて何かライラ様に対して文句を言いに来たわけじゃなさそうだ。


「あの、それでネルさん、ライラ様に何の御用だったんですかね」

「ん? あ、ああ、あーっと、その、わで……この見た目だから昔っから怖がられててぇ……ずっと人に会わねぇようにしてたんだけどよぉ。その、ライラサマを見て、わで、びっくりしたんだぁ。あんなつえくて、空もとんで、すげぇ人なら、その、わでのこと、怖ねぇかなって、思ってよぉ」

「ネルさん……そうだったんですね。と言うことはご両親は一つ目じゃないんですか?」


 ネルさんはもじもじしながらそう言った。要はライラ様とお友達になりたくてきたってことだった。なるほど。ライラ様が敵意はないって言うのも納得だ。

 にしても、昔から怖がられてたって言うのが不思議だ。一つ目巨人しかいない村で育ったならそんなことにはならないだろうし、生まれる前に両親が人間の街に移住してきたにしても、最低でもご両親の見た目でなれてる人がちょっとくらいいてもいいはずだ。

 もしかして突然変異と言うか、先祖返りで両親は二つ目の見た目だったりするのかな? と思って質問したところ、何故か呆れたような顔をされた。


「そりゃあそうだぁ。私みたいな人間、他に見たことないだろぉ?」

「見たことないですけど、てっきりそう言う種族でご家族親戚みんなそう言う見た目の方かと」

「はぁー? そんなわけないだろぉ? と言うか、エストだったか。おめぇ、ほんとに変わってるなぁ。わでのこと、ふつーの人間みたいに喋ってくれるじゃねぇか」

「はぁ、まあ種族は違うみたいですけど、普通に人ではあるかなと」


 もちろん大きいし強そうだし、襲い掛かられたら怖いけど。でも普通にこの街に住んでるだいたいの男の人が私より大きくて強いからね。相手がいい人かどうか、それが一番大事だよね。 

 と言うことでごく普通にお返事したつもりだったのだけど、ネルさんはとても驚いた様子で瞬きしてから、にっこーと絵にかいたような笑顔になった。


「そうか、そうかぁ! おめぇいいやつだなぁ!」

「いやぁ、えへへ。ネルさんも、今まで大変だっただろうにいい人ですね! お隣さんみたいですし、これからも仲良くしてくださいね」

「えっ!? ほんとにいいのかぁ?」

「もちろんですよ。わざわざ挨拶にきてくださってありがとうございます。ね? 二人もいいですよね?」


 まだまだお互いの素性や人となりを詳しく知らないとはいえ、私達より先にこの森で活動していた先輩でもあるのだ。こうして友好的に挨拶まで来てくれて邪険にするなんてのは選択肢にないよね。


「ふむ。まあ、駄目とは言わんが、こいつが人間に見つかるとやっかいだぞ」

「あ、えと、ライラサマ、わで、もう何年もこの森に住んでるんだけど見つかってないしよぉ。それに、見つかってもわでのことは知らんぷりしてくれれば大丈夫だぁ」


 なのでもちろんOKと言ってもらえると思ったのだけど、ライラ様は真顔のままそんなことを言った。そう言われると、私たちは一応は逃亡の身。一つの種族じゃなくて突然変異でとてつもなく目立つ人とは何かあった時に困るのではと言う懸念はその通りだ。平和な日常にすっかり忘れていた。

 はっとする私に、でもネルさんはそんな悲しくなるほど自己犠牲な提案をしてくれた。知らんぷりなんてそこまで言わなくても。少なくともこの会話でネルさんがだいぶいい人なのはわかってしまって、ますますあんなに喜んでくれたのにやっぱり仲良くできませんなんていえない。と言うか普通に私も仲良くしたい。


 ライラ様を期待で見上げると、ライラ様は私の視線に気づいてちらっと見て

一息ついてから頷いた。


「そうか。まあ、この家に訪ねてくる分には好きにしろ。それよりエスト、そろそろ仕事の時間ではないのか?」

「えっ、あ、そうですね。えっと」


 言われてみればのんびりしすぎた。解体マドル先輩はとっくにお仕事を終えて、解体用の道具の片づけも終わらせている。

 あわわ。でも、ライラ様はネルさんに悪感情はないけど友好的な雰囲気ではない。と言うかライラ様って優しいけどわかりやすい初心者向きではないと言うか、ネルさんと二人で会話をさせて仲良くなるビジョンが全然見えない。


「では私がお相手させてもらいます」

「詳しく聞きたいこともありますし」

「エスト様は私とお仕事に行きましょう」

「あー、はい」


 マドル先輩にお出かけの準備もされながら肩をたたかれてしまった。まあ、マドル先輩なら顔は無表情だけど言葉は丁寧だし、基本お世話が好きな人だし、すでにご飯が美味しいってわかってもらってるから大丈夫かな?


「あ、マドル先輩のことは紹介してませんでしたね。こちらマドル先輩です。ご存じの通りお料理上手で完璧メイドさんです」

「マドルセンパイだなぁ。わで知ってるぞぉ。こういうの、三つ子って言うんだろぉ? 他の二人はなんて名前なんだぁ?」

「あー、えーっと」


 どう説明しよう。と言うか説明すべきなのかな?


「まあ、あとは私に任せてください」

「あ、はい。じゃあネルさん、私はこれで」

「あ、ああ。うん、わかったぁ」


 ネルさんは私のあいさつにちょっと心細そうな顔をしたけど、近づいてきたマドル先輩に対して気合をいれるように表情を引き締めて頷いた。

 まあ大丈夫そうかな。申し訳ないけど、こっちも予定がある。急に来たのはネルさんなんだし、あとはマドル先輩に任せよう。


 と言うわけで私はマドル先輩と一緒にお仕事に出かけた。


 とはいっても、さすがにこの日はネルさんのことが気になってしまってぼんやりしておばあちゃんに怒られてしまうのだけど。


「マドル先輩、ネルさんはもう帰られたんですか?」

「いえ、まだお待ちいただいてます」

「えっ、そうだったんですか」


 帰宅時間になり、いつものようにマドル先輩に迎えに来てもらってお店を出てすぐに尋ねると予想外のことを言われた。

 お昼ご飯の時にまだいるとは聞いたけど、さすがにもう帰ったのかと。次いつ会えるかなと思っていたので、嬉しいお知らせだ。胸ポケットのミニマドル先輩は一人の時が少ないからあんまりおしゃべりできないしね。


「じゃあ晩御飯は一緒に食べる感じですかね。えー、初めてのお客様って感じでちょっとワクワクしますね」

「そうですね。確かに。朝は簡単に済ませてしまいましたし、お昼はとる習慣がないと言うことでしたが、夕食は気合を入れないといけませんね」

「ライラ様が来ていないのもネルさんの相手をしておられるからなんですね」


 ライラ様は欠かさずお仕事の時に迎えに来てくださっていたので、今日は来てくれてないのは当然気づいてはいたけど、まあ朝起きてたから寝てるんだろうなって普通に思っていた。


「いえ、ライラ様は私たちが出てからすぐにお休みになられています。寝ていてもライラ様は危険を感じたらすぐに起きることができますし、エスト様の為に起きていただけですから」

「あ、そうだったんですね」


 悪意はないって最初からライラ様言ってたし、ライラ様が起きてくれていたのは本当に念のため、何かあった時にすぐ起きて駆け付けられるけどその何かあった一瞬ですら身を守れない私の為だったんだね。

 そしてそれをわざわざ口にださないライラ様、ほんとに優しすぎる。口が悪くて初対面のネルさんからしたらそっけないようにも見えるかもだけど、本当に優しいんだよね。好き。


「晩御飯、ご馳走にするなら買い物して帰りましょうか。何がいいですかね」

「そうですね。ネル様はそもそも幼いころに村を追い出されてから調理と言うのをほぼしてこられておらず、基本的に植物や果物をそのまま食べるか、お肉をちぎって火であぶるくらいだそうで、料理と言うだけで喜んで下さるようです。パンとスープを喜んでいたのはそれが理由だそうです。あと魚は食べなれておられないようなので、メインは魚にしましょうか」

「そ、そうなんですね」


 改めて思うけど私の人生って恵まれてるよね。まあライラ様に出会えた時点で恵まれてるのはわかりきってたけど。そう言えばライラ様も森で暮らしていた時期があるんだよね。

 さらっと説明されたし、ライラ様は強いから子供だったけど生活できていて、街に調達にも行ってたって言ってたからそんなにひどい生活を想像してなかったけど。

 もしかしてライラ様もこんな限界サバイバル生活だったのかな。だとしたら軽く流しすぎだったかも。でもだからって今更同情するのもおかしな話だ。ライラ様もそんなことは望んでないだろうし。


 ……まあ、考えても仕方ないか。私はこれからもライラ様が笑ってくれるように全力で生きるしかないよね。


 私は余計なことを考えるのをやめて、マドル先輩と色々お買い物した。

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