第61話 出会い
この港町にやってきて、一か月がたった。何の障害もなく、とても順調に街になじめている。マドル先輩はすでに単に刺繍をするだけではなくデザインについても店長のミシェルさんと話し合うくらいには重宝されている。もはやデザイナー兼用なんだよね。
私はと言えば、なんだかんだローバー君率いる悪ガキ軍団とはこの間お休みの日に一緒に缶蹴りするくらいには仲良くなった。その際には普通に一緒だったマドル先輩が大活躍して私より慕われたりもしたけどともかく。
そんな感じなのもあり、その親御さんや近所の人がお客さんとしてやってきてもはいはい、新入りさんねって感じで受け入れてもらえてたりする。おばあちゃんは褒めて育てるタイプなのかとっても褒めてくれるし、毎日楽しく働いています。
ライラ様のお仕事は言うことない。指定された日に指定された獲物をきっちり仕留めてくれているので、マドル先輩が解体したのを朝持って行くだけだ。そのあとそのまま出勤して、夕方ごろになるとライラ様が散歩ついでに迎えに来てくれるのが日常だ。面倒になったのかもう偶然と言うのはやめて普通に来たぞって感じになっている。可愛い。
そんな感じで、新しい日常ができてきた。そんなある日。
「むにゃ。おはよーございますー」
「おはようございます、エスト様」
「起きたか」
「わっ! ライラ様、えっ?」
ゆさゆさと起こされ、欠伸交じりに起き上がると隣から声をかけられびっくりして眠気がとんだ。ライラ様は私を寝かしつけてから夜のお仕事をして、朝方に入眠する。ベッドをくっつけているとはいえいまだ一人用ベッドを並べているだけなので、だいたい私を起こさないようにと隣で寝てくれている。
なので平日は実質普通に一人寝状態で起きるのだけど、多少騒がしくしたところでライラ様は起きてはこない。なので普通にマドル先輩に挨拶したのに、普通に起きていてびっくりしてしまった。
「お、おはようございます?」
「ああ、おはよう。はは、すごい寝ぐせだな」
「えと、えへへ」
戸惑う私にライラ様は普通に髪をなでてくれる。何かあったと言う感じでもなさそうだ。起きて顔を洗う私にもついてきたライラ様、何故かわからないけど顔をふいてくれて髪をとかすのも手伝ってくれた。
いつもはマドル先輩がしてくれるので、一緒に来てくれるマドル先輩が何か言いたげに周りにいるのにライラ様は完全無視だ。ライラ様、マドル先輩にもしてあげて、と言いたいけどマドル先輩は身支度完璧だからなぁ。まあ地肌? だから当たり前だけど。
「あのー、ライラ様?」
「ん? どうした? ふっ、口の端についているぞ」
「あ、ありがとうございます。じゃなくて、今日はどうされたんですか? いつもは寝ている時間ですよね?」
朝ごはん中。マドル先輩ももう簡単な料理は完璧と言うことで朝ごはんは食べてくれないので一人で食べているのだけど、ライラ様は隣に座ってじっと私を見てくれている。
もう季節は秋真っ盛り。誕生日はとっくに過ぎている。何故こんなにちやほや? してくれてるんだろう。謎すぎる。
「うむ。少し気になることがあってな」
「気になることですか」
「ああ、この森には私以外もいるんだが、そいつが今、裏にいる」
「??? え? えっと、ライラ様以外にもいる、と言うのは、ライラ様以外に狩りをしている人がいると言うことですか?」
ちょっと説明が急すぎてわからない。ライラ様以外にもいるって、そりゃあ何かしら生き物はいるだろう。狩人がいると言うならまあ驚くけど、びっくりってほどでもないような。
でも裏にいる? それは泥棒とか? 盗賊集団が森に陣取ってる的な怖い話? でもだとしたらライラ様が淡々としすぎだし?
「そうだな。そもそもこの森は少し行ったところの伐採地以外に人間はほぼ立ち入らない。この森は全体で見ると広く奥にはかなりの数の獣が群れをつくっているのだが、広さの割には密集していてな。豊かな森だからそれは不思議ではないが、人間が積極的に立ち入らずに人間の危険性を知らない獣は、本来ならもっと街の近くや街の中に侵入しているはずだ」
「そうなんですか。全然そんな話は聞かないですよね」
混乱する私に、ライラ様はふむ、と私の口元からとったカスを捨て、腕を組んでから丁寧に説明してくれる。
なるほど。そう言われたら確かに、狩人がいないと言うのに、獣が街にはいってきたり害獣問題みたいな話は全然聞かない。聞かないだけで実際には処理されているのかなとスルーしていた。
「ああ。で、最初から気づいてはいたが、私以外に一人だけ力のある存在がいてな。そいつを恐れているのだろう」
「はあ。この街が把握していない、森をテリトリーにしてる人がいるわけですね。で、その人が裏庭に……悪い人じゃないってことですよね?」
ライラ様が落ち着いているのだから、悪人がいるってことではないよね? 冷静に考えてめちゃくちゃ怖いのだけど。森を一人で守ってるようなすごい人がなぜここに。ライラ様が許可なく森に入ってきたから文句を言いに来たとか? 悪い想像しかできない。
「悪いかは、わからん。これまでも私に注意を払い、遠くから見たりしてきていたが、敵意はないようだから放っておいた。だが昨日、どうやらついてきたようでな」
「それで万が一にそなえてライラ様が起きてくださっているわけですね」
「そう言うことだ」
どんな人だろう。ライラ様に用事でついてくる。ライラ様が敵意はないっていうなら、何か用事が、例えば狩りの場所がブッキングしないよう話がしたいとか? でもライラ様に話しかけにくいと?
あり得るかも。ライラ様、めっちゃ美人だもんね。それだけでも普通は気後れするのに、狩りの時は一人だから当然フレンドリーな空気もないし、むしろとっても強い活躍シーンだ。話しかけやすいわけがない。
「ライラ様、ちょっと様子を見に行きましょうよ」
「あん? ……ふむ。まあいいが」
朝ごはんを食べ終わったのでそう提案すると、一瞬ガラが悪い感じに顔をしかめられたけど、何故か頬をつつかれながら了承された。
「ただし、この手を離すなよ」
「は、はいっ」
立ち上がったライラ様は私の手を掴んでそう言った。危ないから勝手に行くなよって意味だと分かってるけど、真剣なお顔なのでちょっとドキドキしてしまう。
「さ、早速行きましょう!」
心臓の高鳴りをごまかすため、意気揚々と私は裏口からでた。そこにはマドル先輩がいていつものように解体をしてくれている。今日もおっきな猪だ。他の生き物をリクエストされることもあるけど、猪が一番安定して手に入るしさばきやすいらしい。あと美味しいもんね。
「どこにいらっしゃるんですか?」
「あっちだ。あの木の裏だな」
ライラ様はそう言って裏庭の開けているところからまっすぐ前にある木を指さした。森の木を切り倒してここがあるので、急に森が始まっている形で木々は密集しているし奥は暗くて見えない。
「すみませーん」
「!?」
声をかけてみると、がさがさがさ! と音がなって一瞬何かが動いたのが見えた。逃げてはいないみたいだけど、とても動揺させてしまったみたいだ。
疑っていたわけじゃないけど、間違いなくいるみたいだね。にしても、声をかけても出てこないとは、思ってた以上に人見知りさんなのかな?
「近づいて声をかけてみますね」
「別にいいが、お前は本当に物おじしないな」
「え? っと、ライラ様がいるので大丈夫ですもん」
言われてみて確かに、不審者に自分から近づくのはあんまりよくないよね。でもライラ様が敵意がないって言ってたし、もしあったとしてもライラ様にかなうわけないから大丈夫だし。
と首をかしげながら言うと、ライラ様はくつくつ笑って私の手を握ったまま、反対の手で頭をぽんぽん撫でてくれた。えへへ。
「じゃあ行くか」
「はいっ」
私たちはそのまま近づき、木の裏を覗き込んだ。そこには大きな何かがあった。土色の大きいけど木っぽくない何かに、私はそれを見上げた。目があった。
「わぁ!」
「うわああ!!」
めちゃくちゃおっきくて、一つしかない目と目があってびっくりして思わず声をあげてライラ様に抱き着いてしまったところ、それ以上に私の反応に驚いたその人は大きな声を出してしりもちをついてしまった。
しりもちをついても、私の身長くらいあるめちゃくちゃ大きい人だ。縦に大きい分横にも大きくて、顔も結構大きい。そのお顔、目が鼻の上に大きなものが一つあるだけだ。そう、お客さんは一つ目の巨人さんだったのだ。
初めて見たわかりやすい人外にめちゃくちゃびっくりしてしまったけど、そのせいで相手をびっくりさせてしまった。潜んでいたとはいえ、森の中は私たちの敷地内とは言えないんだし、悪いことをしていたわけじゃない。
見るからに怯えてびくびくしている。そこまでびっくりしなくても、とは思ったけど、考えたらライラ様に話しかけられなくてここまでついてきちゃった人だ。きっととっても人見知りな人なんだろう。
「すみません、大丈夫ですか? その、びっくりしちゃって」
私はライラ様の手を引きながら巨人さんに近づいて謝罪しながら手を伸ばす。
「あ、あ、わ、わで……」
「えっと、私の言っている意味、分かりますかね? 言葉は通じてますか?」
巨人さんはあわあわしながら何か言ってくれたけど、まったく意味が分からない。ライラ様を見上げたけど首をふられたのでもう一度声をかける。
すると巨人さんはこくこくと頷いてくれた。どうやら単に動揺しすぎて言葉にならなかったみたいだ。
「驚かせてすみません。立てますか?」
「は、はいぃ」
巨人さんは私の差し出した手をちらちら見ながらも自分で立ち上がった。手、汚れてないよね?
「わ、わでのこと、怖くないかぁ?」
「え、あ、はい。大丈夫ですよ。怖くないですから、落ち着いてください」
わで、って一人称だったのか。なるほど。と納得しながら、何故かめちゃくちゃビビられているみたいなので優しく聞こえるよう意識して答える。
「そ、そうかぁ。そんならよかったぁ」
ずいぶん訛りの強い話し方だ。最後を伸ばすのが特徴なのかな? この港町はいろんな人がくるからかあんまり癖がないので、私たちみたいに他所からきた人っぽいね。
「私はエストです。こっちはライラ様です。私たちに何か御用ですか?」
「わ、わでは……ネルだぁ。わで、その……」
ネルさんが名乗ってからもじもじしていると、ぐうううぅ、とおっきな音がした。大きすぎて一瞬、何の音かわからなかった。でもネルさんがぱっとお腹を抑えたので、お腹がなったのだとその態度でわかった。
「えっと。マドルせん」
「はい。お食事ですね。すぐに用意いたします」
「わっ、あ、はい。よろしくお願いします」
振り向きながらマドル先輩を呼んで、何か食べ物があるか聞こうと思ったらすぐ後ろにいたマドル先輩が返事をくれたのでびっくりしながらお願いする。さすがマドル先輩、仕事が早い。
「ネルさん、よかったらマドル先輩が、あ、さっきの女性なんですけど、ご飯つくってくれますので、ご飯食べながら話しませんか? ライラ様も、いいですか?」
「構わん。今の音がしていては会話にならんしな」
「あ……あ、ありがとぉ」
ネルさんはまだびくびくしているけど、ご飯の誘いにへにゃっと笑ってくれた。
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