第60話 初仕事が終わり
子供たちは確かに悪ガキと評されるだけある口の悪さだった。普通に血縁でもないのにババア呼びは引く。うちの地元では普通にばーちゃんが多数派だったよ。あと店の中でも走ったりもみ合って棚にぶつかったりしてるし。
危ないよーと思わず声をかけると、なんだてめぇ見ない顔だなと難癖をつけられた。私より頭一つは小さい子たちとはいえ、柄の悪い少年たちに引きながらも、ビビってると思われると調子づかせるので強気に挨拶した。
お坊ちゃんのローバー君は私の顔をちゃんと覚えていたようで、それで気づかれてしまった。年上なのだけど、何故かローバー君の中ではすでに私は格下に認定されていたらしい。前回のやり取りから否定できなかったので、私は無事子供たちに新入り扱いされてしまった。
そんなことになったものの、じゃあ新入りの仕事の邪魔したら可哀そうだなってことでおばあちゃんに言って接客の練習させてくれたし、悪い流れではなかったかな?
とりあえず街の一員として認められているということにはなるので、よかったことにしよう。おばあちゃんには嫌になったら注意してやるからねって念押しされたし。
「エスト様、帰りましょうか」
「えっ、マドル先輩荷物、もちましょうか?」
鐘がなり、本日の業務は終了だ。すぐに隣からマドル先輩がやってきたのだけど、なんととんでもない荷物の量だった。旅の時くらいの荷物だ。
「大丈夫です。家で作業をする許可をいただけたので」
家に持ち帰って作業するには信用が、とかも言ってた気がするけど、一日で信用を得たマドル先輩がすごいのか、おばあちゃんと同じく孫のミシェルさんも甘いのか。
「そうなんですね。じゃあ、おばあちゃん、今日はありがとうございました。また明日、よろしくね」
「はいよ。こちらこそ、二人で店番するのは楽しいからね。明日もよろしく頼むよ。マドルちゃんも、無理はしないようにね。荷物、二回に分けて運んでも大丈夫だよ?」
ぺこりと頭をさげてまたついつい敬語になってしまうのを誤魔化しながら挨拶すると、おばあちゃんはニコニコしながら返してくれて、それからマドル先輩に心配そうにそう言った。
わかってる私でも大丈夫かなってなるので、むしろミシェルさんよくこれで送り出そうと思ったなって感じだ。
「問題ありません。ご心配いただきありがとうございます、バーバラ様」
「様なんてやめとくれ。敬語もいいと言ったのに」
「敬語はやめませんが、そこまでおっしゃるならバーバラさんとお呼びします」
マドル先輩のお仕事の方では普通に敬語をつかうけど、おばあちゃんは仕事上は上司でも何でもないから普通でいいよ。と、マドル先輩も昼食時に言われたけど、普通に断っていた。
マドル先輩はとっても真面目すぎるくらい真面目で、あと無表情に見えるけどとっても情熱的でたまにお茶目な可愛くて優しいいい人だからとフォローしておいたけど、ちょっと心配だ。
おばあちゃん、しっかりしていていい人だと思うけど、お年を召しているだけあってちょっと頑固で押しが強いところがあるんだよね。基本優しいからこそ怒らせたらどうしようとハラハラしてしまう。
「……頑固だねぇ。まあいい。ほれ、マドルちゃんと、あと主様? の分のお団子だ。よかったら食べな」
おばあちゃんはマドル先輩の毅然とした態度に少しばかり不満そうな顔になったけど、ちらっと私を見てから仕方なさそうにため息をついてそう言って私に向かって小さな包みを渡してくれた。
荷物が多いから私にくれたんだろう。よく見たら私のも入ってる。昼間にいっぱい食べたのに。
「ありがとうございます。大事にいただきますね」
マドル先輩はそれを見てかすかにほほ笑んでそう答えた。ライラ様にもと気を使ってくれたのが嬉しかったんだろう。マドル先輩が笑みをつくるのは私にでもレアなので、だいぶ柔らかい対応なのだけど、おばあちゃんちゃんとマドル先輩の笑顔に気づいてくれたかな? 大丈夫かな?
「奇遇だな、帰るところか?」
「はぇっ!? ら、ライラ様!?」
そわそわしつつもとりあえず話の区切りはついたので切り上げようかと思っていると、突然背後からそんな声が降ってきて、飛び上がるくらい驚きながら振り向いた。
そこにいるのは声でわかっていたけどライラ様だ。ど、どうしてここに!? 奇遇だな!? そんなことある!??
「んん。暇だから少し出てきたんだが、たまたまお前たちの職場に、偶然帰宅時間に遭遇したようだな」
ぜっ、絶対偶然ではない! でも、え、嬉しい! わざわざ私たちを迎えにきてくれたとか、嬉しすぎるんだけど。しかも気を使わせないように偶然を装って、ライラ様優しすぎる! そしてごまかすの下手過ぎない? 可愛すぎる。好き。
「ライラ様、奇遇でも会えて嬉しいです。こちらが私の職場で、上司のおば、バーバラさんです。おばあちゃんって呼ばせてもらってる優しいおばあちゃんです。おばあちゃん、こちらが私が一緒に暮らしてるライラ様です」
私はやや視線を泳がせて咳払いしたライラ様にかけより抱き着いてから、おばあちゃんを振り向いて二人をそれぞれ紹介する。ライラ様は私の頭を撫でながらふむ、とおばあちゃんを向いた。
「二人が世話になっているようだな。私はライラ、だ」
ライラ様が自分から名乗ることは珍しいのだけど、めちゃくちゃ不自然に切ったので、多分フルネームで名乗りそうになったのを切ったんだろう。旅に出てから名乗ることってなかったもんね。別に名乗ってもライラ様のフルネームはそもそも知られていない気がするけど、ライラ様は結構慎重派だからだろうね。
「ご丁寧にどうも、私はバーバラだよ。私のことはおばあちゃんと呼ぶといいよ。ライラちゃん」
「!? …………そうか。おばあちゃん、仕事が終わったなら帰らせてもらうがいいな?」
ら、ライラちゃん!? いやたしかにおばあちゃんは一切躊躇なくマドル先輩のこともちゃん付けだったし、ライラ様より外見的に年上に見えるミシェルさんのこともちゃん付けだけども!
そしてライラ様、めっちゃ困惑した顔しながらも、波風立てるわけにはいかないからって普通に受け入れた! ライラ様の口からおばあちゃんが出てくるのはちょっと、衝撃が過ぎる。
「くく。ああ、またね、三人とも」
おばあちゃんは笑いながら私たちを見送ってくれた。ライラ様は私の肩を抱きながらマドル先輩に目配せして歩き出した。
「ら、ライラ様、普通におばあちゃんって呼びましたね」
「あ? ああ、まあ、驚いたが。別に断るほどの内容でもないからな。なれなれしいが、悪意があってのことでもないしな」
ライラ様って、本当に寛容だよね。今はもう立場とかないっていっても、かつては領主様として人に敬われる立場だったし、おばあちゃんって言ってもライラ様から見たら年下だから、ちゃん付けとかは不快に感じても仕方ない気もするのに。
ちなみにマドル先輩は私にもだけど誰にでも敬語だし、年齢とか上下とか言う概念で行動してらっしゃらないので、ライラ様が絡まない時にマドル先輩が怒る心配は全くしてない。
「ライラ様、街中に溶け込む技術もさすがですね!」
「悪意のない人間に怒っても仕方ないだろう。老年期の生き物は頭が固いやつが多いしな」
あー、そうか。年下とかじゃなく、生物として年取ってるからって見てるのか。ライラ様はさすが合理的に考えてるなぁ。ライラ様の新しい面を発見した気分だ。
私はライラ様に軽く抱き着くように寄り添いながら、ライラ様を見上げる。ライラ様は私の肩から手を離し、頭をぽんと叩いてから髪をとかすように撫でてくれた。
優しいお顔。はー、好き。冷静に考えて、お仕事初日の私たちを心配して迎えに来てくれるとか、優しすぎない? 朝一番に誰より早くお仕事してくれて、こんなの、好きになるよねー。
「ライラ様、迎えにきてくださってありがとうございます」
「ん? いや、偶然だ、偶然」
「偶然でも結果的にはそう言うことですもんね? 嬉しいのは事実ですもん」
スルーすべきかもしれないけど、こんなに嬉しいのにお礼言わないなんて無理。ってことで騙された体のままお礼を伝えておく。ライラ様は私のお礼に苦笑する。
「それはそうだが」
「主様は少し過保護ではないでしょうか? 私がついていますのに」
「偶然だと言っているだろう」
マドル先輩の言葉には真顔になった。マドル先輩もまた、気づいていない体のような、そうでもないような言葉だ。迎えにきてくれるのは別に理由が危ないからって限らないし、過保護ってこともないと思うけど。
「そうですか、たまたま今日は眠らない気分だったのですね」
「ん?」
どういうことだろう。普通に今日朝起きた時はライラ様寝ていたし、眠りが浅くて起きてしまってたってことなのかな? 一瞬なんで知ってるんだろうって思っちゃったけど、マドル先輩は今も家にいるからライラ様が起きたらわかるもんね。
「そ、そう言う気分の時もあるだけだ。もうお前は黙れ」
「……」
ライラ様が黙れと言ったのでマドル先輩は素直に黙ってしまった。マドル先輩は基本はライラ様に忠実なんだよね。ライラ様は黙れって言ったのをちょっと気まずそうに頭をかいている。注意されたマドル先輩の方が全く平然としているのちょっと面白い。
「ふふ、ライラ様。後でお願いしてもいいですか?」
とはいえそのままだとちょっと気まずいので話題を変えることにした。
「どうした……?」
あれ? 何故かライラ様は私にも若干警戒したように促してきたぞ? と言うか、ただお迎えに来てくれたことをごまかすのに必死すぎるよね。ほんとに可愛い。
「ちゃん付けに抵抗がないなら、お家に帰って落ち着いてから、一度でいいから私のこと、ちゃん付けで呼んでみてほしいです」
「ん? 別にいいが。エスト……んん。エスト、ちゃん」
「かっ」
可愛い!!! て、照れてるライラ様可愛すぎる。普通に了解して普通に言おうとしてくれたのに、途中でやっぱり恥ずかしくなって照れて、でも言いかけたものだからちゃんと言い直してくれたの、もう、ほんと、息がつまるほど可愛いがすぎるよ。
「帰ってから、もう一回お願いします」
可愛いと言う心からの叫びが大音量で出そうになってけど迷惑なので我慢したし、可愛すぎてぐにゃぐにゃになってごろごろしそうなのを耐えたので、帰ってからもう一回全力で受け止めさせてくださいお願いします。
「……どういう反応だ?」
「めちゃくちゃ喜んでますので、なにとぞ、なにとぞ」
「いや……まあ、いいが」
はー……好き。
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