第59話 お仕事始めました

 こうして私の雑貨屋店員への道が始まった。私の上司のおばあちゃん(改めて自己紹介したのでバーバラさんと名前を呼んだらおばあちゃん呼びを強制された)は気さくな人だけど、お仕事となると厳しいのか、まずは掃除からと言うことで朝からずっと掃除をさせられている。

 掃除道具をだされて使い方や注意点の説明をされてから、お店部分だけとは言え商品も多いので、隅から隅まで掃除をするのは結構な重労働だった。ただ掃除もしている最中はおばあちゃん本人はカウンターに座ってたので、ミニマドル先輩がこっそりお手伝いやアドバイスをしてくれるのでなんとかなった。


「終わったかい。よく頑張ったね。今日はゆっくりしな。ほら、エストちゃん、お菓子だよ」

「わーい、おばあちゃん、ありがとう!」

「ふっふっふ。今日の掃除でだいたいの商品の場所は覚えただろう? 明日からは一つずつの値段や売る時の注意点を覚えてもらうよ。仕事は遊びじゃないんだ。びしびしいくからねぇ」


 覚悟するんだよ、と言いながらおばあちゃんはお団子を食べる私の頭を撫でながらにこにこしている。うーん、とってもいいおばあちゃんだ。すでに好き。

 全部の掃除なんて大変、と思ったけど配置を覚える為だったのか。確かに場所はだいたい覚えたし、掃除することでぱっと見るだけだと意識しなかった商品もあるのが把握できた。この辺りは壊れ物が多いとか、お店の中で動く前に把握するのは大事なことだもんね。さすが店長さん。店員教育もしっかりしている。


「おばあちゃん、さっきお客さん来てた時に思ったんだけど、お客さんにも敬語つかわなくていいの?」


 この店では敬語を使うのも禁止と言われているのでおばあちゃんと呼びため口と言う、雇われ人としてどうなのと思いながら言われた通りにしているけど、おばあちゃん自身が接客している時にお客さんに普通にため口だったのでびっくりした。

 てっきりアットホームな職場として上司と部下でも敬語なし、と言うことかと思っていたのだけど、お客さんの前どころかお客さん相手にもため口とは。いやでもそれはさすがにおばあちゃんが年上だからで、私はお客さんに敬語だよね?

 と思いながらも確認で尋ねる。


「やれやれ。いいかい、敬語っていうのは誰にでも使えばいいっていうものじゃないんだよ。そう言うのはそれに見合ったお店で使うから意味があるんだ。うちはお小遣いをにぎりしめて買い物にきてくれる小さなお客さんもいるんだから。敬語なんてつかっていたら、入りにくいだろう?」

「なるほど?」


 いろんなものを扱っていて日用品や雑貨もあるけど、結構なお菓子や玩具も扱っていると思ったら、どうやら駄菓子屋さんみたいな側面もあったらしい。そう言うことなら敬語禁止もわかる。駄菓子屋のおばあちゃんが敬語で完璧な接客してきたら子供は入りにくい。


「でも大人のお客さんになら使っても問題ないんじゃないかな?」

「それは年齢で客への対応を変えるってことだ。子供だろうと大人だろうと、金額がどうだってお客さんはお客さんだ。わかるね?」

「確かに。勉強になります」

「敬語」

「はっ……うーん。気を付けるよ」


 目からうろこだ。子供に敬語をつかって距離をつくりたくないけど、だからって子供にだけため口なんてそれはそれで一お客さんである子供を馬鹿にしてるって考え方なのか。そう言うことならわかる、ような。


「そもそも、この辺りで敬語を使う店のほうが少ないんだ。エストちゃんもあんまり敬語を使わないほうがいい。子供が敬語をつかっていると、この辺りじゃ悪目立ちするよ」

「えっ、その発想は、なかったよ。うーん。そう言われてみると、食堂とかもお店の人ため口だったかも。人が敬語かどうかまで気にしてなかったよ」

「エストちゃんはマドルちゃんにも様をつけられていたね。相応の育ちなのかもしれないけど、あまりそう言う振る舞いはしないほうがいい。そこまで治安が悪いわけじゃあないけど、人の往来が激しいからね。エストちゃんたちみたいな可愛いお嬢さんは、自分で自衛しないといけないよ」

「えへへ。はーい、気を付けるよ」


 可愛いお嬢さんって言われちゃった。えへへ。ライラ様とマドル先輩に可愛い可愛いとおだてられてもちろん嬉しいし調子にのっちゃってるけど、二人のはペットであり不細工でも可愛い枠なので、こうして人として可愛いっていわれると照れるね。

 それにどうやら心配してもらっているみたいだ。出会ったばかりの私を心配してくれて、おばあちゃん本当にいい人だなぁ。


「でも私、別にいい育ちってわけじゃあ、ないのかな? あれ、どうだろ」


 とはいえ勘違いされているようなので訂正しようとして、言いながら首をかしげてしまった。私は田舎村の貧乏農家の末っ子出身なのでいいところの子ではない。でも育ちってことならどうだろ。たった五年ほどだけど、まだ成長途中ともいえる私の五年は大きい。五年もあの家で、ある意味蝶よ花よとばかりのいい暮らしをさせてもらったのだ。

 いい育ちと言えるのでは? でもそれ言ったら贅沢ならいい育ちなのかっていう。お嬢様として教育を受けたってわけではもちろんないし。


「なんで自分でわからないんだい」

「うんと、私はもともとは田舎の」

「おっと。そう言った込み入ったことを無理に話す必要はないよ。私とエストちゃんは昨日会ったばかりなんだから、むしろ誰にでもそんなこと話すべきじゃないよ」


 呆れられたので正直に説明しようとしたんだけど、おばあちゃんはハッとして私の口にお団子をおしつけて黙らせ、やや声を潜めながらそう注意してくれた。

 ライラ様の設定と、私が貧乏農家出身でライラ様のところに売られてから可愛がってもらったと言う事実は全然矛盾しないので誰に話しても問題ない話なのだけど、言われてみればライラ様の設定があった上であまり吹聴しない方がいいのか。その方が信ぴょう性が出る。


「はい。えっと、忠告してくれてありがとう。私も誰にでも話したりはしないけど、おばあちゃんはいい人だから話しても大丈夫だと思ったんだよ」

「信用してくれるのは嬉しいけど、早すぎるだろう。まったく。とにかく、私にだって言わなくていいんだ。私みたいなボケ老人に言って、悪気がなくてもぽろっと言うかもしれないだろう? 言わなくていいことは黙ってにこっと笑ってごまかしておきな」

「はーい。わかりました」

「敬語」

「いまのはぁ……気を付けるよ」


 相手はおばあちゃんだし上司だし、そうでなくても冗談交じりだからこそ敬語で答えてしまうところがあるのだけど、それも含めて注意するように言ってくれるので素直にそう答える。


「いい子だ」


 わかりやすく肩を落として反省する様子をみせると、おばあちゃんは私の口にまたお団子をいれて頭を撫でてくれる。もぐもぐ。そろそろお腹いっぱいになってきた。

 お昼の時間にはおばあちゃんの手作り料理を、隣のお孫さんのマドル先輩の上司であるミシェルさんとマドル先輩の四人で食べたし、美味しいけどこれ以上は夕ご飯に差し支える。ちなみに隣の服屋さんはミシェルさん以外は家で作業をしてくれる職人さんばかりなので、ここに毎日通って仕事をするのはマドル先輩だけになるらしい。それもあって接客要員が欲しいとは思っていたところらしい。タイミングがよかったよね。


「さて、そろそろ学校帰りの悪ガキどもが来るよ。エストちゃんはやり取りを見て勉強しておくんだよ。変につっかかってこられたら、隣の部屋に逃げてもいいからね」

「頑張り、よー」


 また頑張りますと言ってしまうところだったのをぎりぎりで回避する。にしても本当に、おばあちゃんちょっと優しすぎると思うのだけど。逃げてたらお仕事覚えられないし。

 でもそんなに言われる悪ガキがちょっと怖かったので、そっと表の様子をうかがう。


 おばあちゃんが言うにはこの街には学校がある。午前中はお家の手伝いをして、昼過ぎからおやつの時間くらいまでの短い時間だけど、街の子供たちが集まって文字や計算を習うらしい。

 領主が行っている公共事業で誰でも無料で受けられるらしい。この街では海の神様を信仰していてその教会が場所と教師をしてくれているらしい。以前別の教会では嫌な目にあったこともあったけど、神様も違うし雰囲気も違うのでとりあえずは大丈夫そうだ。そうだといいな。


 お店を出て左側、そのちょっと奥の海に近い住宅街の中にある教会は静かでお勉強にピッタリらしい。町全体図で見ると中心にあたり、鐘の音が時間を告げるので私も存在は把握していた。

 さっきおばあちゃんがそろそろ、と言った時に鐘がなってからの時間を考えると、いつ来てもおかしくないだろう。


「お」


 きた。角を曲がって子供たちの集団が通りに姿を見せた瞬間、ぎゃあぎゃあと騒がしいくらいの声が響いてくる。走ったりぶつかったりふざけあい、これ以上ないくらい広がりながら歩いてくる様子はすでに悪ガキ感あふれている。

 私の子供時代も人のことは言えないけど、とにかく広かったからどれだけ走り回っても人にぶつかることはなかったからなぁ。とはいえ、大人に絡むってことはなかったけど、おばあちゃんがああ言うってことは私にガンガン絡んでくる可能性あるってことだよね。


「ん?」


 とおっかなびっくり様子を見ていると、近づいてきた子供の中にお肉の卸先のおぼっちゃんがいた。そのくらいの年齢だったのか。確かに、私に対していきなり営業妨害とか言ってきて口達者だったもんね。あれは私が悪かったんだけど。

 でもそうか、あれで悪ガキか。ならそんなに怖くはないかな? 少なくとも暴力振るうとかなさそうだし。


 おばあちゃんを振り向くと、うんと頷かれた。あれが悪ガキ集団で間違いないみたいだ。よしよし。きっとおばあちゃんは私がいいとこのお育ちだと思ってるからあんな風に言ったんだろう。普通の生意気な子供たちくらい平気だ。


 とはいえ、だからって見て学べと言われているのに積極的に私から接客に行くのも駄目だろう。おばあちゃんの隣に戻り、おとなしくおばあちゃんの対応を学ぶことにした。


「ばばー! 甘パンひとつ!」


 私が座るのとほぼ同時に、子供たちがお店に駆け込んできた。


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