第58話 1人でできるもん(2人)

「と言い張るのです。主様、どう思われますか?」

「……確かに問題だな。だが、そうか。二人同時に働く職場と言うのがない、と言うのは想定していなかったな」


 お店では隣の建物(実際には同じ建物の隣の部屋)で働くのに納得した風だったのに、家に帰るとさっそくライラ様にチクられてしまった。マドル先輩は言ってやって、みたいな風にライラ様の隣から私にむかって顔を向けていて、なんだか親にいいつけお姉ちゃん味を感じる。

 可愛いけども。そしてライラ様も本気でずっと一緒に働くと思っていたのか。まあでも、遊牧民生活でのお手伝いは実際一緒にしてたし、そんな感じで想像してたなら無理もないのかな? ライラ様って街中でのお仕事の経験はないわけだし。

 晩御飯を別のマドル先輩が作ってくれている間、私はライラ様と向かい合って席についている状態だ。いつもみたいに膝に座っていないので、なんとなくうやむやにするのも難しそう。ここは正面から説得しなければ。


「私一人ってそんなに駄目です? 別に街の中ですし、危ないことなんてないと思うんですけど。一人でも働くくらいはできるといいますか、普通にみんなそうしてるわけですし」

「森の中よりは滅多なことはないだろうが、その危険意識のなさがな」

「うーん。そう言われると何にも言えないですけど」


 そりゃあまあ、街中って言ってもお店で働く以上、強盗が来るとか、そこまでいかなくても喧嘩に巻き込まれるとか、そう言う危険が一切ないとは言い切れないよね。可能性だけで言うならさ。でもそんな、めったにないことでしょ。と言う心構えがまずダメってことなんだろうけども。

 そもそも隣なのだから大きな声をだせば何かあっても助けを呼べるとは思うけど、お仕事なのだしお互いにお使いなどで店を離れることがないとは言えない。そうなれば普通にマドル先輩と距離が離れることはあるだろう。なのでそもそもずっと一緒なんて無理だしその必要もないと納得してもらう必要がある。


「でも実際、私とマドル先輩ってできる仕事に差がありますし、例えば同じ仕事内容の家事手伝い的なやつでどっかのお屋敷で同じメイドとして雇ってもらえたとして、掃除するお部屋は別々とかになりますよね。同時刻に同じ場所は、もう私が一人前じゃなくておまけの子供だから一緒にさせてくれるくらいじゃないと駄目じゃないですかね」

「ふむ。そうか……そもそもお前は別に働く必要もないのだが」

「えー、それはそうですけど、私だけ働かないのはちょっと。私だって貢献したいっていうか、ライラ様を養いたいんです。私が働くの、応援してくれてましたよね?」

「う、うむ……それはそうだが」


 ライラ様は腕くみをしたままなんだか気まずそうに目をそらした。その斜め後ろのマドル先輩が応援するようにライラ様の視界に入らない範囲でうろうろしたり腕をふったりしている。

 無表情なままちょっと踊っているようにすら見えて正直面白い。やめて、マドル先輩。笑っちゃって真面目なお願い顔がつくれなくなっちゃう。


「……ふむ。思いついたぞ。おまけなら一緒にいられる、と言うことなら、マドル、お前がおまけになればいい」

「はい? どういうことでしょう」


 にやっと何かを思いついたようで笑ったライラ様が振り向いてマドル先輩にそう言うと、マドル先輩は胸の前で降っていた腕を解いて小首をかしげた。ライラ様はマドル先輩に指先で指示して自分の横に呼ぶ。


「お前が赤ん坊の姿になってエストにおんぶされていれば、四六時中共にいても問題なかろう」

「な、なるほど? え、マドル先輩そんなことできるんですか?」

「赤ん坊になるとは、考えたことがありませんでした。無力な存在にあえてなるというのは……ふむ。少しお待ちください」


 マドル先輩が赤ちゃんになれるなら、働いているマドル先輩とは別の赤ちゃんとしておんぶする形ならずっと一緒に働くことはできる。赤ん坊をつれていっていいのか、と言うのは別途相談の必要があるけど、元々刺繍ができない私を雇ってもいいと言ってくれた優しいおばあさんだし、駄目とは言われないだろう。他のお店でも赤ん坊を背負ったまま働いている人はたまに見るし、それがこの世界の普通なんだろう。

 マドル先輩は自分の顎に手をあてて考えるようにしてから、何やら目を閉じ沈黙し、それから何故か私を見てから歩いて寝室に向かった。


「そう言えばこの間増える時も寝室でされてましたね。変身するところって見られると恥ずかしいものなんですかね?」

「知らんが、お前がいるからじゃないのか。そもそも私があいつを作った時は泥をこねたままの見た目だったし、それから変化していくのも普通に人に見せていた。こういった挙動はお前が来てからだ」

「そうなんですか、と言うか、最初ってそんな見た目だったんですね」


 確かに昔話の流れで、マドル先輩は最初から今の姿じゃなかったとは聞いたけど。泥をこねた姿って、スライムみたいな液体ちっくだったのか、泥団子形式だったのか、一応人型ののっぺらぼうだったのか、うーん、気になる。でもあんまり自分の幼少期の説明するって恥ずかしいよね。今のも聞かなかったことにしておこう。


「お待たせしました。主様、乙女の過去を勝手に話すのは感心いたしませんよ」

「……くくく。そうか。それは悪かったな」


 寝室から出てきたマドル先輩の言葉にライラ様は一瞬きょとんとしてからおかしそうに笑いつつ謝罪した。よく考えなくても私たちのすぐ後ろには黙って夕食の用意をしてくれているマドル先輩がいるので話は丸聞こえだった。

 にしてもなんていうか、マドル先輩とライラ様の反応、館を出た時に比べたらずっと家族っぽいと言うか、親子っぽく感じる。こうやってのんびりお家でお話するのは久しぶりだからかな。なんだか楽しいなぁ。


 それはそうと、マドル先輩は出てきた時と何一つ変わらないサイズだ。てっきり幼児マドル先輩が見れると思ったのだけど。私は席をたってマドル先輩に近づく。横から見ても実はペラペラになっていると言うこともないみたいだ。


「マドル先輩、何か変わりました?」

「はい。こちらがエスト様にお供する私になります」

「え?」


 マドル先輩は私を向くとそう言いながら両手で何かをつかまえるようにドーム状にして差し出すので、とっさに受け取るように手を差し出した。するとマドル先輩はにこっと笑ってその手を開いて何かを私の手に乗せた。


「えっ!? かっ、可愛い!!」

「ふふ、そうでしょう」


 手のひらの上には五センチくらいのミニマドル先輩がいた。三頭身くらいのちっちゃいお人形さんデザインになっていて、お辞儀一つする様子ひとつとってもめちゃくちゃ可愛い。お人形や刺繍デザインで学んだデフォルメが完璧に生かされている。さすがマドル先輩。


「なに……お前、こういうこともできたのか」


 ライラ様も驚いたようでがたっと勢いよく立ち上がり回り込んできて、ミニマドル先輩を覗き込んで指先でつついている。つつかれても動かない程度にはちゃんとした体みたいだ。


「そのようです。と言ってももちろん、それほど力があるわけではありませんけれど、私の目と耳の代わりにはなりますし、一時的に服のように覆えばエスト様の身を守る盾にくらいはなるかと。普段は胸ポケットにでも入っておきますね」


 マドル先輩はそう言いながらぴょんとジャンプして、私の胸ポケットに飛び込んだ。胸の前に広げていたとはいえ、ミニマドル先輩は身長以上の距離を助走もつけずに軽く飛び込んでしまった。

 それほど力がないと言っているけど、お人形さんにしたらとっても頼もしすぎるくらいには能力があるみたいだ。


「そんなことまでできるんですね!? 小さいのにすごいんですね! これなら安心ですね!」

「ふむ。そうだな。まあ、お前がそうまで言うなら任せるか」


 腕をくんで了承してくれたライラ様。私はポケットのミニマドル先輩と前に立っているマドル先輩に順番に目を合わせてからそっとライラ様の腕をとってお礼を言う。


「やった。ライラ様、ありがとうございます」

「うむ。だがあまりマドルを過信せず、ちゃんと警戒もしろよ」

「はい。了解であります!」

「……まあ、マドル、任せるからな」

「かしこまりました。とりあえず回収しますね」


 びしっと敬礼していいお返事をしたのに、何故か顔をそらしてマドル先輩に念押しされてしまった。

 それからマドル先輩がそっと手をだすとミニマドル先輩はそこにぴょんと飛び乗り、マドル先輩がそっと両手を合わせて蓋をする。するとその手を開くと中にいたマドル先輩は消えている。い、イリュージョン感すごいな。


「マドル先輩、手品とかもできそうですね。道具を自分自身の体の一部で作る感じですれば」

「ふむ。それも面白そうですね」

「ですよね。にしても……胸ポケットに小さいマドル先輩を潜ませるのってなんかこう、いいですよね。自分だけの秘密のお友達を連れている感じで。なんだかわくわくします。見つからないよう、マドル先輩は私が守りますからね!」


 人に見られたら駄目だし、妖精さんを連れ歩くみたいで、なんというかファンタジー感ましましでいいよね。働くのとは別にわくわくしてくる。


「ご安心ください。もし見つかりそうになったらハンカチにでもなりますので、見た目でばれることはないかと」

「え!? そういうこともできるんですか?」

「自分の体を衣類に見せかけるのは得意なので、難しいことはありません」


 それはもう最初からずっとハンカチの方が安全では? いやいや! そこまでいくとマドル先輩を便利な物扱いしてるみたいになっちゃうよね。あくまでマドル先輩の一部なんだし、せっかくなら人目がない時はミニマドル先輩も遊んだりおしゃべりしたいもんね。


「じゃあ安心ですね。よかったです。これからお仕事中もよろしくお願いしますね、マドル先輩」

「はい。これから頑張りましょうね」


 マドル先輩と手を合わせ、私たちはそれぞれの職場で働くことを応援しあった。ミニマドル先輩がいるとはいえ、表向きには一人だ。マドル先輩はあくまで危険時の為。これからは私も独り立ちして一人で働くのだ。そう思うと気合もはいる。

 ミニマドル先輩と一緒なのも楽しそうだしワクワクするけど、それはそれとして、私が一人でもできるってことを証明しないとね。頑張るぞー!



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