第57話 就職活動2
マドル先輩とちょっとお高い服屋さんを探した。
そういうお店はあまりたくさんあるものではないけど、数が少ないわけではない。ひたすら高級志向でなんなら店舗には服を置かないのもあるし、たくさん見本を置いていてお値段も庶民でもとっつきやすいのもある。
当然とっつきにくいお店は様子を見るだけでもハードルが高いので、おすすめのいい服屋さんを尋ねてみた。なお聞いた相手は中古服にいた店員さんだ。服に興味があって働いているわけだし、客層もかぶらないので思い切って聞いてみると、意外とにこにこと愛想よく教えてくれた。
服のデザインや種類によってお店も違うみたいで、その中からめぼしい店を教えてもらった。
「ここが……思ったより小さくて入りやすそうですね」
「そうですね。ほう。お店と言うより、展示しているようですね」
飲食から離れ、大通りの喧騒からは少し離れた静かな雑貨屋がぽつぽつ見える住宅が並ぶ辺り。ちょっと海からも離れていて静かなところにそのお店はあった。隣が雑貨屋さんでお菓子とかも売っている。
隣に比べると半分もない小さめのお店だけど、遠目にもお店が分かる看板があって、近づくと店内にずらりと一着一着が見やすく壁際に飾られている。入口は解放されていて明るく、まっすぐ中に続く通路の横には大きな台があってそこには小さな布に小さな刺繍がされたものがずらっと並んでいる。全部つながっていてパッチワークみたいになっている。色見本と刺繍デザインが同時に見れる見本なんだろう。
服を選ぶと言うより本当に見本くらいの狭いスペースだけど奥のカウンターの向こうには扉もあるし、受け付けだけの場所なんだろう。最近できた新しいお店と言うことだったけど、雰囲気はいい感じだ。
「わぁ、これ、すごいですね。刺繍ってこんな風になるものなんですね」
「はい。これは初めて見ました。もちろん多少盛り上がる形になるのはできますが、これは明らかに膨らんでいますね。それにこちらは、これは刺繍なのでしょうか?」
そこにあった刺繍らしきものはぷっくらと膨れている可愛らしいものから、とても刺繍と思えない布から生えているように完全に立体化しているものまであった。生地から浮き上がっているなんてものじゃなく、影ができるように完全に別物がくっついているようなのに、どう見ても表面は刺繍としての糸が見える。どういった仕組みなのだろうか。糸だけ浮いているわけではないと思うし。
「お客様、当店は初めてでしょうか? よければご説明させていただきます」
初めて見る刺繍にマドル先輩とこそこそ驚いていると、カウンターの中にいた店員さんがすすっと近づいてきてにこやかにそう言った。
店員さんは豪華な刺繍が施された淡い茶色のワンピースに短めのジャケットを着たお姉さんで、動くマネキンと言う感じでスタイルもよくて、いかにもアパレル店員ですみたいな愛想のいい人だった。
そんな店員さんはひとつひとつ説明してくれた。刺繍と一言で言ってもいろんな表現方法があり、このお店は立体刺繍と言うものを主に取り扱っているそうだ。
立体刺繍と言うのは私も初めて見た。どうやら布だけではなく中に綿をいれていたり、芯になるものをいれているみたいだ。表面が糸なら刺繍と言うことみたいだ。実際にどういう作り方をしているかは企業秘密とのこと。
「えー、ってことは立体刺繍ってこのお店でしかないってことですか? すごいですね」
「ふふふ。そうです。うちが作り出した新しい刺繍なんです。だから他のお店では扱っていない、ここだけでしか買えないものですよ。オーダーメイドもお受けしていますが、ある程度余裕を持たせたデザインの服を複数サイズで用意して販売もしておりまして、そちらは手を出しやすいお値段にさせていただいてます」
どうやらこの店員さんは店長らしく、他国に行ってそこの伝統工芸品からヒントを得て刺繍にして再現したと言うことだった。立体刺繍はこの人が始めた新技法らしい。すごすぎる。もちろん世界中で見たら同時多発的に他の地域でもしてないとは限らないけど、少なくともこの街ではここが最初でここにしかないってことだもんね!
ちらっと見るとマドル先輩もこの新技術には目を輝かせている。わー、マドル先輩の目がきらきらしているの初めて見る! 可愛い! これはこのお店で働かせてもらえたら一番いいのかも。
「それは素晴らしいですね。しかし実物を買ってばらしてしまえばわかりそうなものですが、他のお店には広がっていない手法なのですか?」
「もちろんやり方はそうでしょうが、このクオリティでこの値段を維持できるのはうちだけですから。それにそもそも、刺繍に特化しているのはこの街でうちだけですから。この繊細な刺繍をそう簡単に再現できる人がいるなら、うちで雇いたいくらいですよ」
マドル先輩の純粋な疑問は、でもちょっと煽っている感じになったのか、店長さんからはやや強気なお返事が返ってきた。なるほどなるほど。自分の店の技術や立ち位置に自信をもって働いているんだね。とってもいいこと。そしてこれはチャンスでは?
マドル先輩の技術ならきっとすぐに習得して顔パスだ。私はあやしいけど、なんとか雑用でもいいのでお願いしたい。いや別に、刺繍できないとかじゃないけど、昔挑戦しようとして一度指先に刺さってしまってから絶対禁止令を出されてしまってるだけで。
本当に、こうやって考えると過保護と言うか。まあさすがに大人だしこれからは練習させてくれるだろうけど、即戦力には程遠いよね。
とにかく、まずはマドル先輩だけでも実力をアピールするのがいいだろう。私はマドル先輩に目配せする。
「……?」
目を合わせてウインクした私に、マドル先輩は不思議そうにしながら頭を撫でてくれた。マドル先輩は私のこと幼女だと思ってるのかな?
仕方ない。ここは私がアピールしよう。
「あの、雇いたいくらいと言うのは本当ですかね? 実は私たちこの街に来たばかりで就職活動中なんですけど」
「あら、お客様じゃなかったのね。そうね。人手がもう少しあってもいいのは事実だけど、刺繍が得意なのかしら?」
「えっと、私の服の刺繍は全部マドル先輩が作ってくれたやつです」
「へぇ。ちょっと見せてもらえる?」
違和感のないようその土地で中古服を買ったりはしたけれど、その服にもそれぞれ暇を持て余したマドル先輩が刺繍をしてくれている。
口調が一気にフランクになった店員さんは私が自分の袖口を示しながら言うと、私の手をとってまじまじと袖の刺繍を見てくれた。袖を一周するように蔓草と葉、ワンポイントに一つだけある小さい白い花がある。店員さんは袖のボタンをはずしてひっくり返して裏までチェックしている。
「丁寧な仕事ね。これを安定して作れるなら言うことはないけど……とりあえず、奥で話しましょうか」
「お店を離れて大丈夫ですか?」
「大丈夫よ。おばーちゃーん、ちょっとこっち見ててくれる?」
「またかい、あんたは本当に年寄り使いが荒いねぇ」
店長さんがカウンター横の扉を開けて声をかけると、そこからおばあさんがでてきた。覗くと隣のお店とつながっているみたいだ。さっき店の前を通った時ににこっと笑ってくれた愛想のいいおばあさんだ。
「すみません、私たち、お仕事を探していて」
「おや。二人ともかい? 見ない顔だけど、住む家はあるのかい? ご飯は食べてるんだろうね? ほら、これあげるから」
「あ、ありがとうございます。お家はあります。もう一人いて、その人が働いてくれていてご飯には困ってはないので大丈夫です」
「そうかい? ならいいけどねぇ」
なにやら心配されたようでお菓子を渡されてしまった。葉っぱに包まれたお団子だ。美味しそう。でも確かに、ここに来たばかりで二人そろって職探ししてたら、なんのあてもなくお金もなく流れてきたと思われてもおかしくないのか。
「とりあえず詳しい話をするから、お願いね」
「はいはい」
おばあちゃんを置いて私たちは奥の部屋に通された。さっきのお店と同じくらいの広さの応接室だ。ここで商談とかするんだろうなぁ。そこでお茶をだしてもらって職場環境やお給金、こちらの希望条件などをすり合わせていく。
そもそも、誰かの紹介があるわけでもないぽっとでの私たちをお金に関わることや、お店の顔である接客を一人でさせるわけにもいかない。ひとまずは純粋に下働きとして刺繍の腕の確認もかねて裏での作業がお仕事になるらしい。
そして腕前に問題がなければ売り物の刺繍をまかしてもらえるようになり、場合によって刺繍や服そのもののデザインも考えてもらう。と言うことだった。思っていた以上に職人としての採用枠だった。流れ的に当然かもだけど。そもそもお店も小さいし、接客要員そんなにいらないだろうしね。
そしてそれとは逆に私たちが望む勤務条件なのだけど、よく考えたら私たちの希望する勤務時間、お昼前から夕方まで、と言うのは短めだ。この世界の人間は普通に長時間労働が当たり前のところがある。
例えば飲食店ならピーク以外休憩時間を多めにとるとしても拘束時間は12時間オーバーもざらみたいだし。でもそんなには働きたくない。もとい、ライラ様と離れるわけにはいかないからね。
でも希望金額は普通でいい。この街の一員になって人並みのお金が稼げれば十分だ。マドル先輩が複数人いてくれるおかげで、お仕事をするから家事ができないなんてこともない。と言うか単純に刺繍での仕事だけならマドル先輩はお家でやれば10人でできるんだよね。
と言うことであれこれ話し合った結果、とりあえず希望時間出勤して店長についてお仕事を習いつつ、持ち帰って一定量の刺繍仕事をすることになった。二人一緒でお願いしたいと言う希望に関しては、なんと私は隣の雑貨屋の店番として雇ってもらえることになった。
どうやらおばあさん一人でたまに服屋も見させられるし、そもそも最近重いものや高いところがしんどくなってきたから誰か雇おうと思っていたところらしい。ちょうどいい。私は腰の曲がったおばあさんよりちょっと大きいくらいだけど、元気だし脚立とかはあるからね。全然問題なーい。
マドル先輩はちょっと渋ってたけど、すぐ隣にいるんだからと説得した。
何はともあれ、これでひとまず就職先ゲットだぜ!
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