第56話 就職活動

 午後になり、ライラ様は起きなかったので私はマドル先輩とお肉を売りにいくことになった。

 マドル先輩一人で持てる重さだけど、さすがに違和感を持たれるだろうから、私たちは荷車にのせて運んでいる。私も手をかけてはいるけどほぼマドル先輩が動かしてくれている。最初は力をこめたけど、逆に動かしにくいと言われたので仕方ない。さぼっているわけじゃない。

 運ぶ用の荷車があって、しかも直射日光が当たらないよう簡易だけど布で屋根を張れるようになっているちゃんとしたやつなので、こういうのが付いてくるだけでもやっぱりあのお家にしたかいがあるというものだ。


「ここですね。裏手から搬入するってことですけど、これどこ行けばいいんでしょう」

「初めてですし、まずは正面から聞いてみましょう」


 お肉屋さんと言っていたものの、お肉も扱うけど他にも色々扱ってるみたいで表から見ると雑貨屋にすら見える。だけど大きくて立派な看板もついてるお店だし、間違いはないはずだ。

 マドル先輩は中に入っていった。放置するわけにもいかないのでそのまま待つ。


 今日もいい天気だ。見上げると透けるような青空。この数日で何度も見に行った海の美しさももちろんだけど、単純にめちゃくちゃいい天気の空もいいよね。適度に雲があるのがまた、絵画っぽい良さがあると言うか。


「おい、ねぇちゃん、人ん店の前になに荷車おいてんだ。えーぎょーぼーがいだぞ」


 などとぼんやりと芸術家の気持ちに浸っていると、横から声がかけられた。振り向くと私よりも小さい子供が不審者を見る目で私を見ていた。

 どうやらこのお店の子らしい。やんちゃ坊主って感じの生意気そうな少年だけど着ている服もよさそうなものだ。ここはきちんと釈明しないと。


「えっと、ここの家の子かな? 初めまして。私はエスト。私たちここにお肉を売りに来たんだ。聞いてないかな? 森の方の家を借りて、お肉を売るって約束をしてるんだけど」

「あー、聞いてる。俺はこの家のローバーだぜ。ふーん。ねぇちゃんが、女三人でどんだけできるかわかんねーけど、可哀そうだし貸してやってるっていう訳ありか。ねえちゃん、全然強そうに見えねぇけど、ほんとに狩りなんかできんのか?」


 あらー。めっちゃ明け透けに答えてくれる。さすが子供。と言うかそう思われてたのか。うーん、まあ、とっても妥当と言うか、むしろありがたい話だ。憐れまれるのは嬉しいことではないけど、少なくともよそ者扱いとか意地悪しようってことじゃなくて親切にしようって思ってくれてるわけなんだし。


「私はできないけど、一緒に住んでる二人が強いから」

「そうなのか。じゃあねえちゃんは何すんの?」


 うぐっ。こ、子供のくせに、的確に聞いてくるじゃん!? 私は何も、何もしていない。家事手伝い……無職。ペット。甘やかされ枠。うぐぐ。


「い、家のこととか色々もちろんしてるけど、これからお仕事を探す予定だよー。いいお仕事あったら教えてね」

「んー、いい仕事は知ってっけど、よく知らないねぇちゃんを紹介できる仕事はねぇな。ねぇちゃん、信頼もなくいい仕事が回ってくると思ったら大間違いだぜ? もし全然知らない人からうまい話があったとしたら、そいつは悪いやつかもしんねぇから、気をつけねぇといけねぇんだぞ」

「はい……すみません。勉強になります」


 全くその通りである。子供相手だと思ってかるーく雑談をするつもりが、人生の先輩としてアドバイスされてしまった。前世の記憶を含めても社会人経験がなく甘やかされまくってきたのが丸見えで恥ずかしい。一応バイトはしたことあるんだけど、確かにそれもおっしゃる通りである。

 敬語で真面目に応えると、ローバー君は満足げに頷いた。


「おう。いいってことよ。てか連れがいんなら、ねぇちゃんは荷物番なんだろうけど、いつまでもこんなところにいたら肉が傷むぜ。こっちから裏にまわれよ」

「あ、はい」


 こうして私はローバー君に言われるまま荷車をひい、お、重い。無理だ。


「どうされましたか、エスト様」

「あ、マドル先輩。おかえりなさい」


 渾身の力で押しても一人じゃ全然動かせず、ローバー君から呆れた視線を受けているとマドル先輩が戻ってきたので、今のはなかったことにして力を抜いた。


 マドル先輩は私と先行しようとして少し離れた前にいてこっちを見ているローバー君を見て、ふむと顎に手を当ててから私の隣に立った。


「エスト様、怪しい人には付いて行ってはいけません。何度も言っているでしょう」

「怪しくねーわ。お前のが怪しーわ」

「おや、坊ちゃん、おかえりなさい」


 マドル先輩に続いて顔を出した店員さんがそう声をかけたことで、ローバー君が怪しい人ではないことが確定した。


 それから裏手に回って納品する。想像以上の量だったようでローバー君も含めてお店の人はみんな驚いていた。ふふふ、うちには凄腕のハンターがいますからね! どやぁ! さすがライラ様!


 実力も理解してもらったようで、ひとまず今回はこれで様子を見るから、次は明後日の納品をお願いされた。結構量が多かったから毎日じゃなくていいのかな。まあ生肉ってあんまり在庫がありすぎても困るもんね。

 せっかく街に降りてきたとはいえ、荷車があるのでゆっくりショッピングと言うノリでもない。私たちはそのままUターンしてお家に帰ることにした。


「エスト様、家に帰ったら何をされますか? 以前のようにエスト様もデザインを手伝ってくださいますか? それともお菓子づくりを?」

「うーん、悪くないんですけど、ちょっとお仕事を探しにもう一回街を見て回ろうかなって思ってます」

「なるほど、さっそく就職先を探そうと言うことですね?」

「そうですそうです。私も少しは稼いで貢献したいので。家があるのでマドル先輩が増えれば、お家の方は手伝うこともないでしょうし」

「ふむ。それはいい考えですね。私もご一緒します」


 街に住むなら仕事を探さないと、と言う話は前にもしていたので、マドル先輩は私の行動方針に驚くことなく、ふむ、と頷いて片手で私の頭を撫でて褒めてくれた。荷物がなくなり軽くなったとはいえ、急に片手になっても荷車は一切無駄な揺れもなかったのはさすがマドル先輩だ。


「ん? ご一緒? と言うのは、マドル先輩も私と一緒のところで働くと言う感じですか?」

「もちろんそうです。エスト様を一人にするなんてライラ様も心配されるでしょうし。それに、私も外での長時間就労は経験がありませんので、エスト様と一緒なら心強いです」

「マドル先輩……! そうですね! じゃあ一緒に頑張りましょう!」


 一瞬、え? そんな都合よく同じ職場で働けるかな? と思ってしまったけど、でもマドル先輩の後半のセリフを聞いて覚悟は決まった。いつも頼りっぱなしのスーパーメイドマドル先輩だけど、あの館で生まれてずっと生活していたマドル先輩は、外での活動は私の方が経験があるくらいなのだ。

 マドル先輩に頼りにされているなら、応えないわけがない! マドル先輩と一緒に働ける職場を探そう! て言うかライラ様もマドル先輩と離れるなって言ってたの、もしかしてこう言う意味だったりするのかな? 単にマドル先輩にも確認してもらえよって意味かと思ってた。


 まあそれはともかく、一度家に帰った私たちは再び家を出発した。時間はおやつの時間くらいなのだけど、まだライラ様は寝ていた。お疲れなのだろう。以前と違って吸血鬼ってことが知られちゃいけないから、静かに目立たないように狩りをしないといけないからね。

 ここに来るまでは人里離れた場所で狩って次の街に、と言う感じだったし普通に飛んでたけど、ここだと相当気を遣うだろう。いくらライラ様にとっては簡単なお仕事とは言っても、気楽な仕事じゃないはずだ。

 なのにそんなことおくびにも出さずに、ライラ様、ほんと好き。とリスペクトを募らせつつ、私はそんなライラ様のお力に少しでもなるべく気合を新たにマドル先輩と職探しを始めた。


 職を探そうとしても、ここにはハローワークのようなものはない。だけどたくさんの職人がいれば街の中で自然と組合ができるし、希望する組合に行けば求人している職場を紹介してもらうことも不可能ではないだろう。

 でもまだどんなところで働きたいかも決まっていないのだ。とりあえず働く側の目線でもう一度お店を見てみよう。


 私とマドル先輩が同じ職場で働くとなると、選択肢はそれほど多くない。マドル先輩も実力的には肉体作業なんでもござれだけど、普通に考えて見た目女性のマドル先輩が漁師をやりたいと言っても拒否されるだろう。漁師をしているのは見たところ男性だけっぽいし。

 それに時間も重要だ。ライラ様が朝早くに狩りをしてきて、その処理をして売りに行ってから働きにいくのが効率がいいだろう。そしてライラ様をあまりお待たせするのもあれだし、夕方には帰りたい。

 お昼前から夕方。うーん、晩御飯までとして、そもそもこの世界の雇用形態ってどんな感じなんだろう。少なくとも飲食店は無理として、マドル先輩はたしか接客業をやりたがってたよね。


「とりあえず、お洋服店とか見て回りましょうか」

「わかりました。敵情視察ですね」

「それはちょっと違います」


 とマドル先輩の意気込みがすぎるセリフ選択に突っ込みながら、でもいつかお店をもつくらいの気持ちでいるのはいいかもと考えていた。なんせマドル先輩もとっても長生きなんだし、今は私と同じ社会人初心者でもいずれは大店を持ったとしておかしくはないもんね。


 などと将来のことも考えつつ、私はマドル先輩とお店に向かった。


 まずはどこにでもある中古の衣服屋だ。今までにも何度か目立たないよう現地の服を調達するとか、季節ごとの服を買うために利用したことはある。

 街によって文化も違えば服が違うので店の持つ雰囲気は異なるけど、システム的にはどこも似たようなものみたいだ。


「どれも結構しっかりして、濃い目の色が多いみたいですね。あと結構丈は短めですね」

「街中で腹部が見える方が多かったですが、露出の多い文化なのですね。ふむ」

「もうそろそろ夏も終わりの時期ですけど、結構暑いですもんね」


 この辺りの気候故か、まだ暑いとはいえお店のラインナップには長そでがあまりないし、スカートは全部ロングだけど長いスリットがはいっている。下に短いズボンをはくみたいだけど、結構大胆だよね。最初見たときはびっくりしたし。でも、ライラ様足が長いから絶対似合うよねー!

 と言う衣服の傾向はおいといて、中古で売られている服は当然ながら同じ服と言うのがほぼない。流行したデザインがダブるのはあるみたいだけど、傷み具合にも差がある。

 中古のお店はサイズと状態で大雑把にわけておかれているだけで、店員さんが声をかけてくることもない。普通の中古品を売るのと同じ感覚で服を値段別に並べているだけだ。


 マドル先輩が服屋で働く意欲をみせていたのは、マドル先輩のそのセンスを生かした接客をしたいと言うことだろう。となるとわかっていたけど、中古服店は今回は就職先として遠慮させてもらおう。

 と言っても、そもそも買い取って売るだけなので人員もそれほど必要ないから求人もしてないだろうけど。


 ではいよいよ本命だ。新しく一から服を仕立てる高級服屋さんに、いざいかん!

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