第55話 マドルとの新生活

 新しい朝が来た。今日から私たちは港の民となって生きていくのだ。と言うことで元気よく目が覚めたところ、朝からキッチンの奥、家の裏庭には大きな猪が二匹もつるされていた。


「ええ……お、おっきくないですか?」


 裏庭にはそう言う処理をするための水場や、干しても問題ないよう屋根とかそう言う風になっているけど、それにしても立派な猪だ。館をでてからとんと魔物たちとは縁がないけど、そうだと言われても頷くくらい大きい。多分生きて四つ足で立っている状態で私の身長より高い。


「そうですね。この辺りは狩人がほぼいないと言う話ですから、よく増えてよく肥えているのでしょう。ライラ様がおっしゃるには、街の近くには近づかないようにしていたようですが、少し足を延ばすと大きな群れがあったそうです」

「はぇー」


 最初の狩りと言うことで張り切ったとかではなく、これが珍しくないとか。人間を恐れてから積極的に森から出てこないのはありがたいけど、一歩間違うと結構危ない状態なのでは?

 と言う懸念もありつつ、日が昇る前にライラ様から受け取って下処理していたらしく、私が起きて顔を洗っている横でド派手な解体が行われている。キッチンの裏庭へのドアを開けるとすぐ目の前なんだもん。それは見ちゃうよね。


 初めてうさぎの解体を見た時はビビり倒した私だけど、大人になった今はたいしたことはない。まあ旅の途中でどうしても目に入ると言うのが大きかったけど。とにかく今の私は皮をはがれて胴体に穴をあけてつるされる猪を見ても、肋骨のところが綺麗に見えるなとしか思わない。


「さて、せっかくですし、熟成はまだですが、一部食べられるよう血抜き処理もしていますので、朝食にしましょうか」

「はーい」


 にしても、昨夜からいきなりお仕事なんて、ライラ様って本当に勤勉と言うか、昨日の流れからてっきり昨日は一緒に寝たのかと。私を寝かしつけてからお仕事だったのね。

 と言うことはライラ様は今寝ているのだろう。うーん。そうとなれば今日は何をしようかな。


 ライラ様は狩り。マドル先輩は家事。私も家事手伝いのつもりだったけど、普通にまたマドル先輩増えているし、そうなると前みたいに広くないし手伝えることなんかないよね。

 それに考えてみれば、私がライラ様を養うと宣言して連れ出したわけだし、ライラ様はそんなこと気にしてないだろうけど、ここで定住するなら私も仕事を探さないとだよね。


「ごちそうさまでしたー。マドル先輩、片付けが終わったら私、出かけてきますね」

「はい。そうですね。色々必要なものがありますし、買い物に行きましょうか」

「あ、はい、そうですね!」


 どんな職があるか下見に、と思ったけど、まだこの生活の基盤が整ってないし、とりあえずもうちょっと落ち着いてからでいっか。家具も必要だしね!


 と言うわけでマドル先輩とお出かけすることになった。残るマドル先輩はお家のリフォームの続きとお肉を売るための処理の続きだそうだ。

 人里離れていてお客もいない、とはいえ念のため、人目につきそうなところでは一人でしか行動できないので、どうしても前よりは時間がかかってしまうね。


 朝ごはんを食べてまだ時間が早いけど、街中に降りると結構な活気だった。世間は朝ごはんの時間なのか、あちこちの飲食店が盛況のようだ。漁に出る時間が早いから帰ってきてご飯みたいな感じなのかな? なんにせよ賑やかでいい雰囲気だ。

 そのまま飲食店街を抜けてそれ以外の商店が並ぶエリアを歩きながら本日の目的を確認すべく、私はマドル先輩に話しかける。


「マドル先輩、私はベッド以外何が必要かまだぴんときてませんけど、何を買うんですか?」

「そうですね。やはり棚もほしいですし、食器類や調理器具ももう少しまともなものが欲しいですね。キッチンが広くてコンロが複数あるのはいいのですが、住んでいた人が独り暮らしだったようでどうしても物が小さかったり少ないのが問題ですね」

「あー、なるほど。そうですね。揃ってなかったですし、それに旅の間ならともかく、これからずっとライラ様が普段使いなさるならお上品で絵になるいいやつがいいですよね」

「まさしくその通りです。とはいえ、いったんこの街で居を構えることにしたとはいえ、どれだけ長居するか、稼ぎもどれほどになるかまだ計算しきれていません。あまりに高額でかさばるものはしばらく様子をみるべきでしょうね」

「あ、そ、そう言う考えもありましたね」


 やっと家を手に入れたぞ! の勢いですっかり定住する気持ちになっていたけど、そうか、言ってもまだこの街がどれだけいい街がわかんないもんね。いつでも旅立てる程度のたくわえを残したうえで、できた余裕でそろえていくくらいが望ましいのか。


「じゃあ、昨日いっぱい買ってしまったの、あんまりよくなかったですかね」

「それは違います」

「はわっ」


 ちょっとだけやってしまったかなぁと言う反省を込めて言うと、マドル先輩は急に立ち止まって私の両肩をつかんだ。いつにない強い口調でちょっとびっくりする私に、マドル先輩は続ける。


「とっても、嬉しかったです。もし、今日ここを出るとして、私は担いで持っていきますよ。だからそんな風に言わないでほしいです」

「マドル先輩。……はい、すみませんでした。でも、それだけ喜んでもらえて嬉しいです」

「はい。それでいいですよ。私も、私が喜ぶことでエスト様が喜ぶなら、もっと嬉しくなります」

「マドル先輩……好きです」

「はい、私も好きですよ」


 にこっと以前よりずっと表情豊かになったマドル先輩のかすかな微笑みに心が浄化される。と堪能してからはっとする。道の真ん中だった。

 天下の往来で告白してしまった。まあまあ見られている。ちょっと恥ずかしくなったので、マドル先輩の手を取って急ぎ目に歩き出す。


「と、とりあえず、家具屋とか見て、それから食材を買いに行きましょうか。もうほぼ食材つかっちゃいましたもんね」

「そうですね。エスト様、何が食べたいですか?」

「やっぱり魚料理がいいですね。さっきの通りもいい匂いがしてたので」


 そのまま手をつないだままお店を見て回る。

 寝具はやっぱり私とライラ様用の大きいので探していた。マドル先輩のは今のでいいとか遠慮されてしまったのだけど、でも昨日寝た感じ別に悪くなかったし、ライラ様だからともかく、私も一人で寝るなら私の分いるとは思わないし。でもだからってマドル先輩だけ普通ので寝るっていうのもどうなんだろう。うーん。

 とちょっと悩んでいたのでそのまま相談したら、どう、とは? って真顔で聞かれてしまった。いや、はい。マドル先輩がいいならいいです。


 あとは棚とかキッチン用品を見ていく。華奢な取っ手で、全体的に花びらみたいな可憐なデザイン、金の縁と言うめちゃくちゃ綺麗で高価なティーセットとかあって、これつかってるライラ様見てみたいなー。なんて妄想を語り合いながらマドル先輩とみていくのは楽しかった。


「あ、そう言えばエスト様、確認してもいいでしょうか」

「あ、はい。なんでしょう」

「さきほどからずっと手をつないでますが、これはデートだからですか?」

「えっ、あっ」


 言われてからようやく、さっきマドル先輩の手を引いて逃げだした時からずっとつなぎっぱなしだったことに気づいた。指摘されて反射的に力をゆるめたけど、今度はぎゅっとマドル先輩が握ってきた。

 驚いてそのつないだ手を見て、そして顔をあげてマドル先輩の顔を見て、真顔だ。とっても普段通りの真顔。これはどっちだ? よくわかんないけど、まあ、デートでいいよね!


「はい、そうです。デートですね!」

「そうでしたか。手をつなぐとデートなのですね。私はてっきり、子供をつくる関係性の生き物が二人ででかけることをデートと言うのかと思っていました」

「そう言う考え方もありますけど、私的には仲良し二人がでかけたら友達でも家族でもデートですね」

「そうなのですね。では今までも私とエスト様はデートしていたのですね」


 なるほど、とうんうん頷いて納得された。何かものすごい納得をされてしまった。それは正しいような、でもちょっと違うような。うーん。でもまあ、デートでいいか!


「そうですねー。私たちは仲良しなのでデートです!」

「なるほど。わかりました。教えてくださってありがとうございます」

「いえいえ」


 マドル先輩は新しい発見を楽しんでくれているみたいだ。なので今日はよりデート感を味わってもらうため、ぎゅっと距離をつめてマドル先輩とお買い物をした。


 食材もたくさん購入して、お昼ご飯を作る為に家に帰る。お家に帰るとライラ様はまだ寝ている。以前の家なら気にしなかったけど、当然この家だと作業する場所と寝室の距離も壁の厚さも全然違うし、どうなんだろう。

 私は全然気づかないしたっぷり寝られたけど、ライラ様の睡眠はよくわからない。この旅の間も寝たり起きてたりすごい不規則だったし。眠りが浅いのか深いのか、どれくらい睡眠が必要なのか。考えたら全然ライラ様のことわからないなって落ち込んでしまいそうなくらいだ。


「ライラ様は自然に起きられるまで起こさないとして、静かにしたほうがいいですかね」

「そうですね。特にライラ様はお休みになられる際は何も仰ってませんでしたし、朝食の際にも起きてこられませんでしたし、普通でいいのではないでしょうか」

「そうですかぁ、まあそうですね。気にしてもある程度は音がしちゃいますし、怒られたら対策を考えましょう」


 ライラ様ってすごく耳がいいから、その気になったらこの家の外の音だって聞こえてしまうわけだし、過剰に気にしてたらライラ様も気を遣うよね。と言うわけでひとまず気にしないことにした。


「はい。ではお昼を用意して食べたらお肉を売りに行きますね。エスト様はどうしますか?」

「んー。一緒に行きます。今日は一緒にお昼食べてくれるんですね」

「そうですね。しばらくはいろんな海の料理に挑戦しますので、自分で味をみる必要がありますから。はい、一緒に食べますよ」

「わーい。嬉しいです」


 今日のお昼はシンプルな焼き魚だった。こういう堅実なところから手を出すところ、マドル先輩のいいところだなって思った。とっても美味しかったです。


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