第54話 新しいお家で
「ただいま帰りました。うわー、さすがマドル先輩、綺麗になってますね」
「うむ。ご苦労」
「ありがとうございます。最低限掃除は完了しています。まずは寝室から手を付けましたので、ご覧いただければ」
「え、なんですか?」
家に帰ると寝室の改装がされていた。寝室は入って左側がカーテンで区切られていて、そこがウォークインクローゼットになっていた。狩りに使ったり外で使う道具をいれておく倉庫はあったけれど、衣類などの荷物を置く場所はないと思っていたけど、まさか作ってくれるとは。
全体的にピカピカで埃一つなくなっているのは想定内だけど、カーテンとは言え仕切りがされて持ってきた服が整頓してかけられ、足元は元ベッドが棚になってくれているとは思わなかった。
だけどこれで服をつくっても保管する場所はあるわけで、受け入れ準備は万端と言うことだ。
「マドル先輩さすがです! これでいつでも服を作れますね!」
「はい。ここまでは既製品で我慢してきましたが、ここまで様々な衣類を見てきましたからね。主様に着ていただきたい服はたくさんあります」
「ですね! そんなマドル先輩に朗報です! なんと! すぐに作れるよう縫製機とかもろもろ買ってます!」
「……はい?」
きょとん、としたマドル先輩。驚いている姿は珍しい。固まるほどではなかったけど、相当びっくりさせられたみたいだ。
理解の追い付かないマドル先輩に私はにっこり笑って手を握って振りながら続きを話す。
「んふふ、もうすぐお店の人が縫製機を持ってくるんですよ。最新のやつで、見た目もいい感じですよー。布とか糸も、いい色のやつがあったので頼んでおいたんですよー」
「もうすぐ、ですか。それでは、今夜にでもすぐ作れるということですか?」
「はい! 私とライラ様の二人でいろいろ選んだんですよ。ね! ライラ様!」
「まぁな。作るのは落ち着いてからでもいいが、お前は自分では縫製機をすぐには買わないだろう。必要経費だ。好きにつかえ」
ライラ様にふるとライラ様はマドル先輩に向かってうむ、と鷹揚にうなずいてそう言った。何というご主人様らしい振る舞い。そっかー。ここまで一応節約していたし、マドル先輩は特に自分が働けば何とかなることに関してはあんまりお金かけようとしなかったもんね。
服作りを言えばミシンは必須と思ってたけど、場合によっては手作業でもつくれるってなる可能性もあったのか。そんなの大変すぎる。さすがライラ様。マドル先輩のご主人様だけあって素晴らしい気遣いだ。
私もおまけで感激したけど、もちろんマドル先輩は私以上に感激したようで、そろって両手を合わせてライラ様に向かって祈るように感謝し始める。
「主様。ありがとうございます」
「とても嬉しいです。私が人間であれば感激のあまり涙が出ているでしょう」
「主様の身を飾るにふさわしいものを作り上げることを誓います」
「うむ。お前の服作りの腕前は認めている。励めよ」
「はい。かならずやご期待にこたえてみせましょう」
ライラ様に頭をさげて声をそろえたマドル先輩はまさにメイドの鏡。メイド服を着ているのも懐かしいし、なんだかここからまた始まるんだなって実感してじんわりきてしまった。
「エスト様も、一緒に選んでくださってありがとうございます」
「エスト様の分もたくさん作りますね」
「エスト様の可愛さを引き出せるよう頑張りますので」
「はーい、お願いします」
ライラ様にお礼を言ったマドル先輩は私を振り向くと、私を囲んで頭を撫でてお礼を言ってくれた。私はほぼ一緒にいただけで何にもしていないので申し訳ないくらいだけど、まあそんなこと言ったら野暮だよね。
「ふふふ。嬉しいです。いずれはと考えていましたが、まさか今夜からなんて」
「よ、よかったですね、マドル先ぱ、あ、あ、わー」
「感謝の気持ちです。受け取ってください」
「わっしょいですね」
「わ、わーい」
とっても喜んでくれたマドル先輩はいつにないテンションで微笑んでから、囲んだまま私を持ち上げだし、ついには胴上げしだした。この世界、基本天井が高いけどさすがに胴上げは危ない。結構ぎりぎりだ。でもこんなに喜んでるマドル先輩にやめてとは言いにくい。
ライラ様は、駄目だ。私も含めて変なものを見る目をしてから、めんどくさそうにベッドに寝転がってしまった。確かに教えたのは私だけども。
そのまましばしマドル先輩にわっしょいわっしょいされていると、玄関扉がノックされて声がかけられた。ついに届いたのだ。速やかに私は降ろされ、二人のマドル先輩は寝室に残り、うっきうきのマドル先輩と私は荷物を受け取りに寝室を出た。
高価なものだからか、さっき相手をしてくれた店員さんもついてきてくれていて、マドル先輩に使い方も説明してくれた。とりあえずリビングの隅っこの壁向きに設置され、大量の布などはリビングテーブルにまとめておかれている。
注文したときは気にならなかったというか、このくらい必要でしょって思っていたけど、こうやって見るとめちゃくちゃ多いな。業者では?
こんなにあの石一つで買えたって、いったいいくらだったんだろう。それをずっと持ち歩いていたの、冷静に考えると結構怖いなぁ。
マドル先輩は突然のサプライズプレゼントにびっくりしていたけど、生地の美しさも相まってとっても感激して喜んでくれたので、大成功、と言うことでいいとしよう。
お店の人も帰ったので三人のマドル先輩がかりでお片付け開始。と思ったら、一人のマドル先輩はお買い物、一人はお料理を始めてしまった。
なんでも服を作るにあたってデザインを考える紙とペンとか、そう言うこまごましたものも欲しいと言うことで買いに行ったそうだ。マドル先輩は一人でも力持ちなので問題ないそうだ。
ライラ様は本格的にごろごろし始めてしまったので、手持無沙汰になった私は料理担当マドル先輩のお手伝いをすることにした。
「マドル先輩、手伝いますよ」
「ふむ。そうですね。ではお皿を用意してください」
「はーい」
晩御飯には少し早いくらいだけど、マドル先輩はお昼を食べていないからちょうどいいだろう。さっき渡したお土産のかまぼこ? も渡していて、スープにしてもらうことになっている。
マドル先輩は晩御飯をつくるにあたり、本日は以前購入していた干し肉などをすべて使い切ってしまうつもりのようだ。昨日まで魚ばっかりだったし、たまにはそういうのもいいよね。
ドライフルーツもあるので、それはジャムにしてしまうようだ。パンは普通に焼く。日持ちしたパンとかはとっくになくなっているので普通にマドル先輩お手製だ。
パンは元々マドル先輩お手製なのだけど、旅の間は水の問題もあって出来立てが食べられない日もあったので、これからは毎日出来立てパンだと思うと嬉しいね。
お鍋を混ぜたりとお手伝いをしながら、マドル先輩とこれからの暮らしやこれからどんな服をつくるか、今日のお出かけでライラ様がどんな風に生地を選んでくれていたか。そんなことを楽しくおしゃべりした。
それから買い物マドル先輩も帰ってきて、私たちは夕食をとった。お風呂もはいって本日はお休みだ。
今日のところは二つのベッドをくっつけた簡易ベッドでライラ様と一緒に寝ることになった。近いうちにまたベッドを買わないとね。なんて話をしながらもベッドに入ると、リビングの方から小さな作業音が漏れ聞こえてくる。
さっそくシャツからつくりだしたようで、新品の縫製機の駆動音が聞こえてきた。最新と言うことで従来より力強くて静かと言う売込みだったけど、さすがに夜中、ドア一枚隔てただけのリビングからの音は聞こえるようだ。
「ふむ。まあまあ聞こえるな。寝付くまではやめさせるか?」
「いえいえ。せっかく楽しんでやってくれてるんですし、それにこういう一定ずっと音がなっているのは、意外と気にならないといいますか、むしろ寝やすかったりします」
ライラ様は私に布団をかけながらそう気遣ってくれたけど、丁寧に固辞しておく。例えば電車の音とか。なんなら寝ちゃダメと思っていても寝ちゃいそうになる音ってあるよね。
ライラ様は私の横で肘をついて半身起き上がって私を向いた状態で、ぽんと私のお腹の上に手を置いている。
「そうなのか? ならいいが」
「はい。例えばライラ様にぎゅっとされて心臓の音が聞こえてる時とかも、最初はドキドキしちゃいますけど、頭の中にひびくライラ様の心臓の音が心地よくてすっと寝れちゃいますし」
「そうか。私はあまり心臓の音は好きではないが」
「そうなんですか?」
「ああ、自分の鼓動が聞こえる時と言うのは何かしら不調がある時だからな」
「あー、うーん?」
わかったようなわからないような。しんどかったり頭が痛い時とか、寝ようとしても自分の動悸でしんどい時はあるけど、そう言うことなのかな? それとも吸血鬼的にもうちょい別のことなのか。まあニュアンスはあってるよね。
「確かにそう言う時もありますけど、人の鼓動を聞くとお母さんのお腹の中にいた時を思い出して落ち着くって話は聞いたことありますよ」
「ふーむ? よくわからん理屈だ。どれ。聞かせてみろ」
「あ、はい」
ライラ様は掛け布団をめくって私の上半身をだし、そこに私と向き合うようにして耳をあてた。今は寝間着なので薄い生地なので、ライラ様が乗っかっているのも、長い髪が流れているのもなんとなくわかるくらいだ。
大人とまでいかずともそこそこ成長した私だけど、上向きに寝転がっていれば胸なんてあってないようなもので、心臓の音を聞くのに支障はないだろう。
「……」
だけど、いざやってみるとこれ、なんだかすごくドキドキすると言うか。胸がくすぐったいと言うか。耳は触れているけど他は体重をかけないようにしてくれているのが逆にこう……。
「ものすごくうるさいな。これだと耳を当てなくても聞こえるぞ」
「う……し、仕方ないじゃないですか。ライラ様がこんなに近くで、しかも私の胸に触れてるんですよ? ドキドキしない方がおかしいじゃないですか」
「ふっ。マセガキめ」
楽しそうに笑われてしまった。うぅ。
「ふふふ。だがそうだな。嫌な音ではない。今日はこのまま聞かせろ」
「あ、わっと」
恥ずかしくって目をそらす私に、ますますライラ様は笑ってから私の胸に抱き着くように腕を回して私をそのまま横向きにした。ぐっと顎のすぐ下にライラ様の頭があって私が抱きしめられているのか、ライラ様を抱きしめているのかわからないくらいだ。
ずりずりとライラ様が片手で掛け布団をなおしてくれて、ライラ様の姿がすっぽり掛け布団の中に納まってしまう。こうやってみるとなんだか子供が潜んでいるみたいだ。
「……はい、おやすみなさい、ライラ様」
姿が見えなくなり、さっきより強い力でしっかりライラ様がくっついているとくすぐったいよりも、なんだか温かい気持ちになってきた私は、ライラ様の頭をぎゅっと抱きしめてそうあいさつした。
そうしてしばしライラ様の頭を軽く撫でたりしていると心臓も落ち着いて、今夜もぐっすり寝ることができた。
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