第53話 マドルへのプレゼント

 と言うわけで急遽お出かけとなった。私とライラ様はそれぞれお財布だけポケットに入れて家を出た。って、家を出るってなんかいいな。宿をでるのとはやっぱり気持ち違うもんだね。


「ライラ様と二人でお出かけするのも久しぶりですね」


 大きな街で一週間滞在する間にはでかけることもあったけど、この一か月ほどは小さいところばかりでほぼ毎日移動の旅だったから久しぶりだ。ライラ様がこの二日ほど宿にこもって寝ていたのもあって、すっごく久しぶりなライラ様な気がしてうきうきしてしまう。


「そうだな」

「えへへー。デートですね」

「ふっ。そうだな」


 よしよし、と頭を撫でて微笑まれた。あ、あああ、ライラ様、しゅき。じゃなくて、いやー、甘やかされてるなぁ私。

 元々は奴隷の立場のはずなのに、旅にでるようになってからますます甘やかされている気がする。まあ館も出たし、一緒に逃亡するいわば運命共同体の家族だから、もはや奴隷どうこうってのは関係ないけど。


「ライラ様、ライラ様、デートなら、手、繋いでもいいですか?」

「構わんが、手をつなぐだけでいいのか?」

「えっ、へへへ、じゃ、じゃあ、腕くんじゃいますね!」


 長距離移動は抱っこが多かったけど、さすがに人に見られると目立つのでそう言うことはしなかった。だから本当に小さいころに手をつないだとか、前に人混みの中ではぐれないようにっていうのはあったけどそれ以外ではないので、手をつなぐだけでもちょっとだけ勇気を出しての提案だったのに、ライラ様ときたら不敵に笑うのでついつい調子に乗ってしまう。

 半ばその腕に抱き着くようにしながらライラ様の左腕にくっつき、腕をからめるようにしながら右手は手をつなぎ、左手はライラ様の肘に添えるようにする。


「えへへ。ライラ様、お昼何食べたいですか?」

「うーむ。別になんでもいいが……しいて言うなら、お前だな」

「ら、ライラ様。そう言う発言、お外ではちょっと」


 数日滞在している間に血を飲んでもらっていたので、しばらくご無沙汰だ。家もできたし、近いうちに血をあげる予定だし意味はわかってるけど。人に聞かれると、吸血鬼とばれる可能性は全然ないけど、ちょっとアレな意味に聞こえてしまうかもだし。

 と思わず苦言を呈する私にライラ様はちょっと不思議そうになった。そこは純粋で気づかないとこ可愛い。と言うかライラ様にさんざん言われてるけど、やっぱ私がマセガキだからなのかな。うう。恥ずかしくなってきた。


「えっと、じゃあ、血によさそうな食べ物にしましょうか。何がありますかね。魚も結構よかったような」

「そうなのか?」

「多分ですけどー、陸のお肉ばっかりだと血液ドロドロになりますけど、魚いっぱい食べると血がサラサラのイメージがあります。お肉の方が油が多いから? だったかなー。よく覚えてないです。昔のことですし」


 なんて話をして雰囲気を入れ替え、私たちは適当にぶらぶらしながらお昼を探した。朝は宿で普通にパンとスープだったから、昼はそこそこ普通に食べたい。魚ばっかりだからお肉食べたい気もするけど、ライラ様に吸ってもらうまでは我慢しよう。ライラ様が狩ってくれるようになったらいつでも食べられるし。


 と、そこに屋台を見つけた。大通りに中央、ちょっとした広場になっている辺りにいくつか屋台が出ている。魚をあげたやつもいい匂いだけど、立ち食いにはちょっとなー、と思ってるといいものがあった。

 かまぼこ? だ。棒に巻き付けて焼いてるからちくわな気もするけど、棒をつけたままかじるから分類がわからない。地元民的には練り棒と言う商品名らしい。


「この棒美味しいですね。スープの具材にもなりますから、これならマドル先輩も買ってくるなとは言わないでしょう」

「ふむ。舌触りもいい。悪くないな」


 シンプルな塩味と辛みのあるのと二種類食べたけどどっちも美味しい。ちなみにライラ様はどっちも一口ずつしか食べないのだけど、あーんで食べてくれるのでデート感的には百点すぎて指摘できなかった。

 あんまりすぐ帰っても掃除中だと邪魔だろうからもうしばらくぶらぶらするので、マドル先輩へのお土産は帰りに買うとしてそのまま私たちはデートを続ける。

 んふふ。勝手にデート気分になるのはしょっちゅうだけど、ライラ様公認でデートと思うといつも以上に楽しいなぁ。


「あ、ライラ様、布生地屋ですよ」

「ほう。いい色だな」

「ですよね。深めの色で」


 通りすがりに目に入った店は布屋さん。服屋はへー、この街はこんな感じの服がこのくらいの値段で売られてるんだなぁって感じでスルーしたけど、マドル先輩はいつかまた服作りの時にといろんなお店を回って生地の良しあしを見ていたのでつい足をとめてしまう。


「これはお目が高い。最近入るようになってきた反物です。独特の染でいい色合いでしょう?」


 足をとめた私たちに店員が揉み手で近づいてきた。ライラ様が見るからにいいところのお嬢さんの格好だからだろう。私一人だとだいたいスルーなんだよね。

 店員さんの話によると、以前は小麦の貿易ばかりしていた国が最近になって新しい交易品として扱うようになったそうだ。今なら珍しいし、重い色味はここでは珍しいので、スカートなどにすると映えますとアドバイスされた。

 服屋さんと言うのは中古で、新品が必要な場合はオーダーして作ってもらうのが基本的な価値観だ。だけど完全オーダーは当然高価なので、一般人も生地を買って自分でつくるのも珍しくない。

 そもそも服屋さん都会にはあるけど田舎にはない。だけどその分服屋があるこのあたりだと、生地から買ってつくるのは一張羅が多いのか、しっかりした立派な生地が多い感じだ。これならライラ様用としてマドル先輩のお眼鏡にもかなうのでは?


「ライラ様、これ買って行きませんか? マドル先輩が喜びますよ」

「ふむ。そうだな。白い生地と合わせて、縫製道具も買っておくか」

「おや。珍しいお方と思いましたが、もしかして新しく越してらした方ですか? でしたらこちら最新の縫製機ですがいかがでしょうか」


 と言うことで、お家を持った途端に大きなお買い物をしてしまった。いやでも必要だよね! 街で暮らすなら旅装はもういらないんだし。それにマドル先輩が作った服なら売れるかもだし。うん。

 結構な荷物なので後で運んでもらうことになった。ライラ様なら持ち運べるけど、どうも運ぶのが当然っぽいし料金内みたいなので。時間指定したのは先に行かれてマドル先輩が複数いることを見られたら困るので、帰った後に来てもらうことにした。


「んふふ。いきなりですがいいもの手に入りましたねー。絶対マドル先輩喜びますよ」

「そうだな。ちょうどいいものをよく持っていたな」

「えへへー」


 最新のミシンは複数の糸をセットして途中から変えやすくなっているし、針の種類も複数あって厚手の生地もできるようになっていたりと色々最新機能がたくさんあるようで、もちろんお値段はかなりした。手持ちの財布にそんな大金が入っているわけもないけど、お守り代わりにズボンのポケットの中に縫い付けていれられている宝石を一つ出したらそれで代わりにしてくれたのだ。

 ライラ様のコレクションの一つだったけど、万が一お金が必要な時の為にとマドル先輩が服につけてくれていたのだ。今までそれを活用する時はなかったけど、ついにその機会がきた。正直取り出すときワクワクした。


「せっかく家が決まったんですし、ライラ様も今までは持ち歩けないから遠慮してたものも買えますよ。今日はもう無理ですけど、何か欲しいもの探しに行きましょうよ」

「ふむ。そうだな。……寝具はいいものに越したことはないな」


 歩きながらさらに生活を豊かにするもの、何があるかなーと思いながらライラ様に尋ねるとさらりととってもいいアイデアがでてきた。今まで宿暮らしだからどうしても環境に左右されてきた。

 いつまで旅が続くかわからない以上、あまり目立つように豪遊するわけにもいかなかったから、基本普通の宿だった。だから村に一つの宿なんかは固くて起きたら体が痛いくらいのもあったものだ。まあそれでもぐっすり寝てはいたけど。


 人間は人生の三分の一は寝ているのだ。ライラ様だって寝る時は12時間とか寝たりしているんだし、いい寝具にして睡眠の質を上げるのは超重要なことだ。


「いいですね! 家に備え付けのもよさそうな感じでしたけど、普通サイズなのでライラ様用に大きいの買ってもいいですよね」


 パッと見た感じはそれほど使用感のないベッドが複数あるとはいえ、その寝心地を確認したわけではない。

 元々この世界のベッドって割と大きめだし、元狩人向けだけあって私には十分な大きさだけど、ライラ様は大の大人に比べても大きいのだから、もう一回り大きいベッドが本当は一番いいはずだ。

 二つ並べて使えなくはないかもだけど、真ん中に境目があったら違和感があるだろうしね。


「そうだな。お前と寝るには大きい方がいいだろう」

「えっ、わ、私と同じベッドですか?」


 ここに来るまで、二人用の部屋だったので私が寝る時はほぼライラ様と一緒のベッドだった。ライラ様が寝る時もあれば起きている時もあったけど、私が寝る時は基本ずっとライラ様が一緒にいてくれた。

 それはとっても嬉しいことだったけど、でもあくまで旅の間のこと、と思っていた。なのにまさか、今後も!?


「当然だ。嫌なのか?」

「いえいえいえいえ! う、嬉しいですけど。えぇ、ら、ライラ様、私のこと好きすぎでは?」

「好きだが?」

「うっ……!?」


 不愉快そうに眉をしかめてとんでもないことを聞かれたので全力で否定するけど、いやでも、館では一緒に寝るのレアイベントだったのに、そんなことあるの? ご褒美がすぎる。どうしてそんなことに? と混乱のあまり軽口をたたいてしまう私に、ライラ様は平然と首をかしげて可愛い顔で告白してきた。

 もちろん私の心臓に大ダメージすぎて死ぬかと思った。買い物中には離れていたのに、思わずまたライラ様の腕に抱き着いて体重を預けてしまう。こ、腰が砕けるかと思った。

 ライラ様は黙って私を受け止めてくれているけど、不思議そうに私の頭をたたいてくる。な、何か言わないと。


「わ、私も好きです」

「知っている。寝具は、家具屋か? 見に行くか」

「は、はいー」


 この後も私はライラ様にくっついたままデートをした。


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