第52話 家を借りる

 宿に3日滞在し、街の様子やお仕事事情を調べてみた。3日目になれば匂いにもなれたし、訛り方にもなれてきた。お魚よりお肉に値段がつくのもあって、やっぱりライラ様は狩りをする気満々だ。

 家にいる時も楽しんで魔物を倒していたし、お仕事だけじゃなくて狩り自体好きなんだろうな。遊牧民族生活は自由に狩りに行けない意味でもライラ様向きではなかったよね。


 とはいえ狩った後の処理や売り先も必要だ。マドル先輩が付いて行って狩ってすぐに処理をしても、当然夜中にお店が開いているわけがない。かといって夜中に行って朝一番に売りに行けばそれはそれで夜の内に狩る不自然さを知られてしまう。

 今まではそれでも単に街に入ったのが朝一番だっただけと言い訳できたけど、住むとなると何故視界が悪く危険な夜に狩りをするのかと不審がられてしまう。

 となると処理ができてかつ時間を調整するための拠点が必要になる。つまり家だ。家さえあればマドル先輩も人目を気にせず増えることができるし、幸い他国から貿易で来てしばらく滞在する人ように短期滞在契約もよくあることのようなので、とりあえずお試しで家を借りることもできるらしい。


 と言うわけで、本日私たちは不動産を見に来ていた。


「以前狩人が住んでいた家です。引退して二年ほど空き家でしたが、状態は問題ありません。すぐにでも入っていただけますよ」


 やっぱり狩人の人口はこの街では少ないらしい。漁業が明確に盛んだし、その分組合も大きかったりしてなりやすいんだろう。それだけ大規模ってことは漁に出て空振りも少ないんだろうし。一方で元々やってる人が少ないなら相互補助も期待できないし、やろうと思っても教えてくれる人も道具も少ないだろう。

 需要はあって儲かるけど、新しく始めるには賭けになってしまう職って扱いなんだろう。以前に住んでいたと言う狩人も他所から来た人らしい。


「おー、結構おっきい家ですね」

「以前に作られた割には綺麗でしょう? 中もしっかりしていますよ」


 案内してもらったその家は街中から離れていて、一応街の範囲内ではあるけど裏手がすぐ森に面しているくらいの端っこだ。

 一番最初は狩人組合としてつくられたらしいけど、そのあと人数が増えずに最後の一人が家として利用し、引退して街中に引っ越したそうだ。それなりに管理もされていて、何より広い上に安い。


「ふむ。確かにキッチンも結構広いですね。裏手の作業場が広いのもいいですね」

「そうでしょう? 裏手の森は誰のものでもないので、もし必要なら開拓してもらうこともできます」


 つくられた当時はそれなりの狩人がいたようで、通常の一軒家より広い。裏手には専用の蛇口があり裏庭で処理ができるようになっている。裏庭からキッチンに通じる裏口があり、そこからトイレに直行できる。その隣にお風呂場があるのだけど、それもそこそこ大きくて5人くらいなら入れそうな大きさだ。

 また倉庫が室内からも外からも利用できるようになっている。寝室部分には元は仮眠用と言うことで5つのベッドが間隔狭めに並べられている。一つだけくたびれているけど、他は結構綺麗だ。

 ダイニングが広いのもポイント高い。マドル先輩が作業するのにもいい。裏手が森で近くに家もないし人目もない。ここならマドル先輩が増えても見られることもないだろう。それぞれしっかりして大きい。狩りの処理に向いているし申し分ない。欠点は個室がないくらいだろうか。


「私はすごくいいと思うんですけど」

「私もいいと思います。リビングも寝室も広いですし」

「そうか。なら問題ないな」


 私とマドル先輩は顔を見合わせてからライラ様の様子をうかがうと、特に家にはいってからコメントしなかったライラ様だけど不満一つ言わずに頷いてくださった。

 いや、私的にはいい家だと思うけど、ライラ様全然意見言ってないけど大丈夫なのかな? 無理に合わせてもらっても申し訳ないし。


「えっと、個室がないですけどライラ様大丈夫ですか?」

「問題ないだろう。それともなんだ、お前、私に隠れてしたいことでもあるのか?」

「そう言うわけじゃないです。私としてはみんな同室なの嬉しいです」


 むしろ不思議そうにされてしまった。ライラ様がいいならもちろんここでお願いしたい。何と言っても、この家にはさらなる利点がある。


 この家の管理をしている不動産と親族経営の商店に一定量の肉を卸す契約をすれば、水道代金程度の破格といっていい安さで借りられる。もちろんそもそも街中から離れていて利便性が低く、一人で住むには広いし家族で住むにも需要が低いので普通に借りても安い。

 特に今は狩人もおらず、畜産は少し離れた村で大規模にやっているのもあり、山から海に向かって急勾配で平地が少ないこの町ではしていない。なのでその近所からの輸入に頼ってる。近所とはいってももちろんその分費用はかさむので高額になる。契約をして売るのは普通に売るよりは多少は安くなってしまう。だから契約をせずに借りても問題なく暮らせはするだろう。

 だけど契約をすれば売り先にも困らないし、いわば専任の狩人として身内扱いしてもらえるのだ。この街に馴染みたい私たちには渡りに船の物件。


 ライラ様に不満がないと言うことで、私たちはさっそく契約することになった。

 一軒目でさっそく契約するのだから私たちはカモなのかもしれないけど、とってもお得だし条件もいい。


 契約をすませた私たちは家の鍵と、残っている家具や道具もすべて自由につかっていいし、多少の家の改造も構わないと言う言質ももらった。元々前住人の家具が残されている賃貸は珍しくないけれど、元が組合としての宿舎? だけあってしっかりした家具なのでうれしいところだ。

 あの館を出る時に換金性のある宝石類は持ち出しているけれど、幸いにもまだその余裕はある。めちゃくちゃ集めていたわけではなかったけど、ライラ様が狩りをして適当な村での物々交換も強かったし、最初に売った分だけでもかなりの金額だったのも大きい。

 なのでまだまだ金銭的に余裕はあるけど、万が一の為に使わないに越したことはない。必要なものはともかく、十分使えるものならそれで十分だ。


「ついに私たちの家ができたわけですね! ワクワクしますね!」


 今までは遊牧生活以外は基本的に長くて一週間くらいの滞在だった。遊牧民の生活は居候だったし、そもそも頻繁に移動してたからね。こうしてしっかりした個人のお家に拠点を張れると言うのは全然気持ちが違う。

 行き当たりばったりと言うか、行きついて行先がないのでとりあえず住むと言う適当な決定だけど、なんだかぐっと現実味が出てきた。


「借家だがな」

「もー、ライラ様ったら。改造してもいいんですし、実質我が家ですよ!」

「我が家、と言う意味なら普通に我が家だと思います」


 契約をして宿に荷物を取りに行き、改めて家にはいるもいつも通りのテンションのライラ様。そしてそれとは逆にマドル先輩は口調こそいつも通りだけどややワクワクしているようで、さっきの見学と違いあちこちの引き出しをあけたり細かくチェックし始めた。

 マドル先輩は館の管理も仕事だったんだから、お家が欲しい気持ちは三人の中で一番強かったのかも。それ思ったら勢いでもやっぱり家借りてよかったね!


「荷物はどこに置きましょう。寝室でいいですかね」


 最初が定住用に作られたわけではないので、クローゼットとかは作りつけられていない。ただ前に住んでいた人が使っていた箪笥と棚が一つずつ寝室に入ってすぐの壁際にある。

 寝室は入口から一番近いところを使っていたみたいで奥は布団自体のせられていない。倉庫に保管されている。


「ふむ。いえ、ダイニングテーブルにお願いします。さきほど見た寝具もですし、大掃除が必要です」

「わかりました。頑張りましょう!」


 言われた通りダイニングテーブルに荷物を置く。ここに来るまでに荷物が減ったり増えたりした。最初の大きなリュック二つから変化していった。今では私もちゃんとリュックを背負っているのだ。結構重かった。さーて、大掃除頑張るぞ!


「いえ。お二人は散歩でもしていただいて」

「え、いやでも一人だと大変ですよ」

「問題ありません。……少しお待ちください」


 問題ありません、と言ったマドル先輩はお辞儀を一度してから、何故かしばし沈黙してから寝室に入ってドアを閉めた。


「お待たせしました」

「おわっ、マドル先輩! 久しぶりのメイド先輩じゃないですか!」

「ふふ。はい。私も久しぶりの姿で気合が入りますね」

「ここなら人目を気にする必要もありませんから」

「とはいえもちろん気を付ける必要はありますので、ひとまず三人にしておきました」


 メイド服になったマドル先輩が、しかも三人になって出てきた。一回寝室に入って隠されただけあって、なんだか手品でも見ている気分だ。ファンタスティック!

 ここまでずーっと旅をしていても違和感のない恰好だったから、本当に懐かしく感じる。そして複数のマドル先輩と言う存在そのものが懐かしい。


「と、言うわけですのでお二人は出かけていただければ」

「ちょうどお昼時ですから、食事でもしていただいて」

「私の分は美味しい時だけ買ってきてください。それ以外はいりませんので」


 と言うわけで送り出されてしまった。以前に一度、めっちゃまずいお菓子を食べさせたことをまだ根に持っていたらしい。

 あの時は正直、申し訳ない以上に面白かった。私とライラ様も食べた瞬間、まっず! ってなって笑っちゃうくらいではあったのだけど、マドル先輩は食べた瞬間固まった。普段なら触れても布そのものな服もかちこちにかたくなっていて、全身固まってたもん。1分はそのままだったし。悪いけど笑っちゃったもん。


「わかりました。お土産期待していてくださいね!」

「はい。くれぐれも、お気をつけて行ってらっしゃいませ」

「うむ。行ってくる」

「行ってきまーす」


 念押しされながら、私とライラ様はお昼を食べに出発した。

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