第51話 髪の長さ
すすめられたお店は地元民が行くだけあってどこにでもある食堂の見た目で、とびぬけた派手さはないけど普通にめちゃくちゃ美味しい魚料理が食べられた。日替わり定食がこのクオリティはすごい。日替わりのもう片方の肉野菜炒めの方が人気らしいけど、魚が身近過ぎるからだろう。
ここに来るまでに干物の魚は食べたりしていたけど、新鮮な魚のシンプルな塩焼きは感動ものだった。魚の油がたまらない。
旅に出てからマドル先輩は知らない料理に出会う度にその調理法を獲得するため、積極的に食事をとるようになった。あくまで知らないもの限定だったけど時には大食い選手のようにたくさん食べることすらあった。
そんなマドル先輩は以前より食べることそのものに抵抗がなくなったようで、前より食べるようになってくれた。より人間らしく擬態できる、と言う言い訳の元、マドル先輩も一緒に食べておいしーねってお話できるのでとっても嬉しい。
「いいですね。海の幸、と言うのには俄然興味が出てきました」
「ですよね。ふふ、魚だけじゃないですからね。楽しみですね」
「そうか、よかったな」
美味しい美味しいと食べていると店主に声をかけられ、ここまでで固まってきた設定を語った。
ライラ様が見るからにお嬢様だし、私たちも様付けをやめるつもりはないので、とある国のお嬢様だけど兄弟での相続争いに嫌気がさして出奔。幼少期からお付きをしていた私とマドル先輩が一緒に行動している。と言うことになっている。
没落貴族と言うのも考えたけど、現存しているほうが気持ちだけでも後ろ盾になってくれる可能性を考慮した。
こういう話を積極的にしておくことで、万が一吸血鬼の話が回ってきても別人と思ってくれるだろう。どこの誰かわからないから怪しくて不審者情報と結びつけるのだ。自分から自己紹介してお話して親しくしておけば疑われることはない。と言うのは遊牧民たちとの生活で学んだ。
遊牧民族はいくつもの氏族があり定期的に交流しているのだけど、別の氏族との交流期にちょっとした事件が起きてよそ者が怪しいと思われたことがあったけど、親しくしていた人がかばって一緒に事件解決してくれた。私達だけで真実を突き止めても話を聞いて信じてくれたかは微妙だろう。やっぱり大事なのは人の縁ということだ。
「そりゃあ大変だねぇ」
と心配してくれる店主さんにここを第二の故郷にするのもいいかもしれないと検討していることも説明し、健気に頑張ってここまできたアピールをして宿を紹介してもらった。
以前人に紹介してもらった宿が実は宿の人とグルで夜中に強盗がやってきて殺されそうになったこともあった。女三人で旅をしていると言う探す人もいないカモと思われてたみたいだ。
そう言うこともあるみたいだけど、今回は大丈夫そうだ。すっごく感じもよかったし、晩御飯も変なものははいってなかったし。比較的治安がいいみたいでよかった。
「エスト、こっちにこい」
「はーい」
基本的に宿の部屋は二人部屋を借りている。二人部屋が基本多いと言うのもあるし、最初に宿代節約で借りてからなんとなくそうしている。三人部屋ってあんまりないし、一人だけ別の部屋ってのも寂しいし、私はライラ様に抱っこされるのでいいかなって感じで。
ライラ様は移動するとなったら数日寝ないので、宿にいる間は昼間はほぼずっと寝ている。今日から二日ほどはまた寝ていてもらい、その間に私とマドル先輩で街を探索したり用事を済ませたりしていた。
なので明日はこの街を探検して、どんな仕事がありそうか、色々調べて行かないと。
ライラ様は私を抱っこすると髪をとかしてくれる。この街はお風呂文化があるようでそれぞれの個室にお風呂があった。順番にお風呂にはいり、ライラ様のあとに私、今マドル先輩がはいっている。
宿で同じ部屋で寝泊まりするようになってから、ライラ様は今まで以上に私に構ってくれるようになって、これじゃあどっちがご主人様かってくらいよくしてもらっている。
最初は申し訳なかったけど、ライラ様も楽しそうにしていて断ると不機嫌そうなのですっかり当たり前のようにしてもらうようになっている。
「こんなものか。少し髪がのびてきたな」
「そうですね。家にいた時くらいになってきましたし、そろそろ切りましょうかね」
マドル先輩は当然として、ライラ様の綺麗な髪をきるなんてとんでもない。それに力が込められているみたいで、何日もお風呂にはいれなくてもライラ様の髪は痛む様子はない。でも私はそうではないし、旅の中では邪魔なだけと言うことで早々に短めにカットしていたのだ。
ライラ様に非常に残念そうにされてしまったのでそれからまた伸ばしていたのだけど、ついにもとに戻ってきた。でもこの街は潮風が強いし、女性でも結構短い人がいて普通の文化っぽいから、また短くしてもいいかなー? と思いながら自分の毛先をつまんだ。
「なにー? お前、また勝手に切る気か?」
「いや、だからちゃんと今確認取ってるじゃないですか。駄目なんですか? 短くなってからも、なんだかんだ悪くないって言ってくれてたじゃないですか」
「まあそうだが。髪には力が宿るからな。お前の力なんぞびびたるものだが、ないよりはあった方がいいからな」
「それは前も聞きましたけど、あったところで何かあるんですか?」
ライラ様の使う吸血鬼パワーは吸血鬼にあるだけじゃなくて、なんかこう、世界全体にあるものらしい。そう言う力を生き物はみんな吸収して生きていて、生命の力になるとか。ライラ様が血を吸って力になるのもそう言う感じらしい。
よくわかんないけど、でも髪の力は別にどうでもいいような。あると言われても私には感知できないし、何かにつかえるわけでもないし。
「そうだな。離れていても私が見つけやすくなる」
「うーん、じゃあ切るのやめますけど」
別に私とライラ様ってそんなに離れることない。街中では昼は離れるけど、別に探されることってないし。自分で家に帰るし。迷子になったら助けてもらえるくらい? いや子供じゃないんだからないし。
でも、よくわかんないけど、ライラ様は私に髪を切ってほしくないみたいなのでやめるか。
「……髪、長い方がライラ様、好きですか?」
「うん? そうだな。……」
ライラ様は私の問いかけにちょっと黙って、私の脇の下に手をいれて持ち上げ、正面から向かいあうように座らせた。私も成長しているのでライラ様が手を目いっぱいもちあげても膝がベッドについてしまうけど、昔からのことなので足を軽く曲げてライラ様がおろすのに合わせて座りなおしている。この辺りはもはや阿吽の呼吸である。えへへ。
「ふむ……」
ライラ様はじっと私の顔を見て、頭のてっぺんからすっと指をすべらせて下までいって、そのまま私の肩に触れた。そしてそのまま後ろ側に手をまわして私の毛先をゆらしていく。ちょっとくすぐったい。
そんでもって、何度至近距離で見てもほれぼれするほど、ほんっとーに、ライラ様はお美しいなぁ。顔がいい。
一緒のベッドで寝ることにも抱っこされることにもなれたけど、正面から顔を見ると何度でも見惚れてしまう。はー、眼福眼福。
「そうだな。お前の髪はそのくらいがいい。可愛いぞ」
きゅん、やだ、口説かれてる? なんてねー、えへへへ。
「じゃあそうしますー、えへへへへへへ」
それ言われたらもう悩む要素一個もないよね! たとえ潮風で痛みやすくて管理が面倒だとしても、私はこの髪の長さを死守するぞ!
「ライラ様も長い髪がお似合いです。この街ではゆっくりできそうですし、落ち着いたらまた別の髪型も見せてくださいね」
「かまわん」
「わーい、約束ですね」
横向けでライラ様にもたれる。さっきの言葉でちょっとドキドキした心臓が少しずつ落ち着いてくる。
ライラ様優しい。好き。と言うのは当たり前の事実として、真面目にこんな風にされるとやっぱりドキドキはしちゃうよね。はー、ライラ様、罪な女すぎる。
「おや、もう眠られるのですか?」
「あ、マドル先輩。まだですよー」
お風呂からあがったマドル先輩が首をかしげている。まだ寝る時間じゃない。この数日は移動で早めに寝かしつけられてライラ様の移動に頼ってたから、全然眠くない。
「マドル先輩、明日は街を見て回るじゃないですか。やりたいお仕事があるかも探しましょうね」
「ふむ。そうですね。短期労働はしましたが、あくまで手伝いレベルで一時的なものでしたが、これからはそうではありませんしね。しっかりと見定めないといけませんね」
「漁業とかが一番ありそうですけど、ちらっと見た船は男性ばっかりでしたし、街中でのお仕事が無難ですかね」
「それも調べてみないとですね」
「ま、私の狩りはどこででも重宝されるから問題ないだろう。無理にお前たちが働く必要もないと思うが。頑張るんだな」
ここに来るまでも移動中についでにライラ様に狩ってもらったお肉をマドル先輩が解体して売ったりはしていた。新鮮なお肉や毛皮はただの動物でも普通に喜ばれて、場所や種類によっては高値もついたりした。
ここでどれくらいの値が付くかは不明だけど、食堂では肉野菜炒めが人気だったと言うことはそこそこ期待できそうだし、それ一本でやっていくことも可能かもしれない。
でも何があるかわからないし、できるだけ稼げるときに稼ぐべきでしょ。それに、家を出る時に普通に稼いでなんならライラ様を養えると啖呵をきってしまったのに、遊牧生活以外ではライラ様に養われるどころかほぼ抱っこに抱っこだからね。
生活基盤を築くなら普通の仕事があるだろうし、ちゃんと働いてライラ様にちょっとくらい貢献したい。
私の気持ちを理解してくれてはいるようで働くのに反対はしないライラ様はそう言って余裕たっぷりの態度で応援してくれた。
「はい、頑張ります!」
「ああ、ただしマドルとは離れるなよ。いいな?」
「はーい」
「承知しております。日中のエスト様のことはお任せください」
こうしてこの街での生活が始まろうとしていた。いい街だといいなぁ。
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