第50話 新天地

 いろんな国があった。言葉を心配していたけど、訛って感じたりとか知らない単語がないわけじゃないけど、基本似たような言語だったので意思疎通に苦労することはなかった。

 島国が特殊すぎるだけで、陸続きだと言葉って似るものなんだね。


 最初に訪れた隣にあったのは、大きな湖のある国だった。美しく、しかも冬には湖が凍ってしまうので上で遊べると言う観光地的な国だった。旅としてはいいけれど、住むにはちょっと閉鎖的な感じもあったし、そもそも元の国のすぐ隣はちょっと不安だったので換金してちょっと様子をみてからすぐに旅立つことにした。


 そこから南下していくと肥沃な大地に恵まれた大きな国があった。その王都はいかにも華やかで、毎日がお祭り騒ぎな感じだった。大きな広場には毎日市がひらかれて屋台もたくさんあって、物価も高いけどお肉も高いのでちょっと遠出してライラ様が狩りをすればその素材は高く売れた。

 だけど少しだけ滞在してみたけど、自国の王都育ち以外を田舎者と馬鹿にする風潮があってあんまり居心地はよくなかったので、そこも出て行くことにした。人が多いからまぎれるけど、治安も危ないところがあったので。


 その次に宗教がものすごく幅を利かせている国があった。国の下半分が砂漠化しているのもあって、水が貴重でそれを宗教が管理していた。とっても住み心地が悪かったのですぐに退散した。

 砂漠はさすがのライラ様もうんざりしていた。どこまでも景色が変わらず朝昼晩で気温から何からものすごく違うからね。ライラ様自身はちょっと不愉快くらいみたいだけど、私のことをすごい心配してくれて人もいないので急いで通過した。

 砂漠を超えると少しずつ緑が見えてきて、大きな少し盛り上がった山が出てきたと思ったら、そこから大きな崖があり、渓谷になっていた。下に降りると人が作ったらしい道があり、そこから集落に続いていた。川側から人がくることは想定していないみたいでものすごく驚かれたし警戒されていたのですぐに立ち去った。


 それから大きく広い草原があった。常に家畜と共に移動しながら生活をする大規模な遊牧民族の国だ。そこでマドル先輩が興味を持っていた動物の世話なんかを教えてもらいながら、とある部族と一緒に南下していった。

 このままついていく可能性も私は考えていたけど、ライラ様が四六時中獣に囲まれている生活にはうんざりするとこぼしたことで、穏便に切りのいいところで別れた。


 そこからさらに森や街をいくつか抜け、ついに私たちは海に到達した。


「うわぁ! 海! 海ですよ!」


 港町は山から下っていく形なので、昨夜のうちにライラ様はそこそこ手前の山の中に移動してくれていたので、木々の中から街道に出て降りていくとすぐに海が見えてきた。

 見下ろす形になるので、ものすごく見晴らしがいい。高い位置なので本当に海がどこまでも続くのが見えて、前世では一応見たことあるはずなのに興奮してしまう。


「これは……本当にどこまでも続くのですね」

「そうだな。昼間こうして見ると、確かに大した光景だ」


 思わず駆け出してジャンプしながら丸見えの海を主張してしまう私に、二人もわずかにほほ笑みながらも同意してくれた。


「ついにこの大陸の最南端にきましたねー。いいところだといいですね。ここが駄目だったら船に乗って別大陸を目指すしかないですけど、そうなるとさすがに言葉の壁があると思いますし」

「そうだな……はっ。別大陸か。それはそれで、面白そうだがな。くくく」


 割とまじめな話だったのに、何故かライラ様にうけられてしまった。マドル先輩は途中で購入した日傘をさしてライラ様にさしていて、いかにも従者然としたたたずまいでなんだかとっても、避暑地に来たお嬢様とメイドさん感があってとっても絵になる。


 日差しは確かに強い。季節は夏だしね。でもからっとした日差しで気持ちいい。砂漠ほどでもなく、海からの吹き上がる風は少しだけ涼しくてちょうどいい。

 ちなみにライラ様は別に強い日差しだと普段より力がでない、なんてこともなく、日傘はファッションだ。マドル先輩がライラ様に似合うからと購入し、今日こそベストタイミングだからと広げたのに素直に入ってくれている。優しくて好き。


「エスト様、あまりおひとりで先行されませんように」

「はーい。えへへ」


 もうすっかりこの旅にもなれた。新しい街。それも現時点では最終目的地だったのもありわくわくして純粋に楽しみだ。

 ここまで半年ほどかかった。ピンとくる街がなかったとはいえ、かなりの早足で移動してしまった。普通なら何年もかかるだろう。砂漠がどれくらいの大きさかわからないけど、迂回ルートもあるし横断する商団もあるらしい。情報がこないわけじゃない。でも少なくともライラ様の追手がここまで来ることはないだろう。遊牧民族の人たちは吸血鬼と言う存在すら知らないようだったしね。

 入ってすぐに問題がなければ、とりあえずしばらくは滞在する予定だ。


 山を下っていくとまだまだ街が見下ろせる街道沿いに、なにやら大きめの建物があった。前に二人の人が立って警戒しているし、見張りの人なのだろう。目的は、とか多少質問されたけど普通に通してくれた。


「にしても門もないのにあのような門番を置いて意味があるのか?」


 当たり障りなく通過してから、ライラ様はそう首を傾げた。確かに周りに柵があるわけでもなく、普通に山の中につくられた大きめの街道を見張っているだけだし、普通に潜り込めそうだ。でも大荷物がある集団とかだと難しいし、普通の人間はライラ様みたいに飛べないんだから無意味ってことはないんじゃないかな? よくわかんないけど。


「私もよくわかんないですけど、門があってもそれ以外の方法で入ってくる可能性はありますし、警戒してるってアピールするだけでも意味はあるんじゃないですかね」

「犯罪者の心理は私にはわかりませんが、ここで確認していない顔があれば密入国とわかるのではないでしょうか」

「マドル先輩みたいなすごい人がいればその可能性もありますね」


 そんな街の人の顔を全部覚えておいて、増えたらその分すぐに覚えて通りすがりにでも顔認証できるような人が、まあいないとはいわないけど。いるのかな。必要があればできる人もいるのか。すごいなぁ。私は人の顔覚えるの苦手な方だし。


「ふぅん? まあ、そもそも普通に私を通している時点で機能していないしな」

「それは知らないと無理ですよ。だってライラ様、どこからどう見てもめちゃくちゃ美人ですもん」

「……いや、美しさはこの場合何も関係ないだろう」


 ライラ様はそう呆れたように言っているけど、いやいや。こんな美人を危ない人かも、なんて疑うわけないよね。言い方悪いけど見た目強そうでもないし。背は高いけど、格好がお嬢様だもん。

 家を出てすぐの時も一応堂々と門を通って入ってる。それで反応するならそこまで手を広げてると確認できるからね。でも今ところライラ様の顔をみても見とれてしまう人はいたけどそれ以上に変な反応はなかった。

 少なくとも先手をとって逃げられてるはずだ。まあそもそも実は追ってきてない可能性もあるんだけどね。一応最初は退去を求められてたんだし。


「にしても、海と言うのは変わった匂いだな」

「そうですね。ちょっと変わってるけど、まあそのうちなれますよ」


 記憶より臭く感じるけど、だけどここに来るまでだっていろんな国があり、いろんな匂いがあった。国ごとに特徴があるように、街の匂いはどれも違った。田舎でも作物とか家畜とかの違いで違いはでるしね。


「とうとうエスト様ご希望の海ですが、川魚ともまた違うのですよね」

「そうです。ここなら朝にとった新鮮な魚を生で食べることもできるはずです。楽しみー」

「そうですか。楽しみですね」


 ライラ様ん家では十分豪勢な食事を食べさせてもらっていた。魚だって川魚はそこそこ食べていた。生まれた環境が環境だけに美味しいものがいっぱい食べれる幸せで十分だったので、前世で食べたあれこれが食べたいって言う願望はそこまでなかった。

 でもやっぱりいざ食べられるってなると楽しみだ。前世では食べられなかった新鮮なものもここまでいろいろ食べさせてもらってきた。特に遊牧民生活はよかったよね。大変なところもあったけど、あれは現地民じゃないと味わえない美味しさ。

 きっとここでも、ここでしか食べられないものがあるんだろう。家を追い出された二人にも申し訳ないけど、私は案外異世界グルメを満喫するこの旅を楽しんでたりする。


「人間が生で食べて大丈夫なのか? ましてお前は小さいんだから、店で売ってても火を通しておけよ」

「えー、ライラ様、私もう大人ですから大丈夫ですって」

「はいはい。大人な、大人」


 雑に頭を撫でられた。むむむ。このままではほんとにお刺身禁止令がだされそうだ。一応日本以外でも、マリネとかも生で食べてるし、大丈夫だと思うんだけど。でも時代によって寄生虫とか可能性あるっちゃあるんだし、まあ、しばらくは様子見がいいか。


 とりあえずは食事をして、宿を探すために街の中心部へ向かう。港に近づくほど人が増え、だんだん雰囲気が変わってくる。この街特有の雰囲気は、他の国ではなかった雑多さがあった。


「いいですね、ここ。多国籍な感じで」


 他国とも貿易をしていると言う話だったけど、街中は見るからに人種の違う人の姿もちらほらあって、聞き覚えのない言語も飛び交っている。ライラ様のとびぬけて美しい容姿も、価値感が違えばただの別人種のひとりでしかない。人の行き来がよくあるのか、見知らぬ人だと注目を浴びる様子も一切ない。

 旅の最初に海に行きたいと言ったのは単なる思い付きでしかなかったけれど、いざついてみると想像以上に居心地がよさそうに感じる。


「そうか? なんだかごちゃついているが」

「それがいいんですよ。ここならライラ様も多少は目立たないですから。まあ限度はありますけど」


 それでもこの美しさに、特別に宝石がついていたり豪奢ではないのにどう見てもお嬢様にしか見えないオシャレな格好のライラ様に、メイド服ではないけれど従者らしい地味目の服を着たマドル先輩が楚々と控えている二人の様子は人目を惹く。それでも他所よりずっとましだ。


「なんだか少し、お祭りに似ていますね」

「かもですね。波の音っていうBGMもありますし」

「まずは食事と、それから宿ですね。それらしい匂いがしますがどこにしますか?」

「焼き魚の匂いしますねー。ちょっとそこのお兄さん! 美味しいお昼が食べられるお店ありますー?」


 通りすがりにいかにも漁師さん、みたいな恰好のむきむきな人がいたので聞いてみた。


「お? この街は初めてか? なんせ魚が新鮮だからな、どこでもうまいぞ。そこ店なんか俺もよく行くが安くてうま……うおっ。すっげぇ美人。んんっ、えーっとだな、むずいな。お嬢さんみたいな上品なお方のお口にあいますかどうか。へへへ」

「あ、大丈夫ですよ。ライラ様は庶民派なので。教えてくれてありがとうございます。あそこの今三人組が出てきたお店ですね。行ってみます!」


 声をかけたお兄さんは気のいい返事をしてくれていたけど、途中でライラ様を見つけてはっとしたように格好つけて咳払いした。でもすぐに困ったように笑いながら頭をかきだした。

 感じのいいお兄さんだった。お礼を言ってすすめられたお店へ向かった。

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