第49話 行先
ライラ様の過去のお話を聞いた。想像もしていなかった。確かにあんまりいい話じゃないだろうって予想はしていた。だけどまさか、親に捨てられて野生で生きてその親に復讐して逃げてきたなんて。
素直に、可哀そうだと思ってしまった。もちろんライラ様は同情なんてされたくないだろうけど、どうしたって、親から愛されなかったと聞いて可哀そうに思わずにいられなかった。
「ライラ様……私もマドル先輩も、ライラ様の家族ですからね。ずっと一緒ですからね!」
私も、この世界では親に捨てられた身の上だ。割り切ってはいるけど、それでもだからこそ感情移入してしまう。幼かったころのライラ様はどんなにつらかっただろう。私がそこにいたらせめて傍にいて抱きしめてあげられたのに。
そんな思いがあって私は途中から私を膝にのせて語っていたライラ様に、振り向いて抱き着きながらそう言った。
「……ふっ。本当にお前はおかしなやつだな」
優しいライラ様は私の思いも受け止めて頭を撫でてそう笑ってくれた。
「エスト様のおっしゃる通りです。主様にずっとお仕えいたします。主様、お話してくださってありがとうございます」
「ああ、まあ、別に。礼を言われることではない」
照れたようにライラ様は私の頭をぐしゃぐしゃにした。ライラ様可愛い。にしても、ライラ様が語っている間も語り終わっても、マドル先輩の反応がなんだか薄い感じだ。だんだん感情が分かりやすくなってきているマドル先輩なので、もしかして知ってたのかな?
「マドル先輩はライラ様の過去も知ってたんですか?」
「いえ、ですが私の知識はすべて主様のものですので。それを考えればなんとなく察することはできますから」
「なるほど」
直接言われてなくても、そう言うことならわかるのか。それにしても本当におかしな話だ。吸血鬼的価値観では黒髪が一番で、ライラ様みたいな神秘的な髪の色はありえなくて、綺麗なお目目も下品だなんて。食べ物の色で欲望の象徴、と言われてもピンとこない。
まあ長い時間をかけて自然にできた価値観と言うのは、恣意的なものじゃないからこそそう言うわけ分からない変化することもあるのかな? わかんないけど。
「ま、とにかく、そう言うわけで私の故郷の方に行くわけにはいかん」
「そうですね。じゃあやっぱり西ですかね」
ライラ様は今でこそ割り切っていらっしゃるみたいだけど、いい思い出がない場所に少しでも近づきたくないのが普通だろう。幼いライラ様を殺そうと捨てた人をライラ様が殺したのは仕方ないと思う。人を殺そうとしたのだから、やり返されても仕方ない。でもだからって国からしたら殺人犯と思われてるだろうしね。ライラ様が平気でも危険な場所には近づかない方がいい。
そこからさらに東の方に行けばまた変わるのかもしれないけど、結構大きい国だったらしいし、みんな吸血鬼で空を飛べるなら相当広い範囲で見つかってしまう危険性がある。
それに吸血鬼の国は人間を当然のように飼っていて、野生の人間はほぼいないと言うことだった。そこから長い時間をかけてこちらにきたということは、かなり過酷で大変な道のりになる。ライラ様だけならともかく、私のような足手まといがいては難しいだろう。
と言うことは人間側の国だろう。逃げるのはそう難しくないだろうし、元々それで考えていたので問題ないだろう。
「西の方に行って、大丈夫そうなら南下していって、いい感じのところがあれば永住したいですね」
「……お前が言うと、簡単そうだな」
「えー、そうです?」
まあ、ライラ様の正体さえばれなければ大丈夫だし、危険と言う意味ならこっちでライラ様にかなう人なんていないわけだし、単純に国として住みやすい国を探すだけだから、難易度的に東に行くよりずっと簡単だとは思うけど。人間の国なら私が変に目をひくこともないから、役に立てると思うし。
「マドル先輩も一人で活動する分には怪しまれることもないでしょうし、大丈夫じゃないですかね。とりあえず旅をして海を目指す感じでどうでしょう」
「そうですね。宝石類を換金できれば金銭的にも問題ありません。この森を西側からこっそり抜けさえできれば問題ないでしょう」
「ふむ。まあ、行先はお前たちに任せる。好きにしろ」
マドル先輩も同意見と言うことで、ライラ様も多少は安心してくれたようだ。頷いてくれるライラ様に私も頷き返してから、マドル先輩を振り向く。
「やったー。楽しみですね、マドル先輩」
「はい。1から、いえ、0からライラ様の心地よい居住環境を整えると言うことですからね。これは燃えますね」
「ですねー。あ、そうです。ついでに私のことも言っておきますと、私、前世の記憶があるんです」
「ん? ……ん?」
いつか言おうとは思っていたけど、いいきっかけのないままここまで来てしまって、最近ではすっかりまあいいかな。と言う感じになっていた。でもせっかくライラ様が過去を教えてくださったんだし、私の過去も一応言っておいた方がいいだろう。
と思って軽い気持ちで言ったのだけど、ライラ様に顔を覗き込まれた。ちょっと恥ずかしい。
「いやー、なかなか言い出す機会なかったので助かりました」
「おい待て。説明した気になるな」
「エスト様、詳しい説明をお願いします」
「え、えっと、はい。そのつもりですけど。何から言えばいいか。えーっと」
とりあえず前世の記憶とか、異世界とか、文化の違いとかいっぱい説明した。あれこれ聞かれて色々追加で説明したので、思っていた以上に時間がかかってしまった。
言い出した私もあれだけど、ここでこんなに時間くっててもいいのかな?
「前世か……」
「はい。えっと、黙っててすみません。なんだかんだ言う機会がなくて」
「……ふっ。くくく。お前にかかると、何でも軽いな。いい。別に怒っているわけではない」
「そうですね。問い詰めたわけでもないので、黙っていたからと謝罪する必要はありません」
「二人とも……ありがとうございます」
言い忘れていたことにも優しい。私のつたない説明でもちゃんと聞いてくれたし、ようやくちゃんと説明できて私もすっきりした気分だ。
「ですがエスト様の謎が解けましたね。今後はエスト様の発想はより頼りになりそうですね。もっとそちらの世界のことが知りたいです」
「はい! マドル先輩、一緒に頑張りましょうね!」
私の異世界チート生活はこれからだ! なんてね。えへへ。
「さて、では時間もおしてしまいましたし、そろそろ出発しましょうか」
「そうだな。余計に見つかるわけにはいかなくなった」
「そうですね。エスト様の知識は世界的に貴重なものでした。知られるわけにはいきません」
「えっ」
なんだかマドル先輩の中で私の評価が変なことになってしまっている。いや知られたらそうかもだけど、言わないとわからないし大丈夫だと思うと言うか、私がチートできるのはマドル先輩と言うもっとすごいチート職人がいるからだと思うのだけど。
と思うけど、私はライラ様に抱っこされたまま持ち上げられたし、なんだか二人とも真剣な雰囲気なので言い出せないまま出発してしまった。
ま、そのうちでいいか。
この後、しばらくして日が暮れて今日は野宿、ということになったので晩御飯を食べた私はマドル先輩に抱っこされて寝かしつけられた。
そして翌日、目を覚ました私はびっくりすることになる。なんと、そこは森ではなくどこかの湖の近くだった。昨日まで暗かったのに、なんとも明るくピクニック先のようなのどかな光景だった。一瞬、夢かなと思ってしまった。
「起きたか。本当にお前はよく寝るな。その図太い神経は異世界人だからか?」
それにマドル先輩に抱っこされていたのに、起きたらライラ様に抱っこされていたのも驚きポイントだ。移動されても抱っこ主が変わっても起きないのは、自分でもちょっと図太いかなって思わないでもない。
まあはい。言ってもね。奴隷用の輸送馬車っていう劣悪環境でも夜は寝てたしね。どこでもいつでも寝れるのは前世でも自慢だったので、これは前世異世界チートと言うより私個人のチートかな?
「えへへ。それほどでもないですよ。おはようございます、ライラ様。ここはどこでしょう? 何かあったんですか?」
「うん? ああ、夜なら見られないからな。空を経由してきた。お前に合わせると森を抜けるのも一苦労だからな。ここからなら昼には人里につくぞ。国境をまたいでいるから、顔を出しても問題ないだろう」
「え、す、すごすぎます。普通に馬車だと一週間とかかかりますよね?」
「知らん。馬車なんて遅いものに乗らんからな。まあ人間は障害物をよけるからな」
「さすがライラ様。マドル先輩もライラ様が運ばれたんですか?」
「ああ。背負ってな」
「そ、そうなんですね」
ちょっとそれ見たかった。もちろん物理的に可能なのはわかってるけど、私を抱っこしながら大きいリュックを背負ったマドル先輩を背負って空を飛ぶとか面白すぎるでしょ。
もちろんね、私たちは遊んでるわけじゃない。可及的すみやかに逃げなきゃってことで私が寝ている間にしてくれたんだしね。そう言うふざけた発言は駄目だよね。
「エスト様、起きられましたか。朝食の用意ができていますよ」
「あ、ありがとうございます!」
こうして快適すぎる一泊を経て、私たちの新天地を求める旅は始まった。
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