第48話 ライラ視点 過去

 私が生まれたのは国においてそれなりに地位のある、始祖の血を引く歴史ある家だった。だが私が生まれた時、かけられたのは祝福ではなく呪詛の言葉だった。

 吸血鬼の国ができて、長い時がたっていた。始祖が国をつくる以前は吸血鬼たちは国家と言う概念も持たず、同種族ですら争っていた。だけど現代においてはそんな時代は遠い過去だ。人間を家畜として飼育し、血を飲むことに苦労することはなくなった。争いは遠く、平和な時代だ。


 そんな中で、私は生まれた。吸血鬼にとって、より力を得る闇こそが生きる世界であり、黒やそれに準ずる濃い色がよい色であった。事実としてほとんどの吸血鬼の髪が色の濃いものだった。そんな中、私の髪色は真逆の色だった。あまりに吸血鬼らしくない色味。

 目の色もよくなかった。真っ赤な色は血の色だ。生きる上で必ず必要となる血の色。欲望の色。昨今では直接人間から飲むことすら野蛮で、清潔に採取して正しく管理し、カップで飲むものだ。過去の闘争も連想される、忌避される色。


 この二つがそろった私は、この家に生まれる吸血鬼としてふさわしくないと嘆かれ罵られ呪われた。


 髪の色は成長に伴って変化する可能性があるので、人間でいう五歳程度になるまでは隔離されるようにしながらも養育された。色が変わればそのまま次代になるからと教育も受けさせられた。

 だけどそうはならなかった。私は成長し、より魔力が高まるほど私の髪は闇とは縁遠くなった。光の加減で金とも銀ともとれるような、暗闇の中でも光るかのように見える、闇を吸い込むような輝きを放つようになった。


 文献によると、この国をつくった始祖吸血鬼は私と同じ色をしていたらしい。元々、異端であったからこそ始祖は国造りをしたそうだ。私は先祖返りと言うことだ。見た目だけではなく内包される能力もまた、ただの吸血鬼とは違った。私は生まれた時からのすべてを覚えていた。私は強大な吸血鬼の中であっても特別で、生まれた時からの記憶があり、すべてを理解できたし、単純な腕力も魔力量もすでに大人に負けないほどであった。

 しかし偉大な始祖であろうと、その時代であったからだ。現代においては、異常ともいえる力を持ち、忌み嫌われる色を持つ私は嫌悪された。

 一般的に幼児を卒業する誕生日を区切りとして、色が変わらないと見切りをつけられた私は捨てられた。


 街から離れ、いくら魔力があろうと技量がなくまだ飛べない子供では帰ってこれないほど遠く、山を越えた狂暴な魔物が闊歩する奥深くに、私は捨てられた。

 そこで私の一生は終わる予定だったのだろう。直接殺さなかったのは、それだけ殺しそのものを、暴力的な行為を嫌っていたのだろう。自分の手が血で汚れるのが嫌だったのだろう。


 私は生き残った。

 ただの吸血鬼であれば、たかが50年も生きていない幼い吸血鬼は生きられなかっただろう。人間ではとっくに成人していても、吸血鬼にとっては魔力をうまく扱うことすら難しい年齢だった。

 私は襲い掛かる強大な魔物から逃げまどい、小さな魔物を死に物狂いで殺し、その毛皮に無理やり歯を突き立て、泥にまみれながら血をすすり生き延びた。あふれる魔力が魔物を引き寄せたが、その魔力はうまく力をつかえなくても無理やりに私を強化させる役には立った。


 それまでは軟禁はされていたが上流階級の人間として何不自由なく生きていた私にとって屈辱的な日々だった。すべてを恨んだ。三百年かけて私は力をつけた。復讐を生きる気力とした。

 たまに街に戻っては衣服などをちょろまかしたこともあった。独学で力をつけ、山の中を生きる余裕もでき戻れる力はあったが、実際に戦う吸血鬼を見たことがなかったので自信がつくまではそれほどかかった。


 ほどよい魔物を一匹つかまえて偵察に放って様子を見たりもして、自信がついた私は実家を襲った。両親を殺した。私に関わっていたすべてを殺した。当然騒ぎになって、治安維持の兵たちがやってきた。

 両親はともかく、吸血鬼の鍛えられた兵ですら、私の敵ではなかった。家をでたところで囲まれていたのでまず距離をとろうと魔力でぶっ飛ばしただけで、全員が転がったまま呻いている。こんなにも弱かったのだ。こんなにも弱いやつらに、私は馬鹿にされて虐げられていたのだ。そう思うと腹が立って仕方がなくて、このまま国を滅ぼしてやろうと思った。


 だけどそんな私の目に、小さな子供が目に入った。私がぶっ飛ばした吸血鬼兵が知らない家の門扉を壊し、それがぶつかり腕の折れた子供。

 ただの吸血鬼と言え、腕が折れた程度ならすぐに直るだろう。なのに、またいつ何があるかわからない場所で無防備にただ泣いていた。私の視線に気づいてそれをかばうように別の吸血鬼が飛びつくようにその子供を抱っこして逃げて行った。

 それを見て、私が感じたのは何をしているのだろうと言う自問自答だった。私がやりたいのは、こんなことではなかった。

 では何がやりたいのか。自分でもわからなかった。だけどこのままここにいることはできなくて、私は逃げ出した。


 そう、逃げたのだ。何もかもが嫌になって逃げだした。奥に行けば行くほど強くなると言う魔物。確かに大気や大地に満ちる力も強くなり、魔物がここから湧き出ているのかとわかるような場所もあったけれど、それでもそのどれもが私の敵ではなかった。

 私は強くなりすぎていた。それもまた私をむなしくさせた。そしてふらふらとあてどなく進み、国の誰も知らない遠く、前人未到の地を乗り越えた先にあったのが、この人間の国だった。


 お互いに向こうを知らない、魔境に遮られた地。それは私には都合がよかった。何もかもをなかったことにしたかった私は、求められるままその地を守ることにした。

 国に帰りたくなかったが、だからと言ってあてどなくさまようのにも飽きていた。魔物やたまに他所からくる人間をまとめて追い払うだけで衣食住が保証される。どうせ襲ってくる敵を排除するのは頼まれなくてもするのだから、悪い契約ではなかった。


 毎日変わり映えのしない生活。そんなぬるま湯のような生活は、今思えば私にとって必要な期間だったのだろう。どうしようもなかった私の行き場のない感情は、すべて時間が解決してくれた。

 幼少期から森で過ごしたあの辛い日々では考えられなかった余裕のある生活は、私の心にも余裕をもたらした。食事を味わう楽しみは生きる喜びとなったし、気心のしれたマドルの世話は痒い所に手が届く最適なものだった。そんな安寧とした日々を過ごすことで、私は憎しみに振り回されることはなくなった。


 そしてそんな生活に飽きてしまう前に、エストがやってきた。エストの存在は私の生活の何もかもを変えた。エストとの生活は私の心を癒してくれた。この娘を手に入れるために私がここに来たのならば、今までの私の生きてきた過去も意味があると思えた。

 エストは健康に育ち、出会った時から美味かった血はさらに格段に美味くなった。一口飲めば一生忘れられなくなるほど、極上の味だ。だがそれだけではない。ただ味がいいだけではない。むしろ今となってはそんなもの、エストの価値のおまけでしかない。


 いつか、エストが死んでしまう時。私はきっと泣いてしまうだろう。それでも、エストがそれを望むなら私はエストの血を吸って、そしてエストの体を保存して、ずっと大事に飾っておこう。

 エストのような娘は二度と手に入らないだろう。だが、百年で現れたのだ。もっと長く待てば、またいつか手に入るかもしれない。そう思えば未来にも希望があると言うものだ。


 そんな風に思っていた。今日までは。


 以前よりうっとうしかったが、ついに調子にのって、私を排除しようと攻めてきたのだ。この地を、どれだけ守ってきたか。いったい何度助けてやったのか。人間はそれを忘れてしまうらしい。

 今は確かに、以前に比べて脅威が見えにくくなっただろう。エストと昼間により遊びやすいよう、夜中に多めに駆除するようになった。昼間に絶対来ないように、うっとうしい鳴き声がエストの安眠を妨害しないよう、私は念入りに駆除していた。それでいて、その報告をしていないのだ。

 多少脅威が減ったと勘違いするのは仕方ないだろう。だがだからと言って、なぜ私を追い出す話になるのか。減ったとはいえ生活の対価になる程度には魔物を渡していると言うのに。何故、追い出せる、などと自分の都合のいいように考えるのか。


 仕方がない。面倒だが全員殺して、改めて力の差と言うのをわからせないといけない。そう思っていると、エストは私に抱き着いて血相を変えて言った。


「は、は、早く逃げましょう! ライラ様! 遠くに逃げたら追ってはこないでしょう!」


 他の人間が言ったなら、私が負けると思うのかと屈辱に感じただろう。だが他ならぬエストが、私と一緒に逃げようと言うのだ。馬鹿だなと思いながらも、少しの好奇心で尋ねることにした。


「は? お前……逃げて、どこに行くと言うんだ?」


 私もこの地に詳しいわけではない。だが、ここから先どこまでも人間の国が続くのだ。地の果ての海まで人間はその領域をのばしているのだ。吸血鬼の国とは比べようもない広さだ。

 私はもう十分に逃げたし、こいつらから逃げる必要はないが、そもそも逃げる場所自体が思いつかない。


「大丈夫ですよ、ライラ様! 私だってもう大人ですし、働けますから! ライラ様一人くらい養えます! マドル先輩もいますから、どこでだってやっていけますよ! ライラ様のことは守りますから!」


 全く想定外の返事をされた。具体的な場所を聞いていたのに。それに、私を養うとか、守るとか。


「は……くっ、っくくく! くははははははははっ!」


 おかしくてたまらなかった。小さな子供で、家畜で、手のかかるペットで、私のモノだったのに。いつの間にか成長し、そんなことを言うようになっていたのか。


「そ、そうか、はははは!」


 おかしくって、そして何故か自分でもわからないけれど、とてつもなく嬉しいと感じた。エストが私をそんな風に思っていることは、私の胸の中を満たした。


 さっきまで腹がたっていて、不愉快だった。だけど今は何もかもどうでもいい。私にはエストがいるのだ。エストが傍にいるのだ。エストが一緒に行こうと言うなら、こんな館のこともどうでもよくなった。

 ここでの生活は悪くなかった。それなりに満足していた。それになにより、エストと出会うことになったのだ。私がこれまでこの地を治めた代償はそれで充分すぎる。


「うむ。そうか、エストが言うならそうするか。マドル、準備をしろ」

「かしこまりました」


 どうせ私がしなくても、私がいなくなればこの森からあふれた魔物が人を殺すだろう。本当に人間がそれに対抗するだけの力があるのならそれならそうすればいい。無駄に死ぬのももったいない話だ。最後がこのような形なのは残念だが、全てがどうでもいいことだ。

 エストに比べたら、全てどうでもいい。ここで人間を殺したって気がはれるだけで、エストが少しでも悲しんだり怖がるならそんなことはしなくていい。逃げ出したと思われたとして、エストが喜ぶ方がいい。


 ここからどこに行くのか、これからどうなるのか。何もわからない。何も決まっていない。だけど気分は晴れやかだった。

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