第47話 旅立ち
マドル先輩が言うには向こうから仕掛けてくるにしても、作法にのっとってお昼まで猶予があるらしいので慌てず忘れ物がないよう準備をした。
と言っても、昼間だけど夜逃げだ。この館ごと持っていけるわけではない。マドル先輩とも相談しながら、可能な限り必要最低限に厳選して大きなリュックが二つになった。
私とライラ様はできるだけ荷物を少なくするためしっかりコートも着ているけど、マドル先輩はいつものメイド服だ。大きなリュックの内一つをマドル先輩が背負っているけど、あとの9人は背負っていない。私も大きくはないけどリュックに荷物を入れて背負っているけど、マドル先輩の負担少ないのでは?
「思ったより小さくまとまりましたね。あの、もちろんマドル先輩に全部任せようってことではないんですけど、10人おられるのですからもうちょっと小分けにしたりして、もうちょっと荷物に余裕があると思うんですが」
「私は一人しか行きません」
「え!? ど、どういうことですか?」
特にかさばる衣類はほとんどおいてきた。作ったマドル先輩が言うから仕方ないと思ったけど、せっかく作ってくれたものだし、もうちょっといけるならもっていきたいものがあるっちゃあるのだけど。と思って聞いてみるととんでもない返事が返ってきた。
「いきなり全員がいなくなると、多少は探される可能性があります。残って敵がはいってこないよう時間を稼ぐ必要があるでしょう」
「そうすれば何かあった時にその情報も共有することができますし、どちらにせよ人数が多すぎます」
「たとえ顔を変えても、大所帯で移動すればそれだけで目立ちます。全員で行くことはできません」
「え、え、え? いやいやいや、だからってマドル先輩を置いていくなんて」
マドル先輩お得意の順番に喋っていく形式をされていつもみたいにうんうんってなりそうだけど、話を聞いていたら普通に九人のマドル先輩を置いていくってことだ。いくら同一人物とはいえ、それはないでしょ。生きてるし問題ないから腕を置いてくわ、みたいな話でしょ? え? 違う?
「マドル。探されたところで私が問題にすると思っているのか? 残す必要はない」
と思っていると、ライラ様がそう命じてくださった。ら、ライラ様ー! さすが! 一番大事なことはちゃんと指示してくれるとこさすがすぎる!
ライラ様を振り向くとライラ様は私の頭を一撫でしてから、リュックを背負っているマドル先輩を見る。
「しかし、この館を放っておくことになります」
「ああ……。そうか、そうだな。マドル、お前は確かにこの館の管理の為につくった。だが、もういい。それはもう終わりだ。私についてこい。それがお前のするべきことだ。そうだろう? 人数は、そうだな。元々一人だったんだ。戻れ」
「……かしこまりました。ではそのように。少々お待ちください」
マドル先輩はライラ様の命令に素直に頷くと、別のマドル先輩と抱き合った。二人が抱き合って、それを見ていると30秒くらいかけて少しずつ体内に溶けていくようにして一人になった。そうして少しずつ減ってマドル先輩はリュックを背負っていたマドル先輩一人になった。
振り向いたマドル先輩の胸ポケットにはいつもは一つのヘアピンが10本ささっている。本当に一人になったんだ。なんだか目の前で見ていても現実感がないなぁ。
「……戻る発想はありませんでした。元々、過剰になってもてあます魔力を分散させるために分割したので。しかし……思ったよりは問題ありませんね」
「お前も前とは違うと言うことだろう。これで問題ないな。エスト」
「はいっ」
ちょいちょいと手招きされて名前を呼ばれたので元気に返事をしながら、一歩近づくと抱っこされた。私もちょっとは成長しているはずなのに、いまだに腕に乗せられてしまう。ライラ様が大きいのはそうなのだけど、もう抱っこされるとライラ様の頭より顎の位置が高くなるんだし、さすがに腕に乗るほどの差じゃあないと思うんだけどなぁ。
と思うけど、まあ、いざ抱っこされると全然悪い気分じゃないっていうか、安心はしちゃうんだけども。
「行くぞ。エスト、どっちに行きたいんだ?」
「え? えっと、とりあえず森の中に行くのが安全なんじゃないですかね?」
「そうですね。私が残らない以上、扉をこじ開けて中を検められるまで時間はかからないでしょう。いったん脱出し、森の中で話し合った方がいいでしょうね」
「そうか、なら行くぞ。忘れ物はないな?」
「はい!」
ライラ様が腕につけている私が最初にプレゼントした琥珀が揺れたので、私も上着の上からライラ様がくれたブローチをなでて再確認しながらうなずいた。
こうして私たちはライラ様のお家を出た。
思えば贅沢な楽園のような生活だった。こんなに贅沢な子供時代を送れる人はなかなかいないだろう。私ももう大人になったんだ。これからはライラ様が満足できる生活を送れるよう、頑張るぞ!
と私はライラ様の腕の中で誓った。
〇
そうしてごく当たり前のようにライラ様の部屋の高い位置にある窓から屋根にでて、空を飛んで外に出た。マドル先輩はさすがに飛べないようだけど、なんだか普通に途中木を蹴ったりしながら降りてきた。
それから二人はどんどん進んでいく。自分で歩ける、と一度言ったのだけど、鈍足だからダメとか言われてしまった。二人の足が速すぎると思う。
森にはいってしばらくすると人のざわめきは急に遠くなった。いつもの散歩で入る時と変わらない空気感にちょっとほっとする。
「出てきた魔物は追い払うだけにした方がいいでしょうね」
「わかっている。近づかないようにしておくか」
そう言うとライラ様はもやもやした黒いものを薄くまき散らすようにして先行させた。ちょっと遠くで謎の鳴き声やちょっとした物音が響いたので逃げて行った音だろう。こういうこともできたんだ。
そうか。むしろ普段襲い掛かってくるほうがおかしいよね。そう言う気配を消すみたいなことをしていたのかな。新たなライラ様の魅力をまた知ってしまった。
いつもと違って平和な森の中をすすんでいく。ライラ様に抱っこされているのもあって、なんだかほっとしてきて、突然の襲撃にビビっていたのが落ち着いてくると、なんだかお腹がすいてきた。
元々お昼前で何がいいかって話もしてたし。でもこの状況では言い出しにくいな。と思ってたらお腹がなってしまった。
「くっ、こんな状況でもお前は食い意地がはっているな」
「うぅ。こ、こんな状況だからこそ、腹が減っては戦はできぬ、ですよ!」
「マドル、適当なところを探してこい」
「はい。先行しますね」
マドル先輩が走って先に行ってしまった。そのまま30分くらい進むと、マドル先輩が枯れた切り株があって少しだけ空が拓けている場所でリュックをおろして食事の準備をしていた。
「ちょうどいいところが進行上にあったんですね」
「いや、お前にはわからないだろうが、私にはマドルがどこにいるかわかるからな」
「あ、なるほど」
全然気づいてなかったけど、軌道修正していたのか。森の中って木を避けるからまっすぐ歩くのが難しいので私は全然方向がわからないんだよね。別に方向音痴ってわけじゃないんだけど、ここまでの森だと無理だよね。
マドル先輩は火をつけて小鍋にスープを作ってくれている。こんな状況なのにピクニックのようだ。さすがに中身は持ってきた食料をつかっているけど。
「量が多くないか? エスト一人分でいいと思うが」
「どうせ持ってきたものは日持ちしませんから、今日明日で使い切って、距離をとったら採取をしながら進みましょう。ライラ様も少しでも食べた方がいいのではないですか? 私も食べますから。はい、エスト様」
「ありがとうございます。いただきます」
エスト先輩から受け取って食べる。熱々で美味しい。季節は春。森の中は涼しいけど厚着をしているし熱いくらいだけど、緊張していた体のこわばり残りがほどけていくようでほっとする。
「私は必要ないが……まあ、作ったものは仕方ない。そうするか。どこに行くか、だが。希望はあるか?」
ライラ様も仕方なさそうにだけどマドル先輩から受け取って口にしながらそう話を変えた。
「そうですねー、せっかくですからいろんなところ行きたいですよね。海とかもいいですし、同じような自然豊かなところに居を構えたいですけど、どうせならその前に都会も行ってみたいですよね」
「ふっ、お前は本当に、なんでも楽しんでしまうな」
「えへへ。マドル先輩やライラ様は行きたいところはないんですか?」
「そうですね……。私は牧場と言うのに興味がありますね。職業的にもですし、私は向いていると思います」
「あー、いいですね、建物の中ならマドル先輩がたくさんいてもいいですし、畑仕事よりはよさそうですね」
「職業としてなら、接客業にも興味がなくはありません。服を作るのも得意ですし」
「あー、いいですね。確かに一度に表に出るのが一人なら中で作る分には大丈夫ですし」
夢がひろがるなぁ。最初に窓から外を見た時は絶望的な気になっちゃったけど、広い世界に旅立つのも悪くないよね。三人一緒ならなんとでもなるだろうし、他国まで行けば追いかけてはこないだろうし。
「……お前らは能天気だな。ま、いいが」
「ライラ様は何かご希望は?」
「そうだな……別に、ないな。エスト、お前が一番ひ弱で環境適応能力が低いんだ。お前が快適に生活できる環境が一番だろう」
「それはまあ、雪がやまない極寒の地とかだと困りますけど、基本人が住んでる場所なら大丈、あ、そうですね。人間の国だけじゃなくて、ライラ様がいらっしゃった吸血鬼の国のあるほうとかどうですか? 基本的に大丈夫でしょうけど、ほとぼりが冷めるまでは人の国と国交のないそっちの方にいくのも……ありっちゃありといいますか。もちろん、吸血鬼の国にはいかずに、他の種族とかのこっちとは交流のない国を目指すってことなんですけど」
思い付きでしゃべってから、ライラ様の視線にはっとしてそう言い訳する。どんな国かなー、みんな美形なんだろうな。と言う興味があるのは本当だけど、ライラ様が帰省したがっていないのは察している。だからそこじゃなくても、別の種族とかいるなら会ってみたい。
「……別に、怒っているわけではないからそうびびるな。だが、そっちは駄目だ。……そうだな。せっかくだ。私のことを話しておこう。昼食の時間つぶしにはなるだろう」
そう言って、ライラ様は優しい微笑みでご自分のことを語りだした。
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