新しい世界
第46話 選択の時
私がここにやってきて約5年。世間ではとっくに働いてそろそろ大人の仲間入りをしている年齢だけど、実はとっくに奴隷としてある意味働いている私の暮らしぶりは変わらず、毎日面白可笑しく楽しい日々を送っている。
身長もたくさん伸びた! と言いたいのだけど、まだだ。まあ言ってもね? まだ前世で言う高校生だから全然ここから伸びてもおかしくないのだけど、去年から全然のびてないと言う不思議な現象が起きているのだ。
もちろん最初にここに来てからは伸びているし、身近な比較対象の二人がこの世界観の中でかなり長身にはいるとはいえ、マドル先輩に比べても全然頭一つで足りないくらい低い。
頭を撫でられたり可愛がってもらえるのはいいのだけど、いまだにお膝にのせられているし。いや、楽しいけどね。うーん。
まあ、なんて悩みはあるけど、基本的には日々お気楽に生きていた。今日まで。
今日は朝からライラ様は不機嫌な顔で起きていて、珍しいな。何かあるのかな? と思いながらライラ様にされるがまま、ライラ様の部屋につれられ朝からずっとお膝にのっていた。
お昼には少し早い時間で、そろそろかな。お昼何かな、と考えていると、突然、パーン! と言う大きな響く音がした。何かの楽器のような大きな音だ。お祭りを思い出してワクワクしてしまう私の耳に、なにか大きな声を出しているだろう人の声が聞こえた。何を言っているのかはわからないけど喋っているのはわかる。玄関側からだろうし、窓もしまっているので聞こえるだけすごい声なんだろう。
「マドル先輩、お客様ですか?」
部屋にいるマドル先輩は一人だけなので、玄関の方にいるマドル先輩がきっと対応しているだろうから尋ねる。尋ねながら、インターホンみたいだなとちょっと思った。
「いいえ。敵です」
「えっ? ……え!? てっ、敵!?」
敵がきている!? え? なに、敵が存在している!? 待って、また急にめちゃくちゃ世界観が変わるね!?
そしてマドル先輩が説明してくれるところによると、どうやら家の前にはこの領地の軍が派遣されてライラ様に立ち退きを迫っているらしい。
以前よりそれを打診する手紙があったけれど無視していたところ、本日ついに強硬手段として進軍してきていて、出て行かないならこの領地に仇名す存在として討伐するとのこと。
「えっ、ええええ!? な、なんでそんなことになってるんですか? 元々ライラ様がお願いされて、森の向こうから魔物が来るのを防いでいるおかげでこの領地は平和に生活できてるんですよね? そのために領主っていう役職ももらってるんですよね?」
「そうですね。どうやら主様の奴隷が一人になっているのに新しく奴隷を必要とされず、また以前ほど熱心に狩った魔物を売買していないのもあり、主様が弱体化されていると判断されたようです。そして魔物の数も減っていて、今なら人間でも魔物の対策ができ、森の開拓ができると考えているようですね。市民から奴隷を徴収する制度も、ここに直接不満の声は届きませんが、過去に強引にあつめたこともあったようで、その不満を主様にまとめてぶつけているようですね」
「え、えっと……あれ、もしかして私のせいなとこあります? 私と行くときは魔物を回収しませんし」
私一人が奴隷なのを喜んでたし、魔物を素材として売ってるのも確かに聞いたことあるけど、私が散歩についていくときはいつもエンタメ性を高めるためド派手なパフォーマンスをしてくれていて回収しているの見たことない。全然気にしてなかったけど、その分売ってないよね。
それによくよく思い返してみると、確かに変だなってことはあった。
一年くらい前だろうか。ランニングをしている時、人を見かけたのだ。この辺りは公道? ともかくライラ様の私有地ではないのだし人がいても全然おかしくはないのだけど、全然見かけなかった。だけどそれから何度か、見かけることがあった。あくまで遠くから、ちらっと見るだけ。
歩いてきたのかな、なにしてるんだろう。こっちの道は私たちの家と森しかない。だから人が来ないのが普通だったのに。もちろんピクニックとか、狩りにとか、いろんな理由があってもいいけど、とにかく今までは決まった時間にうちにくる商人さんしか見なかったので、珍しいなと思ったのを覚えている。
私が目的地にしている泉が近い休憩所に行くと、そこでギリギリ見えるくらい先に人が立っているのだけど、休憩が終わって帰る時もたっているのだ。幽霊なんかじゃないのがわかるくらいには距離が近くて姿ははっきり見えるけど、とても怪しい。めちゃくちゃ頑張れば声を届けられる距離かもしれないけど、変な人だったら怖いからできるだけ見ないようにしていた。
でも今思ったら、あれも偵察されていたのでは? そして奴隷の私が自由にしているのを見て、ライラ様がお優しいからじゃなくて奴隷一人管理できないと思われて侮られた可能性もあるのでは?
あと手紙、いつだったかある天気のいい日のことだ。おやつを食べに食堂に行くと先に座っていたライラ様はとっても不愉快そうな顔で何かの紙を手にしていたことがあった。
不機嫌なライラ様はびりびりとその何かを破いて投げて、黒いもやで包んで消してしまった。声をかけながら近寄ると、むすっとしたまま私を膝にのせて撫でてきた。その日はそのまま膝からおろしてもらえなかったし、表情がずっとむすっとしていたので絶対変だった。
今思えばその退去勧告の手紙だったのかもしれない。
だけどそんなことがあっても、夕食時にはライラ様の機嫌も戻ったし、変質者として通報するほどでもないし、まあいいかって思っていた。私が気にするようなことじゃないって。
そうおバカな私は何にも考えずに毎日ただ与えられる幸せを享受していた。
私によくしてもらったばっかりに、ライラ様の実力が過小評価されて下からの突き上げでリストラされてしまうなんて。こんな展開考えたこともなかった。死ぬまでこのまま安寧に暮らせると思ってた。
「落ち着いてください。別にエスト様のせいではありません。元々魔物の販売も面倒なのですべてを売っていたわけではありません。気が向いた時だけですから、一割も持ち帰ってはいませんでした」
マドル先輩がいつも通りのクール顔でそう説明してくれる。こんな時ばかりはマドル先輩のクールっぷりに癒される。
今もお散歩のときにめちゃくちゃ狩っているけど、持ち帰るのは私がいないときにいくらか、らしいので一割未満だとしても一気に半分以下になってそうだ。でも、逆に元々狩っている量多すぎな気もする。
毎日のようにめちゃくちゃ倒してるもんね。私と散歩以外に夜に行ってる時もあるんだし、週に何十と数えられないくらいのはずだ。それを考えると確かに最初から全部持ってこいは無茶ぶりだよね。
「それに今は確かに渡す量が減りましたが、元々そう言う形式になっていただけで、金銭に換算する正確なレートやノルマがあるわけではありません。奴隷を集めるために、ライラ様の存在により得られる利益を明文化させる為のものでしかありません。ですから、その量の変動によって実際に私たちの待遇はかわるものではありませんでした。少なくとも最初にした契約では」
「あ、そういうことだったんですか」
なるほど。確かに今まで人間がおさめていた人間の街が、突然吸血鬼が領主になりました。定期的に血を吸われる奴隷が必要ですって言われたら、いくら実際にはいい環境って言われても、びっくりするしすぐに受け入れられないよね。
だからライラ様がちゃんと守ってるってだけじゃなくて目に見える美味しい部分も契約に入ってたのね。でもそれを契約した本人はもういなくて、今いる人間が契約違反だって思ってるってことか。な、なるほど? なんとなく状況がわかってきたぞ?
「はぁ、まったく。たった百年前の約束を、簡単に反古にしようと言うのだから、人間と言うのは本当に愚かだな。救えん。あれだけ私を歓迎して頭を下げていたと言うのに、もう大丈夫だから出ていけとはな」
「そうですよね、ひどすぎます。私、ちょっと抗議してきます!」
「あ、おい」
確かに向こうにも言い分はあるのかもしれないし、何回も手紙を送ってるのにこっちが無視してるのかもしれないけど、出て行けなんて一方的すぎる。むしろ奴隷を増やしてないってことは払う対価が少ないのに今まで通り守ってくれているってことだから感謝してもいいくらいなのに。
それもこれもライラ様がどれだけ真面目に働いているか知らないからだ。どれだけ大変で強い魔物をたくさん倒しているか知らないからだ。それを教えて、ちゃんと説明しないといけない。
「わふっ」
そう思って私はライラ様の部屋を飛び出し、階段をおりたところで下からきたマドル先輩に捕まった。
「エスト様、落ち着いてください、と言いましたよね。エスト様一人で飛び出すのは危険です。見てください。外はこのような状況ですから」
抱き上げられ、お姫様抱っこされた状態でマドル先輩に私は玄関側の外の様子が見える窓の前に運ばれた。言われるまま覗き込み、私は息をのんだ。
「えっ!?」
そこには、ずらーっと、端が見えないくらい、とんでもない数の兵隊さんが並んでいた。すごい武装した兵隊さんや、奥には大きな兵器っぽいものまである。え、待って。思ってたのと違う。だってこんなの、完全に戦争準備じゃん?
私はこれを見てようやく理解した。これは説明とか抗議とか、そんなことを言っている場合じゃないんだ。
そうだ、森も開拓するってマドル先輩も言ってた。ライラ様が弱くなったと思われてるとか言い訳だ。本当はこのままライラ様がここにいたら開拓できないから邪魔なんだ。問答無用でライラ様を追い出すつもりなんだ!
「あ、あわわわわっ」
「あのなぁ、お前が飛び出してどうする」
「らっ! ライラ様!」
追いかけてきてくれたライラ様が後ろから呆れたような声をかけてきたけれど、私はそれどころではない。飛びついて抱き着きながら、私はライラ様の顔を見上げて言った。
「は、は、早く逃げましょう! ライラ様! 遠くに逃げたら追ってはこないでしょう!」
「は? お前……逃げて、どこに行くと言うんだ?」
呆れたよう、でもありつつ、ライラ様はどこか困ったように私の頭を撫でてそう言った。そうだ、きっとライラ様も不安なんだ。そうだよね、まさかこんな強硬策で来るなんて思ってないよね!?
ライラ様はここで安定した職場で百年も働いてきたんだ。この生活が終わるなんて私以上にびっくりだしどうしたらいいかわからないだろう。ここは私がしっかりしなきゃ!
「大丈夫ですよ、ライラ様! 私だってもう大人ですし、働けますから! ライラ様一人くらい養えます! マドル先輩もいますから、どこでだってやっていけますよ! ライラ様のことは守りますから!」
「は……くっ、っくくく! くははははははははっ! そ、そうか、はははは!」
「ら、ライラ様?」
真剣に勇気づけようと説得する私に、ライラ様は一瞬ぽかんとしてから、私を抱っこして高い高いするように持ち上げてから大きな声で笑い出した。
「あははは。そうか、そうか。はははは。うむ。そうか、エストが言うならそうするか。マドル、準備をしろ」
「かしこまりました」
「え、あ、はい! 私も手伝います!」
そして満面の笑顔で私の提案に頷いてくれた。私はそんな反応に驚きつつも、よくわかんないけどライラ様も安心して逃げるって提案に乗ってくれたってことなので、さっそく準備をすることにした。
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