第43話 水遊び2

 ようやく水遊び開始。と言うことで、まずは水の掛け合いをする。あくまで軽ーくかけあう。これは勝負ではなく、準備運動みたいなものだから、と念押ししておいた。

 水だって勢いがすごいととんでもないことになるからね。確か何メートルか上から落ちるとコンクリートくらいになるとか? とにかく危ない。

 泉の深さは私の胸元まである。つまり水深は一メートルないくらいだ。とっても安全に水浴びできる。ライラ様にはだいぶ浅いようで、水着の裾が水面で揺れている程度だけど、水遊びにはちょうどいいだろう。


「と言うわけで、いきますよー、それーええええぇ」


 掛け声とともにかるくみんなに向かって水をかける、と同時にライラ様が軽く手をうごかして、私はその勢いでできた水流で流された。そのまま数メートル流されたのを、水着になってなかったマドル先輩が手を伸ばして岸にぶつからないよう止めてくれた。泉と言っても川の一部でもあるので一応流れがあるのに、それに逆らって岸まで流れるなんて思わなかったのでちょっと驚いた。

 まさか、加減してこれとは。私はマドル先輩にお礼を言ってから元の位置に戻る。あっさり流された私に、ライラ様は驚いたような気まずいような顔をしていた。


「お前……軽すぎるな」

「水の中は浮力があるので仕方ないのです」

「そう言う問題か?」

「とりあえず、ライラ様だけ濡れてないのでかけますね。マドル先輩」

「はい、では、せーの」


 流されてはないけど頭からびしょ濡れのマドル先輩と視線を合わせてから、ライラ様にむかって水をかける。私の水しぶきはライラ様のお腹にかかったけど、マドル先輩の水が普通にライラ様の髪を逆立てる勢いでかけられた。土砂降りの雨みたいな音が一瞬したな。


「……ふっ。いい気分ではないな」


 と言う不機嫌な内容とは裏腹に、ずぶぬれになったライラ様は一呼吸おいてから、髪をかきあげて不敵に笑いながらそう言った。ていうかライラ様、めっちゃ格好いいな。オールバックも似合うー! 水も滴るいい女すぎる。はぁ。眼福。


「じゃあ次は泳ぎ、と言いたいですけど、さすがに広さ的に無理ですね。浅いですし。あ、マドル先輩がくれた水中を見るやつ使いましょうか」


 広さもだし、二人にとったら浅すぎて泳げないだろうからそう提案する。川につながってるから泳げなくはないかもだけど、まあ危ないしね。ここはプライベートプールだと思って安全に遊ぼう。


「ではこちらを」

「これは何の意味があるんだ?」

「水の中が綺麗に観察できるようになるんです」

「ふーん?」


 マドル先輩がさっと差し出してくれたので、半分くらい沈める。周りの木が切られたことでまぶしい日差しがさしこむ泉の水面はきらきらに光ってまぶしいくらいだったけど、これがあることで普通に中が見える。

 思った以上に泉の中の地面は石だらけだ。固くてごつごつしているとは思ったけど、こんな作ったように石だらけになるものなのか。そして足の感触からわかってたけど、ちゃんとどれもまるっぽい。こういうのって流れてくるから、自然と丸くなるんだっけ?


「ふむ。確かにぎらつきが減るからわかりやすいな」

「ですよね。これで魚見たりとかもできますよ」

「ほう。これは漁の道具でもあるのか」

「あー、そう言えばそうですね」


 そう言われると、これつかって小舟から貝とったりしてるのテレビで見たことあるな。遊び道具としか思ってなかった。


「なるほどな。これで魚をみつけて捕まえるのか」

「いやいや、魚はそんな。あ、石、綺麗な石を見つける競争しませんか?」


 魚とって大きい人が勝ちな、とか言われたら絶対勝ち目がないので平和な勝負を提案する。勝っても負けても楽しいけど、どうせなら私だって勝ち目がゼロなのよりは勝てそうなのがいいに決まっている。例えどんなに不利でも、可能性0はさすがにやる気が減るからね。


「こんなところに宝石は転がってないだろ」

「わかりませんよー。それに宝石じゃなくても、丸くて綺麗のとかあるかもですし」

「そうですね。せっかく三つ作りましたし。主様に自信がないのであれば、審査員をしていただいても構いませんよ」

「はん? 貴様、生意気な口をたたくと後で恥をかくぞ」


 何故かすぐ煽りあう二人はおいといて、と言うことで勝負開始だ!

 全部石、とはいえ、色味は全然違う。黒っぽいの、灰色っぽいの、白っぽいの、赤っぽいの、茶色っぽいの。中でも赤みが強いのが目についたので、潜って取ってみる。何度か瞬きすると水中でも平気だ。

 一枚薄い皮がのっているような感じだけど、結構赤い。赤と黒の塊にベールをかけたみたいだ。レンガとかっぽい色。透け感はなくて石。茶色っぽいのを手に取ってみると、濃い木みたいな色だ。よくみたら木目っぽい気もする。ふむふむ、結構模様があるんだな。


 そんな感じで気になったのを拾ってはみていく。手に取ってじっくり見ると、上から見たら普通に見えた石もつるつるで綺麗に見えてくるから不思議だ。ううん。甲乙つけがたい。


「まだ決まらないのか?」

「あ、すみません。えーっと、じゃあこれで!」


 五個くらい候補を抱えながら探していたら、先に決めたライラ様から声がかかったので、えいっと一つ選んだ。うん。多分いい感じじゃないかな!

 いっせーので、で三人で一斉に披露する。ライラ様は黒っぽいの、マドル先輩は黄色っぽいのだ。


「ライラ様のは黒ですね」

「ああ。灰色とモザイク状になっていて芸術性があるだろう?」


 順番に手に取ってみてみる。言われてみれば確かに、細かいけどちゃんと色が混ざっているのではなくちゃんと違う色が並んでいるのがわかるくらいにははっきり色が違うので、人の手で作り出した模様のようだと言われたらそれっぽい。

 むむむ。ぱっと見は地味な色合いなのに、芸術性を見出すなんてライラ様、さすがだな。


「次は私ですね。私のは言うこともないでしょう。黄色がかっているような、白っぽいような色味。少し濁っていることは否めませんが、この世で最も美しいものを象徴していることがおわかりでしょう」

「え? な、なんでしょう?」

「知らん」


 マドル先輩が自信満々にだしてきた石は確かに黄色っぽい。どっちかと言えば黄土色? これもこういう土あるよねって感じの色の上に、白色を重ね塗りしたような奥行というか、厚みのある色味だ。なんとなくちょっと美味しそうな感じがする。

 とはいえ、この世で最も美しいものを象徴しているって言われても全然ピンとこない。どのあたりが何を象徴してるんだろう? とライラ様に話をふると、めちゃくちゃすげなく否定された。


「えっと、マドル先輩、その美しいものというのは?」


 ライラ様もわからないなら仕方ないね。マドル先輩を向いて答え合わせをしてもらうことにする。尋ねるとマドル先輩はどこか不満そうに自分の石をつまんで見つめながら答える。


「エスト様ならわかってくださるかと思ったのですが……世界で一番美しいのはもちろん、主様です」

「なるほど! ライラ様の髪色ですか!」

「そうです。もちろんただの石なので見劣りしますが、美しい主様を象徴している石と言う意味ではこれかと」

「わかります!」


 そう言われてみれば納得しかない。確かに世界で最も美しいのはライラ様だし、ライラ様の美しい髪色に、ここにある石の中では比較的近いと言われたら、なるほど! めっちゃ綺麗な石じゃん!


「……エスト、お前のを見せてみろ」

「あ、はい。私のはこれです。赤くてー、磨いたらサンゴっぽい綺麗さがあるとおもうんですよね」

「そうか」

「なるほど、エスト様は主様の瞳の色に目をつけましたか」

「はっ、意識してませんでしたが確かに。無意識にライラ様の色を選んでいたということですか……さすがライラ様、私の中の美意識の中にまで浸食されてますね!」

「おかしなことを言うな」


 なんかライラ様のテンション低いな。ライラ様は褒められるの好きなはずなのに。いや、石に例えられても微妙なのかな?

 とりあえずこの後三人で投票した結果、私とマドル先輩が選んだマドル先輩のが優勝した。

 もうひとつのプレゼントも使おうと思ったのだけど、さすがにもう水中観察は十分、と言うことでいったんスルーすることにした。


「じゃあ次はー、息止め競争しましょうか」


 ライラ様が微妙な表情だったので、次もわかりやすい勝負でライラ様に楽しんでもらうことにした。ルールもシンプルでわかりやすいし、実は結構自信ある。一分以上余裕で息を止められるからね。

 説明して理解してもらえたので、よーいどんで私はドプンと中に沈み込み、目を閉じて体の力を抜いて脱力する。動けば動くほど体の酸素を使うので、じっとしているのが一番効率がいいはずだ。


「……」

「……」

「……」


 水の中は静かだった。すぐ近くに二人もいて潜っているはずなのに、全然音がしない。自分の心臓のどくんどくんという音が泉中を震わせるように響いている気がする。


「…………………ぷはぁ!」


 そのまま限界まで我慢したけど、ずっと音がないのでもしかして二人はとっくに出ているのでは? と思いながら立ち上がって顔を上げ、水上で大きく息をする。


「はぁ、はー……?」


 二人ともいない。水中に影はある。負けたか……。まあ、そんな可能性も考えてはいたけどね。にしても全然音、聞こえないものなんだなぁ。前世の記憶だと結構プール内の音聞こえた気もしたけど、まあ自分自身の音が一番うるさく聞こえるからこんなものだったかな。


「……」

「……」

「……」


 呼吸が整ってから二人を待つけど、え、長いな。二人ともめちゃくちゃ息が長い可能性も一応考えたけど、その場合ほんとにずっと出てこないつもりなのかな?


「……」


 ちょっと思いついたのだけど、ちょっとだけ、ちょっとだけ潜って息止めてる二人のこと見てもいいかな? いつも涼しい顔をしている二人がどんな顔をして息を止めているのか、ちょーっと見てみたいなぁ、なんて。ちょっとだけ。ちょっとだけ。

 私は好奇心に背中をおされてゆっくりと潜った。さっきと違い長時間の息止めは必要ないのでちゃんと目を開けて二人のいる方を見る。


「っ!!?」


 長身の二人は浮力で顔が上にでてしまわないようにか、しっかり体を曲げた三角座りの姿勢で水底に沈んでいた。その姿勢だと浮かばずに底に普通に座れるんだ? と言うのも面白かったけど、二人とも目を開いていて地上とかわらない真顔で髪の毛だけふわふわと浮かび上がっていて、しかも私とばっちり目があっているのだ。

 申し訳ないけど面白すぎて、目が合った瞬間にその場で噴出してしまった。だけどもちろん水中なので、笑い声ではなく私の口からは空気が泡となって飛び出した。

 がぽがぽと口から空気が飛び出して、やば、すぐ立たないと。と思うのに笑いがおさまらないせいか足はちゃんと底を蹴れなくて、むしろその動きで頭がさがってしまう。


「エスト!」


 息を吐いた反動で思いっきり水を吸い込んでしまい、あ、本気でやばいかも。と思った瞬間、背中から持ち上げられるようにして私の体が水面に上がった。

 持ち上がった瞬間は金色の何かで視界がいっぱいの中、美しい赤が真ん中で光っているのだけが見えて、場違いにも綺麗だと思った。


「うぉえっ、げほっ、ごほっ、けほっ。はっ、はぁ、はぁ」


 水の世界から出て反射的に私の体は水を吐き出す。そしてそのまま鼻にも入った水をせき込みながら出して、反射で半泣きになりながらも私はなんとか息を整える。し、死ぬかと思った。その場合これも笑い死にになるのかな? はー、危なかった。


「エスト、お前、大丈夫か?」

「はー、だ、大丈夫です」

「エスト様、失礼します」


 私はライラ様に抱っこされて助かったようだ。マドル先輩が私の腕をとったり呼吸を確認している。


「大丈夫のようですね。ですが少し休憩しましょう」

「本当に大丈夫か? 死なないだろうな」

「あはは、死にませんよぉ」


 死ぬかと思いました、とは冗談っぽくでも言わなくてよかった。ライラ様にはとても心配をかけてしまったみたいだ。申し訳ない。私はライラ様に泉からあがって休憩用の切り株に座らされながら頭をさげる。


「すみません。二人が真顔で潜ってるのが面白くて、つい水中で笑ってしまった」

「なんだそれは。お前のいつでも笑っている馬鹿なところは嫌いではないが、気をつけろ」

「はーい」


 ぽんぽんと頭を軽く叩くように撫でながら注意された。注意されたけど、えへへ。嫌いじゃないって言われちゃった。ライラ様的には好きってこと? 別にそんなにいつもニコニコしてる意識はなかったけど、でも確かに、ここでの生活は楽しいことしかないもんね。


「エスト様、こちらを」

「ありがとうございます」


 飲み物をもらって飲む。せき込んだ勢いで鼻と喉がちょっと痛かったのも落ち着いた。


「はー……」


 体を休めるため、そのまま息をついた。濡れていて少しひんやりしていた体に直射日光があたって、じわじわと体が乾いていく。それと同時に温かくなっていく。夏の日差しが温かくて心地よいと考えるのは今くらいのタイミングだろう。

 上を見上げて目を細めると、自然に背中も少し後ろにもたれる。このまま寝転がってしまおうかな、どうしようかな。でももし寝ちゃったら、ライラ様を待たせることになるなと思いながらももう少し背中を伸ばすように後ろに倒れると、何かに当たった。


「あれ? ライラ様? すみません、ぶつかって」

「かまわん。もたれていろ。私も休憩しているだけだ」


 いつのまにか私の後ろ側にライラ様が座っていたようで、背中同士がぶつかったようだ。謝ると振り向かないままぶっきらぼうな感じで言われた。内容はとても優しい。

 私は脱力するようにライラ様にもたれた。ぴたっとまだ濡れている背中同士がぶつかる。ちょっとドキドキしたけど、どんなに体重をかけても微動だにしない背中は安心感があって、じわじわ体が乾いていく心地よさと相まってすぐに心臓は落ち着いた。


 ぎらぎらした夏らしい太陽。マドル先輩が拓いてくれたけどいろんな虫や木々のざわめきはそこそこ聞こえる。夏だなぁって、そんな当たり前のことを思った。


「……ふふっ」

「どうした?」

「ん、はい。えへへ。なんだか、今までで一番楽しい夏だなぁって思ってました」


 思わず笑いがもれる私に、ライラ様がそのままの姿勢で尋ねてきた。そのしゃべる振動が伝わってきてくすぐったいなって思いながら答えた。


 地元でだって、川遊びをしたことはある。それこそ本当に服のままだったけど、すぐに乾くし、汗をかいたのを流すついでもあって子供は川に飛び込むのは私が言わなくたってよくやっていた。

 友達がいた。一緒に遊んで、楽しかった。嘘じゃない。でもあの頃の私は、お腹がいっぱいになったことはなかった。いつも何もかもが少しずつ足りなかった。私だけじゃなくて、みんなそうだった。それが当たり前だからみんな気にしてなかった。私も気にしないようにしていた。

 でも、こうして満ち足りた日々での楽しさは、やっぱり何もかも違う。楽しい。


「そうか……私もだ」


 ライラ様の言葉は端的で、熱のある声音ではなかった。いつも通りの声音で、だからこそ、すっごく嬉しくなった。私だけじゃなく、ライラ様も楽しんでくれてる。それも、長い長いライラ様の人生の中でも上位になるくらい、楽しんでくれてるんだ。

 これからもっともっと、毎年毎日、楽しいを更新していけたらな。そんな風に思いながら、私は休憩が終わったら何をして遊ぼうかなと考えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る