第42話 水遊び

 最高の誕生日を過ごした数日後。私たちは川に水遊びに来ていた。外に出ると照り付ける太陽が肌を焦がすかのようで、じっとしているだけで汗が出てくるくらいに暑い。絶好の水遊び日和だ。

 雲一つない青空の元、私たちは出発した。マドル先輩は三人だ。いつものようにライラ様に抱っこしてもらっている。もうちょっと背が伸びて足が伸びて追いつくまではこのままでいいか、と開き直ることにしている。


「この辺りでしたね」

「そう、え? ちょ、ちょっと待ってください、なんかすごい、変わってません?」


 ジョギングコースの折り返し地点あたりの森の中、すぐそこにある川が目的地だった。マドル先輩に話したことがある川だし、詳しく言わなくてもさくさく進んでくれて、森にはいってすぐにマドル先輩が確認してきたので頷こうとして、目に飛び込んできた記憶と違う光景に思わず目を疑った。


 森の中にある川はいくつもの小さな泉がある感じで、水浴びしやすそうな感じはそのままだ。だけどその周りにもたくさん木々があって歩きにくくごつごつした足元に、全体的に木々で影になっている暗めの環境だったはずだ。

 それがどうだろうか。泉の周りの木々は切り株になっており、まるでベンチのように整えられていて、草が処理されて道ができていてとてもわかりやすい。


「えっと、マドル先輩、もしかして?」

「はい。下準備として過ごしやすいようにしておきました」

「すごっ。さすがマドル先輩」


 下準備がすごすぎる。木を切り倒して観光地にしちゃうってどんだけ。メイドさんの範疇を超えている。最強のメイドおぶメイドさんすぎる。普通にすごすぎて驚きつつ拍手でたたえると、どこか得意げにマドル先輩は準備を始めた。

 マドル先輩がさっと切り株の上に荷物をおいたり、布を引いて座れるようにしたりと準備を進めてくれる。少し離れた木に紐をかけだしたときは、ん? と思ったけど、そのまま大きな布をはりめぐらして、どうやら更衣室を作ってくれているみたいだ。

 大自然の中だし、今までランニングしていた時も全然人をみなかった。ほぼほぼ一定の時間にうちにくる商人さんしかいないので、午後の今は余裕で着替えられるけど、さすがにライラ様のはそう言うわけにもいかないか。そこまで考えてなかった。さすがマドル先輩。


「さ、それではまずはエスト様から着替えましょうか」

「はーい」


 マドル先輩に手伝ってもらってお着替え。お風呂場でも一回試着したし、マドル先輩のつくる服はいつもサイズぴったりだけど、やっぱり背中が見えてるのちょっと恥ずかしいな。まあ、私の肌なんて気にする人この場にいないでしょ。


「ライラ様、お次どうぞー」


 着替えたのでぽんっと更衣室から飛び出す。


「ふむ」

「え、えへへ。どうですか?」


 ライラ様に順番を促したけど、真面目な顔でじろりと私の格好を見分されたので、その場で軽く一周まわってライラ様に姿を見せる。ちょっと恥ずかしいけど、ライラ様が見てくれるならそうするよね。


「うむ。こうして見ると、少し肉付きがよくなったんじゃないか?」

「えっ、う、そ、そうですか」


 ふ、太ったってこと、じゃないよね? うっすら微笑みながら機嫌よさそうに言われたわけだし。おっきくなったってことだよね? いい意味での成長を褒められてるんだよね? でも、服じゃなくて肉付きを見られてたと思うと、余計に恥ずかしい。


「主様、こういう時は似合っている、可愛い、と言うところですよ」

「あ? お前に言われなくてもこれから言うところだ。うむ。似合っているぞ」

「あ、ありがとうございます」


 嬉しいけど、なんかちょっと言わせてみたいな感じになっちゃってる。でもマドル先輩もありがとう。お気遣いは嬉しいです。


 お次はライラ様がお着替えタイムだ。なんだかそわそわしてしまうので、準備運動をしながら待つ。お風呂じゃない水に入るのは久しぶりだ。昔を思うと本当に変わったものだ。


「お待たせしました」

「わぁ! ライラ様! すごく素敵です!」


 しばし待っているとライラ様が出てきた。大自然の中に張られた布から出てくるところもなんだかセクシーで、思わず声がでてしまった。

 普段からノースリーブが多くて露出度が低い、と言う印象がないライラ様だけど、袖も短く下も短く太ももが半分以上見えていて、背中まで見えているのは普段とは比べ物にならない露出度で、見ているだけでドキドキしてしまう。


「うむ。そうか」

「はい。セクシーで綺麗です」

「せくしー? はどういう意味だ?」


 はしゃいでライラ様の周りをまわりながら褒めると、にっと笑いながらも意味を問われてしまった。普段私がつい前世単語を言ってもスルー気味のライラ様だけど、自分の評価となるとやっぱり意味が気になるみたいだ。えーっと。でもどう説明しよう。


「え、あーっと。大人っぽくて、ちょっとえっちで?」

「ふふっ。そ、そうか。ははは。ちょっとえっちか。お前はほんとうに、マセガキだな」

「うっ、うのぉ。うあー、そのー、はい」


 しまっ、しまったー!! ちょっとえっちでって、いや、そう言うニュアンスで言ったよ確かに! でも、口に出すべきじゃないでしょ! 私が下心まんまんでライラ様のこと見てるみたいじゃん! そんな、そう言うつもりじゃ。いや、ちょっとエッチとは思ってるけども。

 笑い出したライラ様は目を細めてほんとにおかしそうに体を揺らしてから、私の肩や背中をぽんぽん叩いてくる。うう。からかってるだけだろうけど、すごく、恥ずかしい。


「くくく。恥ずかしがって、本当にマセガキだな。ははは」


 自分でもわかるくらい真っ赤になっている私に、ライラ様はからっとした声音でそんな風に追撃してくる。ひ、ひどい。


「ま、マドル先輩は着替えないんですか?」


 私は話を変えるためライラ様の手から逃れて、横に控えるマドル先輩のライラ様からして反対側に回り込んでマドル先輩を見上げる。


「おや、私の水着姿をご所望ですか?」

「そ、そう言うのはいいですから。マドル先輩も遊ぶんですよね?」

「そうですね。では私も着替えますね」


 そう言ってマドル先輩の一人はすっとメイド服を脱ぎだした。その中から出てきたマドル先輩の体には当然のように私たちとおそろいの水着があるので、デザインだけかえていつも通り自分の体で作ったんだろうとはわかるけど。


「ふっ、ふふふふ」

「? どうしましたか?」

「す、すみません。わかってるんですけど、わかってるんですけど、めちゃくちゃ楽しみで家から着替えを着てきた人みたいで、笑っちゃって」


 私がするならともかく、マドル先輩みたいな美人なお姉さんが服を脱いだらもう水着なのはちょっとずるいと言うか、絵面が面白すぎる。


「ふっ、言われてみればそう見れるな。はは」

「……その発想はありませんでした」


 マドル先輩は顔を背けてそそくさと更衣室に入っていった。中で着替えるみたいだ。

 ちょっと悪いことしたかな、とも思うけど、これをきっかけにマドル先輩も恥じらいを知って着替えを隠すようになってくれたらいいかな。

 前に着替えているのを見るのを注意された割に、実際に見られるのをマドル先輩が気にしてるかって言われたら全然気にしてない感じだからね。普通に目の前で脱ぎだすんだから。

 ちなみに着替えるのは一人だけで、他の二人は今日は念のため他に人とか近づいてこないか周りを見ていてくれるらしい。今も泉の向こうとかちょっと離れたところにいる。人なんか来ないと思うけど、一応そう言うものらしい。気になるけど、監視員みたいに思って割り切るしかない。


「それで、水遊びと言うのは何をするんだ?」

「えっと、水をかけあったり、泳いだり、息とめ競争とか? とりあえず入りましょう! あ、いきなり冷たい水にはいると心臓がとまっちゃったりするので、足先からちょっとずつかけて入ります」

「は!? 心臓がとまる!? ちょ、ちょっと待て!」


 私以外は初めての水遊びなのでインストラクチャーくらいの気持ちで丁寧に説明したところ、珍しく慌てたライラ様が泉のふちにしゃがんで手を伸ばす私を持ち上げて自ら遠ざけてしまった。


「そんな危険な遊びだったのか!? 水遊びは中止だ!」

「あー、いえいえ。危険じゃないです。急激な温度変化に弱いだけで、少しずつなれたら安全で楽しいです」

「心臓がとまる可能性があるんだろう?」


 心配そうな顔をさせてしまった。申し訳ない。そういう危険性もあるから、ふざけて中に突き落としたりしないでね、くらいのつもりだったんだけど。嘘は言ってないし、危険がゼロではないけど、大丈夫だってことを説明してなんとか説得しないと。


「それはまあ、でも逆に寒い日に熱いお湯に急に入っても心臓とまるので」

「は!? 人間ってそんなに弱いのか!?」

「その通り。人間の世話と言うのは繊細な仕事です。あまり乱暴にしないようお願いします」

「わっ」


 ぎょっとした顔をしたライラ様の腕の力が緩んだ瞬間、後ろから来たマドル先輩がライラ様の手から私を奪いとった。振り向くと、水着姿のマドル先輩が私をそっと地面におろした。


「足元から少しずつならすんですね。こうですか?」

「そうです。えへへ、冷たくて気持ちいいでーす。で、足先から入っていきます」

「こうですね」

「あ、はい」


 ぱしゃぱしゃと手で軽くすくうようにして足先にかけてくれたので、想像以上の冷たさにその場で足踏みしてから入ろうと答えながら一歩踏み出すと、マドル先輩が後ろから私に抱き着くように抱っこして泉にはいり、膝にのせるようにして岸に腰かけた。

 私の足は膝下の半分くらい先だけはいる。普通に腰かけてからどぽーんとはいるつもりだったけど、思った以上に過保護な入り方をされてしまった。


「えっと、もう大丈夫なので、このままゆっくりはいります」

「はい。行きますよ」

「あ、はーい」


 だからお膝からおりるね、と言う意味だったのだけど、普通に抱っこしたままマドル先輩は立ち上がり、ゆっくりとくっついたまま私を足先から泉の中に入れていった。

 膝を過ぎて腰を過ぎたところで一度とまって、あれ? と思ったらまた進んだのはもしかして大丈夫か様子を見られている? 丁寧な分には否定しずらいけど、なんかここまでされると赤ちゃんの沐浴みたいじゃない? ちょっと恥ずかしくなってきた。

 水は確かに冷たくて、一気に入ったら心臓に負担ありそうだったけど、言ってもお年寄りじゃないんだからここまでされなくても大丈夫なのに。


「はい、入れましたね」

「ありがとうございます。後はなにしても大丈夫ですよ! 遊びましょう!」

「そうか。まったく、驚かせてくれる」


 黙って様子を見ていたライラ様は真面目な顔で頷くと普通に入ってきた。うーん。全然ゆっくりはいってないね。まあライラ様は大丈夫なんだろうけども。吸血鬼が冷水で心臓とまるとは思ってないけどね。


 そう言えば今更だけど、吸血鬼って流れる水もダメとか聞いたことある気もしたけど、全然そんなことなさそう。まあ、理屈わかんないしそれはそうか。


「じゃ、遊びましょう!」


 気を取り直して、水遊びを本格的に始めることにした。

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