第41話 誕生日4

 ライラ様はマドル先輩に向かって足をくみ、顎に手をあててふむ、と一呼吸おいてから、ゆっくりと口を開いた。


「あー、うむ。なんだ。今まで改まって言ったことはなかったが、マドル。お前は実によくやってくれている」


 途中から言葉を決めたのかまっすぐマドル先輩を見ながらそう言ったライラ様の顔は、とっても優しい顔をしていた。

 その優しいお顔に、私に言われているんじゃないのに見惚れてしまう。


「最初にお前を作った時は単なる人手としか考えてなかったが、よく学び、よく働いている。お前がいなければ、この生活もここまでうまくまわっていなかっただろう。お前の働きは評価に値する」


 もちろんいつでもライラ様は優しいけど、少し照れたように眉尻をさげながら優しく微笑んでいるライラ様は慈愛に満ちていて、それでいて声音も柔らかくて、ライラ様ってこんな顔もできるんだ。

 慈悲の女神さまのようなライラ様に見とれていると、ライラ様はさらに言葉を続ける。


「今こうして、お前の誕生を祝うなどと奇妙な気もするが、作り出したのがお前でよかったと思っているのは事実だ。だからお前の生存を祝おう。マドル、誕生日、おめでとう。そしてこれからも、変わらぬ働きを期待している」


 お誕生日おめでとう、と言う言葉を期待していたけど、期待以上に丁寧に語ってくれるライラ様。

 いつもはぶっきらぼうな言い方をするときもあるのに、改まるとこんな風に言ってくれるんだ。なんだか新しい魅力を発見してしまってドキドキしてしまう。


「はい。……ありがとうございます、主様」


 ワンピースのマドル先輩がそれに答えてからすっと立ち上がった。それにはっとしてマドル先輩を見やると、マドル先輩が全員揃ってライラ様に向かって膝をついてしゃがんだ。

 その動きは一糸乱れぬ兵隊さんのような動きで、驚いて一歩下がりながら横からマドル先輩を見る。ライラ様のすぐ前のワンピースマドル先輩がライラ様を見つめて続ける。


「主様、私は主様にお仕えして、完璧な仕事ができていると思ってはいません。まだまだ成長途中で、試行錯誤の最中です。ですが、私以外に、私以上に主様にお仕えできるものがいるとも思っていません。主様にご満足いただけていると思っています。それでも、主様からそのように言っていただけて、言葉にして認めていただけて、とても、嬉しいです」


 その声はいつも通りの平坦なトーンだけど、いつもと全然違う熱があるような、不思議な声音だった。だけどマドル先輩がものすごく感極まっていることは伝わってくる。

 マドル先輩は私の提案にすぐのってくれるけど、自分からイベントを言ってくれることはなくて今までもなかったんだもんね。そうなるとこうやって改まって言葉をもらうこともなかったんだろうな。

 そりゃあもちろん嬉しいだろう。私の思い付きだったけど、プレゼントをお願いしてよかった。マドル先輩、よかったね! ライラ様はちゃんと見てくれてるってわかってても、言葉でもらえたらもっと嬉しいもんね!


「……ああ。これまで、ご苦労だった。これからもよろしく頼む」

「はい。はい。これからも、変わらぬ忠誠をお約束いたします。私の命尽きる時まで、主様にすべてを捧げます」


 そのまっすぐなマドル先輩の言葉にライラ様はそっとマドル先輩の頭を撫でて、それにマドル先輩は少しだけ目を細めてからそう宣言した。

 それはまるで、神さまへの誓いのような神聖な儀式に見えた。その様子を見ていると、改めてマドル先輩とライラ様にはものすごく強い絆があって、私なんか近づけもしないような大きな壁があるようにすら感じられた。


 もちろんこんな風に思うのは間違いだ。二人は私にこれ以上ないほどよくしてくれている。人と人との関係はそれぞれがかけがえのないものだし、ここから百年頑張ったってまったく同じ関係が作れるものでもない。そもそもまだまだ新参者の自分がそこに入りたいなんて言うのは慢心がすぎる。

 でも、ちょっとだけ、遠いなって。そんな風に思ってしまうことは、仕方ないでしょう?


「エスト様」

「ふえっ!? ど、どうしました?」


 ちょっとだけセンチメンタルな気持ちになっていると、ライラ様のなでなでが終わって立ち上がったマドル先輩が私を振り向いて名前を呼んだ。予想してなかった流れにびっくりしていると、マドル先輩は私に近寄ってきて私を撫でた。


「エスト様、ありがとうございます。私はプレゼントを用意しましたけど、改めて、私からあなたにおめでとうを言わせてもらってもいいですか?」

「え、あ、はい。もちろん」


 断る理由はない。おめでとうは何回言ってもいいし、何回言われてもいい。頷くと、マドル先輩は私の前にしゃがんで、私の手を取った。ライラ様にするような膝をついたのとは違って、目線をあわせるようなものだ。


「では……エスト様、エスト様が来ていただいてから、私の仕事はとても充実しています。今までも楽しいことはありましたが、エスト様のおかげで、仕事ではなく遊ぶ楽しみもできました。エスト様のおかげで、主様によりよくお仕えできるようになりました。エスト様が生まれてくださったおかげです。お誕生日、おめでとうございます。これからも、毎日健やかにお過ごしください。そのために、私も力を尽くします。今後ともよろしくお願いします」

「っ、は、はい! こちらこそ、よろしくお願いします。マドル先輩のこと、大好きです!」


 マドル先輩が両手で私の手を握って、語り掛けるように言ったその優しい言葉に、私は胸がいっぱいになって、シンプルにそう返事をすることしかできなかった。

 私が何の役にたったかって、そんなのほとんどないに決まってる。多少お菓子とかそう言う思い付きくらいだ。それだってほぼマドル先輩がやっていて、私はただ日々思いつく楽しいことを口に出していただけだ。なのにマドル先輩はそんな風に私を評価してくれている。これからも、もっともっと頑張らないと!

 さっきまであった胸のなかのちょっとしたもやもやは消えて、これからも頑張ろうって、ただ前向きな気持ちであふれた。マドル先輩は私のこと、全部見透かしてこう声をかけてくれてるんだろうか。

 わからないけど、本当に、最高に素敵なメイドさんだ。


「んん、ごほん。マドル、私のプレゼントの番だと思うが?」

「ああ、すみません、主様。エスト様が可愛らしかったのでつい。では、エスト様、こちらへどうぞ」


 ライラ様の咳払いに、マドル先輩は私の手を離して立ち上がり、ついでとばかりに私の頬をむにむにしてから肩を抱き寄せ、座っていた椅子に私を座らせた。

 ライラ様と正面から向き合う席だ。普段は椅子に座って向き合う時は間に机があるので、なんだか変な感じだ。それにさっきマドル先輩に向いていたあの優しい目を私が直接受けているのだ。

 なんだかさっきとは恥ずかしくなってきた。さっきはじっとそのまなざしを見つめられたけど、自分に向いている気恥ずかしくて目をそらしたくなってしまう。もちろんそれは失礼だしできないけど。プレゼントを顔を背けて受け取るなんて失礼すぎる。


「エスト……お前は、とことん変わったやつだ」


 あ、はい。と相槌をうつところだった。さんざん言われているし、反論する気もないけど、今ここで改まって言われるとは。マドル先輩は感動的な感じのだったけど、まあ私は奴隷だしマドル先輩みたいな積み重ねた歴史もないからね。普通におめでとうだけでも普通に嬉しいし。


「お前のような変わり者は見たことがない。そして、お前ほど可愛いものも、見たことがない」

「!?」


 えっ!? そ、そこまで言ってくれるんです!? 私は急に飛び込んできた予想外の誉め言葉に思わず口をおさえた。だけどそんな挙動不審気味な私に構わず、ライラ様は手を伸ばして私を撫でた。


「お前が、どうやって今まで生きてきたか、私は知らん。だが、今こうしてここに、わたしのものとなったのは、お前が生まれたからだ。今までよく生きてきたな。お前の生存を祝おう。誕生日、おめでとう」

「っ、はい……ありがとうございます!」


 じーんと、感動が私の体を包む。ライラ様から言葉以上の、愛情と言うか、なんというか、大事にされていると、そう感じられた。

 マドル先輩ほど、長い時を過ごしたわけじゃない。今までにもたくさんいた奴隷の中の一人でしかない。そんな私にプレゼントしてくれる言葉として、これ以上のものがあるだろうか私が生まれて、生きてきて、今、ここにいることそのものを祝ってくれている。これ以上のお誕生日のお祝いの言葉があるだろうか。


 私の手紙の中にもそのようなことは書いた。でもそれは真実その通りでしかない。ライラ様とマドル先輩のいるここに来なければ、出会えなければ、私はどこでどうなっていただろう。他の人に奴隷として買われたなら、私はどんな目にあっていただろう。こんなに恵まれた、幸せな日々はここ以外では得られなかった。

 でも私はそうではない。転生者としてちょっと性格と言うか、変わったところはあるかもしれない。でもそれだけだ。ただの田舎の村娘の奴隷である私は、特別なことなんて何もない。なのにそう言ってくれる。それが特別じゃなくてなんなのか。嬉しい。嬉しくて、泣きそうだ。

 マドル先輩の言葉ももちろん嬉しかった。だけどこうして、ご主人様であるライラ様から言われる言葉は、やっぱり私にとって特別だ。こんなにも、胸が熱くなる。


「私、私、これからも、ライラ様にいっぱい血を吸ってもらえるよう、頑張ります」

「ああ。そうしろ。……安心しろ。少しくらいお前の血が不味くとも、お前を見捨てはしない。だから泣くな」


 ライラ様はそう言って涙ぐむ私の頭を撫でてから、上体を起こして私に手を伸ばし、脇の下に手を入れて抱き上げて膝にのせてくれた。

 そしてまた頭を撫でながら、お腹に手をまわしてぽんぽんと軽く叩いてなだめられる。その優しい手つきに、私はますます泣けてきて、私は目からこぼれるのを感じながらぎゅっとライラ様の腕に抱き着いた。そして見上げると、優しく微笑んでくれるライラ様と目があう。


「ライラ様……もし、もし、私の血が、不味くなっても、吸ってくれますか? いつか、私がもうすぐに死んじゃいそうな時がきたら、血を吸って、全部ライラ様のものにしてくれますか?」


 こんなことを言うべきじゃないのかもしれない。図々しいお願いかもしれない。だけど不味くなっても見捨てないなんて、そんな優しすぎることを言ってくれるから。

 不味くてもいいなら、いつか老いて死にかけでも許してくれるなら、ライラ様に血を吸われて死にたい。それは血を吸われる度に思う、私の本音だ。今が幸せだから、すぐには死にたくはないけど。でもいつかは死んでしまうから。そのいつかは、ライラ様がいい。


「……くくっ。くははっ」


 そんな私の真剣なお願いに、ライラ様は一瞬きょとんとして、それから笑い出した。


「はははは。本当にお前は、おかしなやつだ。あはは。ああ、いいだろう。お前が死ぬまで吸ってやる。エスト、お前は永遠に、死ぬまで、いや、死んでも私のものだ。覚悟をしておけ」


 ライラ様はそう言って、私の体をぎゅっと両手で抱きしめて、ぐっと顔を寄せて私の頭を押し付けるようにして頬をあててきた。全身で包み込まれるようにされたその可愛がりに、私は全部受け入れられている気持ちになって、とっても嬉しかった。


 こうしてお誕生日パーティは、思っていた以上に最高にハッピーな日になった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る