第38話 誕生日

 夏が来た。夏と言えば、そう、誕生日である!

 なぜ? と思うかもしれないけど、私がいた村だとそうだった。村人の多くが夏から秋にかけて生まれる。私が思うに、生まれてすぐは裸でも生活しやすい夏に生まれるのが生きやすいからそうしてるみたいな生活の知恵なんだろうけど、とにかくそんなわけでだいたいみんなその頃に生まれる。

 そして秋は収穫してお祭りもあるということで、そのひとつ前の夏に、誕生祭と言う形で村全員の誕生日を祝う催しがあった。年齢自体は数えとかいうよくわかんないシステムで数えてるし、個人個人の誕生日を祝うっていう形ではないけど、その代わり全員がお祝い対象でもれなく誕生日を祝ってもらえるので、いいイベントだと思う。


 そんなわけで実は正確に生まれた日時は知らない。だいたい夏、な私なので暑くなってくるとそろそろだなーと思うのだけど、そう言えば二人の誕生日を聞いてないぞ。と気づいたので毎年どうしているのか質問してみたところ、二人とも誕生日を祝っていないということだった。


 もったいない! せっかくの誕生日なんていいイベントをスルーするなんて! と言うわけで、じゃあ私と一緒に三人誕生日をしましょう! と提案した。

 それぞれの誕生日にするのがいいかもしれないけど、でもマドル先輩はライラ様がつくったからわかるだろうけど、ライラ様の誕生日は季節もわからないとか言われたら気まずいし、単純にめちゃくちゃ長生きなので忘れた可能性もあるのでそう言った。


 そして二人の了承もいただけたので、その提案をしてから二週間後の今日、とうとう誕生日パーティの日がやってきたのです!


「ライラ様、マドル先輩、お誕生日おめでとうございます! 生まれてきてくれてありがとうございます!」


 お昼からお誕生日パーティをすると言うことで、朝から顔を合わせているマドル先輩にもうおめでとうを言いたい気持ちを我慢していたので、私は全員そろってお誕生日パーティを始める、となってすぐにクラッカーをならすようにそうおめでとう砲を放った。


「あ、ああ……」


 わーい、と両手をあげてお祝いする私に、ライラ様はどこかぽかんとした顔をしている。マドル先輩はいつも通りながら、ぱちぱちと拍手をして応えてくれた。


「ありがとうございます。祝ってもらうと言うのは、悪い気分ではありませんね。エスト様も、お誕生日おめでとうございます。毎日元気に生きていて、偉いですね」


 マドル先輩はそう続けてよしよしと私の頭を撫でてくれた。元気に生きてて偉いって言われちゃった! えへへ。これからも毎日元気に生きよ!

 ちなみに誕生日会ということで、マドル先輩全員が祝われる立場になると誰も給仕ができない、と言うことで一人のマドル先輩だけメイド服じゃない服を着ている。

 夏なので涼しく見えるワンピースマドル先輩だ。親戚の優しいお姉さん感あって好き。


「ライラ様とマドル先輩に、誕生日プレゼントを用意しています。と言っても、私に用意できるのは、これくらいなんですけど……」


 二週間前に決まったお誕生日パーティ。私には財力があるわけでもなく、何かをつくるにも一から始めるには材料を集めるところからで全然時間が足りないと言うことで、私は二人にお手紙を書くことにした。


 恒例のお勉強会では私はすっかり文法をほぼマスターして、本を読んだりした時にわからなかったことを質問するくらいになっている。

 一から勉強と言うならともかく、音では普通に話ができるのはやっぱり大きかった。書き言葉と話し言葉で多少違うところはあるんだけど、少なくとも読むのは完璧だ。

 そして次のステップとして、文章を書く練習はしていた。だけどいざ手紙となると、どういう作法か、とか考えると失敗したかなとか思ったりもしたけど、なんとか書き上げることができた。多分。


「受け取ってください!」

「……ああ」

「ありがとうございます。読ませてもらいますね」

「あ、はい」


 両サイドの二人にそれぞれ頭をさげて差し出して受け取ってもらえたのはいいけど、そんなすぐに目の前で読んじゃうんだ。恥ずかしいな。

 まだ食卓にはお茶しかない。マドル先輩が誕生日用のご馳走を用意してくれたと言うことで、一つずつ説明しながら出してくれる予定になっているのだ。


 お茶だけを飲む。いつもなら給仕してくれるメイドマドル先輩はワンピースマドル先輩の後ろに回って一緒に読んでいる。マドル先輩、そんな風にしてくれるの、プレゼントを喜んでるアピールのつもりかもだけど、とっても恥ずかしいです。


 中身はまあ、ふつーに? お誕生日おめでとうございますから始まって、日ごろの感謝の気持ちとか、いつものこういうとこが好きとか、反省の気持ちとか、これからもよろしくお願いします。みたいな感じだ。

 あとさすがにそれだけだと寂しいかなと思って、紙に書けるプレゼントを考えた結果、似顔絵、を描いたけど自信がなくなったので、ライラ様を称える歌を書こうと思ったけど、作曲の才能がなかったので詩にしておいた。

 そう、詩。ポエムである。前世ではちょっぴり黒歴史となりがちなポエムだけど、この世界的には詩をつくるのは趣味のひとつとして普通っぽい。少なくとも詩集とか、詩の作り方的な本もあったし。なので詩です。これは作品なので、プレゼントとして堂々とカウントしていいのではないでしょうか。中学で習ったこともあったしね。

 ちょっと恥ずかしいけど、我ながらまあまあいい出来だったと思うな。


「……」

「ふむ。ありがとうございます。なるほど。プレゼントと言うのはこういうのもあるのですね」

「えへへ。どうでしょう。自信作です」


 先に読み終わったマドル先輩は、メイドマドル先輩に渡して回しながらそう言った。好感触、かな? つい手を合わせてもじもじしてしまいながら、そっとマドル先輩の顔を見上げて反応をうかがう。

 マドル先輩はゆっくりと、少し目を細めてほほ笑んだ。そしてまた頭を撫でてくれる。


「エスト様の目にはこのように映っているのですね。はい、とても素敵だと思います。お手紙も詩も嬉しいですよ」

「マドル先輩……好き」

「はい、存じてます」


 ちょっとした、かすかとすら言える微笑みだけど、マドル先輩の笑顔と言うめちゃくちゃレアなご褒美と共にされたなでなで。最上級の評価、満点を超えた花丸、五段階評価の六! と思っていいってことだよね?

 プレゼントを喜んでもらえた嬉しさと安堵でほっとしながらマドル先輩のご褒美を受け入れつつ、笑顔に見とれる。はぁ。普段ほんとに表情変わらないけど、こうやって笑顔を見せてもらえると、女神のような慈悲深さを感じる。ライラ様がおかしいだけで普通に美人だよね。眼福眼福。


「……ごほん」


 と、マドル先輩の笑顔に感動していると、ふいにライラ様が咳ばらいをした。そのちょっとわざとらしい声に振り向く。マドル先輩の手が下りて、私の肩が背後からつかまれて肩をもまれながらライラ様を見る。

 ライラ様はどこかまだ戸惑ったような、困ったような顔をしている。な、なんだろう、ライラ様のこの顔。私のプレゼントに対してそのリアクションって、もしかしてめちゃくちゃ反応に困ってる? え、やっぱり誕生日プレゼントに手紙とポエムは駄目だった? でも私まだ子供だし、セーフでは? だ、駄目?


「エスト、お前のプレゼントは、確かに受け取った。その、なんだ……悪くない。うむ。よくかけているぞ。頑張ったな」

「! ライラ様! はい! えへへへ、ライラ様のことが大好きなので頑張りましたー」


 一瞬不安になったけど、すぐにライラ様がそう言って微笑んで頭を撫でてくれたので、私はそのギャップで嬉しくなって調子にのってしまう。


「ああ。うむ。ふふ。まったく、可愛いやつだ。来い」

「あ、お邪魔します」


 撫でてくれるライラ様の手に押し付けるようにしてなでなでに応えると、ライラ様は笑ってから椅子を少し後ろにひいてテーブルとの間に隙間を作り私の腕をひいた。

 マドル先輩の手が離れて背中を軽く叩いて促されたので、私はよいしょと椅子をおりてライラ様に背中を向けると、わきの下にライラ様の手が入ってお膝にのせてもらう。

 ライラ様のお膝にのせてもらうのも、もはや珍しいほどじゃないけど、それでもやっぱりちょっとドキドキしてしまうなぁ。


「えへへ。ライラ様が喜んで下さって嬉しいです。私、お金とかないので、ああいうのしかできないので」

「ふん。ガキが何を言っている。お前にそんなことを求めるわけないだろう」


 そのままライラ様は片手を私のお腹にまわして抱きしめ、もう片方の手で頭や顎を撫でてくる。ちょっとくすぐったい。


「えへへ」

「それでは、そろそろ私のプレゼント、と思いましたが、冷めないうちに食事を先にしましょうか」

「あ、そうですよね。すみません。先走ってプレゼントしちゃって」


 いきなりプレゼントをだしてしまったけど、食事を終えてからゆっくりでよかった。まだ目の前にないからって思ってたけど、考えたら用意はしてくれてるんだし、出すの待たせてたのかも。申し訳ない。


「まだ冷めてませんから大丈夫ですよ。主様もそれでよろしいでしょうか?」

「ああ、そうだな。そうしろ」

「かしこまりました」


 慌てて謝るとメイドマドル先輩は優しく言って準備を始めてくれた。

 ほんとに二人とも優しいなぁ。幸せ。プレゼントも喜んでもらえたし、マドル先輩のお誕生日料理を全力で楽しむぞー!


 そう待たずに、メイドマドル先輩が列をなして入ってきて、どんどんご馳走を出してくれる。その間に私はライラ様の膝からおりて自分の席に戻った。


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