第37話 マドルの悩み2

 マドル先輩はどんなにいい服をつくっても、ライラ様の魅力を一番引き出せる服じゃない。これじゃ既製品とかわらない。そう悩んでいた。だからこそ、私が気づいたのは重要なことだろう。

 そう思って私は厳かに、悩めるマドル先輩に伝えることにした。


「今ある既製品ではなく、ライラ様に似合う、マドル先輩だからつくれる、よりライラ様に似合う服をつくりたい。それがマドル先輩の目的ですよね?」

「はい、そうです」

「マドル先輩のつくった服はどれも素晴らしいです。いますぐお手本にしたいくらいです。でも、全部教本にあるデザインの応用ですよね。ライラ様個人に似合うものを作るなら、すべてオリジナルの、ライラ様だけのデザインでなければならないのではないのでしょうか」


 マドル先輩はとても器用で、真面目だ。


「! なるほど、ふむ。組み合わせを変えるだけでは、既存を越えられないと言うことですね。確かに、一から作り出すと言う目線が私にはありませんでした。……ですが、それはどうすればいいのでしょう? ここにないもの、と言ってもそうそう思いつくものはないのではないでしょうか」

「いえいえ、そんなことないですよ。まずは教本は忘れて、テーマから決めて、どんなライラ様にしたいかからしぼっていきましょう」


 マドル先輩のやりたいことはきっとふんわりしたイメージはあるんだろう。だけどマドル先輩は真面目過ぎて、お手本の優等生デザインからはみ出ていないのだ。現実ではそれでいいんだろう。だってライラ様ほどの美貌は他にいないんだし、下手に時代の違うものを着ても奇抜で変になってしまう。

 でもライラ様は何を着ても似合うのだ。だからこそ、ライラ様じゃないと似合わないくらいとがってもいい、くらいの考えで作るのがいいのではないでしょうか!


 と言うわけでマドル先輩と一からデザインを考えることにした。

 マドル先輩のイメージはふわっと、ライラ様がもっと美しいデザイン。と思っているだけだった。なので、コンセプトから決めてもらうことにした。

 たくさん作ればいいので、まずはしぼる。最高のものができれば、その次、その次と最高を更新していけばいい。


「ライラ様の魅力を引き立てるために、まずはライラ様の魅力をまとめましょう」

「そう、ですね。言われてみれば、言葉でライラ様の魅力を定義するのは難しいですね」

「ライラ様と言えばー、吸血鬼! 夜が似合う、ちょっと怖くて綺麗な感じがいいですよね」

「ふむ……そうですね。何と言ってもあのお力。この世すべてを統べる王となられてもおかしくありません」


 お、おお? そうなんだ? ライラ様すごいけど、そのレベルなのかはちょっとわかんない。それに今も十分すごいのに、この世を統べる王ってどういうことだろう。世界征服してもおかしくない力を持ってるってこと? 想像できないな。まあ、いいか。要はそのくらいすごいって思ってるってことだよね。


「基本はドレスがいいですよね。ラフな格好もカッコいい恰好もいいですけど、最初ですし単純に美しさを際立たせるのがいいと思います」

「吸血鬼のドレス、と言う方向から考えると言うことですね。ふむ……」

「最初に会った時の玉座に似合うような、吸血鬼の王、と言うのはどうですか」

「いい……ですね」


 おっ、マドル先輩の琴線にふれたようだ。手ごたえを感じた私は、マドル先輩とその方向で決めることにした。

 吸血鬼と言えばなんとなくだけどマント、とか好きに提案していった結果、マドル先輩とこれはいいのでは! と意気投合したデザイン画が完成した。


 あと今更だけどマドル先輩、絵もうまいな。デザインがちゃんとそれっぽい。見本のタッチそのままだ。マドル先輩はそのまま学ぶ力がすごいんだなぁ。独学でこれなんだから、ちょっと応用することを覚えたら完璧超人を超えちゃうよ。なんだろう。天才神様?


「ふむ……ここまでくると、靴やアクセサリーも作りたいですね」

「マドル先輩、とりあえずは服装でどこまでできるかを極めるべきではないですか?」


 マドル先輩は真顔でとんでもないことを言い出した。いやいつも真顔なんだけども。マドル先輩も長生きなんだしいずれはいいかもだけど、まだ一着もライラ様に渡せてないのに、最初からどんどんハードルあげすぎでしょ。

 私の言葉にマドル先輩はふむ、と頷いてデザイン画をよけ、白紙を取り出す。


「一理ありますね。ではひとまずデザインはこれで……エスト様も、これに合わせたものが必要になりますね」

「え? いやいや、私は吸血鬼じゃありませんので」


 とっても素敵だし絶対ライラ様に似合うし、この世界的にちょっと時代を先取りしているけどそんな浮くようなものではない。ないけど、いやちょっと私が着るには中二病っぽいかなー?


「もちろんそうです、このドレスを着たライラ様の横にいるにふさわしい奴隷としてデザインいたします」

「えーっと、ちょっとすぐには想像できないですね」

「そうですね。ここからはエスト様には、内緒、にさせていただきます。サプライズです」

「え、あ、はい」


 前も思ったけど、マドル先輩ってサプライズの意味を勘違いしているのでは? とは思うものの、片目を閉じて口元に人差し指をたててどこか嬉しそうな声音で内緒、と言ったマドル先輩が可愛すぎたので何も言えなかった。

 でもさっきはあんなに悩んでたのに大丈夫なのかな? もちろん私はライラ様みたいな美人ではないから適当なやつでも問題ないだろうけど、新しいデザインに合わせて、となるとまた違うのでは?


「一人で大丈夫ですか?」

「はい。さっきのアドバイスでつかめました。それに元々、エスト様のデザインイメージはできていましたから」

「そう、なんですね。じゃあ、はい。マドル先輩にお任せします」

「はい。エスト様、お気遣いありがとうございました。おかげで悩みがはれました」

「! いえいえ、どういたしまして! えへへ。マドル先輩のお役に立てて嬉しいです!」


 と言うことで、私のお悩み相談室は早々に終了した。なんだか思ったよりあっさりだったのでちょっと残念だけど、マドル先輩の悩みが解決して、ちょっとでも役にたてたなら何よりだよね!


 マドル先輩からはさっそく服作りを始めるということで部屋を追い出されてしまった。


 一人で出歩くのも久しぶりだ。なんとなくとっとこ駆け足で移動してみる。誰かと一緒はもちろん楽しいけど、気ままに好きなペースで動くのもこれはこれで。


「わー、ふふふ」


 室内で走るのは危ない、と言われてしまったので普段はしないけど、これはこれで楽しい。


「わふっ」

「おい。以前に言ったはずだぞ。危ないから走るなと」


 角を曲がるところでつまみあげられてしまった。反対から来たライラ様に見つかってしまったらしい。もちろん以前言われたことは覚えている。だから今を好機と思ったのだけど見つかってしまうとは。

 足先がプラプラして落ち着かないながら、笑ってごまかしにかかることにする。


「え、えへへへ。すみませーん」

「マドルはどうした? お前に一人はついていただろう」

「今日は忙しいみたいで」

「ふーん? そう言えば見てないな。何をしてるのか知っているのか?」


 むむ。マドル先輩はサプライズ好きだもんね。ライラ様には服のプレゼントのことは内緒にしないと。

 私はライラ様に床に降ろされた自然な流れで顔をそむけ、ゆっくり歩きながら答える。


「聞いてないですねぇ。でもマドル先輩はいつもおひとりでこの大きなお屋敷を管理されているんですし? お忙しいんでしょうねぇ」

「何か隠してるな?」

「ほぎゃ!?」


 秒でばれてしまい、回り込まれたライラ様に頬をひっぱられてしまった。びっくりして目を丸くする私に、ライラ様はにやーっと笑ってから手を離した。そして私を抱きあげて腕にのせ、抱っこして私の顔を覗き込んできた。


「またお前がなにかおかしなことを言いだして、マドルに何か頼んでいるのか? 怒らないから言ってみろ」


 何故か私の信頼度がとっても低いことが判明してしまった。まるでいつも私がマドル先輩に無理難題を言っているような……ん? 今日の服のデザイン画、マドル先輩も知らない方法でつくる斬新なデザインの服ができてしまったわけだけど、もしかして私のせいで手間がかかっているのでは? ……いやいや、私は悪くない。マドル先輩の望みでもあるんだから。


「な、なんにもしてないでーす」


 でもライラ様からの追及の目からはとりあえず逃げておく。ぎゅっとライラ様に抱き着いて、顔を見れないようにする。


「ほう? ならば言いたくなるようにしてやろう」

「んはっ、あははは、や、やめてくださいよぉ」


 ライラ様はそんな私の口を割ろうと、私を抱っこしてるのと反対の手で私の背中から脇腹をくすぐるように指先でなでてきた。先日、服が薄手になったことでライラ様が普通に抱っこする時にふいに触れてくすぐったくて笑ってしまったことがあったのだけど、その時の弱点を的確につかれてしまっている。

 繊細さと無縁だったので、そーっと触られるとくすぐったくてたまらないのだ。お腹がひくひくするのを感じながら、ぎゅっとライラ様の肩口に顔を埋めて耐える。


「あはは! ははははっ! あひゃっ! ひゃはははっははははは!」

「ふむ、口を割らんか……」


 涙がでちゃうほど笑わされてしまったけど、もはや言いたくないとかじゃなくて普通に笑いすぎて喋れないレベルだから言えなかった私の様子に、どうやらライラ様が私がとんでもない覚悟で口を閉ざしていると思ったのか、あきらめてくれた。

 ライラ様の手が脇腹から離れても、まだひくひくしている。お腹がいたいし、呼吸もしんどい。ひぃー、笑いすぎて疲れた。


「はぁ、はぁ……そ、それよりライラ様は何かご予定が? 私にお供させてください!」


 これ以上くすぐられたら、さすがに体力が持たない。私はぐったりする体を預けながらも、なんとかそうライラ様の気をそらすために話題を変える。


「ん? まったく、仕方ない奴だな。いいぞ。お前の散歩をしてやる」

「わーい」


 と言うことで、お散歩にいくことになった。なんだかライラ様のお散歩についていく形だったのが、いつのまにやら私が散歩させられている気がしないでもないけど、でも森の中の散歩って最近はもうずっと抱っこされてるから、もはや散歩? って感じなんだけど。まあ、楽しいからいっか!


 こうして私はサプライズ計画を守りつつ、ライラ様との午後を楽しんだ。

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