第36話 マドルの悩み
少しずつ、温かくなってきたを超えて暑くなってきた。まぶしいほどの日差しに、木々が生き生き緑の服をきていて、いかにも初夏と言う気持ちのいい天気だ。
「……」
のだけど、最近ちょっぴり気になることがある。マドル先輩だ。
マドル先輩はいつも完璧メイドさんで、無表情で欠点なんてないですよ。と言うオーラなのだけど、もしかして、なのだけど、なんかちょっと、悩んでる? と言う感じなのだ。
具体的にどこがと言われると困るのだけど、例えば今みたいに食事をしてるとき。マドル先輩はいつもは私が飲み物を飲んだらすかさず入れてくれたりと言った完璧な給仕の為にも目を光らせていたのに、今はどこかぼんやりしている。
「マドル先輩」
「はい、どうされましたか、おかわりですか?」
「いえ。お腹いっぱいです。マドル先輩、もしかしてなにか悩んでおられるんじゃないですか? 私でよければ相談に乗りますよ」
「……よくお分かりになりましたね」
マドル先輩は無表情なままだったけどちょっと間をあけて答えたのでちょっと驚いたみたいだった。
マドル先輩は確かに感情豊かではない。声音も基本は変わらない。でも一緒に暮らして毎日顔を合わせてるんだ。ちょっとしたことで少しずつ、なんとなく、マドル先輩の感情を察することはできる。まあもちろん、勝手に感じてるだけで間違えている可能性だってあるけどね。
「見ていたらなんとなくですね。私にできることがあるなら、お手伝いさせてください」
「ふむ。エスト様、さては私のことが大好きですね?」
「はい。大好きです!」
「……はい。では、少しだけ、相談させてもらいます」
元気に返事をすると、マドル先輩は私をじっと見てからそう言った。やっぱりそうなんだ。マドル先輩に悩んでるなんて。私にできること、何があるかわからない。でも相談するだけでも心軽くなるっていうし、もしかしたら私の前世チートが火を噴くかもしれないもんね。頑張るぞ。
と気合を入れて、私はマドル先輩の悩み相談にのることになった。
マドル先輩は食事の片づけを別のマドル先輩に任せ、私を連れて食堂を出た。こちらへ、と言葉少なに私を先導し、私は来たことのない部屋に来た。他の部屋に比べても立派な扉の部屋だ。
「この部屋に、何かあるんですか?」
「部屋に、と言いますか、ここは私の部屋です」
「あ、そうなんですね」
そう言えばマドル先輩の部屋がどこか知らなかった。冷静に考えてあるに決まっているのだけど、マドル先輩は交代で休憩とかしていて常に部屋を使っているんだろうし、あえてお邪魔する発想がなかったし気にしたことはなかった。
マドル先輩は鍵を開けてから中に入った。他にも倉庫とか施錠されている部屋はいくつもあるけど、マドル先輩の部屋は鍵をかけているんだな、と何気なく思った。私の部屋もだけど、ライラ様の部屋も鍵はかけてないからなんとなくだけど。
「お、おお?」
マドル先輩の部屋は、ものでいっぱいだった。その物量に一瞬気圧されてしまう。部屋中にロープが張り巡らされ、そこにたくさんの衣類がかけてあった。個人の部屋ではなくウォークインクローゼットと言われたほうが納得の衣類の量だ。吊るされた衣類の下にベッドやテーブル、あちこちにある本、絨毯がひかれその上にはこれまた衣類などが転がっている。
「ま、マドル先輩って実はめちゃくちゃおしゃれさんなんですね。メイド服以外を着ているの見てなかったので、驚きましたけど。着ているところ見てみたいです」
「私がおしゃれさんなのは事実ですが、これは私の服ではありません。ライラ様とエスト様のものです」
「え!?」
マドル先輩は私をつらされている服に当たらないよう、絨毯の上のスペースに座らせてくれてから説明してくれた。そこには別のマドル先輩がいて、編み物をしていた。
マドル先輩曰く、使用人は言われたことを完璧にこなすだけでは二流、言われなくてもご主人様の望みの先を用意してこそ一流。しかし今まではライラ様が衣類に興味を持たれたことはないので、そこに口出ししてはただのお節介になってしまう。
が、ここで私がライラ様のファッションショーの開催をしたことで話が変わった。
興味がないようだったライラ様も、提案してみればのってくれるし楽しんでくれる。ならば、ライラ様にもっと着飾ってほしい。だけど既製品は少しサイズが合っていなかったり、ライラ様の美しさを生かし切れていない。ならば、作るしかない!
と言うことで頑張りだしたマドル先輩。まずは簡単そうな編み物から手をだし、現在は型紙からつくっていろんな服を作っているそうだ。
「はぇー、マドル先輩、すご」
言われて部屋を見渡せば、壁際にミシンっぽいものもあるし、散らばっている紙は型紙のようだ。デザイン画もある。
最初は視界の半分以上を覆う衣類にわからなかったけど、座って隙間から見ると、この部屋は大きい。奥にはベッドが何個かくっつけて並べて置いてあって、共同部屋っぽい。まあマドル先輩共有の部屋なんだろうけど。
「この部屋、広いですね」
「ああ、はい。元々はこの館の一番偉い人間がつかっていた部屋です。広い割に倉庫としては使いにくいのでそのまま私の個室にしました」
「えっ、そうなんですね。ライラ様の部屋がそうかと思ってました」
「あそこはもともとは見張り部屋ですね」
あ、あの窓はそう言うことだったんだ。と言うのは置いといて。さすが、二人とも人間の序列にしばられないなぁ。身体能力からして二人とも普段から人外感強いけど、こういう些細な感覚の違いを知るとなんだかちょっと、やっぱり違うんだなぁって思うよね。
「それで、エスト様の服はたくさんいいものができたのですが」
「あ、私のも作ってくれてるんですね。ありがとうございます」
「はい。エスト様はすぐにでも着ていただけます。ですが、ライラ様のものが一着もない状態ではお披露目できるはずもなく、今日まで伏してきました」
「ん? はい」
ライラ様のものがない? 普通にそこらにかかっている服は大きくて大人サイズだ。ライラ様ぴったりのサイズかはともかく、私のではなく、マドル先輩のではないとさっき言ったので、ライラ様のしかないと思うのだけど?
首をかしげながらも先を促す私に、マドル先輩は憂鬱そうにうつむき気味に目を伏せた。
「これらは失敗作です。……私では、ライラ様の魅力を最も引き出す服を作り出すことができませんでした。このようなこと、口に出すのも屈辱なのですが、ライラ様は……美しすぎるのです。何であっても似合ってしまう。私がどのようにライラ様に最適なデザインを考えても、いざできあがればわからなくなってしまうのです。本当にこれが、よりよいライラ様なのか」
「わかります!」
めちゃくちゃ同意!!! ライラ様は美しすぎる! だからこそ、どれが一番似合うかなんて決められない!
さっきちょっぴり人外故の思考の距離感あるよね、と思ったからこそ、余計に同意しかない感覚に全力で頷いてしまう。例え種族が違っても、ライラ様の美しさへの評価は同じなのだ。ライラ様は普遍的に美しいのだ。やっぱりライラ様が世界一!!!
私はマドル先輩の手を取って、全力で宣言する。
「わかりました! マドル先輩! 私でよければ力になります! 一緒に最高のライラ様を見つけましょう!」
「エスト様……はい。あなたの常識外れのセンスに期待しています」
「頑張ります!」
マドル先輩が期待してくれている、この世界の常識を打ち破る私のハイセンスに。そう、前世チートの出番だ!
と意気込んだけど、まずは現状把握だ。マドル先輩がつくっていたものを見せてもらい、それぞれどういう意図でつくったのかを教えてもらう。それぞれマドル先輩なりに意気込みや思い入れがあったようで、マドル先輩たちは集まって順に教えてくれた。
最初は編み物で簡単なおしゃれアイテムとして、マフラーやセーターと言う分かりやすいアイテムを作ったと言う。それらはシンプルながら網目もそろっていて普通に商品と言われて納得の出来だ。最初から高品質なのさすがすぎる。
でも考えたらこの世界、編み物は全部お手製だから普通は普通なのか。ミシンあったのむしろびっくりだし。
「こういうシンプルなのもいいですよね」
「そうですね。もちろんライラ様に似合いますが、既製品とほぼ変わりませんから。そこで様々なデザインに挑戦したのがこちらです」
「はぇー」
教本の端から端までつくりました、とでも言う量。シンプルなワンポイントやストライプから、ドット柄やなんていうのか忘れたけどいろんな柄のものや、編み方で凸凹してリボンっぽくなってるのとか、とにかくいろんな種類がずらりと並べられて、私は間抜けな声がでてしまう。
「こ、この量をつくったんですか」
「私に睡眠は必要ありませんし、最近は十分余暇もいただいておりますので」
十人いて睡眠時間なしなら、実質二十人の超やる気の職人がいるわけだし、おかしくはないのか。いや、それでもすごくない? だってまだ服の説明までいってないよ? 編み物は初期段階だよね?
「ですが、この時点で気が付きました。ライラ様に防寒具は必要ないので、よりデザイン性の高い通常の衣服の方がいいということに」
「あ、そうですね。このニットワンピとかもいいと思いますけど、編み物限定だとある程度デザインは決まってきますしね」
「はい。なのでここから服作りになります。とはいえ私も初心者ですので、まずはシャツから作り出しました」
そう言ってマドル先輩は更にあれこれと見せてくれた。そしてどんどん進化していき、マドル先輩は現在ドレス作りをしているそうだ。しかしこのレベルまでいって、もはや立派な服職人となっていてもまだ満足できてないって。確かにライラ様は美しいけども!
私で相談にのれるレベルだったかな、と少し不安になりかけたけど、いや、弱気になるな私。マドル先輩が求めているのはデザイン性とライラ様にふさわしいと自分が納得できる理屈だ。技術ではない。
「確かにマドル先輩のつくる服はどれも素晴らしいです。でも、ひとつだけ気づいたことがあります」
だから私は堂々とマドル先輩にそう言った。
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