第35話 ピクニック2

「ただいま戻りました」

「大漁ですよ」

「あ、おか、ひえっ」


 草相撲をして遊ぶことしばし。二人の食材調達にでかけたマドル先輩が帰ってきた。声がかかったので振り向いて立ち上がって迎えようとして、その手に握られているうさぎの存在に驚いて思わず声がでてしまった。


「どうですか、エスト様。春先にしては十分肥えていてよさそうでしょう」

「竈でじっくり焼いて、出来立てをパンにチーズと一緒にはさみます。新鮮な葉物もとってきましたよ」

「うっ、うさぎ。現地調達ってそういうことですか……」


 何かの罠で捕まえたのか、うさぎは足を縛られてつるされているけど生きていて、お目目をぱちくりさせて前足をピコピコしながら必死になにかを訴えている。

 か、かわいい、と言うか、めちゃくちゃ可哀そう……。いや、もちろんわかってるよ? 普段から食べているお肉とこのうさぎは何もかわらないって。なんなら普通にうさぎ肉も食卓に上がるもんね。

 でも、生きてるところ見せられるのは反則でしょ。可哀そうって思っちゃうでしょ。


「わっ」


 怖いもの見たさでついうさぎを目で追ってしまうと、目が合ってしまった。両手で目を隠して見えないようにする。


「どうかされましたか?」

「可哀そうでつい」


 冷静にマドル先輩が聞いてくるので答えながら、顔をそらしてうさぎが目に入らないようにしながら手をおろす。このままだと、やめたげてって言いたくなってしまう。


「可哀そう、ですか? うさぎ肉は普段も食べておられると思いますが」

「そうなんですけど、つい。もちろんわかってます。可哀そうですけど、無駄に殺すんじゃなくて食べるためですもん」


 私は今までちょっと甘やかされすぎていた。以前はお肉なんてほぼなくて、あってももうお肉になったのがよそからちょっと回ってくるだけだった。

 今みたいに子供で集まってうさぎを捕まえたこともあった。その時はうさぎの目は視界にはいらなくて食べる気まんまんだったし、連れて帰ったら大人が処理してくれたから何にも考えてなかった。

 心の余裕がこういう余分なことを考えさせるんだろう。でも結局食べていることにはかわらない。なのに可哀そうなんて言うのはおかしな話だ。


 私は気合を入れて自分で自分の頬を軽くたたいてからうさぎを持つマドル先輩に顔を向け、手を挙げて宣言する。


「よし! 私、手伝います!」

「いえ、危ないので離れてください」

「あ、はい」


 即座に却下された。仕方ないのでちょっと離れたところからうさぎの最期を見守ることにする。


「お前は本当に、変な奴だな」

「ライラ様?」


 しゃがんで見守りの姿勢に入った私に、ライラ様は横にしゃがんで私の頭に手をのせながらそう言った。その声音はいつもの笑ってるとか、馬鹿だなぁって感じのではなかった。顔をあげると本気で困惑してるみたいな、何とも言えない感じのライラ様の表情が飛び込んでくる。


「私、変なこと言いました?」

「びびって目を隠していたくせに、急にやる気になってまじまじと見ている奴が変じゃないとでも言うつもりか?」

「それはそうですけど。でも考え直しただけです。確かに死んじゃうのは可哀そうですけど、でも私が食べるからこそ、ちゃんとそのことは受け入れないと駄目ですから」


 反射的に可哀そうなんて思ってしまったけど、よく考えると、うさぎからしたら傲慢だし、逆に怒られそうだ。むしろ、がはは、くってやるぜ。くらいの方がいいよね。


「いちいちそんなことを考えてるのか?」

「うーん、前はそうでもなかったです。今はここでの生活が幸せすぎて、可哀そうって思う余裕があると言いますか。生きるか死ぬかなら、殺すのが可哀そうなんて思う余裕はないですし」

「余裕か……そうか、そうだな。それはわからんでもない」


 そう素直に答えると、ライラ様は少し考えるように視線を動かしてから頷いた。その姿はどこか、とても深いことを考えているように見えた。

 私もなんかちょっと真面目な話をしてしまった気がする。でも私は基本的に反射で生きてるので、反射的に可哀そうって思ったけどでも食べたいので、可哀そうって思ってたら美味しく食べれないよねってだけの話なのだけど。


 考え事の邪魔をしないよう、私はそのまま黙ってマドル先輩のお仕事を見ていた。

 うさぎは静かに最期を迎え、血をぬかれ、皮をはがされ、綺麗なお肉になっていく。残酷で可哀そうだけど、美味しそうなお肉になる。命を食べてるってことを改めて実感した。

 いつもこういうことを考えていると疲れるけど、たまにはこうして考えるのも大事かもね。食育だ。なんか違う気もするけど、小学校で豚を育てて食べるって話を聞いたことがある気もするし。これからも食べ物に感謝して食べないとね。


 そしてマドル先輩が調理してくれたうさぎをつかったお昼はとっても美味しかった。骨を煮込んだスープも美味しくて、キャンプっていいなぁ、とピクニックだったのだけど思った。

 そうして少し遅めの昼食を楽しんだので、午後からは三人のマドル先輩も含めて遊ぶことにした。

 草笛とか花冠とか、思いつく限りいろんな草遊びをした。だけど他に身一つでピクニックらしい遊びが思いつかなかったので、おやつの時間に帰ってから別の遊びをすることにした。


「ボールと言っても、これでいいのか?」

「はい! 多分大丈夫です!」


 ライラ様が持っているボールは野球ボールよりちょっと大きいくらいだ。布でできていて表面は柔らかいけど、中はみっちりと布が詰まっているらしくてそこそこ重い。

 野球ボールと比べて、と考えると、よく考えたらそんな詳しく思い出せない。体育の授業でちょっと触ったくらいだし。グローブもないし、ちょっと大きいくらいがちょうどいいでしょ。


 と言うことで、キャッチボールだ。広い草原のピクニックでの球技と言えばキャッチボール。


「軽くお願いします、かるーく! 山なりで!」


 第一投を投げてもらう前に軽くを強調しておく。ライラ様が力加減を間違うとめちゃくちゃ痛そうなので。


「わかってる。ほれ」


 そんな私にライラ様は少しばかりムッとしながら、そっと下から手首をひねるようにして投げた。五メートルくらい開けていた距離なのだけど、余裕をもって私の頭上を通り抜けそうになるくらいだった。

 だけどちゃんと山なりのフライ球だったので、追いかけて何とか両手でキャッチした。


「ほう、ちゃんととれたな。よくやった」

「はい! えへへ。じゃあ行きますよー。えいっ」


 にやりと笑いながら褒められたので、喜びつつも頑張って投げ返す。思ったよりへろへろ球になってしまい、普通に地面に落ちた。ちょっと大きくて、ちょっと重くて、ちょっと私の手が小さいからきっとできなかったんだろう。

 ライラ様は肩をすくめてから歩いてボールを拾ってくれた。そして元の場所まで戻りつつ、ボールを軽く手元で転がしながら笑った。


「これが届かないか。どんくさいな」

「ちょっと失敗しましたけど、次こそできます!」

「まあいいが。いくぞ」

「はい!」


 と言うわけでキャッチボールして遊んだ。と言いたいのだけど、全然五メートルどころか三メートルまで距離をつめても届かなくて、私は結局ライラ様に投げてもらったボールをキャッチしては一メートルくらいの距離まで言って軽く投げて返す形になってしまった。


「はあ、はあ」

「はは、さすがに疲れたか。休憩するか?」

「はい。はあ、えへへ。でも楽しいです。ライラ様はどうですか?」

「そうだな、悪くない」


 肩で息をする私に、ライラ様は笑ってそう言ってくれて、私たちは玄関先の段差のところに腰かけて座った。


 これはこれで楽しいし、ライラ様が投げるのがうまいのか、結構離れてから投げてもらってもちょっと頑張ればとれるいい感じの難易度で投げてくれるし、ライラ様もその都度褒めてくれて楽しんでくれている感はあったけど、ちゃんとライラ様なりに楽しんでくれているみたいだ。

 だからこれはこれで、私とライラ様の楽しい球技と言う意味では成功なのだけど、なんていうか、ちょっとこれ、犬とかのとってこいっぽくないかな?


「お疲れ様です。どうぞ」

「わ、ありがとうございます」


 マドル先輩は館にはいると片付けがあるからと解散してしまったのだけど、いつの間にか玄関ドアを開けて、すぐそこに飲み物を持って立っていた。カップを受け取って飲む。少し冷えたお茶が美味しい。


「キャッチボール、と言ってましたが、エスト様の説明と少し違うようでしたね」

「あ、はい。ボールが大きいからか、うまく投げられなくて」

「ボールの問題か?」

「そうなのですね。一度やってみてもいいですか? 主様」

「ん? ああ、別にいいが」


 ボールをマドル先輩に渡しながら答えると、ライラ様が小さく首を傾げたけど、それに構わずマドル先輩はボールを手にさっき私が立っていた場所に移動した。ライラ様は別のマドル先輩にもらったカップを飲み干して立ち上がった。

 ライラ様はほぼ休憩していないけど、私と違って疲れていないんだろう。


「行きますよ。はい」

「ああ、これくらいか」


 マドル先輩はボールを軽く上に投げて確認してから、軽い調子でまっすぐにライラ様に投げた。線のように伸びた球は一瞬でライラ様の手の中に納まった。そしてさっきまで山なりのボールを投げていたのに、ライラ様も同じように速い球を返した。

 いや、はや。ていうか。このスピードで素手でやり取りするの、そりゃあ二人なら大丈夫だろうけど、見ていると違和感しかないね。


「なるほど。本来はこういう遊びなのですね。これはどうなれば勝ちなのですか?」

「えーっと、ずっと続けるのが難しかったりするので、何回続いたねーって褒めあう競技です」


 そういうわけでもないと思うし、多分あえて勝敗つけるならキャッチミスしたほうが負けなんだろうけど、でも基本こんなの勝敗ないよね。体育の授業だとまず10回はできるように練習して、みたいな感じだったし。なので平和的に遊んでもらおうと、私はそう説明した。


「そうなのですか」


 どこか残念そうに相槌をうちながらマドル先輩はライラ様にボールを返した。マドル先輩、勝負事好きだよね。全然それはそれでいいけど、キャッチボールは雪合戦と違って危ないからね。


「そうだな、お前は飛べないしあまり高く投げるのはなしとして、キャッチできなかった方が負け、というのでどうだ?」

「おや、ライラ様、私と遊んでくださるのですか?」

「エストと遊ぶのはいいが、思っていたキャッチボールとは違ったからな。マドル、お前を楽しませてやるのも一興だ」

「かしこまりました。ではライラ様が走り回って遊べるよう、全力でお相手させていただきます。真ん中に線をひいて、ここは超えていることにしましょう。そうしないと逆側に投げても勝ちになってしまいます」

「私はそんなことはしないが、いいのかマドル。お前の勝ち筋がなくなってしまうぞ?」


 おやおや? 何やら雲行きが怪しい……。ライラ様も私に対しては負かそうとしない、というかまあ、私の場合は勝ち負け以前に一人でも負けるくらいの身体能力の差があるから当たり前かもだけど。でも私には優しいライラ様なのだけど、マドル先輩とは普通に勝負を楽しんでるみたいなんだよね。

 でも実際にそういう遊びだからと思ってたけど、そうじゃなくても積極的に勝負にするほどにはライラ様も血の気が多かったのか。吸血鬼だからそれは多いか。


 それから私は二人の勝負を見守った。最初は普通にものすごいスピードかつ、高くしないって言ったのに3メートルくらいの高さは普通にジャンプしてキャッチボールしていた。

 だけど、ライラ様がひっかけで全然力をいれずにぎりっぎりで投げたのに間に合わなくてライラ様が一勝したのをきっかけに、マドル先輩が参入していきいつの間にか三対一になった。高さの基準は明確にしてなかったせいか、マドル先輩がマドル先輩の足場になりジャンプ攻撃までするようになっていった。

 すごいけど、これは絶対キャッチボールではない。あとライラ様普通に飛ぶのちょっとずるくないかな?


 その後、マドル先輩が三人がかりで謎の投げ方をしたことで笑ったライラ様がボールを受け取りそこなって一対一になって本日の勝負は終わった。思い付きのキャッチボールだったけど、二人も楽しんでくれてよかった。

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