第34話 ピクニック

 ピクニックに行こう。と言ったのは私だった。だけど私の説明が悪かったのか、マドル先輩は現地で食材調達をして料理をしますとキャンプする気満々になってしまったけど、まあそれは些細なことだ。現地調達でもピクニックにはかわりないだろう。

 と言うことで、私たちは三人で館を出発した。


「あのー、ライラ様。私、歩けますけど」

「はん? お前の鈍足に付き合ってられるか」

「そりゃあ、二人に比べたら遅いですけどぉ……恥ずかしいんですもん」

「あん?」


 ライラ様に片腕で抱っこされながら、私たちは自然の中を進んでいる。お天気も良く、まさにピクニック日和だけど、マドル先輩の前で抱っこされてるのちょっと恥ずかしい。

 いや、普段から玄関でお出迎えの時とかされてるんだけど、でも普通に横にずっといる状態だと、なんだか私だけ楽してるみたいだし、マドル先輩の前で私だけいい扱いされてるのもなんだか申し訳ないと言うか。

 でも全然わかってくれないライラ様はまたわけのわからないこと言ってる、みたいな顔をしている。


「ま、マドル先輩も抱っこされたくないですか?」

「はい? いえ、私は結構ですが。あ、私に抱っこされたいと言うことでしたら、もちろん構いませんよ」

「やらん」


 こうなったらマドル先輩も交代で抱っこされたら恥ずかしくなくなるのでは? と思って話をふってみたけど全然そんなことはなかったみたいだ。不思議そうにされた上、どことなく楽し気に腕を広げられた。へいパス、の構えだ。

 それに対してライラ様が即答して、マドル先輩がいるのと逆側の腕に私を抱えなおした。


「主様、思うのですが、主様はきっとエスト様がどんなに大きくなられても抱っこができますよね」

「なんだ、急に。当然だろう。人間が大きくなるのには限界がある」

「なら、非力で今しか抱っこできない私に抱っこを譲るべきでは?」

「非力って、お前も別に大きくなろうが抱っこできるだろうが。世話のついでにしておけ」

「ふむ。そうですね。今日のところは諦めます」


 抱っこをやめてもらうどころか、何故かマドル先輩からも抱っこされる話になってしまった。いや、もちろん嫌じゃないんだけど。ちょっと恥ずかしい。べたべたに甘やかされるのも全然好きだけど、二人きりの時にお願いしたいと言うか。


 と思うものの、全然おろしてくれるつもりはないみたいなのでおとなしく運ばれることにする。

 本日はマドル先輩三人とライラ様と私、と言う五人組でのピクニックと言うまあまあの人数なのだけど、マドル先輩はいつも通りマドル先輩同士でお話したりしないし、私が黙ると静かになってしまう。


 でも今日は天気もいいし、風も気持ちいいし、ライラ様に抱っこされていて心地いいし、いいか。

 森の中のお散歩はどうしても薄暗いから、こうしてピクニックとして裏の森じゃなくて表側の、私が普段走ってる方の草原に向かっている。草原にはそこそこ目に着くくらいにはお花が咲いていて、とってもいい感じ。

 こんな絶好のロケーションに、誰もいない。すごく贅沢なピクニックだ。これが日本ならどこにレジャーシートをひこうか。と悩むところだ。


「あっちの街からも誰もこないんですね」

「そもそもそのピクニックとかいうのは、本来ならお前の頭の中でしか成立しない遊びだ。ただの人間が、ただ遊びで危険があるかもしれん街の外に出るわけがないだろう」

「え……いや、言っても普通に、田舎だと子供だけで村の外まで遊びに出てましたって」

「そうなのか? ここではあの街からこっち側に出てくる人間は商人しかいないんだが」


 まあ、大人の許可を得ていたかと言われたら得てないけど、裏の森にいるような生き物はいないしね。変わった生き物がいてもウサギとかなので、魔物だったとしても襲ってこなかったし。禁止されてたってことはないはず。

 やっぱり特別このあたりが危ないのかな? 私がいたの南の方だし、少しのことで生息帯が違うんだろうなぁ。


「ちょっとのことで、やっぱり地方性ってあるんですね」

「そういう問題なのか……? まあいい。で、目的地はどこにするんだ?」


 ライラ様が歩きながら聞いてきた。二人とも歩くペースがはやいので、少し丘になっているのをのぞいても、もうお家が見えないくらいには離れている。周りを見ても結構遠くまで草原が広がっていて、草花が風に揺れるのが見えてとっても景色がいい。


「うーん、そうですね。この辺りでいいと思います。ちょうどいい感じのお花も群生してますし」

「なんだ、いい加減だな。特に決まったものではないのか」


 ちょうど近くに小さな白い小花がたくさん咲いている辺りにきたのでそう言うと、ライラ様は呆れたようにしながらも足を止めてくれた。


「そんなのないですよー。気持ちよく過ごせたらピクニックは成功ですから」

「では、場を整えますので少々お待ちください」

「はーい、お願いします」


 マドル先輩はさっと、すっかり屋外での活動になれたようで見慣れた大きな絨毯を引いてくれた。そして荷物を置き、布が風でめくれないようにしっかり固定してから私たちを向いて、上に乗るよう促した。ライラ様は真ん中にどっかり座ってからようやく私をおろしてくれた。


「では、食事の用意をしますので、それまでお待ちください」

「わーい、ありがとうございます!」


 マドル先輩はやる気満々で、一人が地面をならして竈をつくり、二人が食材探しに出発していった。にしても、草原で現地調達ってなんだろう。山菜ってよく考えたら山とか森にあるのでは? 向こうに川があって魚を釣るとかかな?


 まあそれはともかく、マドル先輩がお料理に集中する間、私はライラ様にピクニックの楽しさをちゃんと伝えないと。


「ライラ様、風が気持ちいいですね」

「そうか、よかったな」


 草木の高さもそれほどなく、私でもひざ丈くらいだ。座っていればその上を通って風が心地よく吹いてくる。それにこうして視線の位置が低くなると、さりげない野花の素朴な可愛さが目について癒される。


「見てください、お花、可愛いですよね? ライラ様、名前わかりますか?」


 多分シロツメクサっぽいしそうだと思ってる。葉っぱもそれっぽいし。でもここでの名前はいまいちわからないのでそう聞いてみる。


「さぁ、知らんな。そんな花にまで名前があるか」

「えぇ、あることはあるんじゃないですか? よく言うじゃないですか、名前のない雑草なんかないって」

「知らんが、それは雑草と言うその他大勢を示す単語があるんだから、何かしらの呼び名はあって当然だろう」

「え、あれ……」


 なんかちょっと違ったかもしれない。名前のない、雑草、と言うニュアンスだった気がするのだけど。えーっと、言葉じゃないでしょ。大事なのは本質。その他大勢、なんて人はいなくて、一人ひとり名前があるよっていう。

 ……この世界だと普通に全部に名前ない可能性全然あるのか。時代感覚的にも普通にありえるよね。むしろなんにでも名前をつけて全人類で共有しようっていう方がおかしい。


「えーっと、なんかちょっと違ったかもですが、でも可愛いお花なのでありそうですよね」

「そうか。そう言うのが乗っている図鑑もあるだろう。帰ったら調べてみろ」

「そっか、そうですね。そうしてみます。ありがとうございます、ライラ様」


 帰って本をつかって調べる、と言う発想はなかった。もちろん後々本を読んだときに思いついてついでに調べる、と言うのはあるかもだけど、遊びに来た先での疑問を忘れず家に帰ってから調べるって、なんていうか、すごい真面目っていうか、ライラ様ってやっぱり素敵。


「うむ。にしても、お前は花が本当に好きなんだな。この間の花見はまだわかるが、こんなどこにでもあるような花でも喜ぶとは」

「まあ、好きは好きですね。気分が明るくなりますし」


 花を飾る生活、なんてのはしたことないないけど、やっぱり花はいいよね。雰囲気がよくなるよね。部屋の中にこもっているより、ずっと気分もいいし。

 深呼吸をする私に、ライラ様は面白そうに


「先日の木はともかく、今回は前の雪遊びみたいにはしゃぎまわるのかと思ったが」

「あ、そうですね。せっかくですし、ピクニックらしいことしましょうか!」


 ピクニックと言えば体を動かして遊ぶのも醍醐味の一つだ。キャッチボールとかフリスビーは道具がないとして、せっかくだしお花をつかって遊んでみようかな。


「なんだ、なにかするのか?」

「はい。ライラ様、好きなのを一つ選んでください」

「ん? どれでもいいんだな? じゃあこれだ」

「はい。じゃあそれを一つ抜いて、私はこれにします。じゃあライラ様、勝負です!」


 それぞれ選んだものを根元の方でちぎって十分な茎の長さを確保し、お互いの茎を交差させてから両端を手でつかむ。それから引っ張りあい、ちぎれた方が負け、と言うルールだ。シンプルだしどこでもすぐにできる遊びだ。いわゆる草相撲。どの辺が相撲かはわからないけど。地元でも実に重宝した。何もかも懐かしい……。


「と言うわけで、いきますよー。はいっ」

「ぬっ」


 ライラ様に説明して、よーいどんで勝負を開始したところ、ぶち、と勢いよくライラ様の茎がちぎれた。こういうのは力が強くても勝つとは限らないのだ。


「わっ。えへへ、私の勝ちですね」

「待て。勝負内容を説明する前に選ばせただろう。事前に聞いていれば、私も強い茎を選ぶ」

「はーい。じゃあもっとしましょう!」

「いいだろう」


 と言うわけでライラ様といっぱい草相撲した。ライラ様はどんなことでも負けたら不満そうにして、勝ったら嬉しそうにする。とっても可愛いし、私もとっても楽しい。勝っても嬉しいし、負けても嬉しそうな可愛いライラ様が見れて嬉しい。まさにwin-winだなぁ。

 なんて思いながら楽しんだ。ちなみに残っていたマドル先輩も、竈の準備が終わるなり合流してくれたので、三人でもあそんだ。ライラ様はマドル先輩には特にムキになるみたいで、二人で戦う時は不思議パワー使ってるのが面白かった。のけぞるほど引っ張ってちぎれない草相撲とか見ているだけで面白すぎるんだよね。



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