第33話 お花見

「おぉ。一晩で一気に咲きましたね」


 窓から見える、館のすぐ前には木が植えられている。囲うようにたくさんあるわけではないけど、見栄えの為にか花の咲く木が数本植えられているのだ。もっとも、それが花の咲く種類だと私が知ったのは最近つぼみが付いてからだけど。

 その数日前から、私がどんな花が咲くのか楽しみにしていたのだ。


 温かくなってきてはいたけど、今日は朝から強い日差しがあったからか、お昼を食べてから見に来たところ満開になっていた。


「そのようですね。一応もともとこの館の所有物になる樹木ですので、私も適宜伸びすぎた枝を切ったりしています」

「あ、そうだったんですね。そんなこともできるなんて、さすがマドル先輩」


 まさかの庭師も兼用していたなんて。私が来た時には早々に葉っぱを落としていて、冬は寂しい裸の木だったからあまり考えてなかった。

 だけど今、生き生きと咲き誇っている木は十分に枝葉を伸ばせる程度には窓から距離があるけど、ぶつからないようにちゃんと調整されてたんだ。そう言われると、ますます立派な木に見えてくる。


「マドル先輩……、お花見、しませんか?」

「しましょうか」

「さすがマドル先輩! 話が早い!」


 と言うことで、さっそく私とマドル先輩はお花見の計画をたてた。


 私が来るまで大きなイベントごとがなかったらしいけど、二人とも潜在的には騒がしいのが嫌いではなかったみたいで、ノリノリでのってくれるので提案のし甲斐がある。

 お花見と言えば、お花を見ることももちろん大事だけど、それと一緒に美味しいものを食べるのも大事だ。美味しい飲み物も飲みつつ、のんびりとレジャーシートを引いたうえに座ったりなんなら寝転がって花を見るのだ。

 と言うのを説明した。お花見をしたことがないのでわからないと言うマドル先輩だったけど、お月見文化はあったので全く問題はなく伝わった。


 ライラ様にもお伺いをたて、さっそく翌日、私たちは少し遅めのお昼にお花見をすることになった。


「花見、なぁ……」


 ライラ様は反対はされなかったし、マドル先輩の段取りのまま起きてきてくれて、マドル先輩が敷いた大きな絨毯の上におとなしく座ってくれているけど、どこか困惑したような表情をしている。


「お花はあんまり好きじゃないですか?」

「別に嫌いではない。だが、月見は、月から力を得ることができるが、花はそうでもないからな」


 吸血鬼のお月見はただ景色を楽しむだけじゃなくて、そんなご利益のあるものだったのか。だとしたら実利のないお花見をぱっと理解できなくても仕方ないか。……いや、遊び自体は理解してくれるんだし、そんなことないか。お月見に似てるから、実利ある? ってなってるだけのはず。


「ライラ様、お花を見てると、綺麗だから心がほっこりして楽しいんです。人は忙しい日々で花をめでるゆとりを失ってしまいます。だからこそ、あえて花を眺めるイベントを用意して、楽しむ必要があるんです」

「…………そうか」


 なので頑張ってお花見の必要性をプレゼンしたのだけど、ライラ様は何か言いたげな顔をしながらしばし無言になって、意味ありげに間を開けてから優しく微笑んで頷いた。

 あからさまに何か、言葉を飲み込まれてしまった。私そんな変なこと言ったかな。


「雪のようにそれをつかって遊ぶ、と言うならわかるが、見て楽しむ、な。お前にそれほど典雅な感性があるとはな。……そうだな。こうして改めて花をみることなどなかったが、悪くはない」

「ですよね。素敵です」


 そしてどこか感心したようにそうライラ様はそう言って、けだるげにワインを飲み、何気ない仕草で花を見上げた。そんな室内だと何でもないようなことも、屋外で花の下でとなると何とも絵になって素敵。と思わず見とれてしまう。

 お花見をしにきたつもりが、お花見するライラ様見をしてしまう。なんかよくわかんない評価されたけど、ライラ様のさらっと難しい単語使うとこも、知的で素敵。お酒飲みながら賢そうなこと言えるのってすごいよね。


「ライラ様、エスト様、こちらをどうぞ」

「ありがとうございます」


 今日のお昼はお弁当。と言うことでマドル先輩と話し合ってサンドイッチを作ってもらった。屋外での食事、携帯食であり食べやすく作りやすくわかりやすくこれほど適任はない。

 マドル先輩は外での食事と言うなら、火を起こして鍋を用意して調理からでは、と言われてしまったけど、それはそれで楽しそうだけど、お花見じゃなくてそれはもうキャンプなので別の機会にお願いした。


 サンドイッチは普通にマドル先輩も知っているメニューだったのでそのままだとあんまり面白くなさそうだったので、ちょっとだけ手を加えてもらった。


「私もか? 菓子はともかく、食事は別にいらんぞ」

「まあそう言わずに。ただのサンドイッチじゃないですよ! ホットサンドです!」

「ホットサンド?」

「そうです。こんな感じで。いただきまーす」


 聞きなれない名前に首をかしげるライラ様に私はさっと取り出してかぶりついて見せる。

 んー! お肉とソース、そしてフレッシュ葉野菜もはいってて表面のパンはバターで焼かれてさくっと香ばしく、中の濃厚な味とお野菜のシャキシャキ感が美味しい! さすが一を聞いて十を知るマドル先輩! 私が提案した想像のホットサンドの倍美味しい!


 その美味しさをほっぺをおさえて表現しながらライラ様をみると、ふっと笑って少しだけ興味を持ったようにライラ様用に用意されているホットサンドを見ている。四方が蓋をするようにぎゅっと抑えられている形なのが特徴的だ。

 いろんなホットサンドがあるけど、昔の我が家ではこの端っこがつぶれてるのが主流だったし好きだった。カリッとしててこれがまた美味しいんだよね。


「はい。たくさんの具材を挟み、手で食べても出てこないようしっかりと圧縮して焼き直したものです。屋外で食べやすいかと。どうぞ一口。なんなら、お口に運ばせてもらいますが」

「いや、いい。自分で食べる」


 ライラ様は最初こそ食べるのを嫌がっていたけど、マドル先輩全員に食べさせられてからは自分のペースで食べるのを大事にされていて、めったなことではあーんをうけなくなってしまった。残念。


「そうですか……」


 どこか残念そうなマドル先輩。ライラ様は私には時々あーんしてくれるので、そう言うスキンシップが嫌いなわけじゃないみたいだけど、マドル先輩全員だとさすがに量が多いから気持ちはわかる。けど残念がるマドル先輩の気持ちもわかるので何とも言えない。

 マドル先輩が列をなさずに日替わり方式で交代すればワンちゃんあると思うので、なんとか二人で妥協点を見つけてもらいたい。私はあーんされるだけでも嬉しいのでライラ様に強制しようとは思わないので、そこは傍観者で。


「ふむ。……そうだな。変わっているが、悪くはない」

「ですよね! 美味しいです! さすがマドル先輩!」

「まあそうだな」


 最初はマドル先輩の料理の腕を疑っていたところのあるライラ様だけど、お菓子作りからはじまり、マドル先輩の料理を少しだけど食べるようになって今ではちゃんとマドル先輩の料理上手を認知している。

 そんなライラ様の返答にはマドル先輩もどこか満足げに、どや顔をしているようにすら見えなくもない気がする。いや、いつもの無表情なのだけど。意表を突いた時だけたまに表情がでるけど、ほんとにほとんど無表情なんだよね。

 いつかマドル先輩の満面の笑みがみたいものだ。なんてことを思いつつホットサンドをいただく。ライラ様は食事となるとさらに量はいらないみたいで、半分も食べないうちにもういい。と言って私に下げ渡してくれたのでいただく。

 

「ふー。お腹いっぱいです」


 具だくさんなので二つも食べるとお腹いっぱいになった。お花も見たし、お腹もいっぱい。ライラ様もなんだかんだお茶を飲みながら花を堪能してくれたみたいだし、お花見大成功だね、と思いながらお腹をさする私に、ライラ様はふむ、と私のお腹を見た。


「もうか。お前はすぐにいっぱいになるな」

「そうですね。少しずつ肉付きがよくなり、健康的になっているとは思いますが、年齢にしては小柄なのは否めませんね」

「うーん。でもそれはさすがにすぐは無理ですよ。でもきっと、そのうち大人になるころにはライラ様、は無理でもマドル先輩くらいには大きくなれると思います!」


 ライラ様はさすがに大きすぎるので無理だけど、マドル先輩クラスなら街の女性の中にぎりぎりいそうな大きさなので、目標にしがいがある。


「いや、無理だろ」

「そうですね。応援してます」

「はい、マドル先輩! 頑張ります!」

「おい無視するな。無理だ。諦めろ」


 あっさり否定するライラ様をスルーして優しく応援してくれるマドル先輩に向かって両手を握って頷くと、肩を掴んで揺らされてしまう。


「うわわわ、あ、あきらめたくないですもん! ライラ様ひどいです」

「ひどくはない。事実だ」


 まだ、まだ私には未来があるのに。いや、ほんとは私もね? 第一次成長期に栄養が少ないとその後いい生活しても伸びないのでは? ってちょっとは思ってるけどね? だって村で見かけた背が高かった人は村長の家の人か、自分で狩りをしてよくお肉を食べる狩人の人か、他所から回ってくる羽振りのよさそうな商人の人だったもん。そこのお家の子は同年代のはずなのに一回り違ったし、幼少期の体づくりって大事そうって思ってるよ。

 だからってそんなはっきり、まだ第二成長期があるはずの私を諦めさせなくても。ライラ様なりに、将来成長しなくてがっかりしないようにと言う優しさかもだけどさぁ。

 とライラ様に強い口調で断定され、思わずしょんぼりしてしまう私。


「そ、そう落ち込むな。そうだな。温かくなってきたし、そろそろ私が散歩に連れて行ってやろう。元気をだせ」

「散歩ですか? 行きます!」


 ランニングの許可がでたものの、それはあくまで体を動かして温かくなるからか。はたまたライラ様的にはまだ昼間に出るのが億劫だからか、途中ぐんと寒くなってからお散歩は自然消滅し、今年になってからもライラ様の見回りと言う名のお散歩はなかった。

 なので私はさっと手をあげて賛成の意をしめした。そんなちょろい私にライラ様はうむ、と満足げに頷いた。


「明日にでも連れて行ってやる」

「わーい。でもそう言えば、去年の冬からずっと見回りしていないですけど、危険な魔物たちがいっぱい増えてたりしないですかね? この辺りまで来たりとか」


 すっかり忘れていたけど、この館の裏手の森はそのもっと奥からどんどん危険な魔物がやってくるらしい。実際お散歩の度にたくさん出てきていた。でもお散歩をやめてもライラ様は基本私と一緒に午後を過ごしていたので、そんな暇はなかったはずだ。となると、実はものすごく危険なのでは?


「ん? お前を連れて行ってないだけで、夜に駆除しているから安心しろ」

「えっ、そうなんですか!? 夜になんて、見えるにしても眠ってるのを探さないといけなくて大変じゃないですか?」

「もともと夜にしてたことだ。静かな分、やりやすいしな」

「えっ!? そうだったんですか!?」


 と思ったけどさすがライラ様。全然そんなことはなかったし、それどころか昼間の見回りは本当に私の為のお散歩でありサービスだったらしい。

 夜でも平気とか、満月が力になるとか聞いてはいたけど、だからって夜に出歩くと言う発想がどうしても人間の私には出てこなくてびっくりしてしまう。そんな私の驚き様に、ライラ様はおかしそうに笑う。


「くく。当然だ。そうでなければ、今頃この館どころか、街まで魔物が押し寄せていたかもな。くくく」

「ライラ様、さすがです!」

「ふ、まあな。この地は私のものなのだから、当然だ」


 私だけじゃなく、この地! か、カッコいい。そう言えばいつも遊んでくれてるから忘れてしまいそうだったけど、ライラ様は領主様? なんだもんね! すごい!


 私は春の温かさを感じながら、改めてすごい吸血鬼のライラ様にお仕えしていることを実感するのだった。


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