第32話 一口だけ
「むむむ……」
とっても悩んでるライラ様、顔がいい……。と見とれながらお茶を飲む。にしても、顔だけ見てると凛々しくて格好良くて、まるで世界の謎にでも挑んでいるみたいだけど、美味しいものを今すぐ食べる代わりに量少なめか、いつも通りだけど今は我慢か。の二択で悩んでるんだよね。可愛い。
「……よし、決めたぞ」
じっと私と見つめあっていたライラ様はすっと口の端をあげて笑みを作り、そう宣言した。キメ顔カッコよすぎる。
と見惚れているとライラ様は私の腕の下に手を入れてぐいっと持ち上げ、自分の膝に横座りさせた。見上げると得意げなライラ様と目があう。
「今は一口だけにしておく。そして夜、改めて食らうとしよう」
「さすがライラ様! 天才です!」
「ふふ。そうだろう」
「まあ、それなら構いませんけど」
二択だった悩みを、まったく別の選択肢をつくって解決する。まさに天才の所業。素直に感心して褒めると、ライラ様はにんまり笑って、私の首元のボタンを一つ外した。そして襟を引っ張って首から鎖骨くらいまで出るくらいにされた。
温かくなってきたことで、昼間は食堂の暖炉をつけなくなっていたので、少しだけ首元がひんやりして今露出してるなって意識して少し恥ずかしい。
「えっと、じゃあ、どうぞ」
持ち上げられた瞬間にこぼれないよう両手で持っていたカップを机に置いて、私はライラ様が吸いやすいよう、頭をライラ様と反対側に傾ける。ライラ様の顔が近づいてくるけど、近づきすぎてもうその表情は見えない。
「ああ、いただこう」
すぐ近くでそう言われて、吐息があたってくすぐったいと同時に恥ずかしい。もう何度も血を吸われているけど、まだ全然照れる。視線を上にそらす。
柔らかい唇と同時に生暖かい湿った空気が肌に触れる。ライラ様の口内の空気をじかに感じて何とも言えない感覚に身もだえしそうになる私に構わず、がぶりと遠慮なく歯が突き立てられる。
ずぶりと遠慮なく入っているのを感じるのに、ツボ押しのような痛気持ちよさがある。でもそんな気持ちよさは一瞬だ。
私のすべてを吸い込むように、私の血が吸われていく。気が遠くなるような、ふわふわした気持ちのいい感覚。ライラ様に血をささげているという満足感と共に、このまますっと眠りに落ちるのが本当に気持ちよくて
「ん。こんなものか。起きてるな?」
「うぅーん。起きてますぅ」
ふわーっと体が浮き上がって、もっと高くまでいくところ、すっと吸血が中止されあっさりと口が離れてしまう。それが名残惜しくて、返事をしながらも私はライラ様の体にもたれた。
普段はライラ様の体温はひんやりと感じるのに、この時ばかりはライラ様の存在が熱く感じられる。それがまた新鮮で心地よい。それに普段何でもない時にはできないけど、血を吸われるときだけは、力が抜けているからと言い訳があるから自然に自分からくっつけるのも嬉しい。
「なんだ、飲みすぎていたか?」
「あ、すみません。大丈夫です。えへへ。ちょっとだけ、甘えたい気分で……す、すみません」
ライラ様がちょっと心配そうに私の顔を覗き込んできたので慌てて謝り、自分で言ってからご主人様であるライラ様に甘えてくっついたのが恥ずかしくて、図々しくて背筋を伸ばして離れた。
いつも血を吸われるときも、なんとなくそのままの流れでライラ様にくっついてたけど、そのまま気を失っていたからなんとなくセーフな感じだったけど、今は普通に起きてるのについ。
「ふ、何を謝っている。私が怒るとでも思っているのか?」
「お、怒られないかもですけど、呆れるかなとか?」
ライラ様は優しいし、私が図々しいことを言っても怒ったところを見たことがない。どころか楽しそうにしてくれる。でも、それでもやっぱり、一線を越えてしまわないよう、私なりに気を使っているのだ。
笑われるのはいいけど、呆れられすぎたら、ついに調子に乗りすぎだって怒らせてしまう可能性はなくはないからね。私なりに、この楽園から追放されないようにちゃんとライラ様の奴隷としてふさわしい、いい奴隷のつもりでいるのだ。
「ふ、ふふふ。ははは。お前は本当に、自覚がないな。お前の行動が、今までいかに、私を驚かせ、呆れさせ、笑わせてきたかわかっていないのか?」
「うー。そう言われたらそうですけど」
だけどライラ様ときたら、反省する私に笑いだしてしまう。さらにほっぺをぐにぐにしてくる。ライラ様はこうしてちょくちょく私のほっぺたを触るようになってきた。お肉がついてきたのかもしれない。ぐぬぬ。
「そもそもお前、普段から甘えていないつもりだったのか?」
「う”っ、そ、それは言わない約束です」
「そんな約束は知らん。ふふ、相変わらず、わけのわからんやつだ」
いや、いや、いやまあね!? ライラ様にもマドル先輩にも甘えまくってるけどね!? 頭撫でてもらってるだけじゃなく、自分から撫でてもらおうとしたり、言い訳のしようもない甘え方してるけど!
でもこう、直接的じゃなくて間接的と言うか、さりげなーい甘え方だったし。私的には。だからこう、セーフだったんです、私の中では。まさかライラ様が私が甘えまくりの甘えん坊だと思ってたなんて。
恥ずかしくってほっぺが真っ赤になっている自覚があるけど、ライラ様に掴まれてるから隠せない。ライラ様はにやにやしたまま私の顔を自分に向かせ、正面から見てくる。
うぅ。恥ずかしい。思ってたとしても、黙っててほしかった。
「こ、これでも、血を吸われる時以外でライラ様に抱き着いたりとか、そう言うのは自重してましたもん」
「そうだったのか。ふむ。……そうだな、今まで甘えてなかったと言うなら、ふっ。いいぞ。今日は特別だ。私がこの後、お前の血を吸うまでの間、お前が思うように甘えてもいいぞ」
「えっ、そ、そんな。……は、恥ずかしいです」
「ははは、恥ずかしいことをするつもりなのか? はははは」
「ら、ライラ様、意地悪ですよぉ」
笑うライラ様に拗ねたい気持ちになりながらも、私はそっとライラ様の手をとる。ライラ様から言われたわけでもないのに自分からその手に触れるのも普段ならしないことだ。
こうして正面からライラ様の手を取ると、綺麗でおっきな手だって実感する。爪もちょっと長いけど綺麗に整えられてる。
「ふふ、手だけでいいのか?」
ライラ様はそう笑って、私に自分から触れるのをやめて背もたれにもたれて私と体の距離を少し開けて、どこか私を待ち受けるかのように私を見ている。
こ、これは、血を吸われてる時と同じように抱き着いてもOKってことですよね? 血を吸われてる時ってふわふわして現実感がないから、あんまりライラ様に抱き着いてる実感がなかった。
だからこそ罪悪感なくできたんだけど、でもいま、実質素面で抱き着くなんて。そんな……! いいんですか!?
「じゃ、じゃあ失礼して」
でもここでもう一回確認してはいけない。ライラ様は何回も同じことを言わせられるの嫌いだからね。だから私はお言葉に甘えて、まずはそっと体を寄せる。
はあぁ、き、緊張する。さっきは勢いでくっついたけど、冷静になってくっつくと、普通に緊張するなぁ。
ちらっと、くっついたままライラ様を見上げる。元々お膝に座らせてもらってるので、ライラ様との密着度はとても高い。なんだかドキドキしてしまう。
「……」
「くくく、どうした、真っ赤になって。さっきは普通にしていたくせに。本当にお前は、おかしなやつだな」
「それはそうなんですけどぉ。改まると恥ずかしいですって。……だ、抱きついてもいいですか?」
それはそれとして、こんなチャンスがまたあるとも限らないのでお願いしてみる。
「ははは! 好きにしろ」
「は、はい。えへへ」
笑いながら快諾してもらえたので、私は横向きに座ってた状態から、ライラ様のお膝を跨ぐように座り直して、正面から腕をライラ様にまわして抱きついてみる。
いくらライラ様が大きくても、姿勢の問題で私はライラ様より少し低いくらいで、ライラ様の顎くらいに顔がある。なのでさすがに胸に抱き着く、なんてことはないのだけど、正面からコアラのように抱き着くと嫌でもライラ様のお胸があたってしまう。
私の胸は当然成長途中であり薄いので、ライラ様の感覚がとても伝わってくる。ライラ様細いのに何でこんなに大きいんだろう。純粋に柔らかくて、ぎゅっと抱き着くだけでふかふかのお布団に飛び込むより気持ちいいし、いい匂いがして心がとろけてしまいそうな心地よさだ。
目を閉じてライラ様に抱き着いていると、鋭敏になった感覚がどくん、どくん、とゆったりした私のじゃない鼓動を伝えてくる。落ち着くそのリズムにはぁ、と息をつきながら、私は思った疑問をそのまま口にする。
「……はぁ、ライラ様、心臓、あるんですね」
「お前は吸血鬼をなんだと思ってるんだ。あるに決まってるだろ」
私としては極めて自然な疑問だったのに、ライラ様には心底呆れたような声をだされてしまった。
「でも、マドル先輩は血がないんですし、心臓もないですよね?」
「それはそうだが、マドルは私がつくった魔法生命体だからな。私の魔力だけで生きている。だが吸血鬼は普通に親から生まれるし、血も通ってる。自然に発生して生きている生命体と言う意味では、人間と吸血鬼はそう違わん」
目を開けてちらっとだけ顎をあげてライラ様を見ながら質問すると、ライラ様は私の頭を撫でながらそう教えてくれた。
「そうなんですか?」
「獣だって心臓があれば血も通ってるだろうが。マドルだけが特殊事例だ。基準にするな」
なるほど? よくわからないけど、要はマドル先輩はライラ様がスーパーパワーで作った、世界で一人だけのオリジナル生物。だから他の生き物とは全然違って血もない。でも吸血鬼も人間も獣も、自然に発生して生きて繁殖してきた種族、みたいな生き物は、最低限は同じってことか。
言われてみれば動物も鳥も魚も、例え色が違っても血がない生き物ってほぼいないもんね。少なくとも脳みそがあって動いてたらあるよね。吸血鬼がそのくくりとは思ってなかったけど。
「そうなんですね。じゃあ、ライラ様にも親がいるんですね」
「ああ……そうだな。私にも昔は親がいた」
「え、あ」
突然の言葉に、うろたえてしまった。
あくまで血縁上の親がいるんだなーってだけだった。吸血鬼は闇のパワーで空中から自然発生するって言われても、全然それはそれでそうなんだってなる程度にしかこの世界の知識ないし、本当にただ思ってそう言ってしまっただけだ。
でも言ってから、踏み込んだこと言ってしまった、と体を固くしてしまった私に、ライラ様は少しだけ声のトーンを低くしながらも、怒るでもなく自然にそう言った。
これは、どういう意味だろう。昔は、とあえて言っているのだから、今はいないということだろう。普通に死んだとかって意味なのか。それとも、私が親に捨てられたようにライラ様も親と何かあって、心理的に親ではないって思っているってことなのか。
とても気になった。でもそこに踏み込んでいいのかどうか、私にはわからなかった。踏み込んで、ライラ様がどう反応するかもわからなかったし、それに、私がどうこたえればいいのかもわからなかった。
私は生まれ変わりと言うチートを持っているくせに、何一つわからなかった。
「……そう、なんですね。じゃあ、一緒、ですね」
だからただ無難にそう言って、ライラ様をぎゅっと抱きしめるしかできなかった。私は、勇気がない。臆病者だ。
ライラ様にこんなに甘やかされてるのに、ライラ様に血をあげることしかできない。そんな自分が嫌になる。
「……ああ、そうだな」
だけど、こんな私でも、ライラ様はそっと抱きしめ返してくれた。私は、いつか必ず、ライラ様を幸せにするんだって、心に決めた。
このあと、夜になってライラ様に血を吸ってもらうまで、私はライラ様に抱っこしてもらったまま甘えた。
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