第31話 ライラ様、悩む

 ずっと寒くてもいいかも。なんて私がとち狂ったことを考えていようと、世界はすこしずつ春めいて温かくなってきた。ライラ様のお部屋にお邪魔する言い訳がなくなってしまったということでもあるけど、さすがにずっとこもっていたので、そろそろ私も思いっきり体を動かしたい気分になっていた。


「では今日からランニングを許可します」

「ありがとうございます!」


 雪もとっくに溶け、空から降るのが雨だけになって、いいお天気が続いて風が冷たくなくなったので、ついにマドル先輩から外出許可が出た。

 と言うわけでしっかりと体をほぐし、私は走り出した。あいきゃんふらーい!


「っ、ぜっ、ぜぇっ」


 やばい。体力の低下がやばい。前にこの家に来たばかりの時も一か月近くこもって体力落ちてたと思った。でも、この季節いっぱいぐうたらしていた私の体力はその比じゃなく落ちていた。

 以前は真冬でも雪がつもらなかったし、寒いからこそ走り回って体を温めていた節があった。それを毎日食っちゃねしてごろごろしていたのだ。なんならお肉もしっかりついた気がする。体が重い。


「うっ、ごほっ。はぁ、はー、やば」


 普通にやばいって口から出る。だってこんなの、健康的とは言えないでしょ! ライラ様からは血の味のクレーム来てないけど、私、確実に不健康になってるのでは?


 今日から改めて、私の健康計画はじめるぞ! と気合をいれ、私は以前の半分くらいの距離で帰ってきた。いや、最初から飛ばしても仕方ないしね。無理は禁物だ。


「た、ただいま帰りましたー」

「おかえりなさいませ。ずいぶんお疲れですね」

「体力落ちちゃってました」

「お風呂にはいられますか?」

「……お願いします!」


 お風呂にはいるのもまた、体力使うからね。これもまた体力づくりの一環だと言っても過言ではないよね。マドル先輩と一緒にお風呂に入る。

 ちなみにマドル先輩、私がここに着た時から私をお風呂にいれてくれる時、いつもそのままの格好で入ってきていた。でもそれは全裸だからできた技であり、服を着るようになってからは私をお風呂に入れる前に濡れないようその服を脱ぐ動作がはいるようになった。


「……そんなに見ていて面白いですか?」

「何回見ても面白いです」


 だって服を脱いだらその中からまったく同じ服装のマドル先輩があらわれるんだもん。ワンピースを首元から開いて腕を抜いたら、同じ袖があるのは脳がバグりそうというか、脱皮みたいに不思議な感じがしてついつい見てしまう。

 一応、服を脱いだ瞬間に作り出しているので、常に服の下に服をつくってるわけじゃないみたいだけど、脱いだ瞬間にもう着てるのは面白すぎるよね。


「いいですけど。しかしエスト様、いくら私と言っても人が脱ぐところをまじまじと見るのはあまり行儀のいいこととは言えませんよ」

「えっ、あ、はい。すみません。つい」


 予想外の指摘に思わず動揺してしまいつつ、なんとか頷いて言われた通りに目をそらしたけど、え? マドル先輩がそう言うこと言うんだ?

 マドル先輩この間まで全裸だったのに、服を脱ぐのを見られるのはおかしくないって思ってるんだ? どういう感覚? いや、言われたらその通りだし、私がデリカシーなかったんだけども。


 マドル先輩の謎のライン引きに首を傾げつつお風呂に入れてもらった。


 お風呂をでるとおやつの時間だ。ライラ様に食べてもらえるおやつ作りは週に一回と言うことになっているので、今日は純粋に楽しみだ。なにかなー?


 食堂に行って席に着くと、マドル先輩がうやうやしくお盆を出してくれた。これ見よがしにドーム状の蓋がされていて期待感をあおってくれる。マドル先輩はライラ様に披露するお菓子作りのためにこれを購入してから、気に入ってからちょくちょく私にもこれをつかってくれる。サプライズと言う行為が好きらしい。


「本日はエスト様がおっしゃっておられた、ドライフルーツと言うのを試していただきたく」

「あっ! 果物があったんですか!?」

「はい。ここに運ぶまで日持ちするものとなれば限られていて難しかったようですが、なんとか。こちらがそのドライフルーツです」

「わぁー!」


 ぱかっと蓋がどけられてでてきたのは柑橘系のものを輪切りにしたっぽいものだ。砂糖がまぶされていて、見た目にも乾燥しているのがわかる。確かに、冬と言えばミカンがあった! すっかり忘れてた。色は黄色っぽいし大きいから実際にはミカンではないけど、絶対美味しいでしょ!


「さすがです、マドル先輩! これぞ私の思うドライフルーツです!」

「では食べてみてください」

「はい! いただきまーす!」


 用意されていたのでフォークをさして、薄いからちょっとさしにくいな。素手で食べたいけど我慢して食べる。

 じゃりっとした砂糖の触感と共に、口いっぱいに広がる砂糖の甘さと柑橘の風味。酸味と苦みもあるけど、まんべんなくある砂糖の甘みがフォローしてくれる。むしろ引き立ててくれていてちょうどいい。皮のちょっと繊維っぽいのも面白い。他のお菓子では再現できないこの独自の味!


「美味しいです! 柑橘独特の味が凝縮されていて、果実をまるごと使ったからこそのこのお味! 大成功です!」

「ありがとうございます」

「これヨーグルトとかにいれても絶対美味しいですよー!」


 この世界のヨーグルト、ちょっと酸味強いし砂糖をじゃらじゃら入れて食べるんだけど、美味しいけどこんなに砂糖でちょっと健康大丈夫かなって気がするから、これなら罪悪感なく美味しく食べられそう。

 お菓子の表面についてるじゃりっと感は素直に美味しいのなんでかなー? やっぱり美味しいからかな?


「ふむ。なるほど。これを材料にするということですね。刻んでクッキーなどにいれるのもありでしょうか」

「ありだと思います! マドル先輩天才では!?」

「まったく、毎日毎日、よく騒げるな」

「あっ、ライラ様! おはようございまっ、す!」


 マドル先輩とはしゃいでいると、ライラ様が欠伸交じりに食堂に入ってきた。

一瞬普通に喜んで挨拶しかけたけど、目の前にはまだライラ様には献上していないドライフルーツが! これを見られたら次回のお菓子タイムのサプライズ性がなくなってしまう! それではマドル先輩はがっかりしてしまう!

 と言うことで慌てて私は残ってる二つのドライフルーツを掴んで口に放り込んだ。


「むぐむぐ」

「何を慌てている。お前のものを取ったりしないからゆっくり食え。喉につまらせるなよ。大丈夫か?」

「エスト様、手づかみで食べるほうが美味しいのですか?」

「ん。いえいえ、そんなこと疑ってないです。全然大丈夫です。そう、マドル先輩のおっしゃる通り、手で食べた時と美味しさの違いを研究していたのです」

「そうか。だが気をつけろ。人間の中では物を食う時につまらせて死ぬこともあるんだろう」

「はいっ、気を付けます!」


 なんとか誤魔化せた。マドル先輩も気づいてない可能性あるけど、この場で弁明できないので仕方ない。私はあまんじて、食いしん坊の汚名をうけよう。

 ライラ様は呆れたように笑いながら私の隣に座った。そしてマドル先輩が用意したお茶に口をつける。ちょっと髪を耳にかきあげる動きが何度見てもうっとりする。


「まあ、無事ならいい。……にしても、今日はもう風呂にはいったのか」

「はい。走って汗をかいてしまったので。えへへ。久しぶりに走ったら体力落ちててびっくりでした」

「そうか。あまり無理はするな」

「はーい。今日はライラ様のお食事の日なので明日は走らずゆっくりしてますね」


 血を吸われても謎のライラ様パワーで翌日もすっきり起きれる元気っぷりなのだけど、血が減っているのは確かなのであんまり激しい運動は駄目だからね。だからこそ、許可が出た今日さっそく走りに行ったわけだし。

 私の素直な返事に、ライラ様はふむ、とどこか面白そうに微笑んだ。


「なんだ、今日だとわかっていたのか」

「はい、もちろんです」

「そうか……わかっていて、風呂に入っていたのか?」

「え? はぁ、そうですけど。まずかったですか?」


 お風呂に入ったら血の味が悪くなる、なんてことはないはずだ。むしろいつも血を吸われるのはお風呂に入ってからだし、ライラ様はお風呂に入った綺麗な奴隷が好きなはずだ。

 ライラ様は責めるような言い方だけど、さらに笑みを深めている。いいこと、だよね? これから昼風呂もはいれって言われるのかな?


「そうか……では下準備は済んでいて、今すぐ私にその血を吸われたいと、そういうことだな?」

「え? あ」


 な、なるほど。ライラ様的にお風呂に入るのは、口をつけて血を吸われてもいいように下準備をしたってことなのか。確かに、言ってみれば私は生で食べるレア食材。サラダを食べる前に洗うようなものだ。

 なるほど! と納得なのだけど、ライラ様が楽しそうに私に手を伸ばしてくるのでドキドキしてしまう。


「ら、ライラ様。私はもちろん、今でも構いませんけど……」


 頬に触れられ、むにーっとつままれながらマドル先輩を横目に見る。マドル先輩が私の世話係で、私の血が美味しく飲めるよう食事を管理してくれてタイミングをはかっているのもマドル先輩だ。

 以前私がお願いして吸ってもらった時も、あとからもうしないでねって言われている。なのにここで勝手に許可をだすのはマドル先輩の顔に泥を塗る行為だ。


「主様。そうですね。本日の予定であり、今からの行動で味が急に味が変わることは考えにくいですから、血を吸っても構いませんよ」

「おお、そうか。じゃあ」

「ですが、夕食がまだです。エスト様の健康を考えると、夕食が取れる程度、気を失わない適度に控えていただけるなら、と言う条件になります」

「な、なにぃ? ううぬ。そうか。それは……悩むな」


 マドル先輩の肯定にライラ様はぱっと嬉しそうに笑って、私の頬から肩に手を動かしたけど、それを止めるようにマドル先輩が続けた。ライラ様はそれはそれは難しい難題に直面したかのように、自分の顎に手をあてて真剣に私を見ながら悩んでいる。

 すごく真剣な顔だ。優しく微笑んでくれることが多いので、ちょっと睨むかのような顔を向けられるのは珍しい。だからこそ、なんだかドキドキしてしまう。


 笑顔だとね、もちろんライラ様の優しさが伝わって胸が温かくなるしすっごくいい顔でドキドキする。でもね、真顔。これはこれでいいね。だって、ライラ様の顔の良さがストレートに伝わってくる。感情の上乗せがない分、ただただ、美しい……ってなる。




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