第30話 なでなで

 ライラ様に可愛いって思ってもらえていたことが判明し、何よりライラ様が可愛くってたまらない私は、我慢できなくってライラ様との接触をはかるべく、絨毯の上を匍匐前進するようにしてライラ様のいるベッドに近寄った。


「ふっ、どうした?」


 見つめあっていた時は何も言わなかったライラ様だけど、近づく私には声をかけてくれた。


「えへ、えへへ。なんでもないですよぉ」


 自分に用があるかも、と思ったらちゃんと先んじて尋ねてくれる。ああ、優しい! と感激しつつ誤魔化す。さすがにね、自分からしてってお願いするには図々しいからね。


 私はそのまま起き上がり、ライラ様のベッドのはじに両手を置いてその上にちょこっと顎をのせる。すぐ横にライラ様のふとももがある。顔を傾けて見上げると、ライラ様が私を微笑みながら見下ろしてる。


 私の狙いはずばり、なでなでである!


 抱きしめるなんてのはさすがにあれだけど、でも片手で撫でてくれるくらいは労力もそんなないし、いけるのでは? と思う。なにより可愛いって言ってくれたしね!

 なでなではしてくれたこともあるので全然可能性ある。とは言え、口でお願いするのはね、やっぱり図々しいっていうか、ちょっと恥ずかしい。


 と言うわけで、行動でさりげなくなでなでしてもらおうと言うのだ。私って健気。まずはじっと見上げてみる。


「……」

「……ふっ、なんだぁ、お前?」

「んふ、んふふ」


 じっと見てるとおかしくなったのか、ライラ様は笑いながらそんな風に、口では喧嘩を売るチンピラみたいなことを優しい声で言って、鼻先をつついてきた。くすぐったくて笑いながら、ライラ様の手がでてきたのであと一歩だ、と私は狡猾に計算する。


「んふふ。ライラ様ぁ」


 手が離れたタイミングを見計らい、私はそっとライラ様の太ももに頭をぶつける。つんつん、と言う感じに優しく。顔を伏せることでライラ様の手が顔ではなく頭にくるように誘導して、ちょっかいをかけることで私が構ってもらいたがってることはアピールする。


「お前はぁ、まったく、しょうがないやつだなー!」

「えへへへ」


 私のアピールは通じたようで、ライラ様は笑いながらぐしゃぐしゃと頭をなでてくれた。

 成功! 大成功! むふふふ、私って天才だなぁ!


「まったく、こいつめ」

「わ、わわ。えへへ。ライラ様だーい好き」


 自分の完璧な計画が大成功してライラ様のなでなでに悦にはいっていると、ライラ様は私の頭を勢いよくなでて顔をあげさせた流れで、そのまま私の脇の下に手をいれて持ち上げ、いつのまにか組んでる足をといてその上に座らされた。

 そしてぐりぐりと頭だけじゃなく首や顎まで撫でられた。ちょっと乱暴だけど、でもなんだか、ねこっ可愛がりされてるみたいで気分はとってもいい。


「うむ……」

「ひゃっ」


 ご機嫌にライラ様になでなでされていると、ふいにライラ様が私の襟をひっぱってべろっと私の首筋を舐めた。一瞬ぬるっとした感覚に何が起きたかわからなくてびくっとおしりが浮き上がるほどびっくりしながら振り向いたら、ライラ様が舌をだしてて把握した。

 把握したけど、な、なになに? びっくりした。舐められた。な、なぜ? 血を吸われるならともかく、舐められるってなに? ライラ様の目が綺麗すぎて、吸い込まれそうで、頭が全然回らなくて意味がわからない。


「主様、まだですよ。明後日です」

「わかってる。ちょっと舐めただけだろう。体調確認の味見だ味見。黙ってろ」


 血を吸うタイミングは、基本マドル先輩が管理しているそうだ。一番美味しくなるよう食事を用意し、健康上問題がないよう完璧に管理されているらしい。

 なので前に私がライラ様にお願いして飲んでもらったのは、もうやめてねとやさしく注意されたことがある。ライラ様が望むならいつでも、と言いたいけど、マドル先輩の職分を犯す行為になってしまうので口には出さない。

 飲食店のオーナーだからって冷蔵庫の中を勝手に食べていいわけじゃないもんね。コックさんの許可がいる。そういうことだろう。


 わかるけど、めっちゃ舐められてる。くすぐったいし、意識するとなんか、え、めっちゃえっちなことされてる気がする。首の際、肩にかけるカーブの辺りをぺろぺろされてるので若干服を脱がされてる感もあって余計に。もちろん子供で食料の私にそんな気がないのはわかってるけども。


「うむ、明後日が楽しみだ」

「は、はい。頑張ります。……あの、ライラ様って体調もわかるんですか?」

「あん? ……ああ、当然だ」


 さんざんぺろぺろしてから、ライラ様は満足したのか口を離した。血をのんだら味でわかりそうだけど、皮膚をなめるのでも何かわかるのかな? と言う純粋な疑問だったのだけど、ライラ様は一瞬眉をよせてから真顔で頷いた

 あ、わかってなさそう。適当な言い訳過ぎてちょっと舐めてる間に一瞬忘れてたじゃん。可愛い。


 そしてそんな言い訳してまで私の血が飲みたくて、でも我慢して舐めるだけにしてくれてたんだ。マドル先輩のお仕事を尊重してるその姿勢もだし、それでいて舐めて我慢するライラ様がなんだか可愛らしくて、私はつい力を抜いてライラ様にもたれかかってしまう。


「ん? 眠くなったのか?」

「ん。大丈夫です。その、ちょっと、ライラ様にくっつきたい気分だっただけです。重かったらすみません」

「ふっ、なめるな。人間程度で、重いと感じるわけがないだろう。まして、お前は子犬のように軽いぞ」

「そうですか。えへへ。嬉しいです」

「そうか? そうか、よかったな」


 またぐりぐりと頭を撫でられた。えへへ。幸せ。









「それでは、おやすみなさいませ」

「おやすみなさーい」


 夜。お風呂にいれてもらってお部屋に戻る。マドル先輩が部屋を多少温めてくれていたので、お風呂上がりのほかほかの体でも寒くはない。むしろ廊下を歩くのにちょっと寒かったのであったかくてちょうどいいくらいだ。

 今日はお昼にライラ様にいっぱいなでなでされて嬉しかったのだけど、それを見ていたからかお風呂上りにもマドル先輩に余分になでなでしてもらって、心もぽかぽか温かい。

 そのまま布団に入ると、中もぬくくてほこほこする。


「……はぁ」


 お風呂あがりすぐには眠くないので、じっと窓から空を見てるとなんだかちょっと寂しくてため息が出てしまった。

 これだけ優しくされていると、ちょっと離れたと言うだけでなんだか寂しくなってしまう。早く明日にならないかな。


 とりあえず手持無沙汰なので手を伸ばしてベッド横の小棚の上に置いてるブローチに手を伸ばす。朝つけてもらい。お風呂ではずしてもらったブローチは入っている間にいつもここに置いてもらっている。


 月明かりが差し込む程度の薄暗い中でも、手に取ってかざすときらりと輝く綺麗なブローチ。ライラ様の目。

 ライラ様がくれた、ライラ様の目。これを見る度、私はライラ様のものなのだと実感することができる。寂しいなんて感情はどこかに行って、頭の中がライラ様でいっぱいになる。


 ふいに思い出す。私の首を舐めていた、ライラ様の赤い目。あの瞬間は、優しいだけじゃなくて、私を食料として見て、熱のある目だった。


「……はぁ」


 こんな風に思うのはきっと変なんだろう。でも、ライラ様のあの目をみると私の体も熱くなってしまう。

 食材として見られて、もしライラ様が食欲に負けたら死ぬまで吸われちゃう可能性もないわけじゃないのに。マドル先輩がきっと止めるだろうけど、それでもライラ様が無視すればそうなる可能性はゼロじゃない。


 でも、何もない私が、平凡なただの人間の私が、ライラ様に求められているのだ。

 おもちゃとして、ペットとしてただ可愛がられるだけじゃなくて、私のことを求めてくれるのだ。そんなの、嬉しくならないわけない。体の芯に火が付いたみたいに熱くなって、私はむしろ、そのままライラ様に全部の血を吸われて死にたいって思ってしまうことすらある。


 いつかその願いはかなうだろうか。私が年を取って、おばあちゃんになって死にそうになったら? でも、そうなった時、ライラ様に飲んでもらえるくらい、私は美味しい血のままでいられるかな?

 最初に血を吸われた時の私は、今よりずっと不健康で栄養が足りない状態だったと思う。それでも美味しいって思ってもらえたはずなのだから、おばあちゃんになっても、健康を維持してたら大丈夫と思いたいけど。


「……」


 いつか、ライラ様が我慢することなく、私が死ぬまで私を求めてくれる。そんな時がきたら、きっととっても幸せな気持ちで死ねるんだろうなぁ。


 そう思うと心が温かくなる。前世の私は交通事故であっさり死んでしまった。あっさりだけど、当たり前だけどぶつかった時は痛くて、泣きながらいつのまにか死んでた。

 今もだけど若かったから全然死ぬ想定なんかしてなくて、頭の中がめちゃくちゃで死にたくないって思いながら死んだ。


 だからこそ思う。そんな理想的な死に方ができたら、きっと幸せだろうなって。ここにいれば事故なんてめったなこともないだろうし、血さえ美味しければ、私のこの願いはかなう可能性が高い。

 あぁ、幸せだなぁ。


 私は吸い込まれそうに綺麗なブローチを見て、ライラ様の瞳をただ思っていた。そうしていると暗いしだんだん睡魔がやってきて、私はそっとブローチを棚に戻して目を閉じた。


 今日もすごく楽しかったし、幸せだったなぁ。明日ももっと幸せだろうなぁ。そんな風に当たり前みたいに私は幸せを確認しながら、あたたかな布団で眠りにつくのだった。

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