第29話 視線
少しずつ温かくなってきた。私がここにきて、そろそろ半年になろうとしている。もうすぐ、六回目の吸血の時がくる。
最初に比べても健康的になってきた私の体は、毎月吸血をされても全然平気だ。最初はともかく、二回目の時はまだそこまで健康でもない状態で一か月足らずだったので翌日ちょっとだけ貧血気味だったけど、今ではそんなことはない。
奴隷が減った分吸える量も減っているはずなのに、ライラ様は私の体調を気遣ってくれているのもあると思うけど。ほんとにライラ様優しいなぁ。一応聞いたら、このくらいでも全然平気。と言うことらしいけど。
早く大きくなって、せめて一回ごとの量をもうちょっと飲んでもらっても大丈夫な体になりたい。
そんな野望はあるものの、急かされることもなく、私はとっても平和でのんびりした日々を送らせてもらってる。
来週の献血に向けてご飯も血の気の多いものになってるし、だんだんもうすぐなんだなぁって気にはなるけど、今から緊張するほどのものではなくなった。もちろんいざするときはドキドキしちゃうけどね。
「ライラ様、今日もお邪魔しますね」
「ああ、ゆっくりしていけ」
なので今日もゆっくり、寒いからって言い訳でライラ様のお部屋にお邪魔させてもらう。
ライラ様のお部屋にいつ遊びに来てもいい。なんて優しい言葉をかけてもらってはいるものの、だからってあんまり気安く行けるはずもない。そもそも普段からライラ様は頻繁に私と顔を合わせているわけで、さらに部屋に行こうとはなかなかならなかった。
だけど寒くなってからそれを理由に毎日ライラ様のお部屋にお邪魔している。ライラ様は自分のお部屋だからか、部屋の外よりのんびりした様子でベッドに腰かけたり寝そべったりしている。
その脱力しつつも、どこか貴婦人のような品のある姿を見るのも好きなのだけど、実は昨日、私は気づいてしまった。
「……」
「……」
おとなしく本を読ませてもらうと言う名目だったし、最初は気づかなかった。時々顔をあげてお茶を飲んだりするときに毎回ライラ様と目が合うなとは思っていた。だけどついに昨日気づいたのだ。
どうやらライラ様は、ずーっと私のことを見ているらしい、と。
いや、確かにライラ様は本を読むそぶりもないし、暖炉の番をするマドル先輩は静かに編み物をしているのでおしゃべりもしないし、ずっと静かにしているだけだ。でもまさか、ずっと私のこと見てるとは思わなくない?
「……あ、あのー、ライラ様」
「ん? どうした?」
「その、昨日気づいたんですけど、もしかして、私のこと、ずっと見てます、よね?」
「そうだな」
「あ、えっと、私、何か変なとこあります?」
目があうのは嬉しいと思ってたし、私のこと気にかけてちょくちょく見てくれてるのかな。と思ってた時は普通に喜んでた。でもずっと見られているとさすがに、もしかして私、見張られてる? としかならない。
もしかして私、いつのまにかライラ様の前で無作法をしちゃってライラ様に見られて? いや、でもそれ言ったら、ライラ様の前で別に作法守ってたことなくない?
基本に絨毯の上に座って読んでるけど、姿勢を変える流れで普通に寝転がったり、仰向けになったり自由にしまくっている。最初に入った時は緊張したくせに、綺麗な絨毯の上で靴を脱ぐようになってからはもはや第二の自室のようにごろごろしている。ううん。
と反省しながら背筋を伸ばして尋ねたのだけど、ライラ様はベッドの上で肘をついたまま私と顔を合わせて首をひねった。
「うん? お前に変なところがないわけがないだろう。何を言っている」
「えっ、あー、えーっと。そうじゃなくて」
そう言えばライラ様には変だの変わってるだのよく言われるのだった。まあね。前世の記憶持ちとして多少の価値観の違いとか、ずれとかね? 多少仕方ないところはあるよね。そして今のは私の聞き方が悪かったね。
「その、私のこと見てるのは、気に障ることをしてしまったのかと」
「ああ、なるほどな。心配するな。私がお前を見ていたのはそうではなく、ただ……見ていて飽きないからだ」
「面白いと思ってもらってるなら、全然、それならいいんですけど」
でもそんなじっと見るほど面白いかな? うーん。まあライラ様が悪い意味じゃなくて私を評価してくれてるなら全然いい。全然いいんだけど、やっぱり、じっと見られていると思うと落ち着かない。
とはいえ、やめてください、と言えるわけがない。いくらライラ様が優しくてもご主人様なわけで、なんとなく落ち着かないなんて言う個人的感情でライラ様の行動を指示する権利なんてない。
よし、ここは私も見つめ返そう。自分がされたらライラ様もじっと見られるのって落ち着かないな、やめよ、ってなるでしょ。
「…………」
本をいったん閉じて、私はライラ様を見つめる。じっと私を見ているライラ様はベッドに腰かけ足を組み、ベッド横のサイドテーブルに身を寄せて頬杖をついている。
けだるげで、いいよね。無造作に流れる長い髪が優雅で、綺麗なお顔が私に向いている。宝石みたいに輝く赤い瞳が私をまっすぐ向いていて、こうやって正面から見て、何度も見ていてもうっとりするほど美人。
「……」
「…………」
「……」
だ、駄目だ! 正面から見つめ返してるのに、嫌がるどころかどこか楽し気で全然反応すらしてくれない。ただただ、見つめあっているだけ! なんだか胸が温かくなってドキドキしちゃうよ!
いやそうだよね、私はライラ様みたいな美人で大好きなご主人様に見つめられたら、あんまりだらしない姿見せたくないなとかあるけど、ライラ様はそんなことないもんね! だってライラ様はどんな状況のどんな格好でも様になるもんね! このまま見つめあってたら好きになっちゃうよ!?
「はぁー」
たまらず息をついて顔をそらすと、暖炉前にいるマドル先輩と目があった。こっちを見ていても手は的確に動いている。私の行動が不思議だったのかな? ちょっと落ち着いた。
こうなったら仕方ない。最終手段だ。ずっと私のことを見ていられないよう、ライラ様を負かすしかない。私は覚悟を決めてライラ様に向き直る。
「……」
お? と言う顔を一瞬したライラ様は、でもやっぱり黙ったまま私を見ている。私はライラ様と見つめあったまま、両手で自分の頬を引っ張り眉をあげて限界まで上を向いて白目をむいた。
「んふっ」
笑った! これを好機と私は畳みかける。鼻の下に空気をいれたり、タコみたいな口にしたり、両サイドから手で挟んで上下させたり、豚鼻にすると同時に目じりをひっぱったり、とにかく私のおもいつく変顔をすべて披露した。
「ふはっ、はははっ、なんだその顔は! ぅあはははははははは!」
「……」
マドル先輩には不思議そうな顔をされたけど、無事ライラ様の爆笑をいただいた。指をさして爆笑された私は、勝った! とガッツポーズした。
ライラ様があくまで私を見るというなら仕方ない。爆笑して私の顔をずっと見ていられなくするしかない。我ながら策士。ふふふ。私はこれでも前世からにらめっこでは負けなしなのだ。またしても、前世チートをしてしまったぜ。
「はははは、はぁ、はー。まったく、お前はおかしなやつだな」
と思ったら、笑いのおさまったライラ様はそう言って優しい笑みを浮かべて、また私を見つめだした。
あ、あれ? 変顔をやめても満足したライラ様は私を見るのをやめると思ったのに。これじゃあライラ様に私の変な顔を見せただけじゃん! ぐぬぬ。
「ら、ライラ様。その、じっと見られてると、ちょっと恥ずかしいです」
「ん? お前、恥ずかしいと言う感覚があったのか」
仕方ないのでストレートにお願いすると、不思議そうにされてしまった。いや、ありますよ? 前も汗かいた時とか恥ずかしがってたよね? いやでも、今の変顔を踏まえてだとしたら否定しにくいな。違うんですよ? にらめっこは恥ずかしいと思った方が負けですからね?
「ありますよぉ」
「そうか。恥ずかしがるお前も、可愛いな」
「えっ……」
か、可愛いって言われちゃった。それに、恥ずかしがる私も? え、もしかしてもしかしてなんですけど、恥ずかしがってない普段の私のことも、可愛いと思ってくれてる?
「え、えへへ、えへへへ」
て、照れる! えー、なにそれ、もしかしてライラ様、私のこと可愛いと思ってじっと見てた? えぇ、う、嬉しいなぁもお! 普通に見られてるのだって好意的な目線には違いないから嬉しかったけど、可愛いと思ってたんだ!
うわー! 恥ずかし! なのに変顔してしまった! でも、でもそのうえで可愛いって言われちゃった!
うぅ、ううううっ! う、嬉しすぎて落ち着かないよぉ!
「……えへへ。可愛いって思ってもらえて、嬉しいです」
「ん、まあ、な。うむ。エスト、可愛いぞ」
「んっ!」
あっ、とっ、ときめきで死にそう! だって、いままでずっと普通に笑ってたライラ様が、私の言葉にちょっと恥ずかしそうにしながら、はにかみ笑顔でもう一回可愛いって言ってくれるとか、なにそれ。
可愛いって私を褒めたことに遅れて気づいたみたいな反応。え、意図せず言ったってこと? もうそれ本気で思ってくれてるってことじゃん。う、うわあああ! ライラ様を抱きしめたいよぉ!
私はライラ様の可愛さに胸を撃ち抜かれ、ごろりとその場で転がって胸を抑え、衝動のままライラ様に飛びつきそうなのをこらえた。
ライラ様には先日、私からライラ様に触れてもいい。などと言う優しい言葉をいただいているけど、だからってお言葉に甘えてー、なんてノリで気安くべたべたできるわけもない。あの言葉はあくまで、私が転んだりしてふいに触れちゃったりしても許すよっていう意味と心得ている。
でも、こんな嬉しいこと言ってくれて、こんな可愛いライラ様見せられて、ただじっとしてろなんて無理だよ!
私は限界を超えたのでごろごろ転がりながらそっとライラ様に近づいた。
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