第28話 暖炉
全力で雪遊びをしたからか、そのあと何日も寒い日が続くからか、もうそろそろ雪はいいからなくならないかな。早く温かくなってほしい。なんて思うようになってしまった。贅沢な話だ。
一年で一番寒いだろう日も越えたけど、まだまだ外は雪がつもっている。なかなかなくならないけど、めちゃくちゃ積もるほどでもないので、雪遊び日和であるのだけど、毎日雪があるからか気温もぐんとさがったし、お外に出たくない気分だった。
「……」
「……」
「……」
「……楽しいのか?」
「あっ、はい。すみません、つい夢中で見ちゃいました」
図書室はさすがに火気厳禁だ。なのでじっと本を読むには寒いということで、ライラ様のお部屋にお邪魔させてもらっている。のだけど、暖炉の火が揺れるのが面白くてずっと見てしまっていた。
「お前の部屋には暖炉がないのか?」
「そうですね。ないです」
「そうか。暖炉以外では何で部屋を暖めているんだ?」
「部屋は基本寝る時だけなので、火であたためた石を布でくるんで布団の中にいれておくんです。あと熱いお湯をいれた鍋を部屋においてもらってます」
「なんだそれ。温かいのか?」
「ないよりは全然温かいですよ。部屋は夜に寝るだけなので十分です」
部屋の温度はさすがに鍋ひとつではそこまでだけど、湿度はましになるし、布団の中は結構あったかくなるものだ。安物じゃなくてちゃんと分厚い布団だしね。
図書室で勉強する時は最近、暖められた炭が入ったものを机の周りにおいてくれているし、じっとしていて寒さを感じる時はそんなにない。マドル先輩の細やかな気遣いには痛み入るというか、最初に寒いからとカイロ代わりに石をお願いした以降は自動的に防寒対策がアップグレードされていってるので快適すぎる。
言っても雪国レベルじゃないから、暖炉があるともちろん温かいけど、ちゃんと服を着ていれば、ちょっと火の気をおいてもらえたら十分過ごしやすい。
「そうか……」
「エスト様、あまり近づくと乾燥されるのでは?」
「あ、そうかもです」
納得してくれたライラ様。そして機会をうかがっていたようにマドル先輩は私の行動が気になっていたようで、隣にしゃがみこみ、私の顔や手に触れてチェックしてくれた。
「少し乾いてますね」
「すみません」
マドル先輩が私の顔を挟み込むようにしてもみもみしながらそう言った。ついつい夢中で見入ってしまったけど、言われてみれば目も乾いてちょっと疲れた。
「いえ、手入れのし甲斐があります。実は本日、いいものが届きました」
「え、なんですか?」
「本日の入浴後にと考えていましたが、こうなっては仕方ありません。使いましょう」
そう言ってマドル先輩はポケットから瓶詰めをだした。まあまあの大きさだし、絶対使う機会うかがってたな。いつもの無表情だけどわくわくしているのを感じる。新しいものが届いて楽しみにしてたんだなぁ。
考えたら前のお着替えの時もマドル先輩は到着前から玄関で待ち構えてたし、マドル先輩、そういうとこ可愛いよね。好き。
「やったー! なんですか?」
「なんでしょう、わかりますか?」
なので全力でのっかることにした。両手をあげて喜んでから手を出すと、マドル先輩は瓶をあけて中の何かを手に取り、瓶をおいて私の手を包み込んだ。白い何かをぬりこまれて正体を察する。
「これはまさか、ハンドクリームですか!?」
「エスト様の言っていたハンドクリームかはわかりませんが、薬品の中にこういった油から抽出したものがありました。元は火傷などの傷口にぬって保護するためのものらしく特別な薬効成分はないと言うことで、肌にいいオイルを混ぜてもらいました。その分伸びもよく肌触りもいいようです」
「えー! すごい! それもうハンドクリームですよ! マドル先輩の提案でできてしまうなんて。それになんだかいい匂いしますね?」
「オイルだけでは物足りないので、香りづけもしています」
なんだかちょっと知識チートできた気持ちにもなれて嬉しい。私は存在を教えただけだけど。えー、でもほんとに普通にハンドクリームの手触り! すごい!
マドル先輩が私の手をもみもみしてしっかりクリームをつけてくれたので、なんだか急にすべすべになったようにすら感じる。顔にちかづけて嗅ぐとしっかりいい匂い。柑橘系の匂いかな?
「エスト、乾燥して問題があるなら、その暖炉の前にいすわるのはやめろ。こっちにこい」
「はーい」
いい匂いなのでついついくんくん嗅いでると、ライラ様がそう言って手招きしてくれたので、暖炉から離れてライラ様に近寄る。そうするとぽんと自分の隣、ベッドの上をたたいてくれた。これは隣に座っていいってことだよね?
「ハンドクリームとやらはそんなにいいのか?」
隣に座るとライラ様がそう言って私の手を取った。私の手はマドル先輩がたっぷりつけてくれたおかげで、余分なくらいなので、ここはライラ様にもハンドクリームのおすそ分けをしよう。
「はい、こんな感じで、気持ちよくないですか?」
マドル先輩がしてくれたように、ライラ様の手を両手で包んで、指先まで浸透させるように揉んでいく。さっきはやってもらって気持ちよかったのだけど、しかしこうしてライラ様の手をもむと、普通に自分が気持ちいい。
ものすごくすべすべだし、長くてすらーっとしていて、造形もいい。こうしてまじまじと見ると、爪の形も綺麗でうっとりするくらいの綺麗な手だ。手タレになれそう、って、ライラ様は普通に全身どこを出してもモデル級だった。
「まあ、悪くはないが。そうだな。こうしてじっくり見ると、お前の手はすこし荒れているな」
私がライラ様の手を見ているように、ライラ様にも私の手を見られてしまっていた。当たり前かもだけど、なんか、ライラ様にチェックされると思うと恥ずかしくなってきた。マドル先輩だと無表情だし、なんとなく健康診断的な感覚で気にならないんだけど。
この恵まれた生活になってから三か月ほどたち、以前ほど荒れた指先ではなくなった。でもさすがに、爪先まですべすべ綺麗なお手てとはいかない。
それに最近お風呂上りに髪だけじゃなく肌にも何やらオイルをぬってくれるけど、以前より乾燥しやすい気がする。まあ以前はお風呂にはいれなかったし、乾燥とか以前の問題だったんだろうけど。
掴まれたライラ様の手はぴかぴかすべすべで、それに比べると私の手はすごく汚く見えてしまった、ちょっと恥ずかしい。今まで何度か手をつながしてもらっていて今更だけど、こうして比較されると自分の手の状態をつきつけられてしまった感覚になる。
でもでも! だいぶよくなってるし、まだまだ私はこれから可愛くなれるポテンシャルを秘めているということだ。きっとそのうち私の健康チェックの為ではなく、触り心地がよくて手や顔を触ってくれるようになるのだ。愛され奴隷に、私はなる!
と自分を鼓舞してみたけどやっぱり恥ずかしいので、そっとライラ様の手を離す。
「その、お見苦しい手ですみません。そのうちもっと綺麗な手になって、ライラ様が触りたくなる手になりますので」
「ん? ……ふっ、何を馬鹿なことを言っている」
「え?」
なんか変なこと言ったかな? 私の手が綺麗になるわけないじゃん、って意味じゃないだろうし。首をかしげる私に、ライラ様はにっと何か楽し気に微笑んだまま私の手を握り、繋いだ手を引き寄せるようにライラ様の胸元に寄せた。
「お前に私の行動を制限する権利などない。忘れるな。お前は私の奴隷なのだから」
「うっ、すみません。制限とか、そんなつもりでは」
そう言われてはっとする。確かに、私なりに気を使った言葉だったけど、とらえ方によってはそういう意味になってしまう。ライラ様は私の失言にも楽しそうにしてくれているけど、奴隷的にNGだよね。
申し訳なさでしょんぼりする私に、ライラ様は笑みを深め、声を潜めるように笑った。
「くくく、触れるかどうかは私が決める。だからエスト、お前の手が綺麗だろうと汚れていようと、手を離すな。なんなら、お前から触れてもかまわん。わかったな?」
「は、はい……えへへ。ありがとうございます、ライラ様」
私は愛され奴隷になる、なんて思ったけど、ライラ様の言葉はまるで、今のままの私がもう愛され奴隷みたいにしか聞こえない。嬉しい。ライラ様は優しいし、言葉にもしてくれてるから寵愛自体を疑ってない。
だけど、できるならもっともっと愛されたいって思うのは、自然なことだ。だから私も上を目指すのをやめる気はない。それでも、手が汚くても関係ないよって言ってもらえて嬉しい。はー、ライラ様、好き。優しいご主人様すぎる。
だからこそ、もっともっとライラ様にふさわしい奴隷を目指さなくっちゃね!
「あと、夜は平気と言っていたが、昼間は寒いんじゃないか? だったらしばらくはこの部屋で過ごせ」
「では午前の勉強もここでするのはどうでしょう?」
「ん? そうだな。構わん」
「えっ。嬉しいですけど、それだとほとんど一日中になってしまいません?」
「何か問題があるのか?」
「私はないですけど……えへへ。はい。じゃあ、お願いします」
突然の提案、寒さ対策はもうとっくに終わった話と思っていたけど、どうやらライラ様の中では気になっていたようだ。そこまで心配してもらうことは全然ないのだけど、マドル先輩も乗り気だし、図書室も温めてくれるのは手間だろうし、そういうことならお言葉に甘えさせてもらうことにした。
ライラ様以外の部屋も普通に暖炉がある部屋はある。むしろ私たち奴隷がつかう客室と図書室が例外なだけで、それ以外にはちゃんとある。廊下はさすがにないけど。
だけど他ならぬライラ様がそう提案してくださってるんだ。特別なお部屋ってイメージだし、なによりライラ様がいる。それだけで嬉しいしワクワクする。ライラ様が寝てるとしたら、その寝顔も見れるかも。前にお泊りさせてもらった時は先にライラ様が起きてたしね。
なんて下心もあり、さっきまで温かくならないかなと思っていたくせに、私はもうしばらく寒い日がつづいてもいいかな。なんて考えるのだった。
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