第22話 瞳

 ライラ様はなんでも似合ってしまうパーフェクト美女。というのを改めて確認し、最後に着てくれていた町娘風のシンプルなワンピースに2本のみつあみという可愛すぎる格好のまま、ライラ様は次は私と、私の服を選び始めた。

 待って。その格好で私の服を見てくれるとか優しいお姉さん以外の何物でもない。おねえちゃーん! 生まれた時から好きです!


「ほれ、これでどうだ」

「わっ」


 などと見とれていると、ライラ様は迷うことなくつまみ上げた一着を私に放り投げた。ぼーっと見とれていたので頭からかぶってしまった。

 手に取ってみると、長そでのセーターだった。今着ているのは白い襟のついた紺色のワンピースに白いエプロンを重ねたシンプルなつくりだ。着やすいし、ボタンを二つはずすと簡単に鎖骨まででるくらいゆるくて、動きやすくていい感じの服なのだ。さすが労働者の服。


「まずはシャツからでしょう。まずは服を脱いで、こちらのシャツを。はい、ばんざーい」

「ばんざーい」


 すっかりお着替えの時の定番の掛け声になってしまっていて、いつものノリで私も口に出しながら手をあげたけど、マドル先輩に脱がされながらはっとする。ライラ様に見られている!

 別に何も言ってこないけど、うう、なんかちょっと、今更だけど恥ずかしくなってしまう。だってすごい子供じゃない? 前世だったらばんざーいで着替えるの幼稚園くらいまでじゃない? 小学生はもう一人で着替えられるもん。


 いや、私もね? 一人でお着替え余裕ですけどね? でもなんかお風呂の時に脱がされて洗われて体を拭いてもらう勢いで服を着せてもらっていた流れで、いつのまにか朝の着替えもしてもらうようになってたんだよね、不思議。言ってもやっぱりボタンとか多いと多少時間がかかるところ、マドル先輩はすっと指を滑らせるだけでつけちゃうからつい。

 などと恥じらいつつ現実逃避していると、すぐに服を着せてもらえた。パンツとキャミソールのような下着だけの上に、白いシャツを着せてもらい、その上にライラ様の選んだセーター。

 首元まであってしっかり毛糸がもこもこであったかい。それに横縞模様で可愛い。襟だけちょこんとでているのがワンポイントになっていい。次にライラ様が渡してくれたスカートをはくと、シンプルで分厚い生地のスカートで、色味も落ち着いていてとても合っている。


「わー、可愛いです! ライラ様は服飾のセンスもあるんですね」

「ふん、当然だ。だが、そうだな。外にでて走るための格好なら、ズボンの方がいいだろう。他のも試してみるぞ」

「お願いします!」


 ということで今度は私が着せ替え人形になった。この世界で初めての選べるほどの衣服に囲まれてのファッションショー。ナルシストのつもりはないけど、毎日お風呂に入って清潔にして毎日お腹いっぱい食べて健康に育っている私は、普通に可愛い普通の女の子なので普通に似合ってしまうし、人に選んでもらって似合うと褒めてもらいながらなのでとっても楽しかった。

 本当は奴隷じゃなくてお姫様になっていたのでは? と錯覚するほど楽しい時間をすごした。


「どれもよかったですー。ほんとにこれ全部、私が着ていいんですか?」

「お前以外の誰が着るんだ」

「えー、えへへへ。ありがとうございます。でもこれだけあると、着るものに迷いそうですね」


 前世でもこのくらいはもちろん服はあったけど、私、結構ずぼらなので同じ組み合わせで似たようなのばっかり着ちゃったりするんだよね。でもせっかく用意してもらったのにそれじゃ申し訳ないよね。


「これからはエスト様の服は毎朝私が選びますね」

「あ、ありが、え? 毎朝って、このメイド服はもう着ないんですか? 私この服も気に入ってるんですけど」

「では、使用人服の下に重ねて着られる防寒用はおいて、それ以外は外出する時に着ることにしましょうか。その際には私が選びますね」

「はいっ、ありがとうございます!」


 脱いで椅子にかけて置かせてもらっていた自分のメイド服を持ちながら尋ねると、ちゃんとこれからも着させてもらえることになった。

 よかった。これで全部解決だ! 寒さ対策に買ってくれたものなので着ないってことはないし、私も嬉しいけど、このメイド服も気に入ってはいるんだよね。単純に着心地もいいし、マドル先輩とお揃いで後輩感もあるし、制服的になじんでるし、ライラ様のものって感じがしてわかりやすいしね。

 下にシャツとセーター、下にはタイツを重ね履きだ。さすがに今全部着るとほこほこするくらい温かすぎるけど。ちょっとずつ重ねていきたい。


「ごほん、ごほん」

「あれ、ライラ様どうかしましたか?」


 最後に着させてもらった可愛い上下のしっかりした革の服を脱いでメイド服に着替えさせてもらっていると、ライラ様が急にわざとらしく咳をしはじめた。これはただの咳じゃなくて、咳払いだよね?


「ああ……。ごほん、マドル。そろそろ」

「はい」


 あ、マドル先輩への合図だったのか。でもなんだろ。この三人しかいない状況でそういうことされると、ちょっと寂しいな。

 とはいえ、別に私に関係ないことなら普通にしゃべってるはずだ。これはもしや、この服に続いて何か私に隠して驚かせるものがあるのでは? とむくむく期待が湧いてくる。


「主様、こちらです」

「うむ」


 マドル先輩は私を着せ替え終わってから、自分のポケットから何やら小さな箱を取り出してライラ様に渡した。ライラ様は満足げに頷くと、私に向かってちょいちょいと無言で手招きした。


「?」


 自分を指さして頷かれたので、なんとなく私も無言で首をかしげながら近づく。ベッドに座って長い足を組んでいたライラ様は小箱を私に差し出した。


「エスト、これをやろう」

「あ、へへー! ありがたき幸せ!」


 この間名前を呼んでもらってから、たまーにこうして呼んでもらっているけど、嬉しい! プレゼントの時に呼んでくれるなんて、ライラ様ってば使い方がわかっていらっしゃる! 私のテンションは否応なしにあがってしまう。

 なんだろう! 箱は布に包まれ包装されていて、いかにもプレゼントという感じだ。クリスマスのサンタさんがくれそう。ビジュアルも百点満点! わくわく!


「ふっ。お前は相変わらずおかしなやつだ。開けてみろ」

「ありがとうございます!」


 反射的に膝まづいて頭上に手を掲げるようにして受け取った私にライラ様は笑いながらそう促すので、そのまま箱を開ける。なんだろなー。


「あっ!?」


 中を開けると、これまた高級な布張りの小箱で、ぱこっと開けると台座の上に乗った、とても大きな赤い宝石があった。そのあまりの迫力に驚いて大きな声が出てしまった。


「え、これ、私にですか!?」

「そう言っているだろう。不満か?」

「まさか! でも、すごく高そうだからびっくりして。本当に綺麗で、ライラ様の瞳みたいで……あ! お祭りの時に言ってたやつですか!?」

「今気づいたのか。鈍い奴だな」


 お祭りの日、ライラ様の目みたいに綺麗な石、と思ったけどライラ様的には気に入らなかったようで今度買ってくれると言ってくれていたけど、まさかこんなすぐに、しかもこんなに大きくて素敵なものを買ってくれるなんて想像もしなくない!?

 驚く私に、ライラ様はどこか得意そうにくつくつ笑っている。その大人の余裕な微笑みも素敵だけども。


「……綺麗。ほんとに、ほんとにもらっていいんですか?」


 こんなに立派な宝石、奴隷じゃなくたって私が持つのにふさわしくないと思う。縦に五センチくらいあって、その宝石を囲うように金細工がされていて、蔓みたいに装飾されてまるで宝石が花みたいに輝いている。光を反射してきらきらと、ライラ様の瞳と言われて納得しちゃうくらい綺麗だ。

 しり込みしちゃうほど立派な宝石だけど、見れば見るほどうっとりしてしまう。ライラ様の目としてこれをもらえるなんて、嬉しすぎる。私には不釣り合いだってわかっていても、ライラ様のそのお気持ちも、何もかもが嬉しすぎる。


「くどいぞ。何度も言わせるな」

「っ、はい! ありがとうございます! えへへ、大事にしますね!」


 私の再三の確認にライラ様は少しむっとしたようにそう言ったけど、その態度は、だからこそ私の為だけに用意されたもので間違いないと言う証明に感じられて、私は嬉しくって飛び上がりながらお礼を言った。


「わー! すごく綺麗です!」


 そっと持ち上げて日に透かせると、宝石は金属の土台にはまっているけど後ろ側も中央は穴が開いていて、そこから光を通してキラキラと私の世界を赤く染めるようにきらめいている。


「マドル先輩! 見てみて! 見てください! すっごく綺麗なのもらっちゃいました!」

「はい、綺麗でよかったですね。主様の瞳のように美しいでしょう? 私が選びました」

「そうだったんですか!? はい! すごく綺麗です」


 嬉しくってはしゃぐ気持ちがおさえられなくて、マドル先輩の周りをぐるぐるまわりながら飛び上がって喜んでしまう。

 マドル先輩が確認したなら、きっと私が思う以上に完璧にライラ様の瞳に似ているんだろう。そう思うと、もっともっと素敵に見えてくる。選んだってことでわかってるだろうにマドル先輩に見えるようにぐっと手を伸ばしてしまう。


「ええ、きっと似合いますよ」

「え? 似合うってそんな、あ! これ、ブローチになってるんですね!」


 マドル先輩はそんな私に笑うでもなく淡々と褒めてもらえた。だけどさすがにこんな宝石が似合うなんてライラ様くらいの美女、と思って謙遜しようとして、それと同時に見えた宝石の背面にブローチとして使えるようになっている金具があってびっくりしてしまった。

 いやだって、平べったい形とは言えほんとに大きいし、こうやって飾って楽しむものだと思ってたのに、まさかの身に着ける装飾品だったなんて。


「はい、つけますね」

「あ、あ」


 マドル先輩はすっと私の手からブローチをとり、さっと私の胸元につけた。メイド服にこんな、そんな。いや私からこの格好好きって言ったし実際好きだけど、侍女服に宝石なんてさすがに不釣り合いでは?


「よくお似合いですよ」


 だけどマドル先輩はそう言って、優しく私の頭を撫でてくれた。照れて視線をさげると、胸元でかがやくライラ様の瞳。かーっとなんだか体が熱くなってしまう。嬉しくって、気恥ずかしくて、なんだか、言葉で言い表せない気持ちがあふれて、私は表情が戻らないくらいにやけてしまう。


「えへ、えへへへへ、ありがとうございますぅ」


 私はマドル先輩にたまらずぎゅっと抱き着いて、それでも気持ちがおさまらなくって離れて、今度はライラ様のもとに戻ってその勢いでベッドに上半身をダイブさせ、反動ですぐ立ち上がってライラ様の前で胸をはって見せびらかす様に立つ。


「ライラ様、ライラ様、ありがとうございます! えへへ、似合ってます?」

「ん、ああ。まあ、いいと思うぞ。ずっとつけてろ」

「えっ、ずっとは……傷ついたりするかもですし」

「ちっ。お前は文句が多いな」


 驚いているライラ様に尋ねると、ライラ様は驚きからゆっくり唇の端をあげてそう優しく言ってくれたけど、いやいや。こんな高級品を普段使いは怖すぎる。

 という当たり前の反応だと思うのだけど、ライラ様は不機嫌そうに眉をしかめた。かと思うと、右手でぐっと私の襟をつかんで引きあげ、左手の親指を自分で噛んでその指をブローチに押し当てた。


 その動きを驚きで目で追っていると、触れた瞬間、じゅっ、とまるで熱いものに触れたような音がして、ライラ様の親指の表面に染み出た血はブローチに吸い込まれるように消えた。

 離されたライラ様の親指はもう傷一つなかった。その指先を思わず見送ると、ライラ様の得意げな笑みが迎えてくれた。


 


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