第23話 瞳2
「これでいいだろう。お前が転んだくらいで傷はつかん」
ライラ様はブローチに何かをしてから、得意げにほほ笑んでそう言った。微笑みについつい見とれてしまっていた私は、ライラ様のその言葉の意味に遅れて気が付く。
今の謎の行為で、よくわかんないけど宝石が丈夫になったのだ。魔法じゃんもうそれ!
「ええっ、ライラ様すごっ! そんなこともできるんですね!」
「造作もない」
「ありがとうございます! じゃあ、毎日つけさせてもらいますね!」
もう一度ブローチをつまんで、服ごとひっぱりながら宝石を見る。赤い宝石は、さっきまでより輝いているようにすら見えた。ライラ様の血が塗られたなんてわからない、吸い込まれそうなほど深いきらめきがあった。
「はぁ……えへへ。大事にします。ありがとうございました」
「うむ。それでいい。ところで、何か。気づかんか?」
「え?」
気づく? なんだろう。私の目に見えている部分で何か、間違い探しが起こっている?
えーっと。ライラ様のお顔。いつも通りとっても素敵。いつの間にかみつあみをほどいてしまっているけど、さすがにそれじゃないよね。みつあみにしていたのに全然癖がついていない綺麗な髪素敵。私は結んでると絶対癖ついちゃうからなぁ。そのままでも普通にワンピースが似合っているのだけど、雰囲気がガラッと変わってこれはこれで。
じゃないよねぇ。マドル先輩を振り向く。じっと私とマドル先輩を見ている。ううん? いつも通りの格好。いつも通りの髪型。いつも通り立ち姿一つとっても完璧メイド・マドル先輩だ。
もう一度ライラ様を向く。ライラ様は組んでいる足に肘をのせ、上体を倒して私に顔を寄せてくる。ああー! 近くで見るほど顔が天才すぎる! 意味ありげに笑ってるし、もしやこれが正解?
「……あっ! 腕!!」
じっと見る私に、ライラ様が顎をあげ手首を軽く振るったことで、その手首にさっきまでなかったものがあることにようやく私は気づいた。
「ようやく気付いたか。鈍いやつだ」
声をあげた私にライラ様は楽しそうに笑いながら顔をあげ、その手首に巻いたアクセサリーをゆらした。
そう、私があげたあの琥珀のネックレスだ。金具に通して二重にすることでライラ様の華奢な手首を飾っている。
「つ、つけてくれたんですね。嬉しいです」
正直、あの時はテンションがあがっていたけど、ライラ様がつけるには安物だと思う。でもあの夜、最初につけてくれたっきり、つけているところを見せてもらっていなかった。
あの時は一瞬だったからよく見えなかったから、翌日楽しみにしていたのに。気に入らなくてもせめてもう一回くらいつけてくれてもいいのに。ライラ様優しいから嫌だけど受け取ってあの時だけはつけてくれたのかな。優しい。好き。とちょっとショックだったのだけど。まさか、今になってつけてくれるなんて。
私の感動に揺れた声に、ライラ様は得意げにその手を自分の顎に触れさせて手首を見せつけてきた。
「ああ、お前の分がようやく届いたからな」
「え、そ、それって……ライラ様も、ずっとつけてくれるってことですか?」
都合よく考えてしまうけど、でもその言い方だと、私がライラ様からその目と同じものをもらって身に着けるタイミングと合わせて自分も身に着けてくれたようにしか聞こえない。だとすれば、私にずっと身につけろとライラ様が言うように、自分もそのつもりでいてくれるんじゃないかって。そう考えてしまう。
「ああ、エストがそう望むならな」
私の期待にあふれた視線に、ライラ様は私の頬にそっと触れて至近距離で見つめながらそう答えてくれた。その目はとても優しくて、私はドキドキしてしまう。
まだ出会って一か月くらいだ。私にとってライラ様はとっても美しくて優しくて幸せにしてくれるご主人様で、一生ライラ様の奴隷でいたいと思うくらいには大好き。
でもライラ様からしたら、今まで何人も、下手したら百人くらいいただろう奴隷の中のたったひとりだ。たまたま今私一人だけが奴隷だけど、そんなことも今までになかったわけじゃないだろう。
私の血がどれだけ美味しくても、それだけで本当に私が思うほど、ライラ様が私を特別って思ってくれてるなんて自信は全然ないし、実際そんなことはないと思う。
なのに、優しいライラ様は私の忘れないでほしいっていう、長命なライラ様からしたら煩わしく思っても仕方ないお願いを、まっすぐに聞いてくれた。今だけの気まぐれなのかもしれない。だけど、それでも私は嬉しい。
その気まぐれが、私が死ぬまで続けばいい。ううん。続いてほしい。そうなるように、ずっと頑張ろう。
「ライラ様ぁ。えへへ。嬉しいです。ありがとうございます!」
「ああ」
よしよし、とライラ様が私の頭に手を置いて軽く撫でてくれた。う! ライラ様に頭を撫でられてる! 嬉しい!
「えへへぇ」
頭を撫でられるのは前世でもよくあったし、私って友達からもそう言うのされやすいタイプだったし、悪い気はしなかった。でもなんていうか、マドル先輩から撫でられるようになってライラ様にも撫でられて思う。
私、頭撫でられるの好きだ。
この世界の親や家族とはあんまり仲良くなかった。それでも私には前世の親との思い出があったし、友達はできたし、まあ考え方に違いってあるよねって思って気にしないようにしてた。
でもやっぱり、一番身近な人から愛されないのは寂しいししんどかったんだろうなって自分で思う。だってこうして頭を撫でられてると、なんだか認められてるみたいな、愛されてるみたいな気になってすっごく嬉しくなっちゃうもん。
「主様、そろそろお昼の時間です」
「ん? そうだな。じゃあ私はそろそろ寝るか」
「え? そうなんですか?」
「ああ」
マドル先輩の言葉にライラ様は私から手を離してそんなことを言った。
今日は午前中からライラ様と一緒だなんて嬉しいなぁと思っていたのだけど、どうやらライラ様はこれから睡眠らしい。ライラ様ってもしかして超ロングスリーパーなのかな?
「主様はこの時間に起きられるため、昨夜から眠られていないのです」
「えっ。そ、そこまでしてくださっていたなんて。ありがとうございます、ライラ様」
朝起きれないから起きておこう。その理屈はわかるけど、まさかそこまでして私と遊んで、そしてこのプレゼントを渡そうとしてくれるなんて。嬉しい。好き。
「マドル、余計なことは言わなくていい。別に、人間ではないからな。数日眠らなくても問題はない。ないが、まあ寝たほうが気分がいいからな。それだけだ」
ライラ様はどこかむっつりとした顔でそう言ってから、ベッドに寝転がって私たちに背中を向けた。照れてるのかな? かわいー! はぁ、ライラ様美人で大人の女性なのにこういうとこ子供っぽくて、口に出したら怒られるだろうけどほんと可愛いなぁもう!
「はい、かしこまりました。余計なことは言わないようにします。ではエスト様、行きましょうか。衣類は後程整理しておきますので」
「はーい。ライラ様、おやすみなさい」
「ああ」
ライラ様のお部屋をでて、マドル先輩と食堂に向かう。それからそういえばと思いつく。さっきはライラ様と私ばっかりファッションショーをしたけど、マドル先輩は着なかったな。
私にもメイド服以外を買ってくれたんだし、マドル先輩も持ってても全然おかしくないのだけど、マドル先輩ってそもそもお休みあるのかな? いや10人もいるんだから交代で休んでるだろうけど、その割に私服姿をみかけたこともないし。
「マドル先輩、マドル先輩はお仕事以外の時はどんな服を着てるんですか?」
「私はライラ様のお世話やこの館のすべての管理が仕事なので、仕事以外のことをしている時間というのはないですね」
「えっ! ……だ、大丈夫ですか? お休みの日がないなんて、あ、あれでしたら、私でできることならお手伝いしますよ?」
もしかしてとは思ったけど、まさか本当に休日がないなんて。ブラックすぎるのでは。いや、言っても住み込みだし文化的にも当たり前っちゃ当たり前なんだろうけど、週休まで行かなくてもたまにはあってもいいと思うので、そう提案してみる。
かわります、なんてのは無理だけど、せめてマドル先輩一人が休める程度にはお手伝いを。奴隷も減ったし仕事減ってると思うし。
「エスト様もお休みの日はないと思いますが」
「えっ、あー……そう言われればそうなんですが、私の場合ある意味ほとんど毎日お休みなので」
と思っての善意の提案なのだけど、マドル先輩には無表情ながらどこか不思議そうに首を傾げられてしまった。奴隷に休日はない? それはそう。でも血を吸われるしか勤務内容がないので、実質勤務日がないみたいなものだ。一か月の内実働1時間もないんだから。
血の味を保つため健康を目指しているからある意味生活のすべてが勤務と言えなくもないけど、でもぶっちゃけ血の味関係なくても健康に生きたいし、私の為でもあるので。
「マドル先輩、お休みの日とかなくて、こう、辛かったりしんどかったりしません? 気分転換の日とかなくて大丈夫ですか?」
「私の命は主様の為にありますので、主様の為に仕事をすることは苦痛になりません。直接主様につかえるだけではなく、館の管理もエスト様のお世話も含めてそうです。体力的な意味であれば休憩時間はありますから問題ありません」
「メイドの鏡……さすがマドル先輩」
私の心配は杞憂というか、余計なお世話だったらしい。マドル先輩にとったらライラ様にお仕えすること自体、お仕事以上に自分がしたいことでもあるって感じなのかな。忠誠心がすごい。
私も血を吸われるのは全然OKだし、ライラ様に喜んでもらいたいし、家事も全然手伝う気持ちはあるけど、マドル先輩はお仕事量ほんとにおおいし、全部を毎日やれって言われたらさすがにお休みは欲しいって思うかも。
私もいつかマドル先輩のように……うーん、どうだろ。心から思ってるならまだしも、無理しても心病みそうだから、やっぱりたまのご褒美とかほしいかも。
「それに、気分転換というのも最近はエスト様がいますし、必要ありません」
「それはー、褒めてます?」
「はい」
「そうですか。じゃあよかったです。私がマドル先輩の気分転換になってるなら嬉しいです」
目指すべきか、別に言われてないんだからいいかな。と悩んでいると、何やらマドル先輩が優しくそう言ってくれた。私の存在が気分転換、というのは、私が気まぐれだったりで仕事を増やしてマドル先輩を困らせてる? と一瞬不安になったのだけど、褒めてるみたいなのでよかった。
やっぱり毎日同じお仕事だとつまんないもんね。色んな人がいていろんな新しいお仕事があった方が、張り合いもあるもんね。うんうん。これからも色々挑戦していこう。
「でもそれはそれとして、マドル先輩もいろんな服あってもよくないですか? マドル先輩美人ですし、いろんな服似合いそう」
「そう……ですか。まあ、この服も私自身なので、変えようと思えば変えられますが」
「え? ……え?」
その後、食堂についたのでお昼を食べながら詳しく聞くと、どうやらマドル先輩は自分の意志で自分を形作っているようで、好きに形を変えられるとのこと。今の姿は参考にした人間さんがいるらしい。スライム的なってこと?
まあマドル先輩の正体はおいておいて、ちょっと待って。ものすごい大事なことに気づいたのだけど。え、あの。
「マドル先輩……もしかしてずっと全裸ってことですか?」
「……その発想はありませんでした」
服自体は余ってるのでこれから着ます。と言われた。うん。その方がいいよ、見た目も手触りも普通に服を着ているようにしか見えないけど、知っちゃったらびっくりするから。うん。
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