第21話 起こされた朝
朝。目覚まし時計のないこの世界。庶民はお日様と共に目を覚ますのが基本だけど、幸福な奴隷である私は好きなだけ寝て好きな時間に起きている。どういう仕組みか、起きた時にはマドル先輩がいてくれる。なので朝の身支度まで手伝ってもらい、食堂に行くと温かい朝ごはんを食べさせてもらい、お昼までお勉強。という貴族のお嬢さんみたいに優雅な生活を送らせてもらっている。貴族の生活知らないけど。
というわけでだんだん朝が寒くなってくる日々、だんだん二度寝の時間を長くさせてもらっているのだけど、今日はなんだか様子が違った。
「エスト様、起きてください」
「んゃぁ? まどるせんぱい?」
「はい、マドル先輩です。朝ですので起きてください。顔を拭きますよ」
「んにー」
ほかほかの濡れタオルで顔を拭かれた。眠気がとれるのと同時にめちゃくちゃ気持ちいい。いつも朝一番は冷たい水で顔を洗って目を覚ますのが気持ちいい、と思ってたのに宗旨替えしそう。
「うんん、マドル先輩、気持ちいいですぅ」
余りの気持ちよさに目を閉じて受け入れると、耳の穴まで拭いてくれた。気持ちよすぎて声がとろけてしまう。マドル先輩たらテクニシャン。
「よければこれからこれで起こしましょうか?」
「うっ、ううーーん。い、いえ。起きます!」
めちゃくちゃ心が揺れたけど、でもいくらわがまま放題甘やかしてもらっているとはいえ、これはさすがに贅沢が一線超えているでしょ。マドル先輩をこき使いすぎだ。メイドさんのお仕事の域超えてる。
「そうですか? ではいいですが、とにかく起きてください。朝ですよ」
「はーい。今日は起こしてくださるなんて珍しいですね。何かありましたっけ?」
ちらっと窓をみるけど、特にいつもよりめちゃくちゃお寝坊という感じもしない。
「はい、今日は少し予定がありますので、それに合わせてそろそろ朝食をとっていただきたく」
お着替えしながらそう尋ねると、マドル先輩は淡々としながらもどことなくいつもより楽しそうな感じで指先をうきうきさせながら私をじっと見て答えてくれた。
「えー、なんでしたっけ。私が知ってるやつですか?」
「知ってますが、今日だと言ったのは今が最初です」
「えぇー? なんですか? うーん、ちょっと考えてみますね」
着替えて食堂に行きながらも考える。朝から何かの予定。勉強じゃあないだろうし。午前中って何かあったっけ。そういえば、前に食料とか頼んだものは毎日午前中に届けてくれるって話だったっけ。
だからいつもお昼ご飯からはその日持ってきてくれた食料で料理してくれてるんだよね。なにか頼んでたっけ? これから冬になるから、野菜が保存食になるみたいなことは聞いてたけど。
それはそれでいいよね。干した野菜はそれだけ味が凝縮されてるわけだし。ライラ様に献上されるんだから、ただ適当に放置されたしなびた野菜とは別物だよね。
「いただきまーす!」
なんて真面目に考えていられたのは食堂に入るまで。私は目の前に出された朝のご馳走に夢中になってしまった。
「答えはわかりましたか?」
お腹いっぱい食べてぽんぽんになったのをさする私に、マドル先輩は優しく問いかけた。
「え? あっ、そうでした。えーっと、わかりません! でもマドル先輩も楽しそうなのでとっても楽しみです!」
「おや、楽しそうに見えますか?」
「はい。いいことなんですよね?」
質問すると、マドルさんは一瞬だけきょとんとしたように瞬きしてから、いつもの表情に戻って頷いた。
「そうです。では行きましょうか。もうじきに着きますから」
というわけで私はマドル先輩と一緒に一階に向かった。玄関の前にはなにやらマドル先輩が集まっていた。台所ではマドル先輩たちが同時に作業しているのは見かけるけど、それ以外ではこんな風に集まっているのは初めて見た。
わー、と思っていると全マドル先輩が振り向いた。わぁ! マドル先輩に囲まれた! マドル先輩はライラ様ほどではないけど大人の女性として普通に背が高いので、囲まれるとすごい。
美人メイドさんに囲まれて見下ろされる。圧もあるけど、マドル先輩ほどの美人に囲まれるとなんだか、ちやほやされてる感もあって楽しくなってきた。マドル先輩の顔を見まわしながらテンションをあげていると、暇つぶしなのかマドル先輩に頭を撫でられた。
「あわ、えへへへ」
全方位から撫で撫でされる。一瞬慌てたけど、悪くない。というか最高では? 美人メイド、マドル先輩からの撫で撫でというだけで嬉しいのに、囲まれて撫でられるってご褒美すぎる。たのしー!
「よしよし。いい子ですね」
「えへへ。はーい、いい子でーす」
と、マドル先輩とじゃれていると、なにやらベルの音がなった。玄関ベルがなったのだ。こんな近くで確認しなかったけど、立派な鐘の音だ。普段マドル先輩が近づくだけで開けてくれるから鳴らしたことないけど、玄関扉の上に結構大きいのが付いてるんだよね。
マドル先輩が私を撫でるのをやめて玄関を開けた。そこにいた人がマドル先輩の指示に従って、なにやらたくさん持ってきている。マドル先輩が箱を返却し、代わりにたくさんの木箱が積まれていく。
食料をこんなに、なわけないよね? と思ってからはっと、ようやく気付いた。
もしかしてこれ、服じゃない!? 私のもだけど、ライラ様のも頼んでいた。ライラ様の服となると、そりゃあ一着二着で足りるわけない。それを思えば、私ひとりじゃとても持てないような箱が6つもあってまだ足りないくらいだ。
私はワクワクしながら荷物が運び込まれて商人さんたちが帰るまで待ち、箱を運ぶマドル先輩に話しかけた。
「マドル先輩! これってもしかして服ですか!?」
「正解です」
よくできました、と荷物をもってないマドル先輩に頭を撫でられた。やったー! ライラ様のおニューの服装を見られるなんて嬉しい!
浮かれながらマドル先輩についていくと、マドル先輩たちは荷物をライラ様のお部屋に運び込んだ。
注文していたいろんな服を持ってきてもらったので、一気にひろげて試着して気に入るものを選ぼうと言う話らしい。ライラ様もそれで今日は朝から起きているということなので、私も時間を合わせて到着したらすぐにできるように朝起こされたらしい。
なるほど、謎は全て解けた! 教えてもらったからね! でも前から決まってたなら私に教えてくれてもいいのでは? と思ったけど、私をびっくりさせて喜ばせるために黙っていたらしい。ライラ様のご指示だとか。
えぇ、サプライズをしかけようとするライラ様、可愛すぎない? そして答え合わせをライラ様がいないところでしちゃうの斬新じゃない?
「ライラ様ー! おはようございます!」
「ああ。朝から元気だな」
ライラ様のお部屋に入ると、ライラ様はベッドに優雅に寝そべっていたのから、ゆったりと身を起こした。そんなけだるげな動きでさえ絵になるのでうっとりしてしまう。
ライラ様はこれから着替えるからか、いまだ寝間着姿のままだ。改めて見るとすごく薄着で寒そうに見えてしまう。
と思ったけど、なにやらお部屋はとても暖かい。部屋に備え付けられている暖炉がついている。この間の時はついてなかったし、夜で暗かったから暖炉があることに気が付かなかったし、そもそも今まで寒そうなそぶりをみたことないライラ様の部屋なのでこんなに暖かいのは不思議だ。
「この部屋すごくあったかいですね」
「ああ、これならお前も着替えられるだろう。今日はこの間言っていた服が届く日だ。喜べ。いくらでも着るがいい」
「最初はもっと広い広間で着替えようかと思ったのですが、着替えるためには薄着になるので、部屋中を暖かくできてかつ荷物を運び込めるほどほどの広さの主様の部屋で試着することになりました」
マドル先輩がてきぱきと部屋に木箱を置きながらそう説明してくれた。なるほど。確かに。絨毯もあるし底冷えするわけじゃないけど、廊下とか暖房のないところはじっとしていると寒いくらいだ。
それに最初にライラ様に会ったあの広間は何度かはいっているけど、天井が高くて広くて、とてもじゃないけどこの人数で使っても逆に寂しくなるだけだろう。
「そうだったんですね。ライラ様、お洋服ありがとうございます。とっても嬉しいです! それに、またライラ様のお部屋にこれたのも嬉しいです。ありがとうございます」
「ふっ、部屋くらい、いつでもくればいい」
「え、いいんですか? そんなこと言われたら本当に好きに遊びにきちゃいますよ?」
「ああ、好きにしろ」
「わーい、やったー! ありがとうございます!」
なんて風にライラ様とおしゃべりしているうちに、マドル先輩はてきぱきと木箱を開封していい感じにだしてくれた。もう人員もいらなくなったと判断したのか、たくさんいたマドル先輩はいつのまにか二人になってしまった。
「ではさっそく、エスト様の服から確認していきましょうか」
「そうだな」
「えっ。ライラ様からでは? まだ着替えられてないですし」
「ん? そうか。そうだな。ではお前たちがそれぞれ、私に最も似合うと思うものを選べ。着てやろう」
「はい!」
いくら寒さ的に平気とは言っても、正直気になってしまうほどの薄着だ。ライラ様は目のやり場に困るような服装でも全く気にしてはいないようだったけど、順番にこだわりがあるわけでもないようで鷹揚にそう言ってくれた。
そうだろうなと思ってたけど、ライラ様の服を選んで着てもらえるなんて嬉しすぎる。ライラ様ほど美しい人に何でも着てもらえるなんて、わくわくがとまらないね!
「なるほど、私とエスト様のセンスの勝負ですね。望むところです」
「えっ!?」
ライラ様の服を選べる嬉しさを喜んでいるうちに何故か勝負になってしまった。前も思ったけど、意外とマドル先輩って好戦的というか、血の気が多いよね。
「こちら側のものがそうです。装飾品がついているのもあるので、扱いは慎重にしてください。振り回したりしないように」
「わかりました。じゃあさっそく」
注意をうけてそーっとドレスに手を伸ばす。ライラ様に膝抱っこされた時に触れているけど、こうして改めて服にだけ触れると、明らかに私の服とは手触りが違う。光沢もあってすべすべで、前世になんら劣らぬ高級感。
それに刺繍というか、レース細かい。わ! 襟のレースの先端のひとつひとつに細かい宝石がついてる! こ、これはすごい。ライラ様がいつも着てるのが普段着のドレスだと言うのがわかってしまった。これが普段着じゃないドレス。
慄きながらもいろんなドレスを見ていった。
最初に手にしたものすごく豪華なドレスにはびっくりしたけど、それ以外にも、チェック柄の装飾がシンプルなドレスもあれば、町娘が着てそうなおしゃれなワンピース、立派な仕立てだけどズボンとセットの動きやすそうな、多分一緒にあった小物と合わせて乗馬服みたいなのもあった。
ズボンのついているのは男性用っぽいけどライラ様サイズみたいだ。そういえばライラ様のドレス姿はとても様になっていて素敵なのだけど、スカート丈はちょっと短いのが多い。一番短いのでひざ丈くらいだけど、村でもだしこの間の街の人の姿も見た感じ大人の女性はくるぶしくらいの丈が一般的っぽいので、ライラ様は背が高いからそうなってしまうのだろう。一番長いのでもくるぶしまで隠れていなかった気がする。
ただ純粋に足が長いと言うとんでもないスタイルのよさだ。足を組んでいる姿は何度見てもほうっとするほど様になっていたけど、細かく分析すると足の長さもその一因なんだろうなぁ。
「こういう服って、ライラ様に合わせてオーダーメイドで作ってるんですよね? それにしたらめちゃくちゃ届くのが早いですね」
「ん? そうなのか?」
「どうでしょう。内訳までは聞いていませんが、この量を一から作るのは無理ではないでしょうか。ライラ様は人間の女性より長身ですが細身です。もともとドレスというのはある程度サイズ調整ができるようになっていますし、あるものを多少手直しして送ってきているのではないでしょうか」
「なるほどー。マドル先輩は衣服にも造詣が深いんですね」
庶民の服もサイズ調整できるようなのばっかりだけど、それはそもそもゆったりサイズがおおいし、ドレスは腰回りとか見た感じぴったりサイズだと思い込んでた。私はドレスを着ないからわからなかったけど、ちゃんとサイズ調整できるようになってたのか。
知らなかったーと尊敬の目を向けると、マドル先輩はなんでもないように服を見分しながら答える。
「深い、というほどでもありません。ほんの少し話に聞いたくらいです。以前、ここには人間の使用人がいたこともありましたから」
「えっ、そうだったんですね」
「私が幼い頃の話です」
「幼い頃」
幼い頃あったんだ。いや、あるか。え、どんな姿だったんだろ? でも話しぶり的に、その時のマドル先輩がお世話になったであろう使用人さんは亡くなっちゃったんだろうな。だって百年くらい領主様してるって話だったし。
「その頃のマドル先輩、可愛かったんでしょうね」
「はい、とても」
「何言ってんだ。まだ決まらんのか?」
案外、マドル先輩別にそんな気をつかわなくてもいいタイプかも? と思わせる返事だったけど、ライラ様が呆れたようにしながらせかすので、今日のところは過去の詮索はやめておくことにした。
「あ、ライラ様。やっぱりひとつってなかなか決められなくて。なのでいっぱい着てもらいたいんですけど、いいですか?」
「んー? まあいいが」
「やったー」
「ではまずはこちらを着てください」
「あ、マドル先輩ずるくないですか!?」
「早いもの勝ちです。つまり、私の勝ちですね」
いっぱいいろんな服を着てもらった。どれも似合いすぎていて一番が決まらなかったので、ライラ様の美しさに免じて引き分けにしてもらった。
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