時が流れて

第20話 冬になる

 お祭りの日、ナトリちゃんたちの奴隷の同僚たちは、みんな実家に帰ったらしい。お手紙をもらったけど、どうやらホームシックだったらしい。そっか。ずっとどこかにこもってたのもホームシックで、他の奴隷の人が同じ故郷とかでそれでだったのかな?

 悲しいけど、無理にひきとめることはできない。手紙には私ひとりに食料という大役を押し付けてごめんってあったけど、ライラ様は私の健康に気を遣ってくれてるし、私でいいなら全然、やる気あります!

 むしろ私だけがライラ様の食料か、と思うと、ちょっと誇らしさすらあるよね。このライラ様は私の血でできてます! なんてね。


 まあそんな冗談で一人部屋が寂しいのをごまかしていると、ほんの数日で本格的に冬がきてしまった。

 もともと、私がここに来た時から秋だったのだ。一か月がたちどんどん寒くなっていた。ナトリちゃんたちは無事に家に帰れたのか、ちょっと心配にもなるけど、マドル先輩が色々用意もして送り出したってことだから、大丈夫だよね?

 考えていても仕方ない。私は私にできる精一杯をするのだ!


 目下の問題は外にでていないことだ。福利厚生のしっかりした奴隷環境だけど、着替えもあわせて服を用意してくれているのは寝間着かメイド服だ。外に出て活動するものではなく、私の体にあった上着類はないし、スポーツ用の服もない。

 ライラ様に抱っこされての見回りはあったかいし、なんなら廊下を歩くのよりずっと快適だからしているけど、さすがにランニングはできていない。風が一気に強くなって難しいんだよね。いっぱい重ねてもらったら出られるけど、その格好ではろくに動けないし。


「とはいえ、お家の中で体力を鍛える運動ってありますかね?」

「あぁ、エストは走り回るのが好きだったからな。他の奴隷もいなくなったし、廊下でも走っていればいいだろう」

「危なくないですか?」

「危な……危ないな。やめたほうがいい」

「えぇ、じゃあ。走る以外の全身運動と言えば、プールとか、縄跳びとか、スポーツ。あ、ボクシングも全身運動って聞いたことがあります」

「エストが言っているものは全部わからんが、人間がよくやる遊びなのか?」

「えー、聞いたことないです」

「お前は何を言っているんだ?」


 馬鹿を見る目をされてしまった。いや、だから今のは縄跳びとかをみんながしてるのも話してるのも聞いたことないってことなのだけど、よく考えたらこの時代にプールとかボクシングはないでしょ。縄跳びは知らないけど、縄跳びが室内でできるわけない。危ない。


「冬に体を動かす服があればいいのでしょう。冬服を頼んでおきます」

「マドル先輩、そ、そんな我儘を言ってもいいのでしょうか?」


 ライラ様と反対側に座って水を飲んでいたマドル先輩が突然そんな素敵なことを提案してくれた。嬉しい。嬉しいけど、奴隷の身でそんなのいいの? 今は私がもともと着ていた服だからぎりセーフだけど、メイド服以外を買ってもらうなんて。と言いながら期待で胸が膨らむのを抑えられない。


「ライラ様に確認しましょう。よろしいですね?」


 間に挟まれた状態でマドル先輩が確認をするので、私はライラ様を振り向いて指を組んで手を握り、お願いポーズで見つめてみる。


「……いいが、なんだその確認の仕方は。よろしいでしょうか、だろうが。お前も、なんだその顔は」


 ライラ様はちょっと不満そうに言いながら私の額をつついてきた。さすがにお願い顔は図々しいがすぎたか。なのにまず許可は出してくれるライラ様、優しい!


「ライラ様が断られるはずがない、という信頼によるものです。よかったですね、エスト様」

「はい! 嬉しいです! ありがとうございます、ライラ様!」


 注意されたので手をほどいてマドル先輩を振り向いて相槌をうってから、ライラ様に頭をさげてお礼を言う。


「む……まあ、いいが。他にも必要なものがあれば言っておけよ。どうせお前だけなんだ。金は気にするな」

「かっ、かっこいー……」


 一度は言いたい、金は気にするな。セレブ感すごい。うっとりしてしまう。さすが領主様。ライラ様ってちょっとアウトロー的な雰囲気で実は偉い人っていうギャップがすごいよね。きゅんとする。


「ふっ。当然だ」


 思わず称える私に、ライラ様はさっと前髪をかきあげてそう微笑んだ。ぎゃっ。一瞬オールバックみたいになったライラ様、イケメンがすぎる。男装とか似合いそう。悲鳴が出るかと思った。


「ライラ様しゅてき! はー、ライラ様、こんなに女性としてお美しいのに、カッコいい系も似合いすぎです」

「ふ……ふふふ。そう、当たり前のことを言っただけで、私の機嫌を取れると思うな。もっと言え」

「ライラ様の見た目の全部が好きです。黙っていてクールで凛々しいところも格好いいですし、そうやってくいって口の端をあげるみたいに微笑まれるとキュンってするほど格好良いです。それでいて優しく微笑まれると女神のようにお美しくて、私、死んじゃいそうです」

「ふふふふ、ふはは、ははははっ! いいぞ!」

「私なんかの言葉で喜んでくださるところも、優しくて素敵です。好き」

「ははは、うむうむ。いいだろう」


 あぁー、なんて褒め称えがいのあるライラ様なんだろう。こんなに喜んでもらえるなんて、もっと語彙磨こう。ライラ様の好きなとこ無限に言える気がするから、無限に言えるようにならなきゃ。

 ライラ様が満足してくれたようなので、本日の褒めタイムは終了する。


「にしても、本当にライラ様って何でも似合っちゃいますよね、もっといろんなライラ様の格好見たいです。今のドレスももちろんとっても素敵で似合っていて見惚れちゃいますけど」

「ふむ、そうだな。見せる相手もいなかったが、お前がそうまで言うならいいだろう。マドル。用意しておけ」

「かしこまりました」

「やったー! ありがとうございます!」


 こんな思い付きのお願いを即座にかなえてもらえるなんて、本当に私って甘やかされているというか、幸せすぎる。奴隷ってこんなに幸せでいいのかな。奴隷の地位を独り占めしちゃったことで扱いがグレードアップしたみたいだし、いやー、なんだか申し訳ない。


 なんてやり取りをしたものの、この世界にはネット通販なんてのはもちろんないので、じゃあお急ぎ便で! とはならないので、気長に待たなければならない。

 ということで数日は外にでられないので、いい機会なので図書室をじっくり見てみることにした。


 マドル先輩は片づけを、ということで別れ、私はライラ様と二人で図書室に向かった。

 図書室には毎日お勉強タイムでつかっているけど、文字が読めないなら意味ないってことで、中をじっくり見ることはなかったので。でも絵本とかもあるわけだし、今なら簡単な本なら読める。難しくても時間をかければたぶんある程度は。微妙なニュアンスとかは文脈から察すればいいしね。


「ライラ様は普段どんな本を読むんですか?」

「読まないな」

「えっ、こんなに本があるのにですか?」

「館についてきただけだ。あの玩具の時も言っただろ」


 ついてきてくれて私が本のタイトルを撫でたりしながら読んだりするのを優しく見守ってくれるライラ様だけど、本には全然興味がないようだ。読書してるライラ様とかめっちゃ絵になりそうなのに。

 それに確かに遊戯室にある玩具の使い方を聞いた時にも、この館にライラ様が住むことになった時に全部備え付けだったと聞いているけど、この量の本もライラ様が望んだんじゃなく初めからついてきたの? え、なに、誰か夜逃げした後の館なの?


「じゃあ、ライラ様ってお仕事以外の暇な時は何をしているんですか?」

「なにを……別に、何もしていないな」


 何もしていない? 不思議そうにされたけど、いや、私こそ意味がわからないけど。確かに私の食事を見守ってくれるし、起きてくれてからは基本私に付き合ってくれてるから時間に余裕があるんだろうなーとは思ってたけど。

 え、趣味とかは? 何もしてないって、さすがにひたすらぼーっとしてるわけじゃないよね? なにかしらするんだろうど、特にこれって決まったものはないって感じなのかな?


「知らなかったことを知れるのって楽しくないですか?」

「そうかぁ?」


 うーん、全然理解してもらえない。まあ私も別にそんな勉強大好きってことじゃなかったけど。でも教科書読むのは結構好きだったし、理科の実験とか楽しかったし、知識欲っていうのは割と誰でもあるものだと思うけどなぁ。

 吸血鬼はそうでもないのかな? 吸血鬼って何ができてどんなふうにすごいのかってのは色々聞いたけど、ライラ様の過去とか全然聞いてないんだよね。


「この辺は、地理とか、歴史ですかね?」


 なんとかの歴史、とかなんとかについて、みたいなタイトルの本が並んでいるので、多分そうだろう。そこそこあってシリーズっぽいのもあるので、個々の国の歴史について詳しく乗ってるのかな? 考えたら、私そもそもこの国の名前も形も知らない。


「そうだな。ここの国トーロスの歴史書がこれだ。縦に長く、人の国の中では端っこにあり、魔物の生息域と近いということで征服されるうまみも少ないから比較的長く続いてるな。まあ、魔物のせいで村単位ではよくなくなっていたが」

「え、ライラ様、博識ー。すごーい。何でも知ってるんですね」


 読書しないし興味ない、みたいに言ってチンピラ風の胡乱気な反応だったのにさらっと教えてくれるなんて、なんだろう、この、ギャップ萌え。すご。学ぼうとしなくても自然に身についた知識ってことですもんね。やだー。惚れ直す。


「まあ、人間の国については、あまり詳しいわけではないが」

「ライラ様はこの国にこられるまでは他の国におられたんですか? その国の本もあります?」

「ないな。人間の領域ではないからな。地図で言うなら」


 ライラ様は無造作に本を一冊取り出して、ぺらぺらと全体をめくってから最初の方のページを開いて私に見せてくれた。


「これがこの大陸のだいたいの人間の国だ。いまがここで、私はこっち側の、この辺からきた」


 そのページには大まかな大陸図の一部があって、ライラ様は右側の山を越えて絵がなくなった次のページまでいって空中を指さした。なるほど。なんとなくイメージはできた。日本地図だけだして、太平洋のど真ん中を指さすくらいの距離感だ。結構遠くから来たんだなぁ。


「こっちのほうが、吸血鬼とかそういう私みたいなふつーの人間とは違う種類の人の国になるんですか?」

「んん? まあ、このあたりに吸血鬼しか住んでいない国があってな。私はその中の街の一つしか知らないが、そもそもここに大きな山脈があるからな、情報が分断されている。人間は向こうにどんな国があるか把握していないだろうな」

「そうなんですね。じゃあまだまだ不思議なことがたくさんあるんですねぇ」


 ライラ様の言い方的に、ライラ様もそこから直でここにきて、さらに他の国とか種族はあんまり知らないっぽい感じなのかな? 向こう側からしても、人間側が未知の世界だったのかな? うーん、そもそも国になっているところならともかく、その外、交流がないところの情報なんて調べようがないよね。インターネットがあるわけじゃないんだし。

 吸血鬼の国かぁ。興味あるけど、でも、冷静に考えてライラ様が優しいからって他の吸血鬼も優しいとは限らないよね。ライラ様がそこからでてきたってことは、ライラ様はそこに合わないから出た可能性もあるし、そうなるととても恐ろしい国の可能性があるよね。うん。君子に危うきに近寄らず、だよね!


「あ、このあたりは衣服とかの本ですね。服の作り方とかも書いてあるんですね。わー、ドレスのデザインがいっぱい載ってます」

「そうみたいだな。こんなものまであるんだな」


 マドル先輩と違ってライラ様は本のラインナップ自体は知らないみたいだったけど、その分一緒に楽しんでくれた。ちょこちょこ中身を見ながらだったので思っていた以上に時間がかかって、全然全部を見て回ってもいないので、明日も一緒に図書室で本を見てくれることになった。

 ライラ様、反応的になんだかお仕事で一生懸命すぎて趣味のない人っぽい感じだし、もっとライラ様が興味を持ってくれるようなものが見つかるといいなぁ。


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