第17話 プレゼント

「エスト様、上着は回収しましたので、こちらはお渡ししますね。お金も、いずれ使うことがあるかもしれませんし渡しておきます」


 お風呂からあがってマドル先輩に服を着せてもらいながら、もう一人のマドル先輩がやってきてそう言って手渡してきた。それをみて私は慌ててしまう。

 すっかり忘れてた。プレゼントだ。渡す前に見られてしまうとは不覚! とは言え、ライラ様のも見られてるし多少は仕方ないよね。


「マドル先輩、これ、マドル先輩へのお土産です!」

「お土産。本当に買ったのですか」

「もちろんです。マドル先輩にはいっつもお世話になっているので。ライラ様から犬が好きって聞いたので、犬と、あとマドル先輩は10人いらっしゃるんですよね? なので十個になるよう猫も!」


 ちょうど二人いるので、右のマドル先輩と左のマドル先輩にそれぞれ猫と犬を渡す。

 マドル先輩はきょとんとしながらも両手をあわせて広げてお皿をつくるようにして受け取ってくれた。受け取り方可愛い。


「ありがとうございます」

「このようなデザインもあるのですね。可愛らしい」

「つけてみましょう」


 マドル先輩はそろってお礼を言ってくれてから、二人で顔を一度見合わせて会話するかのように独り言を言って、それぞれのピンを一つ選んで右耳の上あたりの髪をおさえるようにさしてからお互いの姿を見た。


「なるほど」

「えへへ。気に入ってもらえたら嬉しいです」


 なにやら頷いてくれたので、駄目じゃなさそう。むしろすぐつけてくれたし気に入ってくれたっぽいので安心して笑いながら声をかけると、マドル先輩はそろって私を向いた。


「はい。気に入りました」

「褒めてあげましょう」

「いいこいいこ」

「あっ、あぁ、えへ、えへへへ」


 そして交互にしゃべりながら二人がかりで私の頭を撫でてくれた。その考えてなかったご褒美に私は気恥ずかしくなってしまうけど、同時にすっごく嬉しくてにやけてしまう。

 マドル先輩がママっぽいって冗談で言っていたけど、こうなるとほんとに、今世の親よりよっぽど親みたいだ。えへへ。嬉しい。


「ふむ。犬は撫でると喜びましたが、エスト様も同様のようですね」

「えへへ。犬っぽいってよく言われますぅ」

「そうでしたか」


 前世では犬っぽいか猫っぽいかなんて言う話題になることがあったけど、私はいつも犬っぽいと言われていた。素直で可愛いという意味なのでとっても嬉しい。

 マドル先輩は私のプレゼントをとっても喜んでくれたみたいで、頭と言わず背中やお腹まで撫でてくれた。お腹までくるとちょっと別の恥ずかしさもあったけど、でも優しくてマッサージみたいで眠くなってしまった。


「エスト様。そろそろお休みされますか」

「うーん。はい。あ、お部屋、別の部屋でお願いしてましたけど」

「問題ありません。眠いなら運びましょうか」

「だ、大丈夫です。頑張ります」


 ライラ様は吸血鬼パワーで強いけど、マドル先輩は特に強いとか聞いてないし、いくら私が子供だからって甘えすぎない方がいいよね。確かに眠いけど、まだ歩ける。

 お風呂場からでてマドル先輩について階段をあがる。四階に上がって左側の通路、その中にある扉をひとつマドル先輩があけると、そこにはさらに階段があった。え、ここそんななってたんだ。

 そう言えば今日上から見た時、屋上を囲う屋根の高さが全部同じじゃなかったような。そういうデザインかと気にしてなかった。下から見上げてもぱっと見よくわかんないし。


 階段をあがるとまた扉があり、通路ではなく広い部屋につながっていた。変わった部屋で窓が上についている。屋根の途中についているって感じで、ちょうどベッドの上にあって夜空がよく見えそうだ。窓には取っ手もついているから、はしごか何かであがると外に出られるのかもしれない。

 屋根裏部屋って感じで、ロマンあふれるいいお部屋だ。それに予備の部屋なのかと思いきや、私の部屋よりずっと広いし、ベッドも大きくていろんな家具もあるし豪華だ。


「ここは……もしかして、マドル先輩のお部屋ですか?」

「外れだ、馬鹿め」

「わっ、ら、ライラ様!」


 素敵な部屋ーと思ってきょろきょろしていると、後ろからぬっと顔を出しながら言われて飛び上がるほど驚きながら振り向いた。

 眠気が吹き飛んだ私の目に飛び込んできたのは、普段から薄着なライラ様のさらにラフになっている格好だった。元々ノースリーブで露出度が増えているわけじゃないけど、透けるような繊細なレースが重ねられて下の体型にそった薄い布地が見えているのがなんともえっち。丈が長いけどベビードールでは? これもう下着では?


「なんだ? いつまで驚いている」

「いや、そのぉ。えへへ。ライラ様、その格好も実にお似合いですね」

「安い世辞だな。見てわかるだろう。ここは私の部屋だ」


 ライラ様って吸血鬼だからなんとなく暗い部屋をイメージしてたけど、普通に天窓があって夜にしたらむしろ明るいし、昼間には直射日光がベッドに。あっ、もしかしてライラ様がお昼に起きてくるのってちょうどその頃に自然光があたるから? そういえば起きてこなかったのは曇りとかだったかもしれない。めちゃくちゃ健康的な起床方法!

 というのは置いといて! え!? ライラ様の部屋にお泊り???


「そ、え、ら、ライラ様のお部屋、ベッドはおひとつですよね??」


 さっきから見えてる部屋の真ん中にあるベッド、とってもおっきいけどどう見ても一つ。おっきいソファもあるし私一人くらい余裕で寝られそうだけど、そのわりに何も置いていなくて、ベッドには枕が二つ置いてある。

 最初見た時は、あー、高級なホテルとかって何故かいっぱい枕置いてあるよね、と思ったけど、これは、そういうこと??


「そうだが? お前みたいな小さいガキ一人増えたところで問題ない。特別にこの私が寝かしつけてやろうというのに不満があるのか?」

「不満なんてそんな! ライラ様のベッドにお泊りさせてもらえるなんて、う、嬉しいです」


 友達同士でお泊りと言っても、同じベッドで寝ることってあんまりないしね。まるで一緒に雑魚寝をする修学旅行みたいだ。ライラ様と一緒に。わー! 今日、寝れるかな!?


「では私はこれで失礼します。エスト様、明日はお勉強はお休みにしますので、しっかり睡眠をとるようにしてください」

「はい。マドル先輩、おやすみなさい」

「ああ、あとでな」


 わくわくする私にマドル先輩がそう言って退室していった。もう結構夜遅いのだけど、ライラ様はまだマドル先輩に御用があるようだ。マドル先輩はいっぱいいるので、交代で夜勤もしているのかな? メイドのお仕事も大変だなぁ。


「ライラ様はまだまだ寝ないんですか?」

「ああ、まあな。ほら、さっさと寝ろ」


 ライラ様はそう言いながらさっと私を持ち上げてベッドに転がした。そして自分もベッドにあがり、そっと私に掛け布団をかけてくれた。

 ら、ライラ様と同衾している。ドキドキ。じゃない。変な意味はないんだし、純粋なお泊りとして楽しまないとね。


「荷物はここに置いて大丈夫ですか」

「好きにしろ」

「ありがとうございます」


 持ったままだった財布とかはベッドの横にある小さいテーブルに腕を伸ばしておかせてもらう。普段はここにワイングラスとかおいてるんだろうなぁ。おしゃれ。

 それから改めて枕に頭を預ける。ふかふかの寝具は何回寝てもその度柔らかくて感動する。そのまま横向きに目を開けると、ライラ様が肘をついて顎を押え、私を見下ろしている。その視線はどこか優しくて胸が温かくなる。


「あの、ライラ様。その、これ、受け取ってもらえますか?」

「ん? ああ、……私にだったのか。これは、まさか、お前の目の色とでもいうつもりか?」

「あっ……はい。その……ライラ様にはいつもお世話になっていますし、その、好きですし……」


 自分の目の色を贈る、という勢いでしてしまったことも察してしまわれた。さすがライラ様。考えたら買う前にライラ様の目のやりとりしていたし一目瞭然だったか。

 でも、違いますと否定するのは違う気がした。お世話になっているから、と言ってから、でもなにか、違う気がした。

 ライラ様にプレゼントしたい気持ちはそれからきている。でも何かあげたいっていうのは単純に好きだからで、それに……今、とっても幸せで、楽しい。


 そうだ。私はライラ様といられて、特別に遊んでもらえて嬉しい。でもいつか、私が成長して、血が美味しくなくなって、ライラ様の特別が私じゃなくなるかもしれない。そうならなくて、幸運なことに死ぬまでライラ様の特別でいられたとして、それでもいつか、私が死んでもライラ様の人生は続いて、いつか誰かを特別にしてしまうのだ。

 だから少しでも、何かしたいのだ。ライラ様にもらうだけじゃなくて、ライラ様に何かをしてあげて、ライラ様の記憶に残りたいのだ。う。なんかそれ、普通に目の色を渡すより重いかも。

 でも……自分で今思いついて、落ち込んでしまう。だって別れのいつかは絶対にきて、ライラ様が私を忘れる時がくるのだから。だったら、重くてもなんでも、言わなきゃ。私の気持ちを伝えることは恥ずかしくても、それで少しでも私を覚えてくれるなら。


「だから、その。いつか、私が死んじゃっても、これをみて、たまには思い出してほしいです。ライラ様のことが大好きな私がいたこと」

「……はっ。お前は本当に、自分のことがわかっていないな。お前のような愚かで変わったガキ、そうそう忘れるか」


 そう言いながらライラ様は、私の手から琥珀のネックレスを受け取ってくれた。そのまま手を滑らせるように手首に巻き付けた。窓から差し込む明かりの下、かすかに反射する綺麗な琥珀は、図々しいのはわかっていても、ライラ様に似合ってるって自画自賛してしまう。

 こんな、ライラ様からしたら子供の玩具だろうアクセサリを受け取って、口は悪いけどそんな風に忘れないよって言ってくれる優しすぎるライラ様。どんどん好きになってる気がする。ライラ様に喜んでもらいたいって気持ちがあふれてくる。


「はい。馬鹿だからでも、嬉しいです」

「ふっ。ほらもう寝ろ」


 ライラ様は感情が乗って思わず持ち上がった頭を枕に押し付け、そう優しく声をかけてくれる。私はなんだかドキドキして気持ちが高揚してしまって、眠れそうにない。この部屋に来るまではあんなに眠かったのに。


「ん……あの、ライラ様。もう一つ、お願いいいですか?」

「なんだ、本当にお前は、図々しいやつだ。言ってみろ」

「その、私の血、吸ってもらえませんか?」

「……なに?」


 怪訝な顔をされて、ますます体温があがってしまう。恥ずかしい。これを言えば喜んでもらえるってうぬぼれていた。美味しいって言ってくれていたし、なんだかいい雰囲気だったし。


「その、順番があるのとか、期間があるのとか知ってるつもりです。でも、前吸ってもらってからもうすぐ一か月ですし。その、今日はまだ飲んでませんよね? お祭りに連れて行ってくれて本当に楽しかったですし、お礼と言いますか、ライラ様にも喜んでほしいですし、その……」

「……」


 嘘じゃない。純粋にライラ様にお礼の気持ちだ。でも本当のところ、どうしてこんなことを言い出したのか、自分でもよくわからない。でもライラ様に血を吸ってもらえたら、なんだか今日という最高の日が、最後までもっと最高のまま終わる気がしたのだ。

 視線を落としてごにょごにょと言い訳のような説明を重ねる私に、ライラ様は何も言わなかった。うぅ。さすがに図々しすぎたよね。


「……すみません、変なこと言って。駄目ですよね。私にいつ吸ってもらうか、決める権利なんてないですし、ごめ」

「エスト」

「えっ?」


 名前を呼ばれた。一瞬その意味が分からなかった。今までずっと、「ガキ」とか「お前」って呼ばれてた。奴隷はいっぱいいるんだから名前を呼ぶのが面倒なのもわからないでもないし、呼んでほしいなーと思うし一回言ってみたけど、まさか、今呼んでもらえるなんて。

 思わず顔を上げた私に、ライラ様はいつのまにかものすごく距離をつめていて、私は両肩を握って引き寄せられた。

 間近で見るライラ様の瞳は、あの時のようにキラキラ輝いていて、私はそこから目を離せなくなる。


「エスト、望み通り、血をすってやる。喜べ」

「はい……はい。ありがとうございます、ライラ様」


 私はライラ様に血を吸ってもらって、最高の夜を迎えた。

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