第15話 お祭り
ついにお祭り当日がやってきた。屋台のを食べるだろうということで、夕食を食べる前の時間。すっかり日が短くなって、あたりは早くも真っ暗だ。これならお忍びでライラ様と行ってもそうそうばれないだろう。
「はい、いいですよ」
「マドル先輩、さすがにちょっと着すぎだと思うんですけど。汗かいちゃいますよ」
「夜は寒いものです」
「はーい」
日中の運動の時はまだ軽装を許してくれるマドル先輩だったけど、今夜はあれこれと服を着させられてもこもこになってしまった。動きにくい。仕上げとばかりにいつもの上着をすっぽり着ているので見た目は大丈夫かもしれないけど、ちょっと動いたら汗をかいてしまいそうだ。
とはいえ、マドル先輩の気遣いなのでありがたく受け取っておく。空の移動も寒いかもしれないしね。
「ようやくか」
「ライラ様は寒くないんですか?」
ライラ様は姿を隠す様にフードもあるすっぽりかぶれる外套のようなものを着ている。だけど傍で見るとわかるけど、私のものが冬用だとしたら明らかに夏用のぺらぺらのものだ。普段の見回りの上着より薄いくらいだ。領主様だとわからないようにすることはできても、私が着ても絶対寒い。
日が暮れると一気に気温が下がるので思わずそう尋ねると、ライラ様はふっと得意げに笑って私の鼻をつまんだ。
「私の心配をするなんて、生意気だぞ」
「はーい、ごめんなさい」
鼻声で謝るとライラ様は笑いながら手を離して、私の両脇に手を入れてしっかり持ち上げてから片腕に乗せてくれた。だんだん抱っこしてくれる時の抱き上げ方が丁寧になっている気がして申し訳ない。
着ぶくれでもこもこなのでいつもよりライラ様にぎゅっとされているような感じがしてほこほこする。
「上着の内ポケットにお小遣いをいれていますので、落ちないよう逆さにならないようにしてください」
「はーい」
変な注意、と思いながらも素直に手を挙げて返事をしておく。要は落とすなってことだもんね。気を付けないと。そっと胸に手をあて内側のポケットを意識する。うん、何か入ってるね。
「行ってきまーす」
「行ってくる。留守を任せたぞ」
「かしこまりました。どうぞごゆっくりと、行ってらっしゃいませ」
玄関の外まで出て丁寧にお辞儀で見送られた。普段のお散歩は気軽に出されているけど、今日はちゃんとしたイベントってことだよね。大事なイベントと思えば思うほど、デートと意識してしまいそうだ。
なんて思いながらライラ様に抱っこされたまま私たちは空に浮き上がる。
「わぁ」
この辺りは自然いっぱいなので、日が暮れたら当然真っ暗だ。今日はいい天気で満月で、ほんのり赤く世界が照らされているとはいえ、少し離れたところに見える森なんかは真っ暗に見えて恐ろしさを感じる。
だけどその森を見下ろし、高くあがっていくと温かみを感じる明かりが見えてきて、冷たい空気にライラ様に身を寄せたまま思わず私は声を上げた。
館の四階の窓から見ても遠くに見える程度なのだけど、建物より高く飛んでみると、村というより大きくて、街の中でも大きいっぽいのがわかる。明かりの範囲がもう違う。
連れてこられるときにちらっと寄った時は馬車から降ろしてもらえなかったし、ちゃんとした建物とかあるなとは思ったけど、規模まではわからなかったし。
だけどその街は思ったより大きい。小さな光がたくさんあって、そこにたくさんの人々がいることが遠目にもわかる。高くから見ているので、まるでミニチュアの街みたいだ。
「一番近くの街? って結構大きいですね」
「そうか? 村より多少は大きいが、あんなものだろう」
ライラ様、めっちゃ都会っ子なのかな。いや、私なんてね、高層ビルだって見たことあるんだから。あくまでこの世界での規模での発言なので、あしからず。
「遠いのに、音は聞こえるんですね」
「空気を震わせるようなものだからな。昔から太鼓というのは遠くまでひびくものだ」
にっと笑いながら説明してくれたライラ様は、いんてりじぇんすでかっこいい。やっぱり長く生きている人は違うなぁ。
なんて会話をしているとあたる風が強くなる。普段は早足くらいの速度で移動してくれるけど、今日は距離が遠いからすごい早さで動いているんだと思うけど、風が強くて目がしぱしぱする。
「ん?」
「あ、ありがとうございます」
思わずライラ様の首筋に顔を風から隠す様に押し付けると、ライラ様は一瞬不思議そうにしてから何かをしてくれたようで、ふっと風が一切なくなった。急にとまったような勢いが消えるような感じはなかったけど、顔を上げると案の定移動はしているようで、光はどんどん近づいてくる。
「ライラ様って、本当にすごいですね。風も自由なんて」
「当然だ。だが、お前の感覚まではわからん。何かあれば言え。死んでから言われても、生き返らせることはできないからな。わかったな?」
「ライラ様……はい。すみません」
全然、風がつよいなんて大したことじゃない。でもライラ様はその程度も全然わからないからそう言ってくれたんだろう。確かに今くらいなら顔を背ければ大丈夫だったけど、風は冷たかったし、目的地までだとかなり冷えていた可能性もある。
それを思えば、早く言うべきだった。自分が我慢すればいい、というのは駄目だ。ライラ様に面倒をかけたくないなって思うのは私の気持ちでしかなくて、私はライラ様の持ち物なんだから、ライラ様の為にも私自身を大事にしないといけないんだ。
当たり前のことなのにちゃんとわかってなかった。優しく注意してくれるライラ様、優しすぎる。
「これから気を付けます」
「そうしろ」
「えへへ。にしても、満月が本当に綺麗ですよね。ライラ様はいつもこんなに綺麗な風景を見てるんですね」
「まあ、そうだな」
見下ろした光景ばかり目についてしまうけど、すこし目線をあげるといつもより一回りも二回りも大きい綺麗な月が照らしている。もともと赤は他の色の時より大きく見えるのだけど、この高さだからか、印象もあるのだろうけどすごく大きく感じる。
赤い満月なので、下はどこか温かみのある赤みがかった世界だけど、空は満月以外は赤くなくて、その分月の赤さが際立っていて綺麗だ。
「すごいですね。さすが吸血鬼です」
「いつも思うが、お前は吸血鬼にどういう印象をもっているんだ」
「え? えっと、なんかこう、すごい! です」
「くく。お前は、それで説明したつもりか」
くすっと笑って鼻をつつかれてしまった。えへへ。はー、ライラ様、私のことガチ恋に落とそうとしてない? ってくらい距離近くて優しい。
「さて、もう着くぞ。静かにしていろ」
「はい」
ライラ様はそう言ってさらにスピードをあげて街に近づくと、街の中心らしい一番明るいところを避けて薄暗い人気のないあたりに降りてくれた。
工場とかの辺なのかな? 大きめの建物は並んでるけど、明かりもついてないしマンションとかでもないっぽい。
「こっちだ。中央の広場で集まっているんだ」
「ライラ様、このままでいくんですか?」
「どうせ見えないだろう?」
「まあ、はい」
ライラ様は暗くても見えるので迷いなく進んでいるけど、街灯もない裏道だから、遠くの曲がり角から明かりがある以外は月明かりしかないので暗い。なので降ろされることなくつれて行ってもらえるのは助かるけど、でもライラ様は見た目はとても美しい細身の女性だ。背は高いけど、その分きゅっと細く見える。
そんなライラ様が私を片腕で抱っこしていたらおかしく思われないかな。と思ったのだけど、地面もさすがに舗装されたりもしていないし躓きそうで、ちょっと怖くなった私はそのまま抱っこされたまま行くことにした。
まあ、二人とも一番上の外套ですっぽり隠れていて、ライラ様の体格もわかりにくくなっているから大丈夫か。
「わ」
ライラ様が角を曲がると、途端に音が大きくなる。建物の影になったことでいったん小さくなっていた音楽が、直接響いてくる感覚。明るさも明らかで、この通りの先に明かりがあるのだとはっきりわかる。
「一気にお祭りの空気になりましたね」
太鼓と笛の音が軽快な音楽を奏でている。どこかで聞いたことがあるようなリズムに感じるけど、この世界では聞いたことがないはずだ。どんな世界でも、シンプルな音楽のリズムは似るのかな。
「……そうだな。こうやって近くで聞くのも久しぶりだ」
「なんだかうきうきしちゃいますよね」
「はっ、そうだな」
ライラ様もどこか楽しそうに同意してくれた。ライラ様くらいのお年だと、やっぱり毎年やってる行事ってだんだんめんどくさくなって疎遠になるのかもしれないけど、でもいざ来ると楽しいよね。わかる。
私も高学年になると児童館のお祭り行くのは恥ずかしくて子供だましだって行かなかったけど、中学生になって友達の妹の為に一緒に行ったら楽しかったし。
そうして太鼓の震えがわかるほどになり、ライラ様はついに大きな広場にたどり着いた。いくつものかがり火がたかれていて、広場が昼間ほどとはいかずとも全体が十分に明るくなっていた。
真ん中に噴水があり、奥に木組みで作られた舞台みたいなところがあって、その上で演奏が行われている。太鼓も一種類じゃなく、大きいのと中くらいのと小さいの三つ、笛も横笛と縦笛、なんだか大きい金属の笛がある。思った以上に本格的な演奏会だ。
その音楽に合わせて噴水のまわりをまわるように人が踊っていて、さらに回りの建物の方にいくつもの屋台が並んでいる。屋台はしっかりした木製の土台のある調理のものや、地面に布をだして物を売っているものや、大きな水がめで飲み物を売っているもの、色々ある。
踊っている人も多いけど、飲み食いしてそこらに座り込んでいる人も多い。真上にある満月でも見ているのだろうか。
「おー、いかにもお祭りみたいですねぇ」
真ん中が噴水じゃなくて大きな櫓だったら前世の盆踊りみたいだ。やっぱりお祭りと言えば飲んで歌って踊ってだよね。
「ライラ様! さっそく屋台を見ていきましょう」
「いいぞ。わかっているだろうが、酒は禁止だ。お前の血のうまさは酒類を飲んでいないことも影響している可能性がある」
「はーい」
ライラ様に抱っこされたまま見て回っていく。大きな水がめは荷車に乗ったままで、二種類のお酒を売っていた。そして一種類のジュースを売っていたのだけど、かなりの高額商品だった。目の前で果物を絞ってくれる果汁百パーセントと言えばそうかもしれないけど、お酒に比べて高い。
あ、でも美味しい。甘酸っぱくて、現代ほど強い味じゃないのが逆に、百パーセントでちょうどいい感じだ。
「ライラ様も飲みますか?」
「コップが汚い。いらん」
「うっ。そ、そう言うのは言わないでくださいよ」
コップは持ち込みと全然値段が違って、コップ込みでさらにいい値段した。一応返したらその代金は戻ってくるのだけど、その分使いまわしで取っ手も黒ずんでいて使い込まれている。でも木製だしそもそも暗いし、そんなに気にしてなかったのに。
「それより、こっちの方がいい匂いがするぞ。お前が好きな味じゃないか?」
私が不満に頬を膨らませたのに、ライラ様は全く気にせず別の屋台に向かった。
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