第13話 私の髪型について

 ぶつり、と嫌な音がした。朝起きて、身支度を整えて髪を結んだところで、髪留めがちぎれてしまったのだ。と言っても、もともと髪留めとしてつくられた製品でもなんでもない。ごく普通の紐を複数本編んでちょっと丈夫にしただけのものだ。

 ちぎれた紐を手に取ると、もともと綺麗なものではないけど、今は服も見た目も小ぎれいになったので、よりみすぼらしく見えてしまう。

 私の髪は適当に自分で切っているものだ。村のみんなそうだけど、特に我が家はハサミもぼろぼろで切れ味がわるく、どうしても散切り頭でみっともなかった。なので私はギリギリの長さの髪を無理やり結んで、小さなポニーテールにしていた。


 結んでいると気にならなかったけど、ちょっと伸びてきたようで横髪が顔に触れて気になる。


「エスト様、明日にでも髪留めを用意しましょうか」

「ん、と。嬉しいけど、いいんですか?」

「悪いことはいいません。朝食を食べたら毛先だけでも整えましょう」

「お願いします」


 と言うわけで、ひとまずカットをしてもらうことにした。朝食を食べてから、お風呂場に連れていかれて髪をきってもらう。切った髪が詰まったりしないのかな? とも思ったけど、他の奴隷の人をカットする時も同じようにするし大丈夫らしい。

 姿をみないから、みんなどうしてるのかと思ったけど、マドル先輩はいっぱいいるんだし、私の見えないところで普通にマドル先輩と話したりして普通に暮らしてるのかな。


「こんな感じでどうでしょうか」

「わぁ、いいですね!」


 切り終わったので脱衣所に行って自分で確認させてもらった。脱衣所には大きな鏡があるのでよく見えるけど、ちょっと切りそろえられただけでも全然印象がかわる。さっきまでの伸びっぱなしが見た目が悪かっただけだけど、これでずいぶんよくなった。

 横髪はあるけど、なれたら気にならないかも? 髪型も遊んでみようかなー? どう思います? とマドル先輩に相談すると、髪留めにも種類があるだろうし、好きに選んでよいとのこと。

 髪を結べる紐とかじゃなくて、本当にアクセサリー的な髪留めをくれるってこと? そんな、私本当にお嬢様みたいじゃない? どきどきわくわく。


「ん? 今日は結んでないんだな」

「はい。使っていた紐が切れてしまって。明日、マドル先輩が髪留めを用意してくださる予定です」

「そうか。ならいい」


 お昼の時間。起きてきて私の隣にどすんと座ったライラ様はそう言いながら私の首の後ろの髪を軽く揺らす様に触れてきた。

 ぞくぞく、となんだかくすぐったいけど、もしかしてこういう風に髪がゆれているほうが好きなのかな? だったら断然、ライラ様の好きな髪型にしたいところだ。


「ライラ様は、どういう髪型がいいとかありますか?」

「ん? 私は別に、自分の髪もこだわりがあるわけでもないしな」

「そうなんですか? ライラ様はすごくきれいな髪をされてますし、いつもうっとりしちゃいます」

「ふっ、お前の髪も、来た時よりは綺麗になっているんじゃないか」

「えへへへ、毎日綺麗にしてくれてるマドル先輩のおかげです」


 お風呂上りはいい匂いのする何かまでぬってケアしてくれるから、指通りとか断然よくなっているもんね。自分でもいいかんじーと思っている。


「でもそうですよね。マドル先輩が綺麗にしてくれてるんですし、あんまり結ばない方がいいですよね」


 自分の前髪を結んでその手触りを確認してからそう答えをだす。ライラ様で自分の髪型に興味がないなら、私の髪型とかまじでどうでもいいだろうし、なんでもいいだろう。なら結ばないほうが、結び目で痛むこともないし、お嬢様っぽいからそうしようかな。うん。


「……いや、待て」

「え?」


 食事中で最後のデザートを口に入れた私は、ライラ様に肩を掴んで背中をむけさせられ、そのまま両脇を掴んでライラ様の膝の上までひっぱられた。


「ら、ライラ様?」


 突然膝にのせられ、ごっくんと飲み込みながら振り返ると、ライラ様は真剣な顔で私を見ていて、そっと首から肩まで撫でながら口を開く。


「髪が……邪魔だな。お前の首筋はいつでも見えるようにしておけ。その方が、うまそうだ」


 そのひんやりした指先の、なまめかしい指使いに、静かに見下ろす赤い瞳に、私はぞくりと背筋を泡立たせながら体温をあげてしまう。


「は、はぃ。そうします」


 ただの食事の為だってわかっているのに、変に意識してしまう。うぅ、でもだって、そもそも吸血って気持ちいいしちょっとえっちじゃん。意識するよそれは。


「くく、ならいい」


 声が震えていて恥ずかしくて赤くなっているのを自分でも変に思いながらも頷いた。そんな私に、ライラ様は笑いながらもう一度首筋を撫でてからまた持ち上げ、椅子に座らせた。

 うう。当たり前だけど体格差的にも完全に子供扱いなんだよね。またマセガキって思われてるんだろうなぁ。でも、でもこんなに美人なご主人様にそんな風に触られて意識しないことある? ないでしょ。不可抗力だよ。


「あ、あのぉ、ライラ様、ひとつ、質問してもいいですか?」

「なんだ、珍しくしおらしい態度だな。いつもずけずけと何でも聞いてくるだろう」

「うっ」


 ふっと思いついて、でもストレートに質問するのも気恥ずかしくてワンクッション置いただけなのに、さらに辱められた。

 ライラ様的にはだから遠慮せず聞けってつもりなんだろうけど、でもそう言われると、私が本当に図々しいクソガキみたいじゃん?


 確かにライラ様の吸血鬼パワーについてあれこれ聞いたりしたし、飲んでる飲み物も何が好きとか、食べないのとか、確かにめちゃくちゃ普通に質問しまくっている。でもそれでも、私なりにデリケートな部分にはつっこまないようにしてるのに。


「うぅ、えっと、そのー……私の血が美味しいから、優しくしてくれてるって言ってくれましたよね?」

「ん? そうだったか」

「そうです。私の血が美味しいから、特別待遇してくれるって……その、それって、普通に他の奴隷の人と同じくらいってことじゃなくて、特別美味しいってことですか?」


 その時はそうだと思って舞い上がっていたけど、よく考えたら今よりやせっぽっちの私の健康状態がそれほどいいとは思えない。ライラ様は優しいから理由付けにそう言ってくれたんじゃないかって思う。

 それでももちろん、不味い血だったら捨てられてるだろうから、他の人より劣ってるってことはないと思うけど。


 でも、こんな風に優しくされて、もちろん嬉しくて毎日楽しいけど、他の人にも頼まれたら同じ風にするんだって思うとちょっともやもやしてしまう。子供じみた嫉妬だ。この美しいご主人様に私を他の人より見てほしいなんて、きっと奴隷の誰もが思ってるだろう。

 なのにあさましく、その願望を他ならぬご主人様であるライラ様本人に口にしてしまうなんて。恥ずかしい。


 でも、思ってしまうのだ。ライラ様は一人しかいないのだから、毎日のように一緒にいてくれる私が一番ライラ様の傍にいさせてもらえてるんじゃないかって。そうであってほしいって。ライラ様のお気に入りの奴隷でいたいって。


「……ああ、そうだ」


 私の質問にライラ様は少し驚いたように目を瞬きさせてから、にんまりと、どこか蠱惑的にほほ笑んで私に近づいてくる。その手が私の頬に触れ、撫でながら首筋に触れる。

 まっすぐに近づいてくるその赤い瞳は宝石のようにきらめいて、血のように生命力にあふれた深みでゆらめていていて、目をそらせない。


「今すぐ吸い尽くしてしまいたいくらい、美味かったぞ」


 ささやくようにそう言って、ライラ様は私の目の前でぺろりと舌なめずりをした。ピンクの舌が形のいい唇から割ってでて、真っ赤な口をゆがませながら舐め、するどい歯をみせながら閉じていく。

 その見せつける様に、私はもうすでにこの人に血を吸われていて、この美しい歯がつきたてられ、唇も舌もふれているのだ。そう自覚させられて、かーっとどうしようもないほど熱くなる。


「あ、味を落とさないよう、頑張ります」

「ん? く、くくく、そうか、ははっ、あははははは! そうだな、頑張れ。お前の血がうまい限り、お前には優しくしてやろう」

「はいっ」


 私の返事が、あんまりにライラ様にべたぼれだったのがおかしいのか、ライラ様は大きな声で笑って激励してくれた。例え冗談交じりにでもそう言ってもらえたのだ。頑張ろう。









 そして翌日、私はマドル先輩とあれこれとどんな髪型がいいか試してみることにした。

 マドル先輩はなんと髪型を変えたことがないらしい。生まれた時から今の髪型とのこと。いや生まれた時から今の成人したビジュアルと言うのもびっくりだけど、私みたいに選択肢がなかったわけじゃないのにずっと同じ髪型なのはなんとなくびっくりだ。


 確かにゆるいウェーブが綺麗にきまっているし、いつ見ても跳ねて飛び出す毛が一本もない美しい髪をしているけど、飽きないのかな?


「では、エスト様が私が似合う髪型を見てくれますか?」

「えっ、そんな大役を私が? やります! 一緒におしゃれを楽しみましょう!」


 マドル先輩が用意してくれた髪留めは、毎日食料を持ってきてくれる商人のひとにおおざっぱに発注したらしくいろんな色や種類もあってめちゃくちゃ楽しんだ。

 残念だけど私の髪はそもそもそこまでいろいろできるほど長くないので、とりあえず今まで通りの限界ポニテとして、マドル先輩の髪型を試した。


「ふむ、こんな感じですか」

「わ、わ、すごいです、マドル先輩って本当に、ただの人間じゃないんですねぇ」


 マドル先輩は、なんと触らなくても自分の髪を自在に操ることができた。なので髪型を説明するとするすると勝手に編み込みとかになって、私の小さな手じゃできない複雑で難しい髪型もいとも簡単にしてしまう。

 私はそれにどれが似合うか、好きなのを選ぶだけと言うただただ楽しい時間を過ごした。


 最終的にマドル先輩は、こうして自在に動かせるので邪魔にはならないし、逆にしばると窮屈さを感じるということで普段はいつもと同じで何もしないことになった。


「ですが、思いのほか楽しいものでしたので、たまには髪で遊んでみたいと思います。エスト様のご助言、参考にさせてもらいます」

「いえいえ、私もとっても楽しかったです。色んなマドル先輩が見れてご褒美でした! ありがとうございました!」

「エスト様は、何でもご褒美にしてしまいますね」


 そういったマドル先輩は、無表情なんだけど今までより気持ち表情が柔らかくなった気がした。

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