第12話 ライラ様の優しさ
ライラ様に買われてそろそろ三週間。確か一か月くらいでまた献血ができるらしいので、もうすぐだなーとちょっとそわそわしている。
この三週間、めちゃくちゃ甘やかされて優しくされて幸せな生活を送っている。運動もしているけど、おやつも食べてお昼寝もしているので、確実に太ってきている。健康的な範囲でだけどね。成長期でもあるし、こんなもんのはず。前より血が美味しくなってるんじゃないかなー、なーんて思ったりね。
ちなみにナトリちゃんたちとはいまだに没交渉である。あの、めっちゃビビられている。声かけて無視はされないけど、うんかううんしか言ってくれない。もともと痩せてたのから健康的にもなってない。まあ顔色は悪くないし、普通に食べてるっぽいし、よく考えたら家にこもり切りだし、あんまり食べないくらいが
健康なのかな?
他の人とはほんとに会わない。朝早く(私が起きた時)からもういないし、晩御飯を食べてお風呂に入って戻るまで全然見かけない。どこにいるんだろう。とはいえ、無理に押しかけてもしかたないしね。怖くないよアピールをしながらちょっとずつ距離を近づけるしかないよね。
「みすぼらしい恰好だな」
「あ、ライラ様。すみません、でもちゃんと洗濯してもらってますし、動きやすいんですよ。ライラ様はもしかして見回りですか?」
「ふむ。そうだ」
「へー。あ、今日はじゃあ、ご一緒してもいいですか? 私、前より体力もついたので! 今度はライラ様のお手を煩わせないと思います!」
今日もランニングを頑張るぞ。と言うことでお昼を終えて玄関に向かっていると、ライラ様と玄関ホールで出会った。今日はお昼に来られなかったライラ様だけど、どうやらこれからお仕事らしい。
前回は文字通りおんぶに抱っこだったし、今回も特に役に立つことがないのはわかってるけど、でもファンタジーな森、興味あるんだよね。ランニングでは森深くに行くことはないけど、その辺だとうさぎとかネズミくらいの小動物しか見かけない、ふつーの森なので。
抱っこして手間をかけさせないとしても邪魔にはかわりない私の図々しいお願いに、ライラ様はふむ、と顎に手を当てた。
はぁ。麗しい。ライラ様は黙っているとちょっとつんとした、きつめの顔立ちだ。お姉さま、と言う呼称が似合う感じ。
「まあ、よかろう。マドル」
「はい、こちらの上着を。エスト様も」
「あ、私は自分で動いたら暑くなると思うので」
「ばんざーい」
いつのまにかライラ様の後ろにいたもう一人のマドル先輩がライラ様の服をもっていて、私の後ろにいた玄関を開けてくれようとしていたマドル先輩が私の上着を持っていた。
さっきは綺麗とは言ったけど、私のこの小汚い服の上にそんな綺麗な上着を着るなんて恐れ多い。とも思うのだけど、マドルさんは強引に私を万歳させて服を着させてしまう。
うう。普段からお風呂上りのお着替えでお世話になっているので、マドル先輩の「ばんざーい」につい反応してしまう。
「汗をかいても洗えますが、その軽装では危険ですから」
「そうだな」
「はい……すみません」
なんだか我儘を言ったみたいになってしまった。いや、実際に我儘なのかな? 申し訳ない。私が怪我をして血を無駄にするのが一番駄目だもんね、いわば私はライラ様の大事なものを常に守っているみたいなものなんだから。
……いや、なんかこの考え方はこれはこれで、自分がライラ様にとって大事なもの、みたいな自画自賛と言うか、照れるな。食料と言う意味で間違ってはいないんだけど。
「行くぞ」
「はーい!」
とにかく今日はライラ様とのお出かけだ。ウキウキしながら外に出る。うーんと伸びをして、準備運動を。はっ! 習慣でライラ様を無視して準備運動してしまった。
慌てて深呼吸の途中でライラ様を見ると、じっと私のことを見ていた。
「す、すみません。行きましょうか」
「お前、いつも走る前にそうしてるな。やってみろ。面白かったら褒美をやる」
「えぇ、いいですけど、面白いものじゃないですよ」
とりあえずやってみる。前世では夏休みに毎日していたのですっかり体にしみこんでいる準備運動をする。健康な体には柔軟さも大事だからね。
「すー、はー……、はい、終わりです」
最後にもう一回ちゃんと深呼吸してから、ライラ様を振り向く。ライラ様は変な生き物を観察するみたいな顔をしている。
マドル先輩が無表情だから余計にそう感じるのかもしれないけど、ライラ様って子供みたいに表情豊かだよね。可愛い。
「面白かったですか?」
「うーん、まあ、褒美をやるほどではない」
「そうですかぁ。残念ですけど、でも、ここでの生活がずっとご褒美みたいなものなので、特にもらいたいものもないですし、大丈夫です」
「あぁ? ……この私の褒美がいらないとは、生意気だな、お前は」
えぇ? 謙虚な発言をしたつもりが、めんどくさい酔っ払いみたいなこと言われた。そんな発言のにらむような表情まで可愛らしいけど、うーん。ライラ様からもらいたいご褒美。食事もお風呂も衣食住はマドル先輩にお願いしたらなんでもしてくれるし。
ライラ様にしてほしいこと、と考えるとまあまああるけど。えーっと、そうだなぁ。
「そういうわけじゃないですけど……じゃあ、いつか、ご褒美をくれる気分になってくださったなら、私のこと、名前で呼んでほしいです」
「ん? ……そうか、いいだろう。そのうちな」
私のお願いに、ライラ様は驚いた顔になってから、どこか満足そうに頷いた。
とにかく準備が完了したので森に向かう。
こうやって自分の足で歩くと、街道の方の森とは明るさというか、何か雰囲気が違う。こわーい生き物がいっぱいいるって知ってるからなのかな?
手を煩わせないとは言ったものの、ついライラ様に近寄ってしまう。と言うか出発した勢いで前を歩いているけど、道なんかわからないし、ライラ様の邪魔だよね。後ろにまわって、と。
「おい、後ろに行くな。転んだらどうする」
「あ、すみません。でも敵が出てきたときに邪魔じゃないですか?」
「敵というほどでもないが、そうだな。じゃあ私に掴まっていろ」
「あ、は、はい」
ライラ様の過保護な言葉に戸惑いつつ、そっとライラ様の手を掴む。ライラ様の手、ちょっとひんやりしてすべすべで気持ちいい。戸惑いながらそっと握ったのだけど、ライラ様はすぐに私の手を握り返してくれた。
ちらっと顔を見上げると、ライラ様は特に迷惑そうでもなく笑顔ではないけど、どこか柔らかい表情で私を見てくれている。
こういう時、愛想がいいわけじゃないって感じがして、それが余計に、じゃあよく笑ってくれるのは本気で笑ってくれているんだなって思って嬉しくなる。
「えへへ。結局、ライラ様の手を煩わせて、すみません」
「いや、構わん。と言うか、楽しそうだな」
「はい。ライラ様とのお散歩楽しいです! あっ、すみません、ライラ様のお仕事の見回りなのに」
「ふん。この程度、散歩とかわらん」
はえー。これからあんなに怖い動物たちと対峙するというのに、ライラ様に気負ったところは全然ない。格好いいなぁ。前回もそうだったけど、前回はまさかこんなに魔の森とは思ってなかったしね。
それからライラ様は私と手をつないだまま、前回と同じようにすいすいと進んでいく。私は負けじと木の根っこをジャンプしていくようにしてついていく。
多少は体力がついたようで、しばらくはそのペースでついて行けて、ライラ様が片手をだして黒いもやもやでどんどん動物たちを倒していくのを見ていられたけど、小一時間ほどでくたくたになってしまった。
ランニングを始めた時から二週間がたち、この時期の二週間はぐっと寒くなるとはいえ、普通のランニングでもまだまだ上着がなくても汗をかく気温なので、影でかくれた森の中でもかなり汗をかいてしまった。
「おい、大丈夫か?」
ライラ様が私とつないだ手をゆらしながら、私の顔を覗き込んでくる。
「はぁ、すみません。ちょっと疲れちゃって」
「まったく、脆弱だな。無理をするな。後は運んでやる」
「えっ、そ、そんな、恐れ多い!」
「なに? 私がそうしてやると言っているのに、嫌なのか?」
ライラ様は目を細め、ぎゅっとつないでる手が痛いくらい握られる。好意を無下にしたと思われたのだろうけど、うう。でも、だって、いくら私が子供でマドル先輩にお風呂を入れられているとはいえ、こんなに汗だくの体で、しかもライラ様に抱っこされるのは恥ずかしすぎる。
「い、嫌とかじゃなくてぇ。その、私、かなり汗かいちゃってて。さすがに汗臭いというか」
「あん?」
「わ、わっ」
ライラ様は私の襟元をつかみあげると、首元に顔をよせてくんくんと匂いをかいできた。
でっ! デリカシー!? そして同じようなペースで歩いていてなおいい匂いのするライラ様!? 恥ずかしくて死にそう!
「ふん。確かにずいぶん湿っているが、悪い匂いではないぞ。むしろ、……美味そうだ」
「えっ、ドキッ」
「ははっ。何を言っている。ほら、行くぞ」
にやぁ、と間近で艶っぽく微笑んで吐息交じりに言われ、思わず口からときめきが出てしまった。思わず口を押える私に、ライラ様はにやにや笑ったまま私をひょいと腕に乗せて抱っこしてくれた。はわわ。
そうして私を抱っこしたままライラ様は、前回と違って私に吸血鬼パワーを見せてくれるというのがないからか、私をおろさずに黒いもやもやでそのまま襲ってくる動物を倒していった。
「ライラ様って苦手な動物とかいないんですか?」
「なんだ? 私が獣に負けるとでも思っているのか?」
「そうじゃないです。でも私とか、絶対勝てますけど、足のおおい虫とか苦手なんですよね。見たらドキっとしちゃうというか。でもライラ様は何が現れてもいつも平気そうなので」
「ふん。それでよく森に平気で入ってるな」
「いるだけなら仕方ないですし」
虫は庶民の家はどこでも入ってくるので、叫びながらも秒で殺せる。でもそれはそれとして絶対びっくりはしちゃう。でもライラ様は大きな蛇でもなんでも、全然驚きもしないし。単純な強さよりも精神的にも強いなーって思う。
と、そこでぐぅ、と私のお腹がなった。
「……す、すみません」
「いや……くっ、くくく、はははは。そうだな、お前が菓子を食う時間だな、戻るぞ」
「う。す、すみません。ライラ様は、お菓子も食べられないですよね。もちろん血で十分だと思いますけど、お菓子って食事と言うより娯楽のイメージなので」
「そうだな。まあ、先日のマドルの料理は悪くなかったし、食べてやらなくもないが」
ライラ様は食事を面倒なことだと思っているらしく、前の見回りの時に一回ステーキを食べてからはまた、私のご飯の時に一緒に飲み物を飲んでくれてはいるけど、食事はしていない。
固形物だと何が面倒なんだろう。うーん、あ、そうだ! 今度、液体のデザートを私が考えればいいんだ! そして甘いものを食べる幸せを教えてあげるんだ!
マドル先輩もああいいながら、ライラ様に食べてもらえて嬉しそうだったし、ようやく私の現代知識チートでお返しできる時がやってきたんだね! 庶民だと再現するどころか日常生活もままならなかったもんね、できそうな財力最高!
「あ、ライラ様、あんなところに小鳥が落ちてますよ」
森を出て館に回るところで、角の木陰に小鳥が落ちているのが目に入った。こんなところに普通の鳥がいるなんて珍しい、と思って見回すと、どうやら窓についてる小さな屋根の下に巣があるみたいだ。見上げると少し上にそれらしい塊があった。燕みたいなやつなのかな。
「巣から落ちちゃったみたいですね」
「そうだな」
「かわいそうですし、戻してあげましょうか」
「ん? 可哀そうって、お前は変なやつだな。毎日のように鳥を食うくせに」
「それとこれとは別じゃないですか? 食べるのは仕方ないですけど、食べないのに死んじゃうのはかわいそうですよ。ライラ様も、うーんと、そうそう、前に私の手を舐めて治してくれたじゃないですか。血の一滴でも、食べないのに無駄にしたらもったいないってことですよね?」
「そうか?」
私の質問にライラ様は疑問で首を傾げたけど、抱っこされたまま手を伸ばした私の手が届くようにかがんでくれて、巣に手が届くよう浮かんでくれた。特別お願いしなくてもそうしてくれたので、ライラ様、自覚ないだけでめちゃくちゃ優しい人なんだよねぇ。
なんかそういうちょっととぼけたところも、可愛い。美人が不思議そうにしてると、ちょっとあどけなく見えて可愛いよね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます