第11話 健康的で文化的な生活

「マドル先輩は、書いたらこうですよね」

「エスト様、お上手ですよ」

「えへへへへ。ありがとうございます」


 ただいまは午前中のお勉強のお時間である。授業を習いだして一週間がたち、もう文字自体はは全部書けるようになった。音は覚えているので、それぞれちゃんした単語じゃなくて、音で書くみたいなのならぎり書けるようになったのだ。

 まだまだ先は長いけど、要は名前とか名詞は書けるようになった。文字の大きさはよし。と言ってもらえた。

 マドル先輩優しいしちゃんと褒めてくれるから、いい先生。好き。


「ではまずはこの本から試していきましょう。読みますから、内容を覚えるように」


 で、次だ。単語のつづりの日常的なのから覚えていくことになるけど、単語は音はわかってるけど微妙につづりが違う、みたいなのが多いので、文章とか本をうつして覚えていくことになった。うつすことで自然と文法もこんな感じねーと覚えていけるので、結構いいペースだと思う。ちゃんとおしゃべりはできているのが大きいよね。


「可愛い絵本ですねぇ。それにいいお話で」

「気に入ったならよいことです。そろそろ昼食の時間ですから、続きは明日にします」

「はーい。今日もありがとうございました。マドル先輩、今日のお昼はなんですか?」

「何がいいですか?」

「んー、涼しくなってきたので、あったかいスープとか、焼き立てのお肉とか」

「エスト様はお肉が好きですね」

「はい。すごい好きです」


 お肉はいいよ。やっぱ人間は肉食動物なんだねって、思うよね。マドル先輩は食べないからわからないかもしれないけど、ほんとにもったいないよ。あんなに美味しいのに。


「それでは、そうですね。ある程度お勉強がすすんだら、ご褒美に分厚いお肉を焼きましょうか」

「ま! マドル先輩! 好きです!」

「そうですね。では最初の目標は、自分で本を読んで感想文を書いてみましょうか」

「はい! がんばります!」


 マドル先輩はお肉のよさがわかってないのに、美味しい料理をつくってしかもそんな素敵な提案までしてくれるなんて! 好き! 昨日のステーキも本当に美味しかったし、マドル先輩に恋に落ちそう!


「今日は夕食で鶏肉のローストを予定しています。昼は鳥のフレークをつかったサンドウィッチです」

「あー、絶対美味しいじゃないですか」

「軟骨でつくった鳥団子のスープも予定しています」

「んああああ、今すぐ晩御飯食べたくなっちゃうので、もうそのあたりで」


 よだれがでてきてしかたない。毎日朝から晩まで何かしらお肉を出してくれるし、このままだと健康的を通り越しておデブになってしまいそうだ。


「マドル先輩の料理が美味しすぎて、この先すごく太っちゃいそうで心配になりますね」

「問題ありません。太りすぎると血が鈍りますので、そうならないよう調整します。今のエスト様は痩せすぎですから、食べたいだけ食べるのがいいでしょう」

「あ、はい」


 調整、か。うん、不健康に太ると血液ドロドロになっちゃうもんね。わかる。でも、つまりこの食生活は今だけのボーナスタイムってこと!? ま、まずい。

 贅沢な生活しているのはわかってけど、もうすでにこの生活になれきっているんだ。減るなんて、今から考えるだけで気分が落ち込んでしまう。


 こうなったら、きっちりしっかり体を動かして消費カロリーをあげて、健康的に体をつくっていくしかない!


「って思うんですけど、ライラ様ってすごくスタイルがいいだけじゃなくて力も強くてお綺麗ですけど、何か特別な運動とかトレーニングをされてるんですか?」

「吸血鬼がそんな人間みたいな努力をするわけないだろう。と言うか、骨みたいなガキが何を心配している」

「そうですね、エスト様はこれから成長されるのですし、数年は太るくらい食べても問題ありませんよ」


 昼食後、お腹いっぱいでポンポンになったお腹を撫でながらライラ様にそう尋ねると、鼻で笑われてしまった。マドル先輩もそう言ってくれるけど、でも数年後はわからないってことでしょ。全然安心できない。

 それにライラ様、少なくとも私といる時はそんなそぶりないと思ってたけど、吸血鬼パワーを保つ特訓とか特にないらしい。生まれた時からこの美しさとパワーを持ってるとか、勝ち組ってレベルじゃなくない? 世の諸行無常を感じる。諸行無常が何かよくわかってないけど。


「でもでも、健康的になるに越したことないですもんね? その方が血も美味しくなりますもんね?」

「ふむ……まあ確かに、死にかけよりは健康な方がうまいが」

「ですよね? じゃあライラ様の為にも頑張ります!」

「と言っても、何をする気だ?」

「うーん。ランニングとかですかね? 森は危ないですから、前の道を走るとか?」


 屋上? は物干しざおもあるし、あんまりにも景色が変わらないのもつまらない。ランニングと言えば屋外だよね。


「ほう……面白いことを言うな。いいぞ」

「え? 面白いです? でも、はい、じゃあやってみます!」


 面白いこと言ったかな? わかんないけど、吸血鬼的には面白かったのかもしれない。

 許可をもらったので、私は食後のお茶を飲み切って立ち上がる。

 食後すぐすぎるとしんどいけど、もうすでに固形物食べてからそこそこだらだらしていたし、着替えたり準備運動するには十分でしょ。やる気がなくなる前にやるぞ。


「だが、忘れるなよ」

「わっ?」


 のだけど、ライラ様に挨拶しようと顔を向けたところで襟をつかんで引き寄せられた。その目はどこか楽しそうだ。


「な、何をでしょう?」


 ライラ様に頭突きしちゃうかと思うほど顔が近づく。昨日の抱っこも近かったけど、こうやって急に近づくとやっぱりドキドキさせられる。


「昨日も言ったが、お前は、血の一滴まで私のものだということを、だ」


 とん、と指先で胸の真ん中をつつかれながら、どこか色っぽい笑みでライラ様はそう言って手を離した。

 どっどっどっ、と心臓が早くなる。走る前から走っている時みたいになってしまう。だって、ライラ様のもの、なんて。わ、わかってるけどぉ。


「えへ、えへへ。はぁい。忘れません」


 髪の端からつま先まで、中の血の一滴まで。私の全部、ライラ様のものなんだ。当たり前のことだけど、でも、言葉に出して言われると、なんかこう、照れるよね!


「ふむ。ならいい」


 なんだか満足げなライラ様。はぁ、このドキドキでカロリー消費されるなら、ライラ様を見てるだけで太らないのに。


 まあそんな都合のいいことはないので、私はさっそくランニングをすることにする。マドル先輩が運動するなら、と私が前に着ていた服をだしてくれたので、それを着て玄関から表にでる。うーん、いい天気。

 伸びをして、しっかりと体をほぐす。ちゃんと走るなら、アキレス腱をしっかりのばさないとね。


「よしっ」


 いっくぞー。


 と言うわけで出発。もともとつい半月も前には外を走り回っていたので、まだ体が走り方を覚えている。短距離はしない。友達と鬼ごっこをしたりとか、森や川への移動で走るためであり、距離を決めて速度を競うようなことはしてこなかった。それに体つくりのトレーニングと言う意味ならこっちの方がいいしね。


 秋の収穫をしたのはついこの間だ。それからさらに秋が深まり、冬が近づいている。今は日中でもずいぶん気温は下がってきている。日差しは強くて室内は温かいくらいなんだけど、外に出ると風もあるのでひんやりしている。

 そんな冷たい空気をきって、地面を踏みしめて走るのはずいぶん久しぶりに感じる。


 でこぼこした地面の感覚。どこかの知らない村へ続く、馬車の跡が自然に道になったような荒い大地はなんだか、全然知らない世界に来たようだ。

 私がいた田舎の村は馬車が月に一度もこなくて、村と村をつなぐ街道にも馬車の跡はなかった。だけどその分、人が歩いていたので広い面積でならされていた。


「はぁ、ふー」


 道の両端は、片方が小高い丘に向かって続く草原で、もう片方は森が広がっている。館の裏手の森とは違ってどことなく明るさがある。

 頑張って走っていると、森の中から水音が聞こえてくる。そうそう、森の中には川が通っているんだけど、途中何か所も小さい泉みたいになっていて、そのうち一つはだいぶ道に近いところにあるんだよね。ここに来る時にも途中で川によって体を洗わせてもらったんだ。


 その時の記憶を頼りに、走っている足をとめて荒くなった息を整えて森に入る。

 ちょっと探したけど、なんとか見つけることができた。馬車が一時休憩する場所が森のすぐ脇にできていて、火の跡があるからわかりやすかったね。

 泉の上流部分の水で軽く唇をぬらす。飲んで大丈夫かわからないから、このくらいにしておこう。顔を洗うとすっきりした。


 こんなに涼しくても、やっぱり走ると汗をかく。帰ったらすぐにお風呂にはいらせてもらおう。

 にしても、最初の頃は出られない、みたいに思ってたけど、あくまでライラ様の許可なしにってだけで普通に外にもでられるんだなぁ。マドル先輩とか一緒かな、と思ったら普通に玄関で見送られたのでびっくりしたくらいだ。まあ、マドル先輩も忙しいよね。


「んー! はぁ」


 前ここに来たときは夕暮れ時で、周りをゆっくり見る余裕はなかったけど、なんとものどかでいい感じだ。ピクニックとかしたい。

 結構離れていたと思うけど、どのくらい走ってたんだろう。体感的には2.3キロくらいは走った気がするのだけど、そもそもこの世界の道がどこまでで何キロ、なんて計ったこともないし。

 この世界の単位もあるけど、前世と比べてどのくらいかというと、私の記憶の中のあいまいな感じでしかないしね。


「っくしゅん」


 と、くしゃみがでてしまった。あんまりゆっくりすると、体が冷えてしまう。

 今日が初日だし、そろそろ戻ろうかな。まだ行きと同じだけ走ると考えるとちょっと億劫なくらいには走ってるわけだし。よし、頑張るぞ!


 にしても、明るい中でみると結構泉のまわりとかお花もあるね。今度は用意してつんでかえったら、マドル先輩とかライラ様、喜ばない、かなぁ?

 いっつもよくしてもらってるから、何かお返ししたいけど、私何にも持ってないしなぁ。廊下とか壺が飾られてはいるけど花は入ってないし、どうなんだろう。手間が増えるだけかな?


 なんて考えながら、なんとか私は館に帰ってきた。


「ひぃ、ひぃ」


 待って、まだ売られるために家を出てから二週間もたってないのに、体力落ちてる。このくらいなら、川に魚を捕まえに行って荷物を増やして戻っていたはずなのに。でも帰りはさすがに歩いてたし、釣りの時間で休憩してたから? でも、疲れた。汗がしたたる。


 館が見えたところで、たどり着く前に玄関が開いた。マドル先輩が開けてくれたのだ。


「た、ただいま帰りましたぁ」

「……おかえりなさいませ、エスト様。ずいぶん汗をかいていますね。すぐに入浴されますか?」


 マドル先輩の前までたどり着き、膝に手をついて挨拶すると、へとへとになっているからか、ちょっと驚いている雰囲気をマドル先輩から感じた。


「お、お願いできますか?」

「はい。しかし、早かったですね」

「え、そうですか? でもずっと走ってましたし、その、結構走ったと思います」


 確かに、出発する時は夕方くらいまで、と思ってたけど多分まだ三時になってないくらいだよね。でも、体育の授業と考えたらだいぶ頑張ったと思います!


「そうですか」


 私の主張をわかってくれているのかいないのか、マドル先輩はいつも通りのクールな顔で、お風呂にいれてくれた。

 もう綺麗になったし大丈夫と思うのだけど、いまもマドル先輩が手ずから私を洗ってくれる。正直、洗ってもらうのに慣れてきて、気持ちもいいからずっとしてほしくなってしまう。特に今日疲れたから気持ちいい。


「マドル先輩……あの、こういうこと言っていいのかわかりませんけど」

「なんでしょう」

「三時のおやつはなんですか?」

「今日は甘いものつぼ焼きです」


 つまり焼き芋! あー、秋の味覚じゃないですかー! 明日もいっぱい走ろ!


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