第10話 吸血鬼の力

 森の中は建物のすぐ後ろにあると思えないほどまるで道と言うものがない、うっそうとした大自然だ。なので足元を見ても草もいっぱいあるし木の根もいっぱいだし、私が転んでしまったのも仕方ないと言い訳したくなる程度にはひどい。

 だけど、ライラ様に抱っこされたまま進むとまるですいすいとフローリングを歩いているようだ。上下には動くけど、揺らされているという感じもない。めっちゃ快適。


 でもその分、ライラ様の存在が気になっちゃう。自然の豊かさなんて目にはいらないよー。と思って油断しまくっていたところ、なにやらグオォォと言う声がして振り向いた時には2メートル先くらいのすぐそこに見上げるくらいでっかい熊がいた。


「……!!??」


 こういう時って、逆に声がでないものらしい。私はライラ様に全力で抱き着いて逃げるでもなく固まってしまった。


「なんだ、びびってるのか?」

「らっ、らららららいらさま!? 声! 声出したら熊が!」

「くはっ! はは、お前、お前のほうが、声、でかいだろ。ははは、びびりすぎだ」

「うわあああああ!?」


 普通に声を出してからかってくるライラ様に動揺しすぎて声がひっくりかえってしまった自覚はあるけども! 普通に笑う!? そんでそれに答える間もなく熊がこっちに襲い掛かっー


「はは、邪魔だ」


 笑いながらライラ様が私を抱っこしているのと別の手をだした。特に体の軸が動くこともなく、腕をふっただけ。だけで、熊は木をなぎ倒しながら飛んで行った。


「……え? ええ!? す、すっご! ら、ライラ様すごすぎません!?」

「なんだ、貴様、この私があんなものに負けるとでも思ったのか?」

「そ、そうじゃないですけど、でもすごい近かったし、私抱っこしたままでしたし。しかも一撃って。いや、はい。すみません。そこまでとは想像してませんでした」


 びっくりする私に、ライラ様はどこか不満げに唇を尖らせたので、慌てて言い訳しながらも、まあそうなってしまうので謝った。強いだろうとは思っていたけど、あんな強くて重そうな熊が飛んでくって。いまもちょっと信じきれないくらいだ。


「くく。まあいい。私の力を見せてやるのが目的だったからな。見たな?」

「はい。ほんとにびっくりしました」

「ふふ。今のは小手調べだ。次はもっとびっくりさせてやる」


 びっくりしたままの私に、ライラ様は得意げにそう言って、私を抱えなおした。それからライラ様はどんどん森の中をすすんでいく。

 びっくりした衝撃でようやくライラ様から目を離して前を見ると、森は豊かに茂っていて、木の実とかキノコとかも目についた。もうすぐ冬になろうというのにこんなに残っているということは、本当に人の手が入らないってことなんだろう。草食動物はいるっぽいけど。


「いたぞ。そこで見ていろ」

「あ、はい」


 そう言われて私は降ろされた。持ち上げられた時と違ってめちゃくちゃ丁寧におろしてくれた。優しい。

 と思いながら地面に立って顔をあげると、そこにはめっちゃでかい蛇がいた。私なんか一飲みにできそうだし、ライラ様サイズでも二口で飲み込めそうだ。だというのに、ライラ様は平然と近寄っていく。


「……ふっ」

「!」


 私に流し目を送ってくる余裕まである。こんな状況だからこそ、きゅんとしてしまう。

 と、ときめいている間にも威嚇してどこかひるんでいる様子の蛇に近づいたライラ様は、すっと手を前にだした。

 ビャアと甲高い音をたてながら蛇は大きな尻尾をライラ様に向かって振り落とした。


 ぱん、と手をたたくような軽い音がして、ライラ様はあっさりその尻尾をつかんだ。つかんだというか、大きすぎて全然つかんでいないし、触れているだけくらいなのに、ライラ様はそのままぐっと蛇を引いて勢いよく投げ飛ばした。


「えぇ!?」


 文字通り、投げ飛ばした。ライラ様がすっと腕を振ったのと合わせて、蛇は勢いよく木々の上へと飛んで行った。ボールが飛んでいくような軽やかな軌道で蛇が消えた。思わず目をこすって、もちろん景色は変わらない。


「す! すごーい! ライラ様!」

「ふっ。私にかかれば、こんなものだ。行くぞ。ついてこい!」


 ついてこい、と言いながらライラ様は私を抱っこして運んでくれる。

 それから闇雲に思えるような歩き方でライラ様はすすんでいくけど、次々と大きな動物が襲ってくるから、そういう方向に自分から向かってるのかな?

 その度、ライラ様は私をおろしてド派手に狂暴な生き物たちを倒していく。


 大きな猪は正面から受け止めてから蹴り飛ばして木に刺さりながら木ごと倒れた。これまた大きな鹿の突進を軽やかにジャンプして避けてから駆け寄ってその角を掴んで振り回した。角が折れた鹿はそのまま飛んで行った。

 こうも簡単に倒してしまうと、ちょっと可哀そうな気もするけど全部向こうから襲ってきているし仕方ないよね。


 にしても、ライラ様本当にすごいし格好いいんだけど、でも、これが吸血鬼の力なんだ。ちょっと思ってたのと違う。もっとこう、魔法パワーだと思ってたから、普通に暴力って感じでびっくりだ。


「ライラ様すごーい!」


 でもそれはそれとして、思ってたのと違うけどもちろんすごくて格好いいのでライラ様を褒め称えるだけのお供としてライラ様の見回りについていった。


「ふっ。まあな」

「それにしてもこの森って本当にいろんな種類の動物がいるんですね。危ない生き物ばっかりなんですか?」

「うん? そうだな。この辺りは私が駆除するから空きスペースになるからな。近くに人間の気配もあって、あいつらには魅力的に見えるのか、こうして駆除してもしばらくすればすぐにでてくるな」

「な、なるほど。人間を襲う生き物ばっかりこっちにくるってことなんですね」


 鹿と思っていたのも、肉食だったのか。こわ。ライラ様がめちゃくちゃ強いし、自然の美しさを感じる余裕まであったけど、一人だったら本当に危ない森なんだなぁ。

 と思いながら、ライラ様の腕の中で改めて周りを見ていると、遠くから響くようにキィーっと甲高い音がして、ちょっとびくっとしてしまう。


「ふっ、本当にお前はびびりだな」

「そ、それはまあ、でも、だってもう薄暗くなってきましたし」

「ん? ああ、なるほど。お前にはそうなのか」


 夕方くらいの時間帯だけど、しっかりした森なので結構暗い。もともと遠くまで見渡せるわけじゃないけど、離れるともう暗くて奥が見えないくらいだ。

 だから余計に、ちょっとびびっちゃったのはある。だけどどうやらライラ様には薄暗いとすら感じないらしい。


「あ、ライラ様は吸血鬼だから見えてるんですね」

「当然だ。私にとって、夜も昼間もかわらん」

「すごいですね。そういえば、普通にお日様にあたっても大丈夫なんですね」


 ライラ様のすごさはすごい実感させられてたけど、今の会話で吸血鬼感がぐっとあがってきた。と、それと同時に今更思い出したけど、昼間起きてるのもすごーいと思ってたけど、普通に外出てるんだ。


「お日様? ああ、日に弱いという印象があるらしいな。夜の方が力が増すのは事実だが、脆弱な人間ごときと比べればそんなものは誤差だ。日中だからと弱くなる、などと思わないことだな」

「そうなんですね、じゃあ安心ですね」


 私の今更質問に、ライラ様はちょっとだけ小首をかしげてから、どこか凶悪そうなにっとした意地悪そうな表情でそういった。そんな顔しなくても、もちろん全然ライラ様が弱いなんて疑ってないのに。ライラ様ってちょっと子供っぽいとこあるよね。可愛い。


「っくしゅ。あ、すみません」

「寒いのか? 本当に弱いな。すぐに戻るぞ」


 ちょっと風がふいたことで、ライラ様に抱っこされているのにくしゃみしてしまった。とっさに手で隠したけど、近距離では失礼かととっさに謝ったけど、心の広いライラ様は気にせずそう言って、私を空いている手でおおうようにしてくれた。ライラ様は体温が低いのか、触れた瞬間はひんやりするんだけど、ぎゅっとされているとやっぱり温かくも感じる。

 あったかい。そして密着度高くてちょっとドキドキ。ライラ様優しい。好き。とぽーっとしていると、ライラ様はそのままふわっと上に浮き上がった。


「ら、ライラ様っ、と、飛んでます!」

「ん? ああ。吸血鬼だからな」


 なんでもないようにライラ様はそう言って、木々を飛び越えた上まであがった私たちは、すーっと何もないのに移動していく。


「は、羽とかでてます?」

「でてないが、あとでだしてやろうか」

「あるんですね!? すごいです! 吸血鬼っぽいです!」

「そ」

 キイィィィ!


 ライラ様が優しい微笑みで何か言ってくれたけど、また響いた甲高い音に消された。さっきよりずっと近いその音にぎょっとして振り向くと、そこには大きな鳥が。

 いや、ほんとにでっか!? 待って猪とか熊とか大きくなるのはまだわかるけど、こんな、鳥が、こんな大きな鳥が空飛ぶ!?


「邪魔だ」


 びっくりしてライラ様にぎゅっと抱き着く私の肩に優しく触れたまま、ライラ様はそうつぶやいた。すっと何か黒いもやもやしたものがライラ様から飛び出して、こっちに向かってくる鳥にとりつくようにくっついた。鳥はぴたっと空中で動きを止めた。

 ギョエェェェとわかりやすい断末魔をあげた鳥は煙にまとわりつかれるようにして真っ黒な塊になって、そのままめきめきと不気味な音をたてた。ピタッと声が止まって、あ、死んだなと思ってからもバキバキと黒い塊はどんどん小さくなり、最後はなくなって消えてしまった。


「さ、行くぞ」

「らっ、ライラ様すごーい! かっこよすぎる! 吸血鬼パワーすごすぎですよ!」

「ふっ、ふふふ。まあな」


 最後にとんでもない不思議パワーでこれでもかと吸血鬼パワーを見せつけられ、私は安全にお家に帰った。

 いやー、ほんとにすごかった。それにライラ様に抱っこされたし、なんていうか、ちょっとデートみたいだったよね!


 この後、マドル先輩も交えての夕食の席では吸血鬼って何ができるのーとかいろいろ質問してしまったけど、二人とも嫌な顔一つせずに教えてくれた。当たり前のことすぎて質問しても失礼かなと思ってたけど、そんなことなかったみたいだ。

 優しいご主人様と先輩に囲まれて、最高の職場過ぎる。と私は同僚にスルーされている悲しみを忘れた。


 ちなみにマドル先輩がライラ様に目に物をみせるといった晩御飯は、血もしたたる分厚いステーキだった。とっても美味しかったし、ライラ様も美味しそうにはしていたけど、これは素材の味だろうと言いはっていた。

 二人の間にはいるのははばかられるから黙っていたけど、ステーキは絶対料理の腕も大きいと思うんだけどなぁ。

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